Peace Maker
「ついにここまで辿り着いた。貴様を倒してこの世界を元に戻す!」
そうさ、俺にはもうそれしか残っていないんだ。
「我は悪意の化身、魔王なるぞ!貴様なんぞに倒されてたまるか!闇よ!我に力を!」
魔王の身体に闇が集まっていく。
闇の霧がはれたそこには醜悪な真に化け物と呼ぶべきものがあった。上半身は元の人間体だというに下半身は何人もの死に顔を寄せ集めて作った塊のような姿をしていた。
心弱いものならば発狂してしまうほど酷い負のオーラを放ち、魔王は城よりも高く飛行する。俺たちもそれを追っていく。
「このままあいつを逃がすわけにはいかない。アルフィー、レン、ネーナ、ガルス。協力してくれ」
「ええ」
「あったりき」
「わかりました」
「了解」
俺は聖なる剣を掲げた。
「原始の光の精霊よ、我が呼び声に応え力を貸し賜え」
剣の柄が熱くなる。仲間たちの魔力が俺に集まってくる。
「光り輝ける者たちが創りし聖剣、その銘イビルスレイヤーよ汝が力解放せよ」
刀身が光り輝く。集中しろ。チャンスは一度きりだ。俺にさらに魔力が注ぎ込まれる。もう少しだ。
「勇者様!危ない!!」
その声に俺は顔を上げる。
グシュゥッ! という蛙を潰して破裂させたような音が頭に響いた。と同時に左眼に信じられない激痛が走った。
「あがっ、ぐっ」
俺は左眼を押さえて悲鳴を堪える。
「早く治療を!!」
俺はレンに怒鳴った。
「集中を切らすな!いまは魔王に集中するんだ!!俺のことは後でいい!」
「は、はいっ」
俺は剣先を魔王に向け、詠唱を続ける。こんな痛みなんかに、
「負けてたまるか!!」
刀身が白く輝きを増した。
「滅びろ魔王!喰らえ、ホーリーイービルバスタードアタック!!!」
光の刃が魔王へと突き刺さり、その闇を浄化していく。けだものの断末魔を最後に魔王は消えた。それと同時に、俺の体は地面に倒れ伏した。
「勇者様!?」
「早く治療を!」
そこで俺の意識は、闇に飲まれた。
――ニククハナイカ?
何が?
――オマエヲクルシイタビニダシタオウガ。
俺は自分の意思で旅に出たんだ。
――カミニツカエルユウシャダカラ?
それだけじゃない。魔王がフェミナを、俺の大切な人を無惨に殺したからだ。
――ホントウニソウカ?オマエノコイビトヲコロシタノハホントウニマオウカ?
魔王じゃなかったら、誰があんな惨いことができるんだよ!
――ニンゲンハモクテキノタメナラバイクラデモザンコクニナレル。
それは・・・・・・。
――オマエモウスウスキヅイテイルダロウ?
そんなの・・・、嘘だ!嘘だ!嘘に決まっている!!
――ジブンノメデタシカメテミルガイイ。
「う、ぁぁあああ!!」
俺はベッドから跳ね起きた。なんだったんだあの夢は。
「勇者様。気が付いたんですね」
「一時はどうなるかと思った」
ベッドの横にはガルスとネーナがいた。ここは、王宮のようだ。そんなに長く寝ていたのか、俺は。
ふと視界に違和感を感じた。左眼が眼帯で覆われていた。俺は咄嗟に剥がそうとした。
「だめですよ!まだ傷口は塞がっていないんですから。それに・・・」
「なんだ?痛みならもうほとんどないし」
それは本当だ。痛みというよりも何か違和感はあるが。
「当たり前だ。薬を使っているからな。それに、外してももうその眼は見えないそうだ」
「え?」
一瞬、言われた言葉を理解できなかった。数秒後理解し、俺は、惚けたままそうかとつぶやいた。あまりにも小さい声で。
「でも、良かったじゃないですか。左眼だけで。魔王も倒せたんですし。幸運ですよ」
ネーナが気遣うようにそう言った。俺は、喜ぶべきなのだろうか。それとも。
左眼が、ぞわりと蠢いた気がした。
その日は、ひっきりなしに見舞い客がやってきた。あんまりうるさくて追い出されたり、帰ったりして今、病室には俺と、イビルスレイヤーだけが残された。
『やっと静かになったのう。汝も大変じゃろうて』
頭の中に笑いを含んだ声が響いた。イビルスレイヤーだ。こいつは剣だが、生きている剣だった。だから喋るし、自由に飛んだりもする。
「笑うな」
俺は少しむっとして言った。剣に笑われるなんて普通はありえないが、されるとムカつくものだ。
『それはそうと、汝、何か気にかかることでもあるのか?』
俺とイビルスレイヤーは契約によって繋がっている。どこかおかしいというのはすぐに分かってしまう。面倒なものだ。
「ちょっとな・・・。お前が気にかける事じゃない」
心配するなと笑いかけて、俺はその日眠りについた。
次の日、早速俺は王に謁見を求められた。聞いてみるいい機会だ。
「勇者よ、良くぞ魔王を打ち倒してきた。そなたには聖騎士団長の地位と我が娘ティレットとの結婚を約束しよう」
俺は跪いたまま王に頭を垂れた。
「ありがとうございます。ですが、わたしには別に叶えていただきたい願いがございます」
「申してみよ」
「わたしの問いに真実を答えていただきたいのです」
俺は顔をあげた。これではっきりする。フェミナを殺した犯人が。
「よかろう。問いには真実を答えると誓おう」
これだけの人の前で誓ったんだ。虚言は言わないだろう。見栄っ張りの王ならなおさらだ。
「私と将来を誓い合った、恋人フェミナを殺したのは誰ですか?」
「何をいまさら、魔王であろうが」
「では何故魔王はフェミナを殺したのでしょう?」
「勇者であるそなたに絶望を味わわせるためであろう?」
かかった。
「私はその頃、名もなき田舎騎士でしたよ。それに、魔王がそのような回りくどいまねをするでしょうか?たかが人間一人を殺すためにわざわざ現われるなど」
「何が言いたい?」
はっきり言ってほしいのか?莫迦か?
「フェミナを殺した犯人は人間です。それも、魔物に唆されたのではなく他人に依頼されたそうです。誰かまでは調べ切れませんでしたがだいたいの目星はつけました」
王の表情が明らかに変わってきた。かすかな狼狽の色が見える。
「単刀直入に聞きます。フェミナを殺すよう命じた者を知っていますか?」
「・・・・・・いいや、知らぬ。そのような事はもうどうでもいい事ではないか。そなたには新しい婚約者として我が娘ティレットがいる。それでよいだろう?」
欲にまみれた狸爺め!どうでもいい事だと・・・。
「ふざけるなぁっ!!!」
立ち上がって怒鳴る。体の奥底でどす黒い何かかが蠢くのを感じる。左眼が熱い。
「貴様!よくもぬけぬけと嘯いてくれる!貴様が命じたんだろうが!俺が勇者になることを拒否しないように、仕組んだんだろう!!」
「無礼者め!陛下に向かってそのような態度」
「証拠はあるのか!」
「誰か、その無礼者を捕らえよ!」
周りが騒ぎ出す。だが、俺がこれまで出したこともないような怒気と殺気を放つと途端に皆動きを止めた。チキン共が。
「証拠は消されてしまったよ。他ならぬ王直属の近衛軍の手でな」
悠然と玉座の王の前に立つ。見下ろしながらさらに続ける。
「もう一度聞いてやろう。フェニナを殺したのは誰だ?」
王は、恐怖に身を凍らせ顔を蒼白にした。
「・・・・・・」
この期に及んで口を閉ざすか。俺は右手にイビルスレイヤーを召喚する。
「答えろ。今すぐに」
今度は切っ先を首に突きつけて、問う。顔色はもう紙のような色だ。
「・・・。ああ!わしが殺すよう命じたんじゃ!仕方なかろう!ああでもしなければ貴様は魔王を倒しになぞ行かんかっただろうが!!」
もうやけくそのようだな。
「ああそうだろうな。俺はフェミナとただ幸せに暮らしたかっただけだ。それを貴様が奪った」
「ま、まて。わしを殺したら富も権力も手に入れられなくなるぞ、いいのか?」
「んなモンいらねぇんだよ!!さっき言ったろうが!
俺はな、愛しい人を失い、大切な仲間を失い、左眼まで失ったんだ!!」
俺は己が内の声に従い、左眼の覆いを剥ぎ取る。周囲が息を呑んだのが分かる。
「その見返りが富?権力?ンなモンのために俺は魔王を倒したってのか!?ああ?」
俺の左眼は、魔王の肉片が寄生し新たな黒い眼球を形作っていた。どくどくと脈打つ。
「俺はただ、平凡に平和に、あいつらと、フェミナと、暮らしたかっただけなんだよ!!
だから、貴様だけは許せねぇ。死ね」
「やめてください!勇者様!!」
後ろで誰かが叫んだ気がしたがそんなことはどうでもいい。ただ、こいつの首を、たたっ斬る!
ザシュッ! ブバキッ!グチュッ。
白かった刀身が紅く染まる。玉座は血を浴び、首無しの死体を載せている。首は俺の足の下で無様な音を立てて潰れた。俺はそれをさらに踏み潰しながら振り返った。
「勇者、さ、ま?」
「・・・・・・」
「どうして」
「なにやってんの!勇者!」
最後まで俺についてきた、仲間だった4人がいた。近衛隊も遠巻きに俺を包囲している。それらを睥睨しながら答えを返す。
「何って、薄汚ねぇ屑の頭つぶしてるとこだけど?」
なにか?と訊ねるように微笑んでみた。そういえば、
「お前等、ずっと俺のこと監視してたんだったっけ。俺の名前一度も呼ばなかったのがいい証拠だよな。おまけに、お前等がアルバー見殺しにしたんだよな」
目の色を変えて襲い掛かってくる。単純な。失笑し、つぶやいた。
「闇よ、わが身を守る盾となれ」
4人のすべての攻撃は闇の防御壁に阻まれた。
「勇者のくせに何故闇魔法が使える!?」
それにかまわず俺はイビルに尋ねた。
「お前は、どうするんだ?」
『契約の主は汝じゃ、汝が死ぬまで付き合おうぞ』
今となっては、唯一の味方だ。損得抜きでそう言ってくれて嬉しかった。ありがとうと心の奥底でつぶやくように言った。
「俺は、新たなる魔王となろう!お前達は皆、死ぬがいい!!」
闇の光が、世界を覆った。
眠っていたようだな。そろそろ奴らが来る。千年前の俺と志同じくする者達があの扉を開けて。
「イビル?起きろ。最後の戦いだ」
『そうか・・・。最後は、華々しくいきたいのう』
「そうだな。じゃ、いこう」
扉は、開かれた。
そして魔王は倒された。
勇者に、
「お前は、俺のようになるな・・・」
と、言い残して・・・・・・。
THE END
読んでいただきありがとうございました。
一応、入試合格祝いに古いネタ帳を発掘して描きました。『呪ワレ』も書いている途中です。
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