リセット・ループ
突然だが、俺は同じ日を"五度"繰り返し続けている。二、三度なら混乱しドキドキハラハラしながらもそんな状況を楽しむ事が出来るけれど、こうも同じ日が続くと流石に参ってくる。
「ご飯よッ! もう起きなさーい!」
三度目の母の呼び掛けで目を覚ます。何故三度目なのかと言うと、二度は母に起こされる前に別の行動をとったからである。
まず、三度目のループ時。ループの原因を突き止める為、一睡もしなかった。だが、日が少し登って来た頃、スマホを確認すると日が変わる事無く前と同じ日にちを示していた。午前六時、俺は朝食も食べずに家を出た。
何処へ何をしに行ったのかと聞かれたら、俺は「特に何も」と答える。有り金を全てはたいて、今自分が行ける一番遠い場所に向かっただけだから。
俺の住んでいる家は東京都のどちらかと言えば田舎の方にある。そこからスマホの地図アプリの機能を使って、目的地を決める。予算は交通費のみで三万円内。
結論。俺は鹿児島に行く事になった。鹿児島なんて名前だけしか知らなかったのだが、俺には全国を周ってみたいと言う夢がある。その夢に一歩近ずく。そう考えれば、悪くは無い。寧ろ良い迄ある。
正直な所、不安はあった。どんな所か下調べをせずにそこへ行く事に。だけど、この永遠と続くかも知れない、その可能性のあるループに比べれば、消しカス程度の不安だった。
俺は始発の電車に揺られ、何度も乗り換え、鹿児島県市役所前駅に到着した。電車や駅などに色々と感じるものはあったが、建物の見た目は東京とほとんど変わらなかった。
俺は鹿児島の街をブラブラと歩いた。まず目に止まったのは大きな山。その日は空が良く澄んでおり山がよく見えた。テッペンと下辺りで色が違い、グラデーションかなぁと結論付けた。近くには海もあったが、砂浜まで距離があった為、行くのを取り止めた。
俺は鹿児島の街を少し観光して、その日は安いホテルに泊まり、朝を迎え───はした。だけど、ループの原因は未だ掴めずに居たが、俺はそこでこのループの法則性を知ることに成功した。
まず初めにループが起こる時間帯だ。すぐさま時計を見てみると、針は午前3時2分を指していた。3時2分。この中途半端な時間にループをする。俺はメモ帳アプリにメモを書いた。……結果、無駄な行動だったけれど。ループをすれば記憶を除く全てがリセットされる。必然的に書いたメモも消える。当然の事だ。当日にループをしているのだから。
次が肝心だ。ループをしているのだから、当たり前な事かもしれないが、俺はその光景を目の当たりにした時、自然と冷や汗が滲み出た。
これは、俺がすぐさま時計を確認した理由にも繋がる。
部屋が、一瞬にして、ホテルから俺の自室へと成り変わったのだ。
俺は鹿児島から東京の実家にワープをした。それも瞬く間に。何の前触れも無く。
映画の様なワープ音などはしなかった。自然に。当然のように、何事も無かったかのように。部屋が切り替わった。
少し心が折れかけていた俺は、この事実でめっぽうやる気を出す事が出来た。感謝しかない。ありがとう。鹿児島。楽しかったぞ。
話を戻そう。結局、この一連のワープ騒動では、原因までは掴めなかった。然し大きな収穫があったから良しとしよう。
ループ四度目。俺はいつもよりちょっぴり早く学校へ行く事にした。母に起こされずに朝早くに家を出て、学校までの道のりを歩いた。
その日の俺は、多分世界一気持ちの悪い顔をしていたであろう。日頃の鬱憤を晴らす時が来たからだ。俺はニマニマとしながら往路を歩いた。
俺の鬱憤の根源、優。大木優。俺はこいつだけは許せずに今まで日々を過ごしてきた。……時は満ちた。
家を早く出たのは、優の習性を利用する為だ。優は毎朝、誰が待っている訳でも無いのに朝一番に登校し、机に突っ伏して眠る。
俺は一度だけ体育委員会の仕事で朝早く登校した事があったからその事を知っていた。憶測だが、この事を知っている人間は学校内でも数人程度だろう。
「おはよう 優」
俺は教室のドアを開けると、案の定優だけが教室で眠りこけていた。一番日当りの良い香澄の席に着いて。
優は返事をしてこなかった。俺はそんな優の背中をぶっ叩き、起こした。
「───いっっってぇ!!!」
優よ。少し大袈裟すぎだ。
「……何だ お前かよぉ 痛ぇ… もっと手加減しろよな…?」
俺は優の肩をガッシリと掴み、そのまま睾丸を思い切り蹴った。
「───ッうげぇ!!!」
優は息も出来ずに地面をのたうち回る。
ごめんな優。本当は俺、別にお前に鬱憤なんか無いんだ。でもお前小学生の頃俺の金玉蹴ったじゃん?高校までやり返さなかった俺を褒めてくれよ。
───そして現在。長い回想を得て今、五度目のループ。
「…今日はクラスの皆と、先生全員と握手でもしてみようかな」
そんな事をしてみても、結果はダメだった。何事も無くループした。俺はそれからというもの、一日に色々な事をしてみる事にした。家の壁に触れてみるとか、マンホールに触ってみるとか。
………十一度目、俺は昔から好きだった香澄にいきなりチュウをしてみた。香澄は動揺し、反射的に僕をつき倒したが、しばらくして顔を見てみると香澄の顔は真っ赤に染め上がっていた。これがループのトリガーだったら良いなぁ。
───二十八度目。俺は優を殺した。前にも言ったが、別に恨みなんか無い。ただ、やってみたかっただけ。もし、人を殺したとしても、戻れるのなら、無かったことに出来るのなら、誰だってそうするだろう。人を殺す妄想をしない奴なんかこの世にいるはずが無いんだから。
二十九度目。俺は香澄を犯した。仕方ないだろ?ループを止めるトリガーになると思ったんだから。何となく、犯した後は殺してみた。香澄が赤く染まる。赤いだけの肉塊。あはは。
…三十度目。俺は両親を殺した。飼っていた犬を殺した。何故か警察に見つかり、捕まった。色々と面倒な事になった。もう警察に捕まるような表立ったことしないでおこう。
………四十度目。俺は反省した。何て馬鹿だったんだろうと。死ねばいいじゃん。そうすればループする事なんか無い。
そう思いネットで楽な死に方を調べてみた。……練炭自殺か。準備が面倒だ。
俺は最期の学校の帰り道、近くのホームセンターでロープを購入し、家に帰って早速使ってみる事にした。
死ぬ前なのにどうしてか。気持ちの悪い笑みが零れる。声が抑えられない。嬉しみが抑えきれない。
俺は天井にロープを吊るし、首に縛り付け、立っていた椅子を乱雑に蹴り飛ばした。
「───ゔぅッ!」
体が痙攣する。一瞬にして意識が遠のく。体を動かす気にならない。……動かせない。
………幸せ。
「───ご飯よッ! もう起きなさーい!」
いつも通りの母の声が聞こえてくる。
「……………なんでだよ………何でなんだよぉぉおぉッ!!!!」
四十一度目のループにして、新事実の発見。
死ぬと、時間関係無く翌朝にループするようだ。時刻は7時3分。
それからはあらゆる手を使って自殺を試みた。首吊りと煉炭以外はどれも多少の苦痛を伴った。
百七度目。何を考えるのも辞め、ぼーっとするだけの日々が、かれこれ二十度位は続いたんじゃないだろうか。
───四百六十八度目。最近の日課になりつつある単語朗読をしていた。何度言葉を入れ替え組み換え口にした所で、一向に言葉が尽きる事が無い。
「…リセット・ループ」
俺は何気なく並べた単語を呟いた。
翌朝。いつもと同じ時間、気が狂う程聞いてきた母親の声がしなかった。
リセット・ループと言う言葉に何の意味があるのかなんて知らないけれど、俺はドキドキハラハラしながら、台所から持ってきた包丁を自分の腹部に突き刺した。