8月3日、祭典にて・5
学生時代からそうだ。
時間の約束をすれば、今回の様に両極端しかない。お茶を淹れろと言ったらメイドにさせればいいものを自分でやって滅茶苦茶茶葉の浮いた水を持ってくる。客の応対は第2位皇位継承者の特権から何故か敬われる。
……邪魔だ。
はっきり邪魔だ。
ちなみにコイツは姉さんから譲り受けた。返せない。でも姉さん、最初っからコイツを受け取らないって言う選択肢はなかったんですか。
ロールは現在32歳。
……そろそろ皇位継承権もなくなってしまいそうで怖い。俺の専属執事だけになったらどうしよう。帝国来られたらどうしよう。
「本日はお疲れ様でした」
「……珍しいな、お前が式典の舞ひとつ位でそんなこと言うの」
「童貞卒業の失敗、心より残念に思います」
「そっちか!! っていうかなんでお前は知ってるんだ!! いやそうじゃない気付いてたんなら止めろお前本当!! あと失敗したわけでもなければ残念な出来事でもない!!」
この野郎マジで今からでもいいから解雇できないかなッ!!
そうだよ! コイツ居たんだよ!! 朝方から!! つまり彼女が部屋に入るのは見てたってことなんだよ!!
俺の叫びきれない内心を判ったのか判らなかったのか、ロールは深く頷いて言った。
「彼女は従妹ですので、私が止めることはできません」
「……」
……どういう理屈なの?
基本的に女性の皇位継承権は低くなるし、間違いなく第二位のお前より、身分的には下なんじゃないの?
「彼女を止めましたら、教会内部から追い出されますので」
「それは従妹であることと何の関係もないだろ馬鹿!!」
教会から追い出されるのは許可証を取ってないからで、許可証を取れないのはロールが皇位継承権を持っているからだ。
「ゼレクアイト様」
「……なんだよ、もう……」
「時間がありません」
「判ってるよ2回めだよそれ聞くのぉぉぉおおおおお!!!!」
しかもお前の余計な茶々のせいでますます時間が無くなったのも判ってるんだよ!!
本当に、本当に、いい加減にしてほしい。
皇国で一番苦手なのは、この無表情に我が道を突っ走り、俺のペースを完全にぶっ壊す、天災のような執事だった。
「御車は用意致しました。お送り致します」
「いや、此処でいい。付いてくるな」
「それでは人力車はどうすれ」
「ンなんで人力車なんだよおおおおおおお!!!!!!」
せめて中古車位にしてくれ馬鹿―――――――!!!!!!!
「とにかく! 俺はノギスさんが用意してくれてる方で行くから! お前は付いてこなくていいから!」
「いえ。私も国境までお供させて頂きます」
「何で!! いらねぇよ!!」
びしっ! っと言い切った俺に、ロールは真っ直ぐこちらを見て告げた。
「執事ですので」
「お前は帰れぇぇぇぇえええええ!!!!!!!」
俺の絶叫を残して、8月3日は過ぎる。
「ハァ……」
「どうしたの、溜息なんかついて」
俺のため息が余りにも大きかったのだろう、シルトが心配そうな声で覗き込んでくる。
「いや……久し振りに帰ったらホント……疲れちゃって……」
半分以上寧ろ完全にロールのせいだけど。
本来ならそれだけだった筈なのに、皇女に迫られるという初の経験も一緒になり、俺の疲労度は過去最高だった。彼女を止められた筈のロールは全く役立たずだったわけで。
そんな俺の裏事情を知らないシルトは、悲しげに顔を曇らせた。
「そっか……お葬式だもんね。大変だった?」
「まぁね。出席するだけって言ったって、色々大変だったよ」
「お疲れ様。お茶でも飲む?」
「ん。アリガト」
シルトとこんな会話をすると、何となく学園に来たのだな、という気になる。
彼独特の柔らかな雰囲気があって、無条件に人を落ち着かせるっていうのか、凄く気が抜ける。
「シルト、僕には角砂糖3つだ」
「判ってるよ、そんな事」
ここで、先輩さえいなければなぁ……
くすりと笑って紅茶に砂糖を入れるシルトから、俺は先輩へと視線を移す。
……先輩は何でこうも出入りが激しくなってるんだろう……
まさかとは思うが、先輩もシルトが好きで、それで同室を狙ってるとか……ああ、まぁ、これは無いか。
先輩はどうやら本気でシルトを守りたいだけらしいから。
「何だ、クォンテラ。僕に何か文句でもあるのか」
「別にありませんよ。ただ……よくいらっしゃるなぁと思っただけで」
「当たり前だ。お前が出て行くまで見張っているに決まっているだろう」
「本当に……ご熱心で」
「何だ、その間は!」
「いえ……別に」
本当に、本当に熱心だなぁと思っただけで。
カリル先輩に邪魔されて居ると言うのに、よく諦めないものだ。
いや、カリル先輩が邪魔する意味も良く判らないんだけど。
けれどまぁ、そろそろこんなやり取りをすることにも慣れてしまった。毎日繰り返せばいい加減慣れる。
と、其処で俺の携帯が鳴る。
「ごめん」
「いいよ」
一言断り、俺は自室に入った。
「もしもし」
『理事長、食堂に居ない』
「……は? なんだよ、いきなり。ルディ?」
意味が判らない。
というか、フィンが食堂に居ないのは結構良くある事どころかいつもの事じゃないか。
『1週間、朝昼夜何処にも居ない』
「……OK、状況はわかった」
アイツまたシリアルかバー状栄養剤で済ませてるな。
「連絡アリガト。今から行くよ」
『ん』
畜生。のんびりお茶会も出来ないってか。
因みに今日のお茶請けは俺が作ったクッキーだったりもするんだが、そんな事はまぁ、どうでもいいか。
これからの予定は決まった。
約束を破っていい加減な食生活をしてる何処かの誰かさんを叱りにいくことだ。
―――alea side.
……頭痛がしてくる。
その原因は幾つかあるものの、最たるものは軽率に過ぎる行動に走った馬鹿に対処が遅れたことだった。
「……それで、それ以上はなかったのね?」
『最悪の展開はノグハスの乱入で阻止できたと断言できる。その後の反応を観察しても、現在の皇国内情に気付いた様子はない』
「……それだけが救いだわ」
自分がいた直後は余計なことはしないだろうと、釘を刺せたつもりだったのが甘かった。
そして、皇女という身分だけある馬鹿娘をけしかけただろう周りも、きちんと掃除しておかなくては。
皇女でありながら教会内部に入り込めたということは、教会内部にも潜伏者がいる可能性がある。
流石に媛たちが、信仰の対象であり、女神にも等しいアルリタであるゼレカを押し倒すことはないと言い切れるが、貴族の後ろ盾をもった誰かが、女官になりすまし、ゼレカに近付くことは十分にあり得るのだ。
『いよいよ後に引けなくなってきたと判断するが?』
「そうよ。打てる手は今のうちに打たなくては、全部間に合わなくなる……!」
『……』
「……何?」
無言になることなど滅多にない男が、沈黙して、アレアは不審げな声をかけた。
この男の思考を読むことはできない。
沈黙など不気味なだけだ。
『……本当に、君は弟が大事で仕方がないのだな』
「当然でしょう。何を今更」
どこか意外そうな響きを含んでいた言葉を、鼻で笑う。
「あの子は、私の弟よ。大切な、かわいい弟。守ってみせるわ。私の、全力で」
そして、そのことを、アレアはゼレカに、勘付かせるつもりすら、無いのだった。




