地獄のしっぽとり・3
当然ながら、そんなものを食らう舞媛など存在しない。
さながら闘牛士のようにひらりとかわし、ある一定の距離……
どごぉん。
……え、ちょっと。
どごぉんて、なに。
なんでアルヴィエ先輩の突っ込んだ先のグラウンドに、そんな大きなひび割れが出来ますの。
「はっ、反則ですよ先輩!! 当たったら死ぬじゃないですか!!」
「煩い! お前も男なら潔く死ね!!」
「確かに俺は男でそんなに賞品にも興味は在りませんが!! でも命は惜しいし負けられないんですよ!!」
「シルトにも会長にも興味が無いならここまで勝ち残るな馬鹿!」
「ごもっとも!」
「黙れ!」
取り合いの動きが速くなるにしたがって、お互い言いたい放題言い始めるようになる。
包み隠しておくだけの余裕が無くなるわけだ。
と。
かしゃ、ん―――。
しまった……!!
取り合いの最中、かけていた眼鏡がアルヴィエ先輩の手に引っかかり、飛ぶ。
精霊眼がっ!
勿論……観覧席には見えないだろうが……この距離なら、もしかしたらアルヴィエ先輩には……!?
精霊眼は……瞳の中に水晶が浮かんだように見える、伝承の中で語られるの瞳のこと。
それが―――アルリタの、証。
他の舞媛にも唄媛にも、見精にもない瞳の特徴。
精霊が通った後髪に残る祝福の色彩とは違い、隠すにはメガネをかけるくらいしか対処ができなかった、誰の目にも明らかなアルリタの身体的特徴だ。
これがバレたら……不味い!
「なっ……何をしている! 早く眼鏡を取れ、馬鹿!!」
アルヴィエ……先輩……?
気付いてないのか何なのか、目をそらして眼鏡を指差す先輩。
スポーツマンシップにのっとり、どうやらかけ直す時間は待ってくれるらしい。
「有難う……ございます……?」
アップにはなって居ないらしいが、観覧席からもいくらかの歓声が聞こえる。
そうですね、このアルヴィエ先輩のスタイルは歓声に値しますよね。
バレなくて……よかった……
もしかしたら、姉さんもこれを心配してわざわざ皇国から来て居たのかもしれない。体育の授業とは違い、学園祭の中では、観客が否応なしに注目する。しかも、誰かと取っ組み合いになる競技も、授業とは段違いに多い―――勿論、問答無用の勝利は必要だっただろうが。
「貴様っ! 何で疑問形なんだ!」
「いえ……わざわざ待って下さり嬉しいんですが……俺コレ、伊達眼鏡ですよ?」
先輩にだけ聞こえるように小声で言う。
「……は?」
「いやだから、度は入ってません」
これはマジで。
衝撃の顔を隠す為の言い訳でも在るけど。
「……まっ!! 紛らわしいっ!!!!」
「あーでもちょっとレンズにヒビ入っちゃったー」
「無視するな馬鹿!!!!」
ぴー。
それとほぼ同時に、試合終了のホイッスルが鳴る。
軍配は、今までのしっぽ本数の累計か。
つまりこれで、俺と先輩、どっちがしっぽが多いかの問題になる訳だ。
今までしっぽを取った相手の本数も全部自分の本数になる。
しっぽは取って捨てて取って捨ててとしてきたが、それでもいい理由は高性能のチップだ。
誰が何本持っているかはパソコンが計算しているので、俺たちは何も考えずに相手のしっぽを取る事だけに専念すればよかったわけである。
『只今集計が終わりました。勝者、298本でゼレクアイト・クォンテラです』
おお、俺そんなにしっぽ取ったんだ。
確か、中等、高等合わせて435人だったよな―――約半分かー。
散々のブーイングが起こるかと思っていたが、その数が衝撃だったのか、別に何のブーイングも無い。
……?
―――alea side.
「あっっの……馬鹿……!!」
いや、別に、優勝自体はそれで良かったのだが……最後の最後で大ミスをしてくれた。
一人残らずぼうっ、としている観覧席から後ろに出て、スマホを取り出す。
このスマホだけはどれだけ距離があろうがどんな障害が有ろうが通話できるように改造してあるのだ。
「もしもし?」
『ああ、確認した』
「対策は?」
『しかねる』
「……はっきり言ってくれるわね」
『真実だ。これだけの観客が居るとなると、どんな裏工作も不可能に近い』
「別に目の方は……見られて無いみたいだけど。ってことは、もうひとつの問題か」
『……明日からゼレカ様の周りが騒がしくなるな』
溜息とも、茫然ともつかない声で、相手が応じる。
ゼレカはまだ気付いていないだろうが、眼鏡が在るのと無いのとでは気配自体に雲泥の差が有るのだ。
勘違いしたままなのを訂正していないアレアも悪いのかもしれないが、自分の造作自体が人並外れて整っているのだということを、ゼレカ本人が自覚していないのが一番の問題だった。
そもそも何故、精霊が自分を美形にしているんだ―、などと勘違いできてしまったのか、そこからして長年の疑問である。
そして、あの眼鏡が外れた一瞬で、ゼレカの美形振りが衆目に晒されてしまった。
「素で美人なんだっていう……自覚位は欲しいわ」
『錯覚はしている。それで安心は出来ないが』
「親衛隊、出来るかしら?」
『こちらの風潮、在り得ない光景ではないだろうが……可能性は低いな。見間違いだと思われるのがオチだろう』
「……あんた、本気でそう思ってる?」
『……正直、全然』
「折角、あっちこっちに手を回して、留学させているっていうのに……!」
『同性婚がある文化圏に留学させるのも、相当どうかしているが』
「煩い」
……これは、もしかしなくても不味い事になってきたのかもしれない。
―――zeleka side.
「……なんか、すげぇアウェイ感……?」
いや、予想は出来てた筈なんだけど。
優勝のステージに上って見渡す全校生徒は、なんか凄い睨みを利かせている。
俺の選ぶ相手によっては―――いや、どっちを選んでも同じ結果なんだが―――敵視されるのが明日から増えるだろう。
……やだなぁ……
今までの努力を全部無に帰すような真似、したくないなぁ。
「さて、ゼレカ君、どっちにします?」
こっちの思惑なんてばっちり見抜いてるだろうカリル先輩が、にっこり問いかけてきた。
……どっちにするって……どっちにするって……
その発言も、人によっては敵を増やしますね……
「……えっとぉ……」
絶対選ばなくちゃ駄目なのかなぁ……
そんな思いで先輩を見るが、先輩は全く意に介した様子はない。実に白々しく笑顔でスルーしている。
ちょっとは後輩を助けてくれてもいいだろうに、この先輩は……
「そうですね……」
ふふふ、覚悟を決めようじゃないか。
俺は意識して、にっこりと笑う。
「俺としては、会長やシルトより、
理事長、
のキスの方が欲しいかなー、と」
ぶはっ、とフィンが飲みかけのお茶を吐いた。
全然関係ないって言ってたよなーなーなーなー?
巻き込んでやるっ! 思いっきり巻き込んでやるっ!!
―――ん?
でもなんだか、思いもよらないオチがオチてオチまくってオチきった気がする?
「……いや、私は一応教員、なので……」
「えー、そうですか? 残念だなー?」
ここまで不意打ちで動揺させられてもネズミを被りっぱなしとは、まー尊敬に値する。そのネズミさんたちは一体どういう原理でくっついているのだろう。
「ゼレカ、一応……会長かシルトで。ルールだし」
ルディがちょっと呆れたように突っ込みを入れてきた。
チッ、ネズミ被ったフィンを苛めるのは楽しかったんだけどな。
「シルト」
「えっ、僕ッ?!」
まさか自分に来るとは思って居なかったシルトの小さい悲鳴が上がる。
会長の人気は恐ろしいものが有るし、シルトを選んだ方が色々後腐れがないんだ。
……あの人の親衛隊は敵に回しちゃ不味い気がする。何しろ、王族に付きまとうような強靭な精神力の集合体だ。純粋に怖い。
シルト親衛隊なら、幹部たちともかなりパイプが有るし、安全圏だと言えるだろう。寧ろ、ここまで勝ちあがってきたのもシルトに言われて、なら、安全度が上がる訳で。
―――それはそれとして、アルヴィエ先輩が俺のことを今にも刺し殺しそうな目で睨んでくるんだが、止めて頂けないだろうか。
会長にキスするのも人前で見世物になるのも嫌なら、アルヴィエ先輩こそここまで勝ち上がらない方がよかったのに。
姫&準姫のキスシーンでも、王子&準姫のキスシーンでも、生徒にとっては美味しい光景に違いはないわけで。
そんな諸々の説明をしている時間はないので、固まる寸前のシルトに言葉をかける。
「シルト、軽ーくでいいから。つーか俺からでいい?」
「……ええ?」
「だってシルトからだとなんか恨まれそうだし」
「…………うん」
小さく頷くシルト。
うーん……人前で何かをするって言うのは舞媛として慣れているつもりなんだけど、流石にキスはしたことなかったなー……
しかも初キスは姉さんで、次は男か……なんか、俺の人生むなしすぎやしないか。
……実は姉さんの後に事故の一回があるんだが……アレは忘れていいよな……忘れるなと言われても、俺の中では忘れたい出来事トップスリーに刻まれているわけで……
がっくり肩を落としつつ、シルトのやわらかいほっぺたにちゅ、とキスをする。




