予想外の泥沼・1
……え?
俺の耳、壊れたのかな?
「だから、綺麗だったぜ」
「誰が」
「お前」
キャルの言葉に俺は再度、自分の耳が正常に動いているのかを疑った。
日付は学園祭翌日、二日酔いの頭を抱えての登校である。
しかし綺麗とは……不思議なことを聞いたぞ。俺が綺麗? そんな評価を受ける顔はしていない。
もしや、あのときか? アルヴィエ先輩との一騎打ちの時、メガネが外れたから……いくら薄いとはいえ、精霊が集まってしまったのだろうか。
「いつ?」
「しっぽとりん時さ。なんか踊ってるみたいで綺麗だったって評判だぜ」
「……踊ってる……みたい?」
それ以前の問題だった。
―――しまったああああ!!!!
勝つことに執着しすぎて他のことを忘れてたあああああ!!
俺が本気で動けば、しかも舞媛の動きを最大活用したら、そりゃ綺麗に見えるよな! だって帝国では舞媛を見る機会なんかないんだから! いや誰かが過去に舞媛を見ていたら一発特定余裕案件だったんだが!!
「しかも優勝したろ? 結構評判あがってるぞ。調理科のエースだし」
「下がれそんなもんは今すぐに!」
いやあ、親衛隊出来ちゃうかなあなどと恐ろしい事を宣うキャルを殴り飛ばし、俺は新たにこの問題に頭を抱えることとなったのである。
帰寮後、そんなまさかな、だって動きが綺麗なだけなんだから親衛隊なんかできるわけないよな、と、俺はシルトに確認作業をしていた。
「もう出来てるんじゃないかな」
シルトはさらっと言った。
なんでもないことというよりは、当たり前のことを言うような口ぶりである。
「あ?」
返す俺の返答と言えば、かなりぶっきらぼうになった。
昼間からその確認をすると同じような答えばっかりでいやになっていたからというのもあるが……もう半分以上その存在を確認してしまったからでもある。
「確かに凄く綺麗だったし。今まで出来なかったのがおかしいんだよ。生徒会のメンバーなのに親衛隊もファンクラブも無いのって、ゼレカだけじゃない」
「俺は目立たないしそういうのが無いって聞いて、理事庶務をするって言ったんだぜ。詐欺じゃん」
「別に詐欺じゃないでしょう。目立ったのはゼレカがしっぽとりで優勝したからだし」
「……それは否定しきれないけどさ」
姉さんを恐れすぎた俺の失態でもある。
あの後電話で姉さんに怒られたのは言うまでも無い。でも姉さん目立たずに優勝するってどういうことなの。
「多分、ゼレカの場合は親衛隊っていうよりファンクラブだと思うんだよね」
「親衛隊だけじゃなかったのか? っていうか、その二つの差がいまいち理解できないんだけど」
親衛隊しかないものだと思っていたら、実はファンクラブというものも存在していて、ごっちゃに考えていた俺に会長のファンクラブ幹部が滅茶苦茶文句を言ってきたのだ。
それで確認したら、シルトにあるのは親衛隊、テウや副会長、アルヴィエ先輩のはファンクラブ、だそうで。
両方ある会長の場合、親衛隊と一緒にするなファンクラブと一緒にするな、と、一種の棲み分けがあったりして、そんなものは無関係に生きてきた俺には何が何だかさっぱりだったのだ。
皇国で俺にあったのは―――あれは親衛隊でもファンクラブでもない、信徒だ。話の方向性が違う。
「親衛隊は、なんていうのかな……自分の事だから言いにくいけど、守らなきゃ! みたいな、どっちかっていうとかわいい系の生徒にできるみたい」
なるほど、確かにシルトはかわいい系で、守りたい自称騎士様が大勢いらっしゃることだろう。
「で、ファンクラブはほら、アイドルを見て、遠巻きに歓声上げるみたいな、追っかけタイプが多いんだと思う。そもそも守る必要もないような生徒にあるんじゃないかな」
「……ああ、テウも副会長も、守る必要なんかないもんな。アルヴィエ先輩は―――親衛隊が親衛隊できなくなって、ファンクラブになった、みたいな?」
「多分ね。会長は、殿下をお守りしたいっていう生徒と、追っかけしたいっていう生徒が分裂したんだ―――と思ってる」
アルヴィエ先輩の攻撃力を思えば、幾らかわいい系の生徒だろうが、守ろうなどと考え続けられないだろう。
それに、先輩の性格からして、何故僕が誰かに守られなければならないんだ! と、言うようなことをきっぱり言い切りそうでもある。
「自分でも、ゼレカにできるのはファンクラブの方だと思わない?」
「……まぁ、守られる系のキャラはしてないし、かわいい系でもない、からなぁ」
「そしたら、もう諦めてファンクラブと折り合いつけるのが一番楽だと思うよ?」
「自分のファンクラブと折り合いぃ? そんな面倒くさいことしないといけないのか? 第一俺のファンクラブ? みたいな生徒って後ろからこそこそ写真撮るんだぞ?」
「後ろから写真撮るのくらいなら普通だってば」
「……こっちが見ると隠れるし」
「そうだね。ゼレカのファンクラブってそういう子多くなりそうだもんね。でも僕の親衛隊みたいに悲鳴が上がるよりはマシじゃない? 僕が誰かを見ただけで悲鳴だよ? 全然マシじゃない」
「……」
確かにそれもいやだ。
正直両方嫌なのだが、どちらの方が危険だろう、と考えてしまう。
俺はアルリタであるという秘密を知られる前に、皇国民である、という秘密も持っている。危険度としてはアルリタが上だが、バレる可能性で言えば皇国民の方が高い。
それを、四六時中見張られるような展開になるのはまずい。
君に近付く生徒は全て敵の親衛隊より、貴方の全てを知りたいですのファンクラブの方が、俺にとっては実は危険なんじゃないだろうか。
「シルトはどうやって親衛隊と距離を取ってるんだ?」
「距離、かぁ……考えたこともないや。そういえば僕、初等部の頃からそういう人たちがいたから」
「ああ……そうか、そうだよな……」
シルトは生え抜きの学園生だった。
そもそも親衛隊と事を構えるより先に共存していて、その方法なんか呼吸法と同じだろう。
ってことはアレか、もしかして俺も信徒に対していたように―――したら今日までの俺の生活全部覆るわ、ダメだわその方法。
まず、髪を耳にかけるのすらクラス全員から注目される状態ではないもんな。
そんな壁にぶち当たり、ファンクラブと距離を取るとは、折り合いをつけるとは何ぞやと二人ともが考え込んでしまったとき、りりり、と、ベルの音が鳴る。
部屋に備え付けの内線だ。
「僕出るよ。―――あ、アル? どうしたの?」
エレベーターはカードキーで止まる階が決まってしまう為、他の寮生の部屋を訪ねるときは、その寮生に内戦で連絡して、1度だけエレベーターが目的の階に着くように操作してもらう必要がある。
勿論、一緒に来るときにはそんな面倒は必要ないのだが。
「なんかね、アルが来るって」
「……こんな時間に?」
「うん。ゼレカに用事がある、みたい?」
現在、夜の9時半。
いつもなら俺はこの時間でもまだ理事室にいることが多い。片付ける書類は終わって振り返れば倍になり、なんだかんだ動かないフィンに食事させ、仕事の量によっては翌朝の食事も準備して帰る―――気付いたら夜10時過ぎていた、などよくあることだ。
しかし、それを抜きにしても、シルトが首を傾げながら言うのが不思議だ。
なんとなく腑に落ちない、という顔をしている。
「どうした? 先輩が来るのは、別に不思議なことじゃないだろ?」
「そうなんだけど。うん、そう、だよねぇ……?」
我が道を突き進むアルヴィエ先輩ではあるものの、礼儀や作法には物凄く細かい。
幾ら俺に用事があると言っても、こんな遅くに来るなら、昼間のうちに約束を取り付けておく人なのだ。
やはり二人して、首を傾げる。
ぴんぽん、と、今度は部屋のドアフォンが鳴った。
シルトが首を傾げたままで迎えに行く。俺も首を傾げながら、とりあえず来客なので紅茶を淹れにキッチンへ。お茶請けは今日作ったマフィンでいいか。
「こんな時間に、珍しいです……ね」
紅茶をもって戻ると、何故か怒った先輩が座っていた。
……あれ? 俺は何かアルヴィエ先輩を怒らせるようなことを、した、だろうか。いや、割と沸点の低い人だとは分かっているのだが、最後にあったのはしっぽとりだ。その時点では別に、先輩を怒らせることはしていない……筈だ。
「……何か怒ってらっしゃいます?」
「別に! ……怒ってない」
一度目を合わせたのに、吐き捨てるように言われる。
完全にご機嫌斜めにしか見えないんだが。そしてそんなに怒らせてしまって、用件が若干怖いんだが。
「それで、俺にご用件だ、そうですが……?」
はっきり判るほど不機嫌な人に、用件を尋ねるのがこんなに怖いとは知らなかった。
そういえば、俺に不機嫌な顔をする人間って、帝国に来てから初めて遭遇したのか。初遭遇は先輩ではなくネズミが剥がれたフィンだったが。
HPに公開していた分は終了しましたので、ここから遅くなります。
その代わり細かく投稿していきたいと思いますので、よろしくお願いします。




