第13話「のんびり古式さんとゆうまのくたくた日曜日!!」
パコンッ! パコンッ! という胸をすくような心地よい打球音が聞こえてくる、渡良瀬学園高校グラウンドのテニスコート。1年生も加わってはや幾日、今日もまた次なる大会を目指して部員達の練習が行われていた。
「やめーーっ! これより15分間の休憩とする」
部長の一声と共にビーッと合図の笛が鳴り、それと同時にコートからベンチへと戻り始めるテニス部メンバー。彼らに混じり、ゆうまもまた水分補給のため、ベンチへと小走りでやって来る。
「ゆうま、調子の方はどう?」
喉にごくごくとスポーツドリンクを流し込んでいると、ふと別コートから戻り、タオルで汗を拭う甘美が尋ねてくる。
「ん? あぁもちろん。今日は何だかゼッコーチョーだよ」
「へー、それは頼もしいわね~。それじゃ後でお手並み拝見といこうかしら」
「あぁ! 命をかけてかかってきな! 返り討ちにしてあげるよ」
2人は、互いに柔和な表情をしながら牽制し合いつつ、いつものごとくたわいない話を続ける。と、突然、横から「あ~❤️ 2人とも、練習お疲れ様~❤️」と猫を撫でるような甘~い声が。こ、この声はまさか……。
案の定、そこにいたのはピンクのジャージに身を包み、長い髪を結わえてドリンクとクーラーボックスを持った、いかにもなキャピキャピマネージャー姿の保奈美であった。
「はい、飲み物ど~ぞ❤️」
そう言って新たなスポーツドリンクを2人にそれぞれ手渡したと思えば、そのまま別のテニス部メンバー達にも保奈美は次々にドリンクを渡していく。
そんな彼女に男子達は「おぉ! 保奈美ちゅわ~ん、ありがと~❤️」
「君のおかげで元気回復~!」
「このドリンク、冷たくて気持ちE~! 保奈美ちゃん最高!」と、メロメロのご様子。
そんな彼らにこれまた保奈美はご満悦なようで、ますます可愛い子ぶりをエスカレートさせていく。
「あ~ん❤️ みんな~、ありがと~❤️ 何か困ったことがあればこれからもマネージャーの私に相談してね~、私、みんなのこと応援してるから~!」
「「「「うんうん、しちゃうしちゃう毎日しちゃう~❤️」」」」
そんなお花畑な光景に呆れるゆうまと頭を抱え、顔色を悪くする甘美。
「あ~ぁ、保奈美の奴、すっかりマネージャーになりきっちゃってるよ……」
「あぁ……頭が痛い……。だから姐さんと同じ部活はイヤだったのに……」
第13話「のんびり古式さんとゆうまのくたくた日曜日!!」
「と、とりあえず気を取り直してさ、ちょっと軽く打たない?」
ゆうまは保奈美をひとまず置いて、甘美にラリーをもちかける。
「そ、そうね。今、休憩時間だからコートも空いてるだろうし、あたしももうちょっと練習したかったからやりましょ!」
ということで2人は先程の練習の跡が残る空いたテニスコートへとやって来る。
「よーし、じゃあ俺からいくよ、それっ!」
バコンッ! と甘美めがけて軽く打球が繰り出される。
「オーケ、オーケー!」
それを甘美が、スパコンッ! と丁寧に返球していく。そのラケット捌きを数回ほど繰り返しながらボールのやり取りをしていた時、それは起こった。
「あっ! ヤバッ!」
バコンッ! という打球音の後、ピュ~~という気の抜けた音と共に甘美が送ったボールは正しい軌道を逸れ、ネットを越えてはるか遠くまで飛んでいく。
「ご、ごめ~ん、ミスっちゃった~」
自らのハプニングに、手を合わせ、コートの向かいにいるゆうまへ謝る甘美。どうやらボールは、はるか遠くグラウンドの方へと飛んでいってしまったらしい。
あ~ぁ、こりゃ結構遠くまでいっちゃったな……。
ゆうまは、目視で確認しようとするが捉えられない。
「あたしが取りに行ってこようか?」
甘美が申し訳なさそうに切り出す。
「い、いや、いいよ。俺が取りに行ってくる。どうせグラウンドのどこかに落っこちてるだろうから」
「ホントごめん。ゆうま、ありがと」
ということでゆうまは、テニスコートを後にし、とりあえずグラウンドの方へとやって来る。
「う~ん、確かこの辺に落ちていったような気がしたんだけど……」
そう呟きながら辺りをキョロキョロと見渡す。すると目線の先に案の定、探していたお目当てのソフトボールが。
「あっ! やっぱりあった。あれだ!」
てっきり飛んでいった方向的に見つけるのが大変だろうと予想していたものの、思いの外あっさり見つかったことに、嬉しさのあまりすぐさまボールへと駆け寄るゆうま。
これでホッと一安心……、と胸を撫で下ろしていると、突如「あぁ~、危なぁ~いぃ~!」という叫び声が。
「な、何だ!?」
そう驚きの言葉を発そうと後ろを振り向いた刹那、有無を言わさず、みしっ! とゆうまの顔面に遠方から飛んできたボールが直撃する。
「!?」
あまりの突然の出来事によって視界を奪われ、ゆうまは目を回してフラフラに。さらに体勢が不安定になっていた所、追い討ちをかけるように足で先程の落ちていたボールを誤って踏んづけてしまう。
「あわわ!?」
――ズルッ! ゴチンッ!
鈍い音が辺り一面に響き渡る。どうやらゆうまがボールを踏んづけたことで足を滑らせてしまい、そのまま身体ごと倒れて地面に頭を強打してしまったのである。
目の前が真っ暗になり、泡を吹いてバタンキューと気絶してしまうゆうま。
「あらら? だ、大丈夫ですか?」
そんな、のびきったゆうまの元に1人の少女がやって来るのであった。
* *
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「……ん、んん……、い、いたた……」
あれから幾時が経ったであろうか……。ゆうまはゆっくりと意識を取り戻し、ふと目を開ける。
「……知らない天井だ……」
目の前には、そこには、見知らぬ天井が広がっている。こ、ここは一体……。
ゆうまは、未だに痛む頭を押さえながらゆっくりと体を起こす。辺りには乱雑に用具が置かれている。どこかの倉庫の中であろうか。
「あらら? お目が覚めましたか?」
ふいに背後から声がしたかと思うと、そのままゆうまの目の前に、その声の主が現れる。そして心配そうに顔を覗き込んでくる彼女は、テニスウェアを着用し、赤毛色の髪の毛をサイドで三つ編みにした類いまれなる美少女であった。喋りは、どこかおっとりとしている。そんな彼女にゆうまは見覚えがあった。
「……ん? あぁ! キ、キミはうちのクラスの古式 薫さん!」
そう、ゆうまの前に現れた彼女は、クラスメートの古式 薫であったのだ。
「あらら? わたくしのことを知っていらっしゃるなんて、さすがゆうまさん」
古式は感心したようで目を細める。
「こ、古式さん、キミは一体ここで何を? というか俺はどうしてここに、そもそもここは一体どこなんだい?」
「ここは部活倉庫ですの。実はわたくしの飛ばしたボールがゆうまさんの頭に直撃したみたいで、ボールを拾いに来たら倒れていらっしゃったから。それでゆうまさんを保健室まで運ぼうとしたもののわたくしの力では出来ず、ひとまずこの倉庫までなんとか連れてきて寝かせ、看病していたんですの」
そう説明し、古式は申し訳なさそうに目を逸らす。
そんな彼女に、とりあえず状況を理解することが出来たゆうまは「な、なんだ、そういうことだったんだ。どうもありがとう。助かったよ!」と言って手を取り、ニッコリとして感謝を伝える。
その笑顔に思わず顔を赤くし、照れる古式。
「いえいえ、ご迷惑を御掛けしました」
「にしても変だなぁ、古式さんって同じテニス部だったんだ。クラスメートなら存在を知らないはずないのに気づかなかったよ」
「まぁ、それもそうですねぇ。実はわたくし、うっかり手続きを間違って弓道部の方にも入部届を出してしまったもので、今までそちらに参加していたのです。なのでテニス部に顔を出したのは今日が初めてだったんです」
そう言って特に自分の失敗に困った表情もせず、笑顔を崩さない古式。
どうやら喋り同様性格や行動もおっとりしているようである。
「あ、……そう、だから見なかったのか……」
そのような彼女の天然っぷりにゆうまは少しばかり苦笑いしていると「目も覚まされたことですし、もう戻られますか?」と、古式はゆうまに尋ねる。
「そうだね、だいぶ気分も楽になったし、戻ろうかな!」
「ではお洋服をちゃんと着て行かれてくださいね」
「そうだね! ちゃんと服を着て……って、あれ!?」
ゆうまは違和感を覚える。なにやら体全体が身軽でスースーするのである。こはいかに?
そう、実は自分の体を見てビックリ、なんとパンいちの状態なのである!
「ど、どういうこと!? こ、古式さん、俺のテニスウェア一式は!?」
「あぁ、それでしたら看病の時は肉体を締め付ける服を脱がせた方が良いと聞いたことがありましたので脱がせてその辺に置いておきましたよ」
そう言って古式は悪びれもなくニッコリと微笑む。
「あ、あのねーっ! それは熱中症の時とかの対処法だと思うんだけど!?」
「あれれ? そうでしたかねぇ」
そう言われてもピンとこないのか古式は不思議そうな表情をし、首をこくりと傾げる。そんな彼女をひとまず置いておいてゆうまは、その辺に置かれたというテニスウェアを探す。
しかし、いっこうに見つからない。
「あれーっ! 古式さん、ホントにこの辺に置いたの!?」
「うーん、その辺でしたかねぇ。でもあっちの方に置いた記憶もありますような……、どっちでしょう」
「えぇー!? そ、そんな……」
どうやらつまるところ、無くしたようである。
はぁ……、天然というのも考えものだな……。
ゆうまは、思わずハァとため息をつく。
「まぁ、お元気を出してください。わたくしも探しますから」
相変わらずのんびりしながら古式は、ゆうまのウェアをガサゴソと捜索し始める。
「このままじゃ俺、ここから出られないよぉ……」
ゆうまは己のパンいち姿に、もどかしく思っていると突然、倉庫の中でギイギイという何か軋む音が立ち始める。
「な、なんだ!?」
ゆうまが慌てて辺りを見回すと、ガサゴソと古式が漁っているその頭上数メートルにある、古びた看板が今にも落ちそうにグラグラと揺れ、音を立てているではないか!?
どうやら下手に道具を触り、動かしたせいで元々ネジが緩んでいた状態の看板がバランスを悪くしたらしい。軋む音はさらに大きくなってゆく。
しかし、肝心の古式はそのことに気づいておらず、なおもゆうまのためにテニスウェアを探し求め、道具を漁っている。
「こ、古式さん、危ない!!」
「はい? どうかしま――」
――どんがらがっしゃーん!!
古式が振り向いた瞬間、それは突然のことであった。古びた看板は限界を迎え、音も立てずに一気に地面へと落っこちて来たのである。そのまま、すぐに辺りはホコリに包まれ、何も見えなくなってしまう。
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一方こちらは倉庫の外。ボールを探しにゆうまが消えてから2時間以上が経ち、甘美は他の女子テニス部の2人と共に倉庫へと道具を片付けに来ていた。
「まったくゆうまってばボールを拾いに行ったままどこへ行ったのかしら」
「そういえば古式ちゃんもずいぶん見当たらないのよねー」
「おかげで私達だけで倉庫まで道具を片付けに行かなきゃいけないハメになるなんて……」
そう言って3人は、ガラガラと倉庫の扉を開ける。
「……ケホケホッ! うわっ! 煙いっ! な、何なの!?」
甘美は扉を開けた瞬間、倉庫いっぱいに舞い漂っていた煙に驚き、思わず払う。すると宙を舞うホコリは徐々に外へと逃げて薄くなっていき、全体像が次第に見えるようになってくる。
そして始めに視界に飛び込んできたのは、古式を抱えて倒れ込むパンいち姿のゆうまという衝撃の光景であった。
「こ、古式さん大丈夫?」
「あの、ゆうまさん、どうもありがとうございます」
なんとかゆうまは、看板が落ちてくる前に古式を抱え、巻き込まれる寸前の所を救ったのであった。が、しかし端から見たその異様な光景が、そのような経緯の結果によるものと甘美達の目に映るはずもなく……。
「な、な……、ゆ、ゆうま? あんた一体そこで何をして……」
甘美と女子テニス部2人組は声を震わせ、カチコチと固まる。
「ん? あ、あれ? ど、どうして甘美達がこ、ここに!?」
ゆうまは突如として現れた甘美達の姿に気づいたものの、理解まで追いつかない。
「い~からゆうま、そんな格好で古式ちゃんを抱えて何をしようとしとるんじゃ~~!!」
ゆうまは、我に返り、自分の姿を見てぎょっとする。確かに端から見るととんでもなくヤバい状況であることが瞬時に理解出来たのである。
「い、いや、その、ご、誤解だって!! こ、これにはとっても深~いワケがあって、その……」
「「「こっの、変態けだものが~~!!」」」
みしっ!
「なんでこ~なるの~~~」
女子達渾身の一撃炸裂! ゆうまは、思いっきり蹴り飛ばされてそのままキランと星になっていく。
「だ、大丈夫!? 古式ちゃん!」
「ゆうまに何か変なことされなかった?」
「ごめんね、襲われていることに気づけなくて」
吹き飛んだゆうまは、さておき甘美達は古式に駆け寄り、優しい言葉をかける。
「あの、わたくしは大丈夫なのですが……。ゆうまさんが、どうしてか星になっちゃいましたけど」
そう言って古式は、相変わらずのんびりボーッと、ゆうまが飛ばされていった夕暮れに染まる空を見つめるのであった。
* *
ここは体育館の女子更衣室。部活を終えたバレー部などの女子生徒達がワイワイガヤガヤ所狭しと並んで着替えを行っている。
「……でさーっ、もーそれが面白いのなんのって」
「うっそ~、私も見たかったな~」
「それな~! 今度さ~……」
と、ぴゅ~~どんがらがっしゃーん!
「きゃー! な、何!?」
「天井を突き破って何かが落ちてきたわよ!!」
「どうして上から? い、隕石かしら!?」
モクモクと更衣室中を覆い立つ煙。そしてそこから現れたのは隕石でも宇宙人でもなく、吹っ飛ばされてきたパンいち姿のゆうまであった。
「い、いたた……。まったく甘美にも困ったもんだよ。ワケも聞かずにヘンタイ扱いするなんて……」
「「「「「「「きゃーー!! 変態、痴漢、女の敵!!」」」」」」」
――どか ばき どすう ぱこーん!
「……ち、違うんです……」
その後、ゆうまは女子という女子から殴られてボコボコにされ、誤解が解けるまでしばらく木に吊るしあげられたのであった。
TO BE CONTINUED