地獄のしっぽとり・4
ん? この位なら別にキスにカウントしなくて良くね?
しかし学園の皆様はそう納得しては下さらず、物凄い悲鳴が上がる。
……野太い男の悲鳴は気持ち悪いぞ。
「……ごめんね?」
「いーや?」
シルトが小さく謝る。
俺にそんな趣味がないことを知っているからだろう。
まぁ……本当にこんな事、したくないんだけどなぁ……
姉さんもこの賞品は知らなかったらしく、観客席で呆れ顔だ。
皇国なら間違いなく有り得ない光景ですよねー。
と。
「やっ、やっぱりシルトを狙ってたのか……っ!!」
「いや、マジで違いますよ、先輩」
アルヴィエ先輩が面倒くさい方向に勘違いしてやがる。
でも、なんだか今までとはちょっとニュアンスが違う感じ……?
取り敢えず……これで学園祭と言う面倒くさい行事は終わった訳だと、この時の俺は非常に油断していたのですが。
「……嘘だろ」
ぽつり、と思わず俺は呟く。
何事?
何が俺の隣に居るの?
いや何がっていうか誰がっていうか何でっていうか……
日付は学園祭翌日。
オーケー、整理しよう。
学園祭が終わって、業者の後片付けの指示をして、生徒会で打ち上げをして……?
オーケー、それで?
「何でフィンが隣で寝てるの……?」
待て待て待て!!!!
これは洒落にならん!!!! 今まで学園の噂に拍車をかけない為にフィンの部屋には泊まってないんだぞ?!
それがなんで隣で寝てるの?!
全く記憶が無いことと帝国民の性質とあわせて恐怖しか残ってねえんだけど!!
上半身を起こしたまま硬直する俺の脳内は、ひどいパニック状態だ。
もう何が何だか判らない。
噂が真実になるのが早いか、俺が何らかの裏工作をするのが早いか……!!
いやいやいやいや、それ以前になんでこうなったのかの原因を突き止める方が先か?!
「……煩い」
ぼそり、とフィンがぼやいて目を醒ます。
そうか、こいつの後頭部を数回殴って記憶をすっ飛ばしておけば何の問題もないんじゃないか?
「……全部口に出てるぞ」
「……じゃあ殴らせろ」
「その行為に何の意味があるんだ、馬鹿が」
「俺の気が済む」
「……真実を教育委員か風紀委員に告げれば俺は幸せになれるんだがな」
「……」
な、なんだろう、凄く気になる……
今一番必要なのは、俺に抜け落ちてしまってるその記憶な訳で……
ベッドサイドに置いてあった眼鏡をかけつつ、俺はそろそろとベッドから降りた。
こんな至近距離にいても特に言及されていないということは、精霊眼が見られた可能性は殆どない―――筈だ。明るいところで覗き込めば一目瞭然だろうが、暗がりで光る猫の目じゃないんだから、きっと、大丈夫、な筈だ。
もう既に帝国上層部に報告済み、だったら、それはそれで言ってくるのがフィンだ、と思うし。
「俺、なんかした?」
教育委員に告げ口したら炎上するような?
「学園祭の打ち上げだからといって、酒盛りは不味いぞ」
「……」
マジで?
そういえばちょっとジュースじゃない奴も混じってたような?
でも俺、そう簡単に酒に潰れるほど弱くないぞ。
「……今もまだ酒臭い?」
「若干な。どれだけ飲んだんだ、お前」
「記憶に無い。つーか……潰れた事が今まで無いから判らない」
「潰れたって……皇国でも未成年の飲酒は法律違反だろう」
「……」
おおうしまった口が滑った!!
違う、違うんだよ、アルリタである立場上、宗教行事や祭礼儀礼でかなり強い酒を飲まなきゃいけないことがあるだけなんだよ! 日常的に飲酒しているわけではないし娯楽として飲んだことはないんだ本当なんだ!!
言い募りたい全部をぐっと堪え、近くにあったペットボトルのキャップを回して、一気に飲む。
……こういうことを準備してくれているあたり、フィンは優しい。
「……言いたいことは山ほどあるんだけど、そもそもなんで俺は役員棟の自室じゃなくて、フィンの部屋で寝てたんだ?」
「……そこからもう記憶がないのか」
止めて下さい―――止めて下さい! 初飲酒で飲み過ぎて失敗した若者か深酒で失敗するのが常習の愛飲者を見る目で見ないでください!! どっちでもないんです! 本当に!!
仕方ないモノを見る目で、しかし一応、フィンは教えてくれることにしたらしい。
「フラッフラで明らかに足元も危ういまま、何を血迷ったか学生寮の方に向かっていくのが見えた。生徒会内部で酒盛りをして、それがバレない限り何も言わんが、流石に寮に戻ればバレるだろう」
「……お、おう」
「そもそもお前の方向感覚で、その上酔いどれが、真っすぐ寮に戻れるとは思わなかったから、役員棟に行こうとしたらその場でぐでん、と倒れた。仕方ないから近い俺の部屋に運んだ」
「…………オォゥ」
「まあ……別に口やかましく言うつもりは無いが、控えろよ?」
「……ゆ、油断した……」
そう、俺は油断しきっていた。
仮にも秘密を隠した身の上で、これまでに無いほど酒を呑んでしまうくらいに。
自分の立場を忘れていたのだ。
そして俺は、その事を嫌と言うほど後悔する。




