親衛隊という危険地帯・1
―――舞は誘い。
―――唄は祈り。
エレメンタ教の真理の一つだ。
精霊は、言うなれば原子。世界の理。
それと意志の疎通を可能にするのが、舞であり、唄。
舞がなければ精霊は集まらず、唄がなければ精霊に届かない。
だからこそ、舞媛と唄媛という特殊な存在がいるのだ。
彼女たちを選ぶのはあくまでも精霊であり、人の思惑の及ぶところじゃない。
そして、媛たちを統括しているのが、エレメンタ教会だ。
精霊を信仰するエレメンタ教の総本山であると共に、ルクトラーヅに於ける政治基盤のひとつ。
政治基盤というのも、宗教国家としての側面色が強いルクトラーヅでは、教会の大僧正達も政治に参加するのだ。……最初は媛を守るためだったらしいが、今では利権づくでしかない、と俺は思う。
そういう意味で、ルクトラーヅはまとまりに欠ける国、と言える。
大僧正が黒というのを皇王が白といい、はたまた議会が赤だという。
それで国が纏まったら苦労は無い。
しかしそれを纏めて青だと決定できる存在がたった一つある。
それが、アルリタ。
最高位の舞媛にして唄媛。精霊と人の媒介者。
―――神の美酒。
古代語でそう呼ばれるアルリタは、それこそ精霊に愛され尽くした女性である。
常に存在している訳じゃない。
精霊たちが本気で愛したたった一人に、気紛れと言っていいくらい偶に、その証しを与えてアルリタが誕生する。
事実、アルリタは今代アルリタを加えて歴史上5人しか存在しない。3千年続く教会の歴史のなかで、だ。
アルリタの脅威は、その存在そのものにある。
アルリタが一度舞えば、精霊は喜び勇んで従う。一声唄えば感極まって奇跡を起こす。
どれだけ強い舞媛・唄媛には到底出来ないことだ。
だからこそ、アルリタはルクトラーヅでは女神にも等しく崇拝される。
……まぁ今代アルリタは男なんだが。
男は、絶対に舞媛にも唄媛にもなれない。舞殿に足を踏み入れれば暴れ狂い、唄園に近付けば天罰を下す。
それ位、男は精霊に嫌われる。
常識。
―――だっちゅーのに、何故か俺はアルリタに選ばれてしまった。
姉さんの試験の代役で紛れ込まされ、ひと差し舞ったところバッチリ証しを―――精霊の瞳を与えられたのだ。6歳の時の話。
精霊の決定は絶対だ。
例え男のアルリタの前例が有り得なくても、瞳を持つ以上認めなくてはならない。
人間がどれだけ抗おうが、教会は精霊を崇める以上、精霊の決定を覆すことなどできないのだ。
今でもあの騒動は忘れられない。
『まぁアシュレア、貴女は選ばれたのよ!!』
『……』
『凄いわ、本当に凄いわ! まさかこの目でアルリタの生誕を見られるなんて!!』
『……あの』
『なぁに、アシュレア? ああ、怖がらなくても……』
『いや、僕……ゼレクアイトです。アレアの弟の』
『……へ?』
ふふっ……その場で服ひんむかれてビビったっけなぁ……
姉さんと背格好も、顔立ちも似ていたし、誰も見抜けなかったのだ。俺だって、男子禁制だと判っていたらいくら姉さんが怖くても身代わりになんて出なかった―――筈。
けれどもう、その時には全て後の祭り。
元々鬱金色だった瞳は金糸雀色に。そして覗けば判る精霊の目に変わってしまっていた。
アルリタは人間の思惑を越える。
例え不意打ちの様に生まれたアルリタでも、教会は認めるしかない。
男が媛になれないのは変わらず、やはり俺以外が舞殿や唄園に近付けば精霊は嫌がった。
そんなともすれば大怪我するところへ蹴り入れた―――勿論比喩。正確には陥れた―――麗しの姉君は、何ちゅう事をと問い詰めた周りの人間に堂々言った。
『だって判ってたもの』
ゼレカは安全だと。
生まれた瞬間から精霊に囲まれて愛された弟が精霊に殺されるなど、絶対に有り得ないのだと。
そしてその時になって初めて、姉さんの見精も露顕した。
類い希な特例の上に俺はアルリタになり、アルリタとしての責務を全うしている。
そしてそれはこれからも同じだった筈なのだが―――何の姉さんの策略か、出る筈もなかったルクトヅィアを出て、ロックスアースに編入。
絶対に、アルリタとバレてはいけない。
それこそ姉さんとの電話で言われた様に、極論を言ってしまえば、貞操捨ててでも守るべき秘密。
媛たちは純潔を無くせばその立場から解放されるが、俺に限っては別だ。
アルリタは死ぬまでアルリタ。
……エナクメラにバレれば、アルリタであることを利用されるだろう。
エナクメラは科学先進国であり、精霊への尊慮の念は欠けていると言わざるを得ない。同じようにエレメンタ教会は存在しているものの、形ばかりの教徒しかいないと姉さんが愚痴っていたのを思い出す。
そんな信仰の浅い教徒を、舞媛や唄媛に面会させるなどとんでもない、と憤慨していたのだ。
そんなエナクメラで、アルリタであることがバレでもしたら。
とても不味ーいことになるのは目に見えている。
何しろ大僧正皇王議会すら飛び越したルクトラーヅ最高権力者なのだから。
それでなくとも、エナクメラが喉から手が出るほど求めている精霊の加護を得ることが出来る。
だからこそ意表を突く意味で俺がエナクメラへ入れられたのだろうが―――我が姉上ながら何つー無茶。
そう、バレちゃいけないのだ。
引いては、既にあらかた失敗してるけど、目立っちゃいけないのだ。
親衛隊に目を付けられるなんてもっての外。
何か、何か策が必要だ……
と、言う訳で。
「好みのタイプは理事長です」
にっこり、と笑顔で、新しい級友達に宣言する。
きょとーんとした皆さんの目が超痛い。
理事長って誰だっけみたいな子も居る様だ。本当影薄いのね……
三者三様バラバラの印象を受けたらしいが、クラスメイトの共通した感情だけは読み取れた。
(マニアック……!!!!)
皆様そう思ってますねー宣言した俺自身が一番そう思ってますよーちょっと正気じゃねーって感じ?
「そんな訳で、今日から宜しく御願いします」
ぺこん、と一礼し、言われた席へ悠々と向かう。
コラそこのかわいこちゃん誰がドSだ誰が。
昨日2時間位考えた。
親衛隊に睨まれなくて済む方法を。
どうせノーマルだと言っても、逆に怪しまれるのがオチ。かと言って人気のある別の人の名前を上げようものならシルトと同室の上にまだそんな贅沢言うかオタク、となる。
だから、学園内でダントツくらいの変わり者を上げようと思ったのだ。
誰が一番陰薄い? ってきいたら間髪入れずに理事長って返ってきたよ。吃驚。
コレでシルトファンは俺が敵にならないことを理解しただろう。
だって男の好みが挙動不審だもの。
うん? しかし思いもしないオチが今この瞬間オチた気がするぞ?
言うなれば階段踏み外したみたいな……?
くきん? と首を傾げたところで、HRが終わり、隣に座っていた生徒が話しかけてくる。
「はじめまして、ゼレクアイト。俺はテハイラ・ウラキシュト。テウって呼んでくれ」
「はじめまして、テウ。ゼレカでいいよ」
うわ、これはまた男前な。
暗めの茶色の髪と瞳。凛々しいというのが相応しい容貌。同い年とはちょっと思えない発育振りだ。
若干モヤシ気味の俺としては羨ましい限り。
「シルトの同室なんだよな? 俺、シルトから色々教えてって頼まれてるんだ」
「ありがとう……」
シルト、何て至れり尽くせりな……
と、2つ隣のクラスにいるシルトに感謝していると、コソッと耳打ちしてくる。
「俺はシルトの親衛隊幹部なんだ」
えー……制裁ですかー?
……まぁ、そうじゃないのは判る。親衛隊幹部と仲良くしてればシルトに害はないってアピールになるから、それ狙いだろう。
理解したのを目で告げ、しかし更に気になった事を聞く。
「テウ、君に親衛隊は?」
「居るよ」
「本末転倒じゃねぇか!!」
ぺしっと頭をはたく。
「大丈夫だって。だって皆俺がシルトの親衛隊してるって知ってるしさ」
「……そうか……?」
安全って言ったら、安全なのかなぁ……?
まぁ既に親衛隊に入ってる人間の親衛隊だし、近付いたからってどうともないだろう。よし、条件クリア!
「何はともあれ、宜しく、テウ」
にっこりと笑って、握手する。
そんな笑顔の裏で、ウラキシュトって確かエナクメラでも旧家だよなうっしゃ情報源、とか考える俺は悪い子なんでしょうか。
普通転入生と言えば質問ぜめなのだろうが、今の俺程度の地味根暗ぶりでは誰も話し掛けて来ない。テウは上級生に呼ばれ、1限目は抜けるそうだし。
折角だから、回りの声に少し耳を傾けてみる。
え、ふと自分が此処に来た理由を思い出した訳じゃないよ?
「えー、じゃあスクルトの家って今、精霊球の新型開発したのぉ?」
「そんな凄くはないよ、高々今までの3倍の早さでしか捕まえられないんだぜ」
「三倍! 充分じゃない」
「だってさぁ、パパったら今度10倍でって言うんだー」
……うん素晴らしいまでの自慢話だな。
こんなことを教室で話すあたり、彼らの賢明さは疑わざるを得ない。が―――もしかしたら、戦勝国の油断も、手伝っているのかもしれないな。
戦争で取り返しがつかない傷がつく前に停戦を呑んだ皇国だが、戦争の勝利とその受けた傷の少なさが、危機感の弱さを招いている可能性もあった。
しかしその内容、ゴチです。3倍―――現在は10倍開発中か。成功すれば大幅な兵力強化になる。
今現在の精霊球の速度では、下級精霊を閉じ込めるのにも1ヵ月はかかる。
対し、精霊球の様に繰り返しは使えないが、舞媛・唄媛は舞った瞬間唄った瞬間に精霊に助力を求められる。
その差が強みだったんだけど―――早く、大量に捕まえられる様になったら兵力に取り返しのつかない差が広がることだろう。
それは不味い。
今日の姉さんへの報告はこれで決定だな……