第3話「風間 保奈美という女」
保奈美の謎に包まれた経歴の一端が明らかに……!
どこからともなく季節外れの風鈴の靡く音が聞こえる。まだ春だというのにどこかの家は、一年中飾りっぱなしにしているのだろうか。
辺りはのどかな住宅街、時折公園が顔を覗かせるが、すでに数人の子ども達の楽しそうな声が響いてくるといったあたり、休日の午前帯であることを感じさせる。今頃きっと鬼ごっこでもしているに違いない。
「おぉ~い、保奈美~。ったく自分で誘っておいて、いつまで待たせるんだか……」
そんなのどかな風景に1人の声が割り込む。声の主はゆうま、彼は、道を歩きながら辺りをキョロキョロと見渡していたのだった。
というのも昨日の放課後『ねーゆうま、明日の休み、私うちでやりたいことがあるんだけど、もし暇だったら付き合ってくれない? うちの近くの公園に集合ね、私が迎えに行くからさ、よろしく!』というような約束を保奈美と交わしていたからである。
だというのに遅い! 遅すぎる……! 俺は佐々木小次郎か!?
「まさか昨日の約束を忘れてるんじゃないだろうな……」
ゆうまは、一抹の不安に駆られながらしばらくの間辺りを流浪する。
すると突然、ふと背後に気配がした! ……かに思えた瞬間、有無を言わせるまでもなく視界が奪われ、急に息が出来なくなる! どうやら何者かが後ろから襲いかかり、目と口を塞いだらしい。
ま、まさかユーカイ!? い、息が出来ないし、苦しい!
こんな所で襲われるなんてこの作品はここで最終回を迎えてしまうのか……。
読者の、み、みんなすまない……。
第3話「風間 保奈美という女」
薄れゆく意識の中、それでもゆうまは「〇×※▽!◇#?~」と、必死に口を動かし抵抗を試みる。が、しかし余計に口を強くおさえられ言葉が出ない。じわりじわりと冷や汗、焦りが全身を覆い、絶望という名の暗い沼ぞこに飲み込まれていく感覚が襲ってくる。と、そんな中、その緊張感に似つかわしくないような「だーれだ?」という明るく軽快な声が。
「#\**?!〇×▽☆*◎~!」
「せーかいは、私でしたー!」
意識が遠のき、目から希望という名の光を失いかけ、三途の川を目前にしていたゆうまは、ようやく解放される。と同時に次に視界に入ってきたのはイタズラな笑顔を浮かべた保奈美であった。
「――ぷはぁーっ! し、死ぬかと思った……」
「あれ? どーしたの、ゆーま?」
保奈美はポカンとなぜゆうまが苦しんでいるのか理解に苦しむといった表情をしている。どうやら自分の行ったイタズラが死に至らせるものであったことを理解していないようである。その姿に普段は休火山のゆうまの頭もさすがに沸騰、噴火してキレてしまい「口も塞いでどーするんだよ、こういうのは目だけを塞ぐもんでしょーが!」と、思わずツッコミを入れる。
「あれ? ご、ごめーん。久しぶりにやったもんで間違えちゃった! テヘペロリン❤️」
「ごめんで済むならミニスカポリスはいらないっての! まったく……」
「わ、分かりにくいボケね~。それってつまり警察はいらないって言いたいのね。ま、まぁとりあえずそれは置いといて早く行こっか! 車をそこの公園に停めてあるからさ」
「いいっ!? く、車!? 車って、車に乗るの?」
反省のない保奈美にゆうまが追及を求める間もなく新たな情報が投下される。てっきりゆうまは、ここから歩いて風間家まで行くとばかり思っていたため、あっけにとられるのだった。それにそもそも誰が車を運転するのだろうか……!?
「ったり前じゃない! 私が運転するからさ。さ、行こっ!」
「わ、分かったよ。それにしても、そうか保奈美、免許持ってるのか……」
一瞬理解が追い付かなかったものの、考えてみれば実年齢は47歳なんだから免許はとれるわけで……。
「って、あぁ!? ちゅ、駐禁されてる!?」
突然、保奈美が大声をあげる。
というのも車を停めているというすぐ近場の公園に着くとそこには一台の車を囲み、ミニパトと2人のおばちゃん警察官の姿があったからである。
「どこ停めてんだよ~? こりゃ、あんたの車かい~?」
「す、すいません! 今すぐ動かします!」
「少しは世の中のルールを考えろよ~!」
そんな保奈美と警官のやり取りを目にゆうまはやはり不安になるのであった。
果たしてこんな調子で大丈夫なんだろうか……。
* *
「ごめんねー道が混んでて迎え遅れちゃって、待ったでしょ」
「いやまぁ、待たされてないと言ったら嘘になるけど、でも全然へーき、車ならしょうがないよ」
そう会話をしているうちに風間家に到着し、保奈美はバックを確認しながら車を停車させる。そして無事停車したことを確認すると保奈美は降りるようゆうまに促す。それに従いゆうまは、シートベルトを外すと風間家駐車場に助手席から降り立つ。
程なくして保奈美も荷物を抱えながら車から降りてきた。
改めて見てみると彼女の姿は相変わらず若々しく、指ぬきグローブにサングラスをかけたかつてのトレンディを思わせる格好であった。
「なに? どうしたの?」
「い、いや、なんでも……」
またまた思わず見とれていたらしい。危うく保奈美に勘づかれそうになる。
「ははん、さては見とれてたな~、この車に」
「へ?」
「いいでしょ? この車」
「は、はぁ……」
「これソアラの2代目モデル、1989年式トヨタ・ソアラ 2.0GT ツインターボLなんだけどね、昔はねー女子大生といった女の子にとっても人気のモテ車でカッコ良くてさ、とにかく私すっごくこの車に憧れててねー。よく私も昔はこの車にホイホイされ……っじゃなくて」
「……う、うん」
「それでね10年くらい前にちょうど中古車屋で綺麗な状態のモノを見つけて、もー興奮したのなんのってペチャクチャペチャクチャ……」
「……」
「――あ、ごめんごめん! ついつい……、私たち世代ともなると車にケッコーこだわりとか思い入れをもってたりするもんだからうっかり語っちゃうのよねー。イケナイイケナイ」
ようやく保奈美の愛車語りから解放されたゆうまは、玄関の方へ行く。一度来たことはあるがやはり立派な一軒家である。
「もうカギ開いてるから先に入ってていいよー」
それだけ言ってまだ車の荷物の整理や車体の手入れをしている保奈美の言葉に甘え、ゆうまは入ることにする。
「おじゃましまーす!」
「げっ……!」
ガチャリとドアを開けたその先には、ゆうまの顔を見て歯を磨く手が止まり、不機嫌そうな表情を見せる上半身肌着姿の甘美がいた。
* *
ここは風間家のリビング。かつてゆうまが保奈美と出会った記念すべき場所である。あの日保奈美が座っていたソファーには今、別の人物が座っている。メガネをかけ、誠実そうな雰囲気のその人物は、何を隠そう保奈美の実弟で甘美の父親である。
「いやー君が愛野 ゆうま君か、よろしくね。君のことは姉や娘から話を聞いているよ」
「どーも、ご無沙汰してます」
「なにやら話によると学校で新聞部の人達に娘のことを勝手に付き合ってることにしてリークしたり、恋人呼ばわりして大騒ぎしたらしいじゃないか……!」
ゴゴゴゴゴゴ
「いいっ!? ご、誤解です御父様! あれは僕ではなくて、その、深い訳が……」
「なーんてね、冗談だよ。ハハハ」
こ、怖いっ……! 突然のスゴみに慌てるゆうま。やはり普段温厚そうな人ほど怖いというのは本当らしい。
「まったくもー。誤解解くの大変だったんだから、あのままだと、うしろゆびさされ組になるところだったわ」
そう言いながら現れた甘美は、冷蔵庫から取ってきたアイスキャンデーをナメナメしながらあぐらをかいて父の隣に座る。
ゆうまは、思わずそのルームウェアのショートパンツから伸びた白くて長く、美しい足に目がいってしまう。さっき歯を磨いていたはずなのにすぐアイスキャンデーを舐めるという行動へのツッコミを置きざりにして。
「にしてもゆうま君、今日もまたうちの姉に付き合わされてるみたいだけど大変じゃないかい、嫌なら嫌だと言っても別に構わないからねー。無理することはないんだから」
「気遣いありがとうございます。でも大丈夫です、今日のこともボクが承諾して約束したことですし、……まぁそりゃ大変で疲れることもありますが、いつも保奈美とは楽しく過ごさせてもらってます!」
「ゆうまもお人好しね~」
「なに~? もしかして私の話~?」
そう言いながら現れたのはサングラスを外し、荷物の整理を終えて戻ってきた保奈美である。
「そ! 姐ーさんの話」
「え、そうなの! エヘヘ……、やめてよ〜、照れちゃうじゃん~」
甘美の答えに保奈美はわざとらしく照れる。
そんな彼女に対してゆうまは「それで今日、手伝って欲しいことって何なの?」と、ずっと気になっていたここに来た本来の目的について尋ねる。
「あぁ、そのことなら後で私の部屋に行こっ! そこで説明するから!」
「姐さん、なにかやる気なの?」
甘美も何をするのか気になるようで保奈美に尋ねる。
すると保奈美は意味ありげな顔で「そりゃあ、た・の・し・いことよ❤️」とだけ答える。
「いいっ!? た、楽しいことって……」
その答えに思わずゆうまの体がビクンッと跳ねる。
「ウフフ、さぁナニかしらね❤️」
保奈美の思わせぶりなセリフに、つい変な想像をしてしまい、顔が赤くなってしまうゆうま。た、楽しいことって一体なんなんだろう……。
一方そんなほころんだゆうまの表情に甘美は「やーっぱり、ゆうまって熟女好きの気があるわよねぇ……」と、軽蔑の目で言う。
そんなこんなで話込んでいるとガチャッと、リビングのドアが開く。
「ねー、保奈美叔母さんいるー?」
そのような言葉と共にリビングに入ってきたのは小学生くらいの男の子であった。
すっとした顔立ちは、甘美に若干似ている。
「私ならいるけど……その前に甘ちゃん、叔母さんじゃなくて御姉様と呼びなさいっていつも言ってるわよね……」
ゴゴゴゴゴゴ
「あ、ご、ごめんなさい、保奈美御姉様!」
保奈美は、どうやら御姉様呼びをその少年に強制しているようである。さっきの甘美の父に引けをとらない怖さがよほど身に染みているらしく、その少年はすぐに謝罪し、訂正した。
そしてその少年は、ゆうまの存在に気づく。
「んん? あれれぇー? だぁれこの男の人。もしかして甘美ねーちゃんの彼氏……?」
そう言ってその少年は、にんまりしながらゆうまを指差す。その言葉に甘美は「ちょっと甘太、からかわないでよ」と、呆れたように返す。
「え、じゃあ保奈美御姉様の彼氏とか……?」
「ち、違うよ! 何言ってんだ、このガキャ……!」
ゆうまは顔を赤くしつつも、すぐ必死に否定する。
だいたい30歳以上も年の差があるのに彼氏なわけがない。そりゃあ保奈美なら俺は全然ありだけど……じゃなくて、まったく、近頃の小学生はみんなこうなのか? けしからん! というようなことを考えていると甘美の父が口を開く。
「こらこら、甘太。からかっちゃダメだよ。この人は愛野 ゆうま君、甘美や保奈美姉さんと同じ高校のクラスのお友達だよ。お前も挨拶しなさい」
「はーい、分かったよお父さん。俺は風間 甘太、小学5年生だよ~。しくよろ!」
な、なんて小生意気なガキなんだ……! とゆうまは思いつつも、とりあえずよろしくとだけ返す。
「それはそうと保奈美御姉様、ちょっと室内でやるスポーツの宿題があるんだけど手伝ってくれない?」
どうやら宿題の手伝いをやってもらうために2階の部屋から降りて来たらしく、いかにも小学生らしいもんである。
「いいわよ! 手伝ってあげる」
「あ! それならあたしもやるやるー!!」
甘美も弟の宿題の手伝いにノリノリらしく、同調する。
「ゆうま、ちょっと手伝いに行ってくるね」
「え、でもお楽しみはどうするの?」
「お楽しみは後の方がいいでしょ❤️」
そう言って甘美、甘太姉弟と共に出ていく保奈美はとても楽しそうな表情をしていた。
リビングにはゆうまと甘美の父親2人だけが残される。
シーン……、という静寂。
――き、きまずい……、いくらなんでもこの2人だけ残されるってのは……。こうなりゃ当たって砕けろだ、俺の爆笑ギャグでこの空気をオアシスへと変えてやる……!
そうゆうまが覚悟を決めたところで甘美の父が口を開く。
「なぁ、ゆうま君はどう思うかい?」
突然の質問に、ビックリすると共に困惑する。
――ど、どう思うって言っても……甘美のことだろうか。だとしたら下手なことは言えないよな。よし! ここはヨイショしとくか。
「いやーそりゃーもうっ! 美人で明るくてとってもかわいいと思いますよ、甘美は!」
「君ぃ、やっぱり娘をそういう目で……!」
ゴゴゴゴゴ
「す、すいません冗談です!」
「で、どう思うんだい?」
――甘美のことじゃないとしたら弟、甘太君のことだろうか?
「いやーとってもマセたクソガキだと思います」
「君ぃ、それはどういうことかな……!」
ゴゴゴゴゴ
「あれ? い、いや、その……」
「ゆうま君、私が聞いているのは保奈美姉さんのことについてだよ!」
「あ、あぁ、なんだ保奈美のことですか」
やっと問いを理解したゆうまは、しばらくうーむと考え込む。
保奈美のことについて……か。思えば出会ってからというもの、彼女について真剣に考えたことがなかった気がする。
それからどのくらいの時が過ぎたであろうか。ゆうまは、口を開く。
「……彼女のこと、実は自分の中でもまだよく分かっていないんです。整理がつかないというか、見た目は同い年のはずなのに自分が生まれるずっとはるか前から生きていて色々なことを経験しているし、知っている……、なんだか不思議な感覚の存在です」
これが考えた末に導き出した今の答えであった。
「――そうか、難しい質問に答えてくれてありがとう、ゆうま君。そうだね、これは君には話しておこうと思う」
甘美の父は改めてゆうまの方へ向き直り、真剣な面持ちで話始める。
「実は保奈美姉さんはね……、今でこそ自由に好き勝手やったり、見た目の若さを利用して高校に不正に通ったりするようなめちゃくちゃな人だが、5年前まではきちんと真面目に、とある大手広告代理店で働いていたんだ。それこそ順調にキャリアを積んでいたし、誰の目にも順風満帆に見えていた。しかし、彼女はある日を境にどんどん体を壊していったんだ。日に日に体調は悪くなり、アルコールに溺れ、ついには精神まで壊れてしまった。その後彼女は退職し、消えた。まるで世界から己の存在を殺したかのように」
「ど、どこに……?」
「さあね、一体彼女がどこで何をしていたのか、誰にも分からない。その後数年が経ったある日、突然彼女はひょっこりと現れた。そして4姉弟で一番身近だったという縁もあってうちに住むようになってからは、徐々に立ち直って昔の明るさを取り戻していったんだ。まぁ、もっともこのことは甘美や甘太は幼かった故に分かってはいないだろうけどね」
そう言って甘美の父はお茶を飲み、そして再び続ける。
「今思うと、きっと無理をしていたんだろうと思う。元々昔っから変人で、なおかつ大人になっても表面上は、子どものように自由奔放な性格の無邪気で明るい人だったし、悩みもなさそうだったんだけれど、でも人に見せないその裏では、きっと1人で何もかも抱え込んでしまっていたんだ」
「そ、そんなことが……」
それは普段の保奈美からは、想像も出来ない過去であった。
だってあんなに明るくて、何があっても笑っていて、それでいてその屈託のない笑顔がとっても素敵な彼女が……。
「でもね、保奈美姉さんは再び学校に通い始めて、キミと出会ってから変わったよ」
「え?」
「ゆうま君と出会ってから毎日が楽しそうなんだ。あんな顔、弟の私でも久々に見たよ。きっと保奈美姉さんはゆうま君のことを好いているんだろう、そして信頼し、心を開いているんだと思う。こうして彼女が前以上に元気になったのも、きっとゆうま君、キミの力のおかげだよ」
「そ、そんな、ただボクは……」
ゆうまは照れ、頬を赤く染める。
「そこでキミを見込んでのお願いだ。保奈美姉さんのこと、学校でもよろしく頼むよ、キミに託す。きっとゆうま君なら保奈美姉さんを、彼女の思いを受け止めることが出来るはずだ」
「そ、それは……」
それは、ゆうまにはあまりにも重すぎるお願いであった。実際まだまだ保奈美のことをどういう存在なのか分かっていないし、整理できていない自分が果たして保奈美の思いを全身を持って受け止めきることが出来るのであろうか。
そんなことを考え込んでいると突然「ギャーーー!!」という叫び声がリビングの沈黙を破って家中に響く。
どうやら宿題を手伝いに甘美達が向かった2階からのようである。
「な、なんだ!?」
急いでゆうまと甘美の父は現場へと駆けつける。するとそこには腰を押さえて倒れ込む保奈美の姿が。
「こ、これはいったい!?」
「だ、大丈夫?」と、傍らで声をかけている甘太。
「イ、イタタタタタ……」
痛みに悶える保奈美。
「もっー! だから無理に体を動かすなって言ったのに」
一方の甘美は、保奈美の腰をさすりながら呆れている。
「や、やっぱり年の瀬には勝てないわね……、イタタタッ……」
そんな光景を見てゆうまは、保奈美の欠点を理解した。どうやら見た目は16歳のままらしいが、骨などの身体自体は年相応らしいということを。
トホホ……、託されたはいいもののこんなんで俺、面倒を見きれるのだろうか……。
やっぱり自信がありません、神様……。
TO BE CONTINUED
今回のエピソードは、いつも以上に多くボケなどに私の遊び心を込めていたので、自身のブログで元ネタや豆知識を解説しています。お知りになりたい方はぜひご覧ください。リンクはこちら↓
https://note.com/vira794710/n/n9e4782d15066
ユーザーページにもブログのリンクを張っておきます。