表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私がオバさんであっても 序章  作者: 五味
序章 始まりの君へ
21/21

第18話「栄光のヒッチハイクロード! 〜新入生研修旅行編Episode1」

舞台は新入生研修旅行編へ!

 何台ものトラックや大型車が駐車され、人々が行き交うここは、高速道路すく側のサービスエリア。辺りにはキッチンカーのたこ焼きの香ばしい匂いが漂う。普段トラック野郎や出張に向かうビジネスマン達の憩いの場、オアシスの泉となっているこの場所。

 しかし今日はというと、いつもの雰囲気とは打って変わり、若さ溢れる華やかな雰囲気に包まれ、多くの学生で埋め尽くされていた。それもそのはず、渡良瀬学園高校1年生は本日、研修旅行の日を迎え、一同バスでホテルへと向かう道中のトイレ休憩時間のため、立ち寄っているのであった。停車場にはひとクラス1台、計5台のバスがエンジンを震わせながら出発は今か今かと鎮座している。

 一方の高揚感に包まれた生徒達は休憩時間中、みな思い思いにトイレを済ませに行ったり、買い物をしたり、バスの中でじゃれ合ったりして過ごしている。そんな中、ゆうまもまた、「ふぁ〜、やっぱり研修旅行となるとテンション上がるな〜!」と軽やかなステップを踏み、周りに花を咲かせるほど柔和な笑顔を浮かべながら心ぴょんぴょん、もとい弾ませているのであった。



第18話「栄光のヒッチハイクロード! 〜新入生研修旅行編Episode1」



「さてと! 急いでバスに戻らなきゃ出発に置いていかれちゃうな」


 トイレ休憩を済ませたゆうまは、駆け足で己のクラスのバスを目指していた。と、サービスエリアのお土産コーナーを過ぎる際、見知った顔が目に入る。キョロキョロとして商品を見回している彼女。その人物とは古式 薫であった。腕時計を見ると休憩時間も残り5分を過ぎており、そろそろ戻らなければ間に合わない時間であるのだが、しかし何かを熱心に眺めている彼女の様子から焦りは感じられない。もしかしたら時間を把握していない、我時間に支配などされぬ状態になっているのではないか。


「んん? あれ? 古式さん、こんなとこで何してるの? 早く戻らないとバスが出発しちゃうよ」


 ゆうまは普段のマイペースな彼女のこともあるため、たまらず心配になって声をかけてみる。すると、彼女はハッとこちらに気がついたようで手を振り「あら、ゆうまさん」と答える。声をかけられてもなお、彼女に焦りはなく、相変わらずおっとりと落ち着いている。この様子から見るにやはり集合時間のことなど意に介さずといった具合であったのだろう。古式らしいのんのん日和のんきぶりである。


「何か買おうとしているの?」


「はい、実はですね、家族にお土産をと思ったのですが、色んな物に目移りしちゃってどれにしようか迷っていたんです」


「なんだ、そういうことか。でもそれって別にここで買う必要はないんじゃ……」


 まだ研修旅行1日目だというのにわざわざ家族向けのお土産をサービスエリアで買おうとする辺り古式 薫、これまた相変わらずの調子、天然といった所である。

 ゆうまが呆れ返っていると「あら? アナタ達、こんな所で何をやっているんですの?」と背後から聞き覚えのある声がかかる。


「す、すみれ!」


 振り返るとそこにいたのはツンとした態度で腕を組み、こちらを探るような怪訝な目で見つめてくる松坂 すみれであった。どうやら彼女も残り少ない休憩時間の中、お土産コーナーに見えたゆうま達の姿を不審に思ったお仲間らしい。


「アナタ達、早くしないとバスが出発してしまいますわよ」


「い、いや〜、それがさ、古式さんが家族用のお土産を買うのに迷っているらしくて……」


「お土産? それ、今買わなくてもいいのでは?」


 そりゃそうだ。ごもっともなすみれの指摘。しかし、肝心の古式はというとピンとこないのか聞こえていないのか、そもそも聞いていないのか、なおも「う〜ん、これもいいですわねぇ」と手元の商品を見比べ、思いあぐねている。そんな彼女にすみれはふぅとため息をつき、首を横に振る。


「まったく、だいたい薫さんは昔からこんな感じで時間にルーズというかマイペースなのよねぇ、ちっともあの頃から変わっていないですわね」


「え? すみれ、古式さんのこと昔から知ってるの?」


「そりゃあ知ってるも何もわたくし達は同じ名門お嬢様中学出身ですからね、長い付き合いですわ」


「そ、そうだったのか……。なるほど、どうりで喋り方が似てるわけだ……」


 思えば確かに2人とも“ですわ”口調が多いなど共通点はあったものの、高飛車なすみれと天然おっとりマイペースな古式という正反対なキャラの2人が中学時代からの知り合いだとはなんとも不思議なものである。初めて知り得る驚きの情報にゆうまがいくらか驚いて体をのけぞらせていると「これにいたしましょう」と、古式はどうやらやっとお土産に買うものを決めたようで、レジに持っていき、商品を購入する。……かに見えたのだが、しばらくして、古式はレジから商品を持たずしてゆうまとすみれの元へとんぼ返りする。


「あれ? お土産買わなかったの?」


「……それが、どうやらお財布をバスに忘れてきたみたいですわ☆」


「「ズコーッ!」」


 予想の斜め上をいく返答に思わずゆうまとすみれは頭からズッコケる! 今までの浪費した時間は何だったのであろうか……。令和のサザ○さんとでも言いたい。


「あのねーっ! ちゃんとお財布を確認してから購入してくださる!?」


「うふふ……、ついウッカリですわ♡」


「すみませんでは済みませんことよ! まったく」


 すみれに説教される古式であったが、やはり彼女はピンとこないのか、聞いていないのか、反省の色もなくニヘラニヘラと笑っている。

 そんな彼女の姿に苛立ったらしく、すみれはさらに責め立てようと口を開くが、すぐさまゆうまが、2人の間に取り込み、「と、とりあえず落ち着いて落ち着いて。どっちみち時間もないから早くバスに戻ろうよ」と場を収めるように作り笑いを浮かべ促す。


 ということで、すみれもはぁとため息をつくと矛を収め、ひとまず3人で急いて自分達クラスの利用しているバス、3号車が停められているであろう停車場へと走ることに。時間ギリギリということもあり、クラスの皆を待たせてしまっているかもしれない。通勤電車も研修旅行も、一秒の遅れが人生を変えるとも言われる通り、時間の遅れは他のクラスやその後のスケジュールにも多大な影響を与えてしまうバタフライエフェクトなのである。自然と足早になるゆうま。

 程なく自分達が休憩に降りた停車場が見えてくる。時計を確認するとすでに出発時間となっていた。


「いやー、すみません! 遅れました〜」


 ゆうまはまるで豪快なスライディングでホームベースに滑り込む甲子園球児のような勢いで土煙を立てながら駐車場にたどり着く。そこには自分達の到着を今か今かと待つ和気あいあいとしたクラスの皆の姿が……、なかった。


「……って、あれ?」


 そこには人っ子一人おらず、何台も停まっているはずのバスすらも綺麗サッパリ、1台たりともない。バス専用駐車レーンの白線がどこまでも広がるだけの殺風景な光景だけである!


「え? ……う、嘘、でしょ……。ま、まさかこれって置いていかれた……?」


 ゆうまに続いてその場に到着したすみれ、古式も目の当たりにした衝撃の光景に頭の整理が追いつかないようで、空虚となった駐車場を見つめて口をあんぐり開け、ただただボーゼンと立ち尽くすだけである。3人とも顔はひきつり、言葉を失ってしまった。


「こ、こんなことって……」


 かろうじて出てくる言葉。


 それは遡ること8分前の出来事である。


「みなさーん! そろそろ出発しますけど、ちゃんと隣の人がいるか確認してくださいねー」


 休憩時間の終了が迫り、出発前に確認を促す担任。

 ゆうまの位置はというとバスの最前列、学級委員席にて甘美と隣同士の位置に座っていた。本来ならばここで甘美はゆうまの不在に気づくはずであった。しかし甘美はというと「ぐーすか、ブースカ、むにゃむにゃ」と気持ち良さそうなうっとりとした恍惚の表情でこの時、居眠りをしていたのである! このため隣のゆうまが不在であることを不幸にも確認していなかったのだ。一方すみれと古式の位置はというと、同じ位置、隣同士で座っていたため、お互いを確認する人間がそもそも他に存在しないのであった。

 しかし、そんな3人の不在を知る由もない担任は「もしここにいない人は手を上げてくださーぃ。ってそもそもいないなら手を挙げられないかー! なんてねー、ギャハハ。それじゃ出発お願いしまーす」とのんきにもバスの運転手にお願いし、バスを出してしまっていたのである。

 このような数々の不幸が重なり、いくつもの歯車が微妙に噛み合ってしまったことで、この悲劇は起こってしまったのである。


 そして現在、ゆうま達が直面している光景へと繋がる。


「これは困りましたわねぇ。どういたしましょう」


 始めこそ絶句していたものの、絶望していてもしょうがないと悟ったのか、はたまた思考が鈍いのか、いつの間にか元のマイペースに戻り、ぼんやり喋る古式。


「と、とにかくまずは担任に緊急電話しよう。まだそんな遠くに行ってないだろうから間に合うはずだよ」

「ですがわたくし、スマホはバスに置いてきましたわよ」

「わたくしもです」

「俺もだ……」


「「「……」」」


 どうやら3人共々携帯電話をバスに置いてきてしまっているようである。何というまたしても悲劇。3バカトリオに再び悲壮感が漂う。こんな時に限って誰も携帯電話を持ってこないなんて……。


「そ、そうですわ! サービスエリアのスタッフに電話を借りればよろしくて? 流石にワケを話せば分かっていただけるはずですわ」


「た、確かに! 担任の緊急連絡先なら俺が分かるし、ナイスアイディアだ、すみれ!」


 ということでさっそく、善は急げとばかりに3バカトリオは、サービスエリア管理人に事情を伝え、電話を借りることに成功する。

 頼む、繋がってくれ……。指の震えを抑えつつ、ゆうまはダイヤルを回した。テレフォンナンバー6700。プルプルプルという電話の呼び出し音。

 その頃、バスの中ではというと「歩くほどに 踊るほどに ふざけながら じらしながら 薔薇より美しい〜♪」とクラス一同カラオケに熱中しており、肝心の担任もノリノリになって「あ〜あぁ〜君は〜、変わったぁぁぁぁぁぁぁ〜♪」と盛り上がっていた。そんな状況下で着信音が鳴っていることに気づくはずもなく……。


『おかけになった電話をお呼びしましたが、お出になりません』


「ダ、ダメだ……、担任の野郎、電話に()んわ……」


 ゆうまは落胆の表情でガチャリと受話器を置く。どうやら打つ手なし、八方塞がりの状況へと追い込まれたことを理解する。3人は途方に暮れ、そのままこれから自分達の辿る運命に恐れながら外に設置されたベンチにて虚無を見つめていた。


「はぁ、小銭は多少あれどこんな少額じゃタクシーにも乗れやしないし……。せめて3人乗れる車があればなぁ……」


 ゆうまはボソリとポケットの小銭をジャラジャラさせながら呟く。その言葉に一瞬ピクリと体が反応するすみれ。すると突然彼女は何か思いついたのかパァと顔を明るくし、立ち上がる。


「そうですわ! サービスエリアに停まっている車を奪ってそれを運転して追いつけばいいのですわ!」


「いや、それじゃ犯罪だけど……」


 すみれの血迷った思いつきに呆れ半分即座にツッコんだゆうまだったが、しかし、彼女の一言にゆうまの脳内である妙案が芽吹いた。


「そうだ! 車を奪うんじゃなくて、ヒッチハイクして乗せてもらえばいいのでは!?」


「「ヒ、ヒッチハイク……?」」


 ゆうまの提案にすみれと古式は目をまん丸くする。


「そう! ここのサービスエリアは多くの人がいるんだから誰かに頼んで連れてってもらえばいいんだよ! 行き先が同じ人くらいいるはずだ」


 今までの鬱々としたテンションがまるで嘘であったかのようにハイテンションで目を輝かせ、語るゆうま。確かにヒッチハイクは、この手の施しようのなかった現状を打破するにふさわしい現実的な案であり、手数の乏しい彼らにとってもはやその手に乗らない手はなかったのであった。


「そうですわね。いささか他人の車に乗るのは気分がいいものではありませんが、この窮地を脱するためにも認めましょう」


 すみれもとりあえず賛成のようでその提案に乗ることに。それはまた古式の方も同様であり、コクリと頷いてみせる。


「そうと決まればさっそく声掛けだけど、誰が担当しようか? 俺的には女の子の方が乗せてもらえそうだと思うんだけども……」


 ヒッチハイクの声掛けというのは、相手に与える印象や許諾の得やすさにおいて、非常に需要な要素となってくる。そこで自らの意志を簡潔かつハッキリと伝えられなければチャンスを失ってしまい、その後に歩む運命を大きく左右することとなるのだ。そのため、ここで誰がやるのか成功までの比率に占める割合は少なくない。

 ゆうまは改めて古式とすみれをそれぞれ見てみる。見た目は決して申し分ないものの、方や天然、方や高飛車、どちらもヒッチハイクで声掛けするには向いてない性格と喋りをしており、期待できないのでは……?

 不本意ながらもそんなことを感じていると「それならばもちろん、薫にやってもらいますわ。なんてったってこうなった元々の原因は薫のせいなんてすからね! 責任を取ってもらいますわ」とすみれが古式を指名する。


「わ、わたくしですか……。ま、まぁそうですねぇ、やってみましょうか」


 その難しい提案に始めは思わずしかめっ面をした古式であったが、しかし彼女も少なからず責任を感じたのか目を据え、声掛けを実施することを誓う。

 ということでゆうまとすみれは一旦古式から離れ、後方茂みの影からから彼女を覗くように見守り、様子見をすることに。

 するとさっそく古式の前に1人の赤い革ジャンを羽織った若者が通りかかる。古式は彼だとすぐさま見定め、その若者めがけて「あ、あのぅ……」と声を掛けた! ……はずだったのだが……。


「あのぅ、アナタ様の車でヒッチハイクをさせーーー」と言い終わる前にその若者は声をかけられたことすら気づかず通り過ぎていった。どうやら古式の喋りがのんびり過ぎるため、話しかけられていることに気づかれていないようである。


「あちゃー、こ、古式さん……」

「こんな時まであんな感じですのね……」


 期待の眼差しで見つめていたゆうまとすみれもこれには思わず呆れてしまう。

 それでも諦めない古式、今度はタバコを吸いながらベンチで休むサングラスをかけたファンキーな若者に声をかけようと試みる。ちなみに先程からあえてヤンチャそうなイケイケ兄ちゃんばかりを狙っているのは気のせいだろうか……。

 ともあれベンチにて座っている人間ならば流石に話しかけていることに気が付かないことはないはず、ゆうまとすみれは今度こそと期待を持って行く末を見守る。


「あ、あのぅ、すみませんが、アナタ様の車に乗せていただけないでしょうか……。どうしても行かなければならない場所(やくそくのち)があるのですが」


「あぁん? なんだ、ガキ、俺の車に乗りたいんだったらカネを出しな」


 乗せないオーラ満々の高圧的返答。どうやらヒッチハイク失敗のようである。ダメだコリャ。


「ぴえん。やっぱりダメでした……。そう簡単にはいきませんねぇ」


 敗北者、古式はゆうまとすみれの元へ戻って来る。


「う〜ん。やっぱり古式さんが声掛けするよりもすみれがやった方が良いんじゃないか?」


 ちらりとすみれを見るゆうま。


「ギ、ギクッ! わ、わたくしがやるんですの……!? ジョ、ジョーダンじゃない、どうしてこんなヨゴレ仕事をわたくしが……!!」


「だってこのまま古式さんが続けても成功しそうにないし。頼むよ、ほらあの人なんか良さそうじゃない? 行ってきてっ!」


 こういう普段からツンデレもとい高圧的で何事も渋る人間は土壇場に追い込むことで上手く愛嬌や力を発揮するというもの。そう考えたゆうまは、無理やり彼女の背中をドンと押し、三十路程のビジネスマンの前へと送り込む。


「ちょ、ちょっと、ゆ、ゆうま!?」


 取り乱すすみれ。そんな突如、目の前に現れた少女のいたいけな姿に「キ、キミ、どうしたんだい?」とビジネスマンもまた動揺しながら尋ねてくる。


「あ、あの……、わ、わたくし、アナタの下賤な車にだけど、特別に乗ってあげても良くってよ! きっと車内は汚らしいのでしょうけど、さぁ、乗せてくれるのならホテルまでわたくしを運びなさい!」


「な、なんだぁこの娘……」


 思わず口から出たすみれの高圧的なセリフと態度にビジネスマンは引いてしまい、関わらない方が良いとでもいうかのように足早に去っていってしまう。


「ちょいちょいちょい、そんな高圧的な態度で言っちゃ乗せてもらえるもんももらえなくなるよ……」


 ゆうまは、すみれによる咄嗟の巧みなアドリブに期待していたものの、彼女がここまで性根が腐っていたということにいささかガッカリを隠せない。しかしすみれはというと、なぜがふんぞり返っており、「わたくし、普段から人に頼まずとも下僕が勝手にやってくれますし、何より人に頼むのはプライドが許しませんの。まぁ、アナタ達のような一般学生には分からないことでしょうけど。おーほっほっほっほっ」とお得意の高笑いを決め込んでみせる。

 そんな彼女の態度を無視しつつ、「そんなこと言ってちゃいつまで経っても状況は変わらないぞ。変なプライドなんか捨ててもっと表情は柔らかく、スマイル! そうだ、保奈美みたいに可愛いこぶってやってみなよ」と、ゆうまは、高笑いをしていたすみれの口を指で無理やりぐにゃりと広げ、曲げてあげることで、作り笑顔にさせる。


「な!? どーひれ、わはくしが……(どーして、わたくしが)」


「はい、それキープ! 頼むよ、すみれって素材だけは美人だからそれさえ出来ればきっと何とかなるよ、絶対大丈夫だよ!」


「……まっはく、しょーがあひませんわね。わはりましはわよ、ここでやはなひゃ女がすはる、あはっへくわへろへすわ!(まったく、しょうがありませんわね。分かりましたわよ、ここでやらなきゃ女が廃る、当たって砕けろですわ)」


 おだての効果かゆうまの願いに折れ、覚悟を決めたすみれは、ひとまずのプライドを捨て、イチかバチか目の前を横切ろうとする男性に声を掛けに出る。


「あ、あのう♡ もし良かったらぁ、わたくし、すみれちゃま☆を御主人様のお車にのせてもらえましぇんかぁ?♡」


 瞬間、影で見守っていたゆうまと古式にガラガラガッシャーンと1000万ボルト級のイナズマが脳天をかち割るような衝撃で襲い、身体中を駆け巡った。それは想像を遥かに超える醜態といえるものだった。すみれは、普段の落ち着きある低めの声とは打って変わって萌え〜♡のような甲高い猫なで声を使って保奈美以上のぶりっ子を目の前でやってみせたのだ。そんな彼女の姿に共感性羞恥を覚え、目を逸らしたくなってしまう2人。

 また本人自身も柄にもないそのキャラと声、セリフに恥ずかしくなって顔を真っ赤に染めており、馴れない媚び媚びスマイルもあってか逆に顔を引きつり、その顔面の歪みはさながら薄気味悪い口裂け女的バケモノの子へと変貌してしまっている。

 これには声をかけられた側の男性も何者ナンジャと、ぎょっと腰を抜かしてしまい、「淵!? いや、バ、バケモノ!」と焦りながらその場を這って去っていく。

 しかし、憐れにも自らの醜態に気づくことのないすみれは「あら? おかしいですわね……、ちょっと違ったかしら」とつぶやき、別の男性へアプローチをかけていく。


「うっふ~ん♡ ねぇねぇ、御主人たま〜、わたくし、しゅみれちゅわん、ちょっと困ってるでしゅ〜☆ だからぁお車に乗せてもらえないでしゅか〜♡」


 瞬間、再びゆうまと古式にガラガラガッシャーンと1000万ボルト級のイカズチが脳天をかち割るような衝撃で襲い、身体中をビリビリと駆け巡った。先程を軽く超えるすみれのぶりっ子ぶりにもはや2人はガタガタと寒気すら覚えてしまう。

 表情は相変わらず引きつり、不気味なハーモニーを奏でており、次に話しかけられた男性もすみれのその声と姿のアンバランスさに生命の危機を感じたのか「う、うわぁ〜! ご、ごめんなさ~い!」と叫びながら死にものぐるいで逃げていく。ダメだコリャ。

 キャラを守る重要性、そしてイタイように見えていた保奈美がどれだけ可愛げがあり、ぶりっ子が似合っていたのか痛いほどすみれで身に分からされたものであった。


「すみれさん、どうやらわたくし以上にダメみたいですねぇ……」


 地獄でも見たかのような震える口ぶりで古式は恐る恐る呟いた。


「はぁ……、こうなったら、やっぱり俺がやる!!」



 ということで結局、ゆうまにヒッチハイク声掛けのお鉢が回ってくるのであった。


「それにしても、ゆうまったら本当に“アレ”で大丈夫なんですの……」


 すみれは自分がヒッチハイクの声掛け役を降板したことに安堵しつつも、別の不安を胸にゆうまを古式と見守る。

 彼女がなぜそこまで不安にしているのか、それもそのはず、ゆうまはなんと金髪ロングヘアのカツラを被り、口には真っ赤なルージュ、瞳には紫のアイシャドウ、頬にはチーク、その上服装はピンクのワンピースというこだわりまくった女装スタイルの出で立ちで声掛けに臨んでいたからであった。

 つまり古式やすみれに代わり、ゆうまが女の子のフリをしてヒッチハイクのための男を捕まえようという作戦なのである。このためにわざわざゆうまは手元に残っていた小銭を全てサービスエリアに売られていた服や化粧品購入にはたいた程の本気っぷりである。


「さぁ、来い。絶対に捕まえてみせる!!」


 ゆうまは色気たっぷりにカツラの髪を耳にかけながら、乗せてくれそうな男を曇りなき(まなこ)で品定めし始める。

 そんな中、さっそくふと目の前を通り過ぎる男が1人。ゆうまはシメた、この機会を逃さないとばかりにキラリと目を光らせ、そのターゲットを補足、有無を言わせないスピードで後ろ姿の男の肩をトントンと軽やかに叩く。そして男が振り向いたその刹那、ゆうまはおもむろにドサリと地面に倒れ込んだかと思うと、途端にしおらしげな表情で一言「……私を車で連れてって……♡」とセリフを放つ。

 瞬間、すみれと古式の間に本日1の衝撃が、まるで天変地異に降り注ぐイカズチのようにガラガラガッシャーンと脳天を引き裂き、驚天動地の勢いで身体中をビリビリと駆け巡った。2人はたじろぎ、リアクションや言葉を発することも出来ず、開いた口を塞ぐことすらままならない。

 それもそのはず2人が今、目にした光景は、まさに混沌、大正桜に浪漫の嵐とでも言うステレオタイプな、いじらしい女の子像を自信満々に演じるゆうまの姿であり、あまりの三文芝居っぷりと奇天烈具合にすみれと古式は引いてしまったのだ。

 こんなものではOKが貰えるどころかヒッチハイクという作戦自体が成功するはずがない。2人は、もはや絶望に打ちひしがれ、そのまま暗闇に沈みゆく意識の中でそう確信した、



――が、しかし、その男性から返ってきた言葉は「あぁ、いいぜ···」という承諾の言葉であった。


「「え?」」



           *          *



 高速道路を駆け抜ける車のエンジン音が、張り詰めた会話のない車内に響いていた。ゆうま達一行はというと、ヒッチハイクに成功し、車に乗せてもらう承諾を取り付けて目的地である研修旅行先のホテルへと向かってもらっているところである。

 車内では後部座席にすみれと古式が座り、2人は、恩人となった運転席の男と助手席に座る女装したゆうまの行く末を恐る恐る見守る。


「……あ、あのー、太ももに手を置くのやめてもらえませんか……」


 運転席の男は右手でハンドルを握り、もう一方の手をなぜかゆうまの太ももに置いており、生汗の絶えなかったゆうまは沈黙の中、思わず運転席の男に向かって言う。


「いや、つい、ね……」


 運転席の男はそれだけ答え、結局手を離さない。ゆうまがヒッチハイクを頼んだその男は、分厚い眉毛と唇の全体的に四角く、濃い顔をした特徴的過ぎる見た目の人物であった。筋肉質な上半身にはピチピチの白Tシャツ、そしてジーンズを着た格好である。


「あぁ、運命の出会いに感謝だ……」


 再びその男は口を開き、ボソリと呟く。その意味深な彼の言葉に身の危険を感じたゆうまは、耐えきれなくなり、「あ、あの、騙してすみません。……その、実は僕、男なんです」と自らついに白状、カミングアウトしてしまう、が、しかし、その男はゆうまのカミングアウトに微塵も動揺する様子を見せなかった。それどころか「あぁ、知ってたさ」と、なんと正体を既に見破っていた旨の発言をするのだった。


「え……、えぇ?」


 衝撃の事実に呆気にとられ固まってしまうゆうま。後部座席に座って黙るすみれと古式も目を丸くし、お互いに顔を見合わせる。


「じゃ、じゃあどうして……」


「ひとめぼれってやつさ。俺の火がつき、滾り、目覚めた心はもう止めることはできない。なぁ、ちゃんと安全に3人とも研修旅行のホテルまで予定時間通りに運んであげるから、無事についた暁には俺とキスしてほしい」


 男はそう言ってゆうまの方を向き、懇願の目で迫ってくる。何と言うことであろう。自らの正体をバラせば助かると思っていたゆうまの考えは甘かったらしい。もう逃げることはできない。それでも何とかゆうまは抵抗しようと「ちょ、ちょっと待ってください!! あの、ほら、まだ僕見ての通り未成年で高校生ですし、後ろには同級生もいますんで……」と断りの文言を並べる。


「フ、その程度の障害がどおした、愛に年齢など関係ないさ」


「な……、な……」


 どうやら何を言っても無駄、彼の想いを止めることなど出来ないようである。ゆうまは絶句し、それ以上言葉が出ない。すぐさま真っ青に染まりきった表情で後部座席の方を振り向きゆうまは、「た、助けてくれ〜〜」と2人に懇願する。しかし、2人は関わりたくないのかあくまで他人事というようにそっぽを向き、気まずそうに「の、乗せてもらってるんだし、別に多少の犠牲くらい、い、いいんじゃないかしら……」「そうですわ、愛に性別なんて関係ありませんもの···」と逆に受け入れるようゆうまを突き放す。


「そ、そんな……。俺の気持ちだって大事じゃないか……」


 仲間だと信じていた2人に売られ、ゆうまは泣きそうになってしまう。と、その時、不意に車に急ブレーキがかかり、みな前のめりに引っ張られる。ふと道路を見やるとそこではどうやら高速道路が渋滞してしまっており、ゆうま達の乗る車も渋滞に捕まってしまって止まらざるをえない状況のようである。

 すると脇の緊急車両用道路の前方から1人の警察官が歩いて車の方へやってくる。そのままコンコンコンと運転席の窓を警察官が叩き、運転手の男が窓を開けると「すみません、この先1キロメートル先の方で3時間ほど前、橋の老朽化が原因の崩落事故が起こっていまして。通行止めですのでご不便をおかけしますがこの先の高速道路降り口で降りるようお願いして周ってます。ご協力のほどよろしくお願いします」とこの渋滞の理由でもある崩落事故の事情を説明される。警察官は話し終わると足早に次の説明のために後ろの車両の方へと去っていく。


「崩落事故……ということはわたくし達のバスもおそらくだいたい1時間ほど前に高速を降りて遠回りでホテルに向かってる可能性が高いですわね」


 すみれの見解はごもっともであり、渡良瀬学園高校研修旅行のバスと同様ホテルへ向かうためには、さすがに崩落事故が起こっている手前遠回りせざるを得ない。


「そ、そっか。まぁしょうがないよ。こうなったら自分達も遠回りで向かいましょう」


 ゆうまは、ごくごく当たり前の思考で運転手の男にそう提案したのだった。

 だが、しかし、この男は一筋縄では行かない。


「おいおい、俺は言ったよな? バスに追いつき、君達を予定時間通りホテルへ送ってみせるって。その絶好のチャンスをここで逃してどうする」と、今の状況を冷静に思考するゆうま達には到底理解不能な言葉をその男は突きつけてくるのだった。


「え、え? そんな、ま、まさか……」


「あぁ、このまま通行止めを突っ切って橋を飛び越え、君達を導く。だからしっかり掴まっていて欲しい」


 どこか遠くを見据えながら確かにその男は、はっきりと言った。それは危険な賭けである。確かにこの渋滞の状況で高速を降りようとも車が進まず、遅れることは必須であり、予定時間に間に合わせるためにはどこかで上手く時間を短縮せねばならないのであった。そんな中でのこの通行止めは絶好のチャンスであることには違いないのだが、しかし、これは諸刃の剣でもある。ひとつでも間違え、崩落現場を飛び越えることができなければそこに待つのは“死”、またはそれに準ずる大きな代償である。


「そんな……、き、危険過ぎます!!」

「そうですわ、やめなさい」

「そんなの、じ、自殺行為ですよ」


 3人は必死にその男を止めようとする……、が既に覚悟が決まっているのか彼はもう聞く耳を持つことはない。


「大丈夫さ。愛があれば少しの溝なんて乗り越えられる。危険な夢と言われても、スリルのためにすべてを俺は賭けてもいい!! だからもし、ちゃんとホテルにつけたらキスを頼むよ、約束だ」


 そう一方的に宣言した……刹那、一気に男はアクセルを踏み込み、有無を言わさぬスピードで車を急発進させたのもつかの間、脇の緊急車両用道路に車をねじ込み、フルスロットルで走り抜けていく。

 そのあまりのギューンという急発進の衝撃で「うわぁ!!」「きゃあ!!」と身体が車内にぶつかるゆうま達。

 そんなこともお構いなく男の運転によって車はみるみるうちにスピードが上がっていく。80km、90km、100km、120km……140km!!


「こ、こ、こんなにスピード上げて大丈夫なんですかぁ!!」


「問題ない、ここは“高速”道路だ!」


 車はみるみるうちに進んでいき、渋滞を抜ける。すると先方に警察によって設置されたバリケードが。どうやらこれ以上進むと崩落事故の現場に行き着くらしい、が、しかし、男はそれを見ても戸惑うこともなくスピードを緩めない。


「な、なんだぁ!?」「と、止まりなさい!!」


 想定していなかったであろう猛スピードでこちらへ向かってくる車に、バリケードで監視していた警察官達が一斉に制止しようと叫び出すも、その声を無視し、ドカンとそのままバリケードを突き破る。

 そしてついに見えてきたのは橋の一部がポッカリと落ちて先が見えず、車の進むべき道の無い道路である!!


「行くぞ!! ぶっ飛ばすぜベイベ!!」


 いざ飛び越えん! と、マックススピードで車は勢いよくその身を橋から投げ出した――!


         ・

         ・

         ・

         ・

         ・


「……う、うぅ、痛たた……。あれ?」


 ゆうまは失っていた意識を取り戻したようでふと目を開ける。車が飛んでからの記憶が一切ない。あれ? もしかしてここは死の世界なのだろうか。そんな思いが瞬時に駆け巡り、慌ててあたりを見回す。するとオレンジ色の夕日が浮かぶ景色が窓から見えた。隣を見やるとそこには変わらず濃い見た目の男が運転を続けている。と、後部座席の方から「ん、んん……。あれ……? わ、わたくし達どうなったのかしら……」と、頭を抑えながらすみれと古式も起き上がる。

どうやら後部座席の2人も気絶していたようで今、目が覚めたようである。


「大丈夫か? さぁ、そろそろ目的地につくぜ」


 未だ頭がぼんやりしているゆうま達に、運転手の男が声をかける。しばらくして車が進む道路の先の方には目的地であるホテルが見えてくるではないか。そこには先程着いたばかりといったような渡良瀬学園高校生徒達を乗せたバスの姿もある。

 どうやら本当に橋の飛び越えに成功し、追いついてしまったらしい。程なくゆうま達を乗せた車はホテル入り口に止まっているバスの後ろへとやって来て停車する。

 バスからはちょうど渡良瀬学園高校1年生の生徒達が降りているところであった。これで良かった。ゆうまは胸を撫で下ろす。


「さて約束通り、ホテルに運んであげたんだ。キスしてくれ」と、ゆうまがホッとしたのもつかの間、運転席から男がキスを迫ってくる。


「な、ちょ、ちょっと、待って……!」


 有無を言わさぬスピードにゆうまは回避が追いつかない。このままでは……! そう敗北を覚悟したその時だった。


「さぁーっ、キッスを……な、ウゴォッ!」


 思わず目をつぶったゆうまの耳に聞こえてきたのは鈍い音と悲痛な叫び、そしてドサリと何かが倒れる音であった。何が起きたのか。恐る恐る目を開けると、なんとそこにはキスをしようと迫っていた男が無惨にも倒れているではないか。


「あ、あれ? 一体何が……」


「大丈夫ですか、ゆうまさん?」


 声をかけられ、ふと横を見やるとそこには手刀を食らわせたと見られる古式の姿が。


「こ、古式さん〜〜!」


「背後がガラ空きでしたのでつい……。それにゆうまさんがキスされてしまうの……、そ、その、何だか見たくなくて……。おそろしく速い手刀を食らわせてしまいました♡」


 古式はニコッといたずらな笑みを浮かべる。

ということで命拾いしたゆうまは古式、すみれと共に逃げるようにそのまま車を降りる。

 するとそこにはちょうど皆と共にバスから降り立った甘美の姿が。


「あれ!? な、ゆ、ゆーま!? それにすみれと古式さん!! 何で知らない車から3人が出てきたの? それにゆうま女装してるし、どういうこと!?」


 目をまん丸くする甘美、そして他のクラスメート達、しかし嬉しさのあまりそんな奇異の目はお構いなく「み、みんなー!!」と走り寄る3人。

 こうして無事バスに置いていかれたゆうま、すみれ、古式は研修旅行のホテルへとたどり着き、合流することが出来たのであった。



TO BE CONTINUED

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ