第4話「YouTuberホナキン誕生!? ~40代のオバさんがYouTubeを始めてみた件~」
今回のエピソードは、時間的に前回のつづきからです。
時は過ぎ、日が高く昇る正午ごろ。
舞台を移し、ゆうまと保奈美は風間家2階、保奈美の部屋にいた。
そこはブラウンを基調としつつも、所々アクセントにピンクが配色されたシックで落ち着いた案外普通の部屋であった。
シトラスの甘酸っぱく、爽やかでジューシーな香りが心地よい。まるでおひさまの光のめぐみを、いっぱいに浴びた柑橘類達が立ち並ぶ段々畑の農園に佇んでいるかのようだ。
それに今流行りのドルチェ&ガッバーナのその香水の匂いもするような……、気のせいだろうか。
「それで腰の方は、もう大丈夫なのかい?」
ゆうまは保奈美の体を心配する。
というのも遡ること数時間前、甥っ子である甘太のスポーツの宿題を手伝った折、保奈美は年齢のせいもあってか腰を痛めてしまったのであった。
しかし、そんな心配をよそに本人は「ダイジョーブだって。しばらく休憩もしたし、ばーっちり決めっ! って感じよ」と言って気丈に振る舞ってはおどけて見せる。
「そ、そう。ならいいんだけど」
その返答を聞き、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。
しかしそのやり取りを終えた矢先「あ、イタタタッ……」と案の定、保奈美は再び痛みに襲われる。
「いいっ!? やっぱりまだ痛むんじゃ……」
「気にしないで、だ、大丈夫よ。それより早く始めましょ……」
ホントに大丈夫なのだろうか、先が思いやられるな……。ゆうまは一抹の不安を抱えながらも、とりあえず話を進めることにする。
「そ、そうだね。それで、さっき言ってた楽しいことっていうのは一体何をすることなんだい?」
そわそわしながら保奈美に尋ねる。
彼女がここまで期待させ、焦らしているのだからきっと"それなり"のお手伝いに違いない!
ゆうまは否応なく期待してしまう。
「そ・れ・は・ねー❤️ これよっ!」
そう言っていつもの調子で保奈美は、ゆうまに箱を渡す。
それは今日ここへ来た際に、保奈美が車から下ろしていた荷物であった。
「こ、これは?」
予想外のモノを渡され、困惑する。
ここまでの間、わざわざ保奈美の言うお楽しみとやらのために、あの"らくガキんちょ"の宿題の手伝いが終わるまで待っていたというのに、いざ蓋を開けてみれば大きな箱一個渡されるだけという何が楽しいことなのかまったく理解できない状況に、それまで抱いていた淡い期待もろともあっさりと崩れ去り、ガックリ落胆させられる。
しかし「まぁまぁ、開けてみてよ」と催促する保奈美に従ってゆうまは、その受け取った箱をしぶしぶ開けてみる。
するとそこにはカメラやピンマイク、照明ライトといった機材が入っていた。
またさらに興味深い物として台本やヒ〇キンの書いた本が入っていた。まさか、この機材にこの本……。
ゆうまの胸にある思いが掠める。
「んん!? 運んでた荷物ってまさかこれらのこと……」
「そうよ」
「じゃあ手伝ってもらいたいって言うのはもしかして……」
「そう! 私の晴々しきYouTuberデビューよ!」
第4話「YouTuberホナキン誕生!? ~40代のオバさんがYouTubeを始めてみた件~」
「ゆ、YouTuberデビュー!?」
ゆうまの驚く声が部屋中に響く。それはまったく予想だにしない話であった。だってYouTuberって……あの?
「YouTuber……、それは自ら撮影した動画をYouTubeに投稿する人々。今や立派な職業の一つに数えられ、小学生をも虜にする仕事。そして今、世はまさにYouTubeビッグドリーム時代! 一般人はもちろん、テレビの芸能人すらもYouTuber界に参戦する時代。そこについにこの私、風間 保奈美も参戦するってーわけよっ!」
保奈美は声高らかに、そして自信満々に宣言する。
その目はキラキラと輝いていて、まるで純真な小学生のようであった。
「で、でもさ、YouTuberていったって今やごまんといるとも言われている、難しく、厳しい大変な世界だよ。そう簡単に上手くいくはずがないって。それに歳も若くないんだしさ、いい歳してそんなことをしても……」
そう、ゆうまの言う通り今やYouTuberという存在は、日本だけでうん万人といる。
しかしその中でYouTuberとして食べていけるのは上位数パーセントの人間だけであり、その多くは途中で挫折し、夢中ばで諦めてしまう競争の高い世界である。また昨今は寡占化が進んでいて新参者には厳しい状況でもある。
しかしそれを聞いてもなお、保奈美は食い下がることはない。
「あら、じゃあゆうまはやってもみないで自分に見切りをつけて初めから諦めるっていうの? そんなの私は、絶対にイヤ! やってみないと分からない世界はたくさんあるのよ。夢を見たいのなら迷ってないで、全力でチャレンジしてみるべきよ」
「で、でも……」
「それに挑戦に年齢なんてものは関係ないし、いくつになっても新しいことに挑戦し続けるってことが、人生大切なのよ。それが若さの秘訣ってもんだわ!」
そう話す彼女の表情は、今まで見たことがないほど真剣で、愚直なほど真っ直ぐ、それでいて凛として美しかった。
それは、その目は、確かに、人とは違う稀有な人生を歩んできたがゆえ、常人では到底たどり着けぬであろう境地に立ち、経験し、掻い潜ってきた者の覚悟の目であった。
きっと彼女は、夢を見続けることの、成功することの難しさを知っていて、それでもその強いポリシーを持って物事に挑んできたからこそ今があるのだろう。
「ほ、保奈美……」
そんなことが感じとれる彼女の姿と言葉に、心を突き動かされ、感銘を受けるゆうま。
――確かに保奈美の言う通りだ。やってもみないで初めから諦めるなんて俺は間違っていた。
ゆうまは考えを改める。
「そうだね、俺が間違っていたよ。よし、分かった! やるよ、俺もやる! 裏方スタッフとして全力でその挑戦、手伝わしてもらうよ」
ゆうまはやる気に目覚め、決心する。どこまでも保奈美についていく覚悟だ。
そんな彼の姿に、にこっと笑って応える保奈美。
「それで始める前に聞いておきたいんだけど保奈美のYouTubeでの芸名とYouTubeチャンネルの名前はなんて言うんだい?」
「そ・れ・はというとね、芸名は"ホナキン"でチャンネル名は"ホナキンTV"よ❤️」
……やっぱり心配だ。めちゃめちゃヒ〇キンの名をパクった、いかにもな、ひねりのない安直な名前である。
しかも日本で一番有名と言っても過言ではないYouTuberであるヒ〇キンからとってきている辺り、YouTuberのことをよく知らない人が、とりあえず付けた感丸出しの名である。
まるで担いだ御輿に便乗して乗り込もうとしているみたいで薄いこと、この上なし。
さっきの感動は、なんだったんだろう。ホントにこれで大丈夫か……!?
そんなゆうまの胸に渦巻く不安を知らずして、保奈美のYouTuberとしての戦いは始まった。
「よしっと。これで照明とキャメラのセッティングは完成ね」
さっそく部屋に照明とカメラが設置される。
「それでゆうまは、キャメラで撮影する担当ね」
そう指示しつつ、保奈美はテキパキとさらにスタジオ作りを進めていく。
今時カメラのことをキャメラなんて言うのは和田ア〇子姐やんと保奈美だけだよな……。
一方ゆうまは、そんなことを考えながら台本を読み終え、指示通り撮影開始前のカメラの位置につく。
程なくして簡易的なスタジオも完成する。
「準備はこれで万端ね。それじゃ、撮影始めましょうか」
「了解」
いよいよYouTuberホナキンの戦いの火蓋が切って落とされる!
「では撮影開始まで3、2、1どうぞ」
「ズンズンHelloナイストゥーミーチュークリームシチュー! 皆さんどうも初~めまして~。YouTuberのホナキンでーす! 今日は第一回目ということで今、マスクが話題ですよね~。そこで私の手作り布マスク、ホナミノマスクについて教えていきたいと思います~」
「へぇーホナキンさん、オリジナルマスクを作るんですね~」
「そうなんです! ブイブイッ❤️」と言って画面に向かって笑顔でブイサインをする保奈美。
――な、なんて古くさいノリなんだ……!
そんなこんなでワンカット撮影、20分が経つ。
「はい、どうでしたでしょうか、私オリジナルのホナミノマスク。ぜひ作ってみてくださいね~。ということで皆さん高評価&チャンネル登録お願いします~。それでは次回もご期待下さい、さようなら さよなら さよなら~」
こうしてホナキンの淀川 長治風別れの挨拶と共に撮影は、終了する。
「さて、次は編集作業ね」
お茶を飲んで一休憩した保奈美は、そのまま部屋に置いてあったマイパソコンを起動させ、先ほど撮影したカメラに差してあったSDカードをパソコンに差し替える。
「編集なら俺も手伝うよ」
ゆうまも率先して作業を引き受けることにし、パソコンの前にいる保奈美のバックにまわる。
すると彼女のある変化に気づく。
「あれ? そういえば保奈美ってメガネかけてたっけ?」
保奈美は黒淵の丸メガネをかけてパソコンに向かっていたのであった。その光景は見慣れたものではない。
ゆうまの指摘に保奈美は「あぁ、これ? これは老眼鏡、最近近くの細かい字なんかが特に見えにくくってねー。普段学校とか外出する時は、コンタクトレンズをしてるんだけど、家にいる時はいつもこんな感じよ」と、恥ずかしそうに笑いながら答える。
しかしその姿は知的かつスタイリッシュで似合っており、事実を知らぬ人が見たらよもや老眼鏡だとは思うまい。
それにしてもやはり見た目以外は、年相応の身体や視力なのだと改めてゆうまは、思わされる。
「それはそうと編集ってどういうソフトウェアを使ってやるの?」
話題を変えてゆうまは、保奈美に尋ねる。
すると彼女はパソコン画面を指差す。その指の先には見たことのないソフトがあった。
「結構深くまで探した結果、私はストアでこのソフトを見つけたの。無料だし、これを使って編集しようと思ってるわ」
「え、でもなんだろう。その編集ソフトウェア、見たことがないよ」
ゆうまはなんとなく怪しく感じる。
というのも編集などにはてんで興味がないものの、中学の授業で動画編集の学びがあった際に、この手のモノはだいたい学んでいたのである。
だからこそ、このソフトは、信頼が置けない可能性のあるモノ、もしくは機能が弱く、使いにくいモノで、検索の時に下位に出てくるようなモノであるということがなんとなく匂う。
「でもダウンロードする時に安全な動画編集ソフトだって確認したわよ」
「それでもなぁ、ちなウイルス対策ソフトはパソコンに入れてるの?」
「それなら入れてないけど、でも動画を編集するだけだし。ゆうまってば気にしすぎよ。さっ! いいから編集始めるわよ」
そう言って保奈美はそのままソフトを開く。
すると瞬間、画面が真っ暗になる。
そしてそこから真っ赤な謎の文字の羅列が次々何百と並び出し始め、それはつらつら、つらつらとどんどん増えていく。
「え? ナニコレ!? ゆ、ゆーま、どういうこと?」
保奈美は呆気にとられる。
一方ゆうまも「いいっ!? わ、分からないよ。こんなこと経験したことないから!」と、パニック状態である。
「と、とにかくなんとかしなきゃ」
そう考えた保奈美は、キーボードをこれでもかとポチポチポチポチでたらめに押しまくる。
するとビーッという音と共に、さらに変な画面が出てくる。
「あれ~! な、何よコレ~!」
「と、とにかくアプリを閉じるか、電源を落とさないと」
ゆうまは指示するも、保奈美はパニック状態に陥っており、変なボタンを押しまくっている。が最後には諦め、ポツリと呟く。
「時すでにお寿司(遅し)……だわ」
「こんなときにボケとる場合かーっ!?」
――――ちゅどーーーん!
瞬間パソコンは大爆発!
煙がモクモクと部屋を覆う中、しばらくして煤を被った保奈美とゆうまが、ケホケホと咳き込みながら現れる。
「ま、まるで昭和の漫画的展開だ……」
ゆうまは己の置かれた状況を端的に言葉で表した。
どうやら保奈美がキーボードを押しまくったことと、動画編集を想定していないパソコンであったため、性能の関係で過度の負荷がCPUにかかって処理が追い付かず、パソコンもろとも壊れたらしい。
さっきの変な画面になった原因がソフトのバグだったのか、ジョークプログラムだったのか、はたまた意図的にプログラムに仕込まれていたウイルスに感染したことによるものなのか、パソコンが粉々になった今となっては分からず仕舞いである。
にしてもどう見間違って、保奈美は不用心にも怪しいヘンテコなソフトウェアをダウンロードしたんだろうか……。ホントに以前は広告代理店で働いていたのか? それとも素で天然だったからだろうか。
「あ~ん、私のYouTuberデビューが台無しじゃな~い、しくしくしく……。でも私、諦めない。だって"保奈美はまだ、16だから~♪"」
「いや、今年で48でしょ、あんたは……」
最後までボケ続ける保奈美を尻目に、ゆうまはツッコミつつも、ただ遠くを見つめるのであった。
TO BE CONTINUED
今回は、令和の世には珍しい爆発オチをやってみました(笑)。
ちなみに私は、今回のエピソードの話題であったYouTuberについてまったく詳しくありません(笑)。