第11話「除霊師さくら! 恐怖の極楽大作戦!!」
真冬のホラースペシャル!
グラウンドも朱に染まる放課後、怪奇現象に悩まされているという家の除霊依頼に向かう、巫女で同じクラスメートの天童 さくらに付き添うことになったゆうまは、校門にて彼女の仕度を待っていた。
「お待たせー!」
大きなカバンを抱えたさくらがニコニコしながらやって来る。どうやら仕度が整ったようである。
「じゃあ今日はよろしく、さくら」
「オッケー! 行きましょ。とりあえずアタシについてきてね」
2人はさっそく依頼人の待つ現場へと向かうのであった。
第11話「除霊師さくら! 恐怖の極楽大作戦!!」
辺りが徐々に闇に染まり始めた頃、学校から40分程歩いた所で辿り着いたのは、どこにでも見受けられる住宅街の中の一軒家であった。
それはおおよそ怪奇現象に悩んでいるとは思えない程綺麗で現代的な、まるで新築の建物である。
ゆうまは、浮かべていたイメージとのギャップに思わず目を丸くする。
「こ、ここの家がその例の家?」
「そうみたいね、すでにかすかな妖気を感じるわ。とりあえず尋ねましょ」
さくらはピンポーンとインターホンを鳴らし、先日除霊の依頼を承った者ですが、と軽く名乗る。するとものの数秒で玄関のドアが開き、そこから女性=Hさんが顔を出す。
見たところまだ30代半ば程の美しい女性であり、小学5年生と2年生くらいの子供達も次々と現れる。さらに20代くらいのおそらくHさんの旦那さんであろうイケメンな男性も現れる。
「いやぁ~、どうも~❤️ アタシは天童 さくらと言いまーす❤️ もう安心してください、必ずや旦那様は守って見せます!」
さくらはそのイケメン旦那を視界に捉えるや否や駆け寄り、そっと手を取って口説き文句を並べる。
「は、はぁ……」
「ちょっとさくら!? 仕事をしに来たんじゃなかったのか……」
そんなさくらに依頼人達は引き気味になり、ゆうまが注意する。
「ハッ! つ、つい体が勝手に……、イケメン相手に素に戻っちゃった……、アハハハ……」
「と、とりあえず中にどうぞお入りください……。ちなみにですがそちらの男性の方は?」
Hさんはそう言ってゆうまの方を差す。どうやら来訪するのはさくら1人だけだと思っていたらしく、ゆうまの存在は想定外であり、疑問に思っていたらしい。
「あ、彼はアタシのアシスタントの愛野 ゆうま君です。どうぞお気になさらず」
その説明にHさんは安心したようで、そのままさくらとゆうまは、リビングへと案内される。
そこはこれまた綺麗に整理された明るい場所であり、とても怪奇現象の起きている家には見えないよなぁとゆうまは感じる。そしてふと、さくらの顔を覗くが、しかし、彼女はすでに何かを感じているようで険しい表情をして眉をひそめている。
「ではとりあえず予約の際にご説明させていただいた手順の通り、家の中や外を隅々まで調べさせていただきます」
そう言ってさくらは、カバンを持ったまま家の至るところを歩き回り始め、調査し出す。
それはリビングから始まり和室、トイレ、台所、洗面所と風呂場、2階の子供部屋や物置、そして庭までくまなくチェックする入念なものであった。そんな朝と打って変わって真剣な彼女に、ゆうまは付いて回るのが精一杯である。
そして再び回り回ってリビングに戻ってきた時、さくらは、その重い口を開く。
「端的に申します。この家は霊を引き付けてしまっている、家になっていますね」
そう言った瞬間、Hさんの顔は呆気にとられた表情へと変化する。無理もない、自分の家が幽霊屋敷と言われたようなものである。
「どういうことなんだい、さくら?」
結局一緒に回ったものの、何も感じることのなかったゆうまは、気になり、尋ねる。
「まぁ、一から詳しく説明しますと、まずトイレやお風呂場の位置です。これが昨今の建築によく見られるのですが鬼門の方角、つまり不吉な方角に設置されているんです。これは現代の建築界における家相や風水など呪術の衰退により見られている問題とも関係しています。さらにこの家、霊道、つまり霊の通り道になっていて、その霊も引き付けてしまっているんです」
そこまで説明したさくらは、出されたお茶を口に運び、そしてさらに話を続ける。
「まぁここまでは別によくあることですし、さして問題になることでもないですから不安なさらずに。ただ問題はこの家の和室でして……、ご予約の際にHさんも和室が一番ヤバめというか異様だということをおっしゃられてたと思いますが」
「ハ、ハイ。実はそうなんです。昔は寝室として使用していたのですが、いつの日からか金縛りにあったり、不気味な声を聞くようになったり、襲われるような感覚に陥ったり……。リビングにいる時も和室から何やら物音がしたりと、とにかく和室が一番ヒドいんです。それで主人も子供達も怖がっちゃって……」
体験談を語るHさんは気分が優れなくなってきたのかだんだん顔色が悪く、青白くなっていく。よほどのことがきっとあったのだろう。ゆうまは、思わずゾクゾクと背筋が震え上がる。
「まぁそれでなぜ和室の霊的現象がヒドイのかと申しますと、和室の床の間の所にたくさんの置物、それこそ像だったり、人形や石などを置かれてますよね? あの中のナニかがネックになって不吉なトイレなどに引き付けられた霊や霊道を通る悪霊なんかを引き付けてしまっているんです。それが連鎖して結果的にこのような現状を生み出してしまっているのです」
さくらはそうして静かに説明を終える。するとHさんが「そ、それが……、そのネックとなっている物が何か、原因が分からないのでしょうか? どうか、どうかお願いします」と、不安な顔で懇願する。
「現時点では部屋に大量の霊がいてアタシも根源を絞れないので、とりあえず暗視カメラを和室にセットして一緒に人を1人配置し、他の皆さんでリビングからモニタリングしてみましょう。それとトイレやお風呂場には観葉植物や御札を貼っておきましょう。夜も深くなってきたので必ずや霊は出てくるはずです。必ず解決してみせます、名家と言われる天童家の名に懸けて!」
さくらは強い決心、そして誇りとプライドの下、ビシッとHさん家族に宣言する。
「さすがさくら! で、ということは俺がリビングでHさん家族と一緒に和室にいるさくらをモニタリングすればいいんだよね?」と、ゆうまは自分の役割を確認する。しかし、さくらから返ってきた言葉は想像の斜め上をいくものであった。
「え? なに言ってんの。ゆ・う・まが1人で和室に残るんだよ❤️」
「……え?」
ゆうまはカチカチに固まる。脳の処理が追いつかない。
「だってアタシ旦那様といたいし❤️ ……じゃなくてアタシのような霊力の強い人がいると逆に霊は現れなくなっちゃうから霊感のまったくないゆうまがこの役にはベストってワケよ!」
そう言って、さくらは、たははと満面の笑みを浮かべる。
「ガーン……、そ、そんな……。は、謀ったな、さくら……!」
「ちょっと勘違いしないでよね! たまたま今回はこの手法が有効だっただけなんだから。それにアタシのアシスタントなんだから文句を言わないの! リビングからきちんと見守るし、何かあったらすぐに駆けつけるからさ、ねぇお願い❤️」
「い、嫌だ嫌だ! 絶対に嫌だ! 怖いもん、絶対にやりたくなーい!」
2時間後……
「はぁ……。結局こうなるのか……、俺どうなっちゃうんだろう」
結局ゆうまは、1人で暗視カメラのセッティングされた和室にいた。なんだか空気が異常に重く感じる。まるでずっしりと身体全体に何かがのしかかっているようで呼吸が、心まで苦しくなってくる。
しかし、未だ辺りは不気味なほど静寂な、肌を差す針のようにヒシヒシと冷たい空気に包まれていた。時刻はそろそろ深夜の1時をまわる。
『ふぁ~あ……、ゆうま、今の所、異常はない……?』
手持ちのトランシーバーからリビングにいるさくらの眠そうなウトウトとした声がする。
「う、うん、今の所は特に……。でも何だか息苦しいよ。ていうか眠そうだけど絶対に寝るなよ! 見守っててよ!」
『ハイハイ……。にしても、う~ん、とりあえずもうちょっとガンバりましょ、必ず現れるはずだか、ふぁ~あ……』
ホ、ホントに大丈夫なのだろうか……、ていうかこのまま幽霊は現れないで欲しい……。ゆうまはそう懇願しながら待機を続ける。
そしてとうとう時刻は深夜の2時をまわった。床の間に置かれているフランス人形をふと見やるとこちらをジーッと見つめてくるようでゆうまは、自然と恐怖を感じる。
と、その時、バチバチバチッと脇から物音が……。有象無象に置かれているフランス人形や石、記念品のどれかからだろうか。
「い、一体何なんだよ……」
ゆうまが再びそちらに視界を向けようとした刹那、誰もいないはずの廊下から
――――ヒタ……、ヒタ……
という何者かの歩いてくるねっとりした足音がする。
その音のする廊下は障子の向こう側であり、そこからさらに
――――ギギギ……、ヒタ……、ヒタ……
と軋みと近づいてくる確かな足音が、不気味にゆうまの耳にねっとりとへばりついてくる。
先程までの静寂が嘘のようだ。体中の血の気が一斉にサァーッと引いていくのが自分でも分かってしまう。
「ま、ま、ま、ま、ま、まずぃ……、さ、さ、さ、さ、さくらにれ、れ、連絡しなきゃ」
あまりの恐怖にゆうまは押し潰されそうになり堪らず、息も絶え絶えに震えながらトランシーバーを使い、「さくら、さくら!」と、コンタクトを試みる。が、しかし、何度やっても返事がない。
「おい! さくら! さくら! 応答せよ! ど、ど、どうして……、さっきまで正常に作動していたはずなのに……!」
――――ヒタ……、ヒタ……
瞬間、ゆうまの身体を金縛りが襲う。まるでガッチリと掴まれ、押さえつけられているかのように体が動かない。さくらとの連絡手段も絶たれた今、ゆうまには何もすることは出来ない。ただただ己の無力さに絶望し、目の前の出来事に恐怖するだけだ。
――――ヒタ………………
と、突然足音が止まり、そのまま足音が聞こえなくなる。どうやら中までは入ってこられなかったのだろうか。助かったのだろうか……。
「рклссррпклччヰヱΔΔΚΚΓヱ……!」
突然、耳元でこの世の者とは思えないしゃがれた男性の声が! こ、これは、このままじゃ
……………………死!
と、スパンッと障子が勢いよく開かれる。
「そこまでよ! ゆうまから離れなさい!」
陰湿な空気を吹き飛ばす部屋中に響き渡るような澄んだ声で現れたのは、巫女装束を纏い、御札を手にしたさくらと怯えて震える付き添いのHさんであった。そしてそのままの勢いで除霊作業が始まる!
「この世のモノにあらざる者よ、即刻立ち去りなさい。今からアタシがあの世へ! イカせてあげるわ……❤️」
そう言い放つと、さくらは手に霊力を集中させ、印を結び、そのまま御札に力を注入していく。そのあまりの霊力の強さに、辺りはまるで真昼のように明るく、そして眩しく照らされて光り輝く。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前、悪霊退散、破ーっ!!」
さくらは、流れるような手際の良さで一気に御札を床の間に置かれていた石に貼り付ける。瞬間、石は眩しく光り輝き、「ヴァァァァァァ~!!」という断末魔がしたかと思うと、そのまま次第に光を失ってゆく。
最後にさくらが大麻を振り、鈴をシャンシャンと鳴らして仕上げをする。それらはわずか数秒の出来事であり、ゆうまとHさんは、ただただ唖然と見つめるだけであった……。
「大丈夫、ゆうま? 危ない所だったね。まさか通信を妨害されるとは……。異変に気づいたから良かったんだけど、あともう少し遅かったらゆうまは襲われていたわ……、ワタシの気配に殺気づいていたし」
「こ、怖かったよ~……」
さくらの言葉に、再びゾクッと背筋が凍るゆうま。鳥肌は収まりそうにもない。するとさくらが御札を貼り、先程お祓いした石を拾い上げてHさんの方へと向ける。
「どうやらこの石に取り憑いていたみたいですね。これは一体どこで?」
「えっとですね……、あっ! そ、その石は確か以前家族で河原にバーベキューをしに行った時、息子が記念に拾ってきた石なんです。それでそこに飾っていたんですけど……」
Hさんは記憶を辿りながらたどたどしく説明する。その話をさくらはフムフムと聞き、そして結論が出たようで口を開く。
「どこの河原かは知りませんが、勝手に石を持ち帰ってきたことが問題ですね。そもそもまず石というのはその土地の神様のモノであり、あまり持ち帰るのはよろしくありません。さらに河原の石となるとその川で水死した者や過去、近くの戦で死んだ者達の怨念、霊魂が宿っていることが少なくありませんし、それを知らずして勝手に持ち帰ることは危険なんです。類は友を呼ぶというように今回はこの石に宿っていた悪霊、そして怨念が霊道を通る悪霊をも引き付けてしまい、ここまでひどくなったのでしょう」
「な、なるほど……、これからは気をつけます」
Hさんは納得したようで深く頷き、反省する。
「まぁ先程の除霊でこの石に宿っていた霊は祓いましたし、このままうちが貰い受けて処理します。後はリビングでアタシの教えたことをきちんとすれば心霊現象に悩むことももうないと思います。安心してくださいね」
そう言って優しく、はにかむさくら。そして心労が消え、再び笑顔に戻るHさん達。人のために働いた彼女の、さくらのその笑顔は、どんな笑顔よりも可愛らしく、素敵だった。
こうして依頼を終えたさくらとゆうまは、制服姿のまま、徐々に明るくなり始めている空の下をとぼとぼ歩く。
「いやー、ゆうま、今回は助かったわ。ありがとう」
「ま、まぁ役に立てたんならいいけど。でもまだ怖くて腰が抜けそうだよ……」
「アハハ、ちゃんと埋め合わせはするからさ、許して❤️」
「にしても、ホント俺、男の人の声が耳元でした時にはどうなることかと思ったよー」
「……え? 何言ってんの。私が祓ったあの石に宿ってた悪霊は、とある事件にて川で溺死した女性の霊だったけど……」
「え? で、でも確かに俺が聴いた声は……」
そう、確かにあの時聞こえたのは紛れもない男性の声だ……。しかしさくらは、きょとんとしており、嘘をついているようには見えない。
ゾクッ……
じゃ、じゃあ、あの時聞こえた声は一体誰、何だったのだろうか……。ゆうまは、もう一度来た道の先、依頼のあった家の方を振り返る。
やっぱりあの家はまだ……。思えば何だか黒く霞んでいるように見えた気もするが、しかし、今となってはそれを確かめる術もない。
ゆうまは、ただただ歩き続ける。そして恐怖はまだ、これで終わりではなかった……。
* *
「ぐがぁーっ、ぐがぁーっ」
「ぐーすか、ぶーすか、むにゃむにゃ……」
「こぉらっー!! 学校に来てまで居眠りするんだったらバケツを持って2人とも廊下に立っとれーっ!」
そう、徹夜明けの寝不足のため、ゆうまとさくらは授業中に長々と、そして堂々と居眠りをしてしまい、そのことを先生に、しこたま怒られるという恐怖の時間を過ごすことになるのである……。
TO BE CONTINUED