ある晴れた日、流れ星。
掴んだ流れ星の先を、手放さない様に。
がさがさと草むらを分けて、ひょこ、と黒髪が飛び出した。
しかし、また直ぐに草の中に引っ込んでしまう。
その黒髪の主はどうやら何かから隠れているらしい。偶に顔を出すのは周りを確認するからだろう。
くすくす、と、彼の後ろから苦笑の声が聞こえた。
「ゼレカ、みっけ」
「わぁっ!?」
つー、とうなじに草を這わされ、ゼレカは小さく飛び上がった。
「酷いよ、姉さん!」
「酷くないわよ、隠れてるのに顔出したりする、あんたが間抜けなの」
「うぅ~……」
小さく呻きながら、もぞもぞと草むらから出る。
そうして広いところに出てくると、二人はとてもよく似ていた。
おかっぱに切り揃えた髪も身長も顔立ちも、とても、よく。観察を続ければ瞳の色が違う事に気付くだろうが、長めの前髪のせいで隠れている。
姉―――アレアはぽん、と弟の頭を叩いた。
身長さえ殆ど同じで、そうしていると鏡か何かの様にすら見える。
「かくれんぼはあたしの勝ちよ、さ、準備して」
「……やっぱりダメだってば、姉さん……絶対バレるもの……」
「あら、約束破るの?」
「そう言うんじゃないけど……ねぇ、罰ゲーム、他の事じゃダメ?」
「ダメ」
ぺろっと舌を出し、アレアは後ろからゼレカの背中を押す。
「それに、今日じゃなきゃダメ。途中で帰ったりしてもダメよ?」
「……判ったよぉ……」
情けない声を出し、ゼレカは大きく深呼吸した。
「……行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
足取りの重い弟を見送り、アレアはすう、と周りを見渡す。
これなら。と。
小さく呟いた。
「―――大丈夫、だわ」
そう言って、彼女は満足げに笑った。
「うー……」
所在無くその建物を睨むゼレカ。
見上げたそれは、今の気持ちを合わせてか、酷く簡素に冷たく、酷く無情に大きく見えた。
建物は―――エレメンタ協会本部。
本来なら今日此処に居るべきなのは自分では無く、姉のアレアの筈だ。
「やっぱり、有り得ないよぅ……」
今にも泣き出しそうな声で呟く。
あろう事か舞媛・唄媛試験の日に交代なんて、我が姉は何を考えているのだろう。
確かにこれまでも何度か入れ替わったりしていたけれど、流石にこればかりは不味い気がする。
いや、双子と言っても通じる程に似ているから、滅多な事が無ければバレはしない。
それは判っているのだ。
けれど何故か―――何かが引っ掛かる。
アレアは普段、こんな無茶を押し通す人では無いのだ。何だかんだ言いつつ、ゼレカが本気で嫌がれば許してくれた。
こんな大事な試験で、身代わりを仕立てる様な責任感の無い人じゃない。
彼女が何故今回はごり押ししているのか判らないが、とにかくいつまでもぼんやりしている訳にもいかないだろう。
覚悟を決めて、ゼレカは教会の門を足取り重くくぐったのだった。
「15番、レアラル・シューテリア」
「はい」
緊張した面持ちで、名前を呼ばれた少女が舞殿へと足を向ける。
舞殿で舞い舞媛の素質を見てから、その次に唄園で唄うのが試験の順序だ。
舞媛が唄媛より稀少である為に、その確認が優先となる。
「……はぁ」
目立たない様に、ゼレカは小さく溜め息を吐いた。
基礎となる舞は姉から学んでいるが、自分があんな舞殿で舞っても良いのだろうか。
この試験にも確か年齢制限があり、10歳を越えていないと受けられない筈だ―――ああ、そんな事を考えている内に、今舞っている彼女が終わったら、次は自分じゃないか。
アシュレア・クォンテラと呼ばれたら、返事して、舞殿に入るんだ。
改めて手順を思い返す。
舞殿に入ったら、そこから先は独りの世界だ。
自分と世界―――精霊と自分だけ。
薄布一枚隔てた向こうの唄園からは、途切れる事のない唄が続いている。
娯楽の為に唄われるのではない、手拍子と皮太鼓の素朴な響き。
それに舞の足を踏み鳴らす音が重なる。
舞うんだ、と。
すとん、と。
その事実が落ちてきた。
今までの焦りが全て消えて、それだけで頭の中が透き通っていく。
「17番、アシュレア・クォンテラ」
「―――はい」
ひたひたと裸足の足で、一歩、一歩、舞殿に近付く。
世界の果てまでも届きそうな程、透き通る様な感覚。鳥肌が立つ程、この世は静寂で満たされる。
決められた位置―――舞殿の中心に立った。
轟、と、無風の筈の舞殿に一陣、風が舞う。ゼレカを囲んで、激しく、けれど優しく。
たん、と一歩舞を踏む。
しゃん、と腕に連ねた輪が涼やかな音を立てる。
唄園から聴こえる唄に合わせ、手を鳴らし、足を鳴らし。
すぅ、と。
ゼレカの髪の先から色が変わる。
鮮やかな新緑に、澄んだ薄蒼に、冴え渡る深紅に、鋭い銀に、金に、紫に、藍に。
空を切り、空を踏み。
風を受け、踏んだ土から若葉が芽生え、指先に水がまとわりつき、稲妻が走り焔が慕うように絡む。
世界の全てを受け止め、世界の全てが共に在る。
ああ、何だ、と思う。
精霊と繋がるなんて、いつもしていた事じゃないか―――
―――しゃん
音を立て、最後の舞を踏む。
余りにも圧倒的な光景に、見守っていた少女達も試験官も、言葉を無くした。
舞い終えたゼレカの髪は、何色にも染め分けた様に色を湛える。
メッシュを入れた様に、何色も何色も。
その色一つ一つが精霊を意味し、変化した髪はその色の数だけ精霊が体内を通り過ぎた事を意味する。
初めての舞では、どれだけ才能の有る舞媛と言えど、2色の色を宿すので精一杯だ。
それを10色以上現したとなると、その存在は一つしかない。
まぁ、と、試験官の一人が感極まったため息を零した。
「まぁ……アシュレア、貴女は選ばれたのよ!!」
アシュレア、と呼ばれ、改めて事の異常性を思い出す。
「……えっと」
「まさかこの目でアルリタの生誕を見られるなんて……」
「あの……」
「なぁに、アシュレア。ああ、何も怖がらなくても……」
「そうじゃなくて……僕、ゼレクアイトです。アレアの弟の」
「……へ?」
っしーん、と、辺りが静まり返った。
今までアルリタ生誕、という世界的奇跡の瞬間に立ち会ったという感動にざわついていた周りが、全て。
「まぁ……アシュレア、冗談は止めて頂戴」
「いや、ホントに。姉さんは今頃家で僕のフリを……うわっ!!!!」
事の経緯を話そうとしたゼレカの上着を、試験官が力任せにすっぽ抜く。
いきなりそんな事をされたゼレカは目を白黒させて、一体何事かと試験官を見上げた。
「……この年齢だと上じゃ判らないわね……チッ」
「えっとあの、今チッて言いました!?」
「えいっっ!」
「うわあっ!!??」
下のズボンまで下げられそうになり、そこは必死で死守。
子供とは言え、流石に女の子達の前で素っ裸は嫌だ。
「えぇい往生際の悪い!! 大人しくするのよっ!」
「いやだってコレは無理ーっ!」
「じゃあこっそり私にだけ見せて頂戴! 怖くないから!」
「もう十分怖いんですけど!!」
しかしいつまでも抵抗したところで、どうも口での説明は通じそうもない。
ゼレカは覚悟を決めて、その試験官にちょろっと、ズボンの中身を見せた。
途端、真っ青になる試験官。
ぎりぎりと音を立てて、他の試験官達の方を向いた。
「……………………………………………………………………………………………………………ついてる」
サァッと、他の試験官達も青くなる。
と、次の瞬間、半泣きになりながらズボンの紐を直していたゼレカに殺到した。
殺到して、皆で寄ってたかってズボンをひっぺがす。
教会史前代未聞の出来事に緊急会議が開かれたのは、これから30分後の事であった。
うぐ、うぐ、と、ゼレカは涙を堪えながら、迎えが来てくれる事を期待していた。
例え嗚咽が漏れていようが、もう泣いては居ないのだ。
まさかあんな人前で素っ裸に剥かれて皆に観察されるとは思わず、解放されてからもずっとぐずっている。
詳しく試験官の話に聞き耳を立ててみれば、何と舞殿も唄園も男子禁制だと言うではないか。
男子禁制どころか、下手を踏めば死んでいた。
ああ、早く帰りたい。
皆にまるで珍獣の様に眺められ、ゼレカはもう限界である。
女性の中でも姉が特別に怖いと思っていたが、間違いだった。思えば、子供を産むのは女性だ。それが強くない訳がないではないか。
誰か、これは悪い夢だと言って欲しい。
出来れば、いくらアルリタであっても男である以上認められぬと、そんな結論に落ち着いて欲しい。
「……姉さんの、馬鹿ぁ……」
姉がこれを狙っていたのだ、というのは今更説明されなくても判る。
待たされていた嫌に豪奢な部屋―――アルリタ専用の部屋だそうだが―――のソファにぐたりと横になった。
その視界の端に、金色に色を変えた自分の髪一房が映る。
金は―――光、もしくは雷だ。
けれど、その色から思い出すものは違う。
流れ星を見に行こう、とあの日姉は言った。
あれはそう……確か半年程前の事。
首都に居ると流れ星を見られるのは限られた場所だけだ。そこに行こう、とアレアが言うのは何か有ったときだと、いつからか判っていた。
直ぐに返事はせず、ゼレカはちょっと考えた。
考えて、どうしたの、と問い掛けた。
『……どうもしないわ、行きましょ?』
『でも、でも姉さんっ』
『あら何、行きたくないの?』
『……行きたい、けど、でも』
『でもも何も無いの! 行きたいなら来る、行きたくないなら来ない!』
『行くっ、行くから待ってよ姉さんっ』
本当は、きちんと何が有ったのか聞きたかった。
彼女は無理をしていても―――いや、無理をしているからこそそれを人に見せない。
だから、少しだけでもアレアの助けになりたい、と思ったのだ。
その日は珍しく流星群が降り、いつしかそんな気遣いなど忘れてしまった。
『ほらほら姉さん! あそこっ』
『今夜は多いわね。どっちが多く見れるか競争する?』
『ええ!? ダメだよ、姉さん見つけるの巧いもの』
『男なんだから、勝負は受けるのよ!』
『うー……負けないもん』
『そう、その意気っ』
2人で大笑いしながら、ただっ広い丘のに寝そべって流れ星の数を数えた。
結局数は同じだったけれど、アレアがこっそり数を減らしてくれたのを知っている。
あの日、彼女は何かを決意して―――きっと何かを覚悟したのだ。
本当は目立つことが嫌いな姉が、こんな目立つことを実行に移す程の、決意と覚悟を。
「何ソファで寝てるのよ」
「っぅわ!? 姉さん!?」
「失礼ね、あんた」
心外、と言わんばかりに大仰なため息。
思い出の中の姉でも夢の中の姉でもなく、間違いなくアレアだ。
「っど、どうしたの?」
「あら判ってるでしょ、雷落とされに来たのよ」
「……そぉ……」
がっくり、と肩を落とす。
何て堂々とした問題児だろう。それでこそ我が姉、と言えるのかも知れないが。
「まぁ、最後にはお咎めなしになるから平気よ」
「そんな! だって男子禁制なんでしょ!?」
「何だろうが、結局あんたは無事だわ。アルリタって事が最強の強みになる」
「……でも、姉さんは……?」
ぱちん、と頬を叩かれた。
じっと視線を合わせて、アレアは強く笑った。
「弟の癖に生意気。私の心配するなんて百年早いわ」
「……でも」
「私なら何とかする」
「……うん」
「だから―――そんな顔しないのよ」
泣きそうな顔になっていたゼレカを慰める様に、ぽんぽん、と頭を撫でる。
ぐず、と鼻を鳴らして、ゼレカは目元を拭った。
「……あれ?」
「何?」
今ふと思ったのだが。
「怒られに来たなら、どうして姉さんはここに居るの」
「決まってるじゃない」
ふん、とアレアは胸を張った。
「トイレのふりして逃げてきたのよ」
「姉さん戻んないと!!!!」
だって下らない話ばっかりだったんだもの、とアレアはぼやき。
誰かが廊下に居ないかとゼレカは焦ったのだった。




