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あるりたっ!  作者: 雨宮ムラサキ
5章・8月3日、祭典にて
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8月3日、祭典にて・4

 しゃあん、と左手の鈴が透明な音を立てた。

 右手は空。

 形式舞踏で正式な形を取る事は殆ど無い。

 左足を軸に回る、伸ばした左手の鈴から音が流れるのと同時に、とりどりの色彩が流れていく。

 それは勿論俺や姉さんの様な見精からの目線で、実際には炎が、水が、風が、大地には草々が芽生えていくだけだ。だけだ、と言っても、そんな目にも明らかな奇跡を起こせるのは媛だけ、しかも複数の精霊が祝福するのはアルリタだけなので、初めて目撃するだろう帝国の人間には刺激が強いかもしれない。

 帝国には、舞媛も唄媛も存在しないのだから。

 色の軌跡が流れ、それと時を同じくして髪に色が入っていく。

 手足を、鈴を通して体中を通り過ぎた精霊たちが置いていく、一つの祝福と愛の証の様なもの。

 辺りを流れるのは、数人の唄媛の織り成す精霊への唄。

 素朴で原始的だが、荘厳で神々しいそれに身を委ねたい誘惑に駆られながらも、俺は決められた手順を踏んだ。

 この式典はただ俺が好きに舞っていい儀式ではない。

 それを蔑ろにして得る精霊からの恩恵は欲しくもない。

 そうして流れていく時間はあっという間だ。

 気付けば、俺は最後の鈴の一振りを終えていた。

 名残惜しげに精霊たちが髪の裾をすり抜けていく。

「……名残惜しいのはこっちもだ、畜生」

 仮面を良いことに小さく呟いた。

 舞殿から客席は大分遠いし、当然そんな声など誰にも届かない。

 誰からも文句が出ないなら、そのまま二の舞三の舞に突入したい。

 しかし建国式典の舞で、そういうわけにもいかない。

 す、と身を翻し、俺は真っ直ぐ舞殿の奥へと歩いていく。

 誰にも礼などしない。

 当たり前だ。

 この国では俺がトップ。誰に礼を尽くせと言うのだろう。

「お疲れ様」

「別にあれ位で疲れる様な、柔な鍛え方はしてませんよー」

 袖に控えていた我が姉上に小さく軽口で返した。

 ゆっくりと話している隙は無いが、その位なら出来る。

 さて、問題はここから後なのだ。

 ここから、帝国に再度潜り込むまで。

 髪の中に残った精霊の残滓が抜けてくれないと、俺はアルリタのままで学園に入らないといけない。

 勿論、様々な理由をつけて滞在を引き伸ばすと言う安全策も考えられたが、それは今の所得策じゃなかった。

 殆ど寮から出ないロックスアースの性質上、余り長く実家にとどまると言う事が無いのである。

 下手に目立つ真似はしない方がいい。

 ただでさえ―――目立たないとは言え―――生徒会役員なんてものになってしまっているのだから。

 精霊の残滓は普通、2、3日は残る。

 それを何とかなだめすかして今日中には出て行ってもらわないと困る訳だ。

 そして、そんな芸当が出来るのは当然俺だけで。

 しかもそれをしないという事は姉上の逆鱗に触れると言うことで。

 ……是が非でも色を抜かなくてはならない。

「……そんなに焦る位なら、カツラで誤魔化したらどうかな?」

「ふとした拍子にひと房こぼれた時の言い訳が立ちませんよ、ノギスさん」

「それもそうか」

 あたふたと精霊に願っているのが判ったのだろう、ノギスさんが声をかけてきた。

 ノギスさんはノギスさんで軍事会議があるが、それまでにはまだ時間もあるし、また余裕もある。

 立場上副官となって居る姉さんは、ノギスさんより先に会議室に向かって居るのだろう。

 もしかしたら敵情視察をしに行って居るのかもしれないが。だって姉さんだし。

「でも確か、万が一の時に備えてカツラは持ってるんだよね?」

「ええ、一応。まぁ使うような事にはなりませんよ」

「随分はっきり言い切るね」

「精霊の濃度が違いますから。多分今残ってる色も、国境越える前辺りから抜けていくとは思うんですよ」

 それだけはっきりと精霊濃度が違うのだ。

 初めて帝国領に入った瞬間、一番最初に思ったことはそれだった。

 なんと精霊濃度の薄いことかと。

 これで生きてゆけて居ると言うのが本当に不思議でならない―――勿論、それは皇国に生まれ育った舞媛としての感覚なのだろうが。

「今の所一番主張してるのは水精ですけど、一旦水精の弱くなる地域を通ればそれで何とかなると思います」

「……本当に、舞媛も唄媛も―――見精も理解の外だねぇ」

「見精もですか」

 それなら姉さんも理解の外になってしまう筈なのだが。

「そりゃ、私たちみたいな一般の人間から見たら、精霊の加護を得た人間の感覚は判らないよ」

 言いながら、ノギスさんは俺の前にお茶を淹れてくれる。

 ……これは本当に、俺が舞媛ひいてはアルリタでなかったら不敬罪だな。

「水精がどうの、といわれて、勿論教科書で習ったような通り一遍の事は判るよ? でも、それ以上のことを理解しろといわれても、感覚の話になってしまって判らない」

「……へぇ」

「ああ、科学的に利用すると言う事なら、私にも判る。精霊回路の組み立ては一応私にも出来るからね。けれど、それを舞うだけで、唄うだけで、見るだけで可能にしてしまう存在と言うのは……」

「ああ、何となく判りました」

 それは確かに理解の外だろう。

 見精は見るだけで精霊回路を作って居るわけではないが、舞媛や唄媛は理論を一切必要としないからな。

 ……いや、勿論勉強はしてるから、俺も一から組み立てようと思えば組み立てられるんだけど。

「まぁそんなわけなんで、多分問題は無いんですよ」

「じゃあ、アレアも君もそんなに心配してるんだい?」

「……えっと……関門があるじゃないですか。その前まで兵士が来てるコトもあるらしいんです」

「……で?」

「いや、で? じゃなくて……」

 ノギスさん、まさか前から思ってたけどまさか天然?

 天然だから姉さんに片思い続けられてるの?

「俺の髪を見咎められると不味いじゃないですか。この長さで皇国から帝国に行くって事は、確実に教徒で、その癖髪を染めるなんてことは有り得ない訳で……」

「ああ! アルリタだってバレる訳か!」

 大分遅いが、理解してくれたらしい。

 そうだ。教徒は髪を染める事をしない。というか―――教徒だけではなく皇国民全体が染めたりしないのである。だから中等部を覗いたりするとカラスの集団みたいに見えたりもするんだが。

「で、一応の対応策として水精の少ない土地を回って帝国に行くんだ?」

「そうです。だから時間的余裕は全然なくて……もう出なくちゃいけないくらいじゃないかな?」

「……忙しないねぇ」

「……自分で決めたんで」

 半分は嘘だけど。

 でも、向こうに行って楽しい思いをしているのも確かだから、多分その声には実感が篭っていたんだろう。

 ノギスさんは優しく笑って出て行った。








「ゼレクアイト様」

「……うーわまたお前かよ……教会の奥には入れない決まりだろー……?」

「特別許可を頂きました」

「……」

 貰ってない貰ってない。コイツの事だから絶対貰ってない。

 俺は内心そんな事を思いながら、俺より頭一つ半は高いだろう身長の主を見上げた。

 執事の癖に何で主人より態度でかいんだよ。

 時間になる前―――いや、正確には今朝方から見えてた。本気で見えないふりをしていたそいつは、俺の専属執事、ローラフライク・ルクトラーヅ。

 直系の皇族である。

 その癖、俺の執事だ。

 意味が判らない。

 俺や姉さん、ひいてはノギスさんの様に皇位継承権を放棄してもいない。

 第2位皇位継承者、という肩書きのまま俺の執事をして居る訳だが……何か支障は無いのだろうか。

 と言うか正直、有ってくれた方が助かる。

「……俺、教会の外で待ってるか、それか許可取れって言ったよな」

「ええ、ですから許可を取りました」

「……いや、お前取ってねーし」

 許可証を胸に着けていないのだから間違いない。

 そもそも取れる訳も無いのだ―――皇・教会・軍部の3権利を分離させる為に、皇位継承者は原則教会にも軍部にも入ることは出来ないのだから。逆説、軍部も教会、皇室には入れないし、教会関係者も皇室、軍部には入れない。

 しかしコイツは、平然とここにいる。許可証なしに。

 ……コイツは、そういう奴だ。

「ていうか迎えに来るなよ。俺はその前に”来るなら”って付けただろ」

「はい」

「じゃあ来ない事が前提だろ。何で俺が来るより早く教会内部に潜り込んでるんだよ」

「では今後は、もう少し早く許可証を」

「違うだろ反省しろぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!」

 思わず思いっきりアッパーカットを食らわす。……多分効いてないけど。効いてたら今までにもっと早く性格変わってるし。本当なんでコイツ第2位皇位継承者なの。

「ゼレクアイト様」

 ……嫌な予感しかしない。

「何だよ」

「時間がありません」

「知ってるよ馬鹿野郎ぉぉぉぉおおおお!!!!!!」

 冷静に言われなくたって時間が押しててしかもコイツと話して居るせいでその貴重な時間を更に削っている事位理解しているっつのぉぉぉぉおおお!!!!

 因みに言うならコイツは邪魔しかしてない。

 執事らしいことは一切してない。

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