バレたらマズいアレやコレ・5
嘘は言ってない。しっかり情報収集しなさいよって意味だけど☆
「うわ……キッチンあるし……」
シルトがリビングのソファに居たのでそちらに行ったんだが、部屋の奥にはキッチンが見えた。
遠目に見ても、有名メーカーラクレシアのオーダーメイドタイプだと判る―――キッチンのメーカー判る俺も俺だな……
「僕は使ったこと無いけど使う人も居るみたい。あ、シャワーは二人部屋につき一つしかないの」
「ふぅん……?」
答えながらシャワー室を覗き、ぴしっとヒビが入るのを自覚した。
しかないのじゃないわ!?
シャワー室っていうか浴室だな! 高級ホテルにあるよこんなの。ジャグジー付の湯船に、高そうな取っ手のシャワーノズル。
1つで十分です。
こんなの個室の中にまでついてたら落ち着けないこと請け合いだ。
何から何まで高級品に溢れていて、慣れるまで時間がかかりそうだ。
「しかし……ホントに寮とは思えないなぁ」
「あはは、そんなに凄いの? 僕は初等部からだからあんまり違和感無いんだ」
「どっかの高級ホテルみたい。他の学校からは想像できないよ」
「外部の人は皆そう言うんだねぇ……」
感心した様にシルトが呟く。
お金持ち感覚、慣れる気がしない。
「あ、そろそろ夕飯、食べにいかないと」
「? えっと、今18時だぜ?」
「うん。食堂は一つだから、基本的にロックスアース全員が食べに集まるんだよ。早めに行かないと、場所を探すのに手間取るからさ」
「スゴい人だかりの予感……」
「大丈夫、すぐに慣れるよ」
立ち上がったシルトに続き、俺も立ち上がった。
慣れなくちゃやっていけないんだけど。
ああ、財布代わりのカード忘れてた。
カード無くしたら姉さんに殺される気がするのは何でだろうな、常識だからかな。
広い広い、広すぎる。
場所が無くなるとか、心配する必要なくね!? ていうかそれの心配するなら高級レストラン仕様の丸テーブル配置止めればよくね!?
以上、三ツ星レストランもかくやという内装の食堂に着いた、俺の第一感想。
シャンデリアキラキラしてるじゃないか……
慣れたシルトの後を金魚のフン宜しくついていく。が、どうやら本格的にオタクがあだ名の様だ。
根暗帰れ似合わねーんだよオタク消えろ屑。
あ、悲しくなってきた。
メガネかけてるからってオタクって、それは偏見じゃないか……
「……ごめんね」
「いや、いいよ。言われなれてるからさ」
嘘です。初めて言われました。今までどっちかっていうとキャーキャー言われる方でした。
「あ、理事長」
シルトの見る方へ視線を向けると、かなり離れた窓際のテーブルに理事長が座っている。
ちなみに造作じゃなくて仕草とかで見つけられます。ビビりすぎ。
本当に、なんであんな一発で見つけられるくらい目立っている筈なのに、記憶として思い出そうとすると、顔立ちやらなにやら、外見的特徴が殆ど浮かばないんだろうな。
隣を誰かが通る度、ビクついているのが、こんなに離れているのに見て取れた。
「おー、ホント。つーか独りで飯食ってんのに何であんなビビりつビビりつなんだ?」
「さぁ……? 就任したてからずっとあんなだよ」
「……ふぅん」
やっぱなんか、釈然としないんだよな、あの人。
おや髪は黒だったのか、なんて暢気に考えていると、シルトがメニューを機械に打ち込みながら口を開いた。
「そういえば、教徒にしても髪長いよね」
「まぁね。前にいたのはエナクメラでも辺境だったから、結構長い人居たけど……流石にここじゃ目立つな。確かに俺、男としてはおかしいくらい伸ばしてるし」
「色も黒だしね―――アルリタって、ゼレカみたいな感じなのかな?」
「あはは、大袈裟だって」
ヒラヒラと何でもないように笑い飛ばす。
黒髪長髪しかも男、と言うだけで、尋常じゃなく目立つのだ。ただの長髪というだけではなく、その3つの要素が絡んでいる俺を見れば、おそらく相当な人数がアルリタを連想するだろう。
髪を染めることができず、長さもどうしようもない以上、その連想は止めようがない。
今のままの雰囲気で生活するなら、それはかなり邪魔なファクターになる。
それこそ、理事長バリの隠れ蓑が必要。
「アルリタは足首まであるって話だぜ? きっともっと綺麗だし―――見てみたいなぁ」
「そっか……アルリタがルクトラーヅを出ることって無いんだっけ?」
「ま、ルクトラーヅっていうか、教会が出さないんじゃない?」
「ゼレカはアルリタじゃなくてもさ、舞媛とか唄媛? 見たことないの?」
「無いよ! 儀式でも祭典でも、ルクトヅィアでしかしないんだし……そもそも絶対数が少ないから、エナクメラまで巡礼なんかしてくれないし」
ルクトヅィア―――エレメンタ教会の総本山。
本来なら俺が一生を過ごす筈だった街。
怪しまれない程度の知識を言うと、物知りだね、と言われた。
それには曖昧な笑顔を返す。
シルトも、本気で俺をアルリタに似てるなんて思っていないだろう。もしもこんな短い時間で信じ込む奴がいるとしたら、それは思い込みの激しい勘違い野郎だ。
わざわざ俺が否定して回らなくても、それなりにいるという他の教徒に馬鹿にされて終わりに違いない。
と、其処に注文したパスタが届く。
「んじゃ、冷めないうちに食べますか!」
「うんっ。頂きます」
お行儀よく手を合わせるシルト。
―――アルリタ。
エレメンタ教最高位に位置する舞媛。
精霊すら酔わせる神の美酒。
俺がエナクメラで、絶対にバレてはいけない秘密。