8月3日、祭典にて・3
どれだけ学園で仲良くやれていても、国同士の立場になれば、やはり元敵国は元敵国なのだ。
むー、と仮面を横に置いて俺は唸った。
「あら、どうしたのよ、舞えるなら上機嫌のアンタが」
ま、理由は聞かなくても判るけど、と姉さん。
流石は俺の姉を16年間もしていない。
「帝国からの客人に関しては、私だっていい気はしないわよ。でも、来るものを拒める立場じゃないでしょう、今の私たち」
「ですよねぇ……」
「勿論、ゼレカの文句だって言えばつまみ出す位簡単よ?」
「国際問題になるじゃないですか……」
皇国のトップは、あくまでアルリタなのだ。
アルリタが出て行けといえば、出すのが皇国の流儀。
帝国の流儀など知った事ではないのだ。
けれど、やはり国家間の問題ともなれば話は別。
もし俺が手酷く帝国からの要人を追い払えば、再度戦争がおきかねない。
当然―――俺はそれを望まない。
望まないけれど、精霊への信心も何もない帝国人の前で舞わされるのは、気分のいい話ではない。
「でもまぁ、向こうもこの行事をそんなに重要視しては居ないみたいなのよね」
「へぇ? アルリタが舞うのに?」
「そう。そこには注目してるけど、第一帝子は来ないもの」
「……いー度胸じゃねーの」
「本当に」
現在の政治基盤が、既に帝王から帝位継承者の誰かに向かっている、と言うのはアーク会長がぽつりと漏らして判明した事だった。
現在の帝王の方が無能なのか、その筆頭になっているという帝子様が有能なのか。
アーク会長は第三位帝位継承権を持っているのだが、その筆頭候補が誰なのかは知らないらしい。
会長の兄弟なのか、それとも現帝王の兄弟なのか。
「人数制限を設けたのがこっちとはいえ精霊研究家を優先して帝族は第四帝子だけってねぇ」
「ちょ姉さん姉さんそこ結構重要重要」
つまり自分が出る事より研究家を優先した、という事だ。
本当に有能な人物である可能性が鰻上りに上がっていく。限られた人数で、見栄や礼儀ではなく、実益を選んだ―――それは姉さんも同じ印象らしく、むぅ、と眉根を寄せていた。
「困るわよね、研究できるような対象でもないのに」
「研究するにも20分だけだぜ?」
今回の舞は20分だけだ。
長いものになれば1日中舞い続けることもあるが、20分だけ見たところでアルリタ、精霊の研究成果に繋がるかといわれれば……答えは否だ。
そんなに簡単なものなら、皇国がとっくに解明している。
「純粋にその筆頭候補が有能なのか、忙しかったのか……そのどっちかだけでも聞き出せないかな?」
「やっぱりあたしの弟ね。今そのアタリをノギスに確認させてるわ」
「……こちらこそ、やっぱり俺の姉さん」
思考回路が似ているんだろう、結構やることが被る。
小さい頃は双子と間違われる位思考が被ったのだ。下手に言葉を交わさなくても理解できるというのは、かなり落ち着くし皇国に戻ってきた、という感覚をくれる。
「とにかく、準備までは結構時間有るから、のんびりしていたら? 久しぶりの皇国じゃない」
「久しぶりどころじゃないけどね。でも、まぁ姉さんと話せたしこれ以上は別にいいかな」
「あら、嬉しい事言ってくれるわ。どうせ教会上層部とやりあうのが面倒臭いんでしょ」
「参りました」
「判ってるわよ、その位」
楽しく笑いあい、メイドが入れてくれた紅茶を飲む。
そろそろ姉さんが戻らないといけない時間である。
姉さんが居なくなるというのは結構寂しいものなのだが、其処は我慢だ。
「じゃあ、私は行くわね。舞うのは後2時間後だから、それまでしっかり精神集中しておいてね」
「そんな必要ないよ。集中なんて舞殿に入れば嫌でもついて来るんだから」
「毎回それ言うけど、よく判らない感覚よねぇ」
「そう?」
俺にとっては簡単な話なのだが。
その会話を最後にして、本当に姉さんは部屋を出て行く。
これで、本当に俺がすることはなくなってしまった訳だ。その代わりのんびり考え事に集中できる、と言うことでも有るが。
第四帝子しか来ない、というのはかなり屈辱的なことだが、精霊研究家を多く投入する、という帝国側の考え方も理解できる―――勿論暫くとはいえ留学したからこそ判る感覚だ。
帝国は、体裁よりも実益を優先する国民性がある。
実力さえあれば上に上がれる、と言う点で言えば、帝国より遥かに皇国の方が有利だ。しかし、それは帝国が実力を評価しないというわけではない。
ふむ、と俺は小さく呟いた。
筆頭候補が来ないのはこの際いいとして、研究家に何が出来るか、それを試してやろうじゃないか。
―――何もできないのは判って居るけれど。
暫く、本当に何にもない時間が流れた。
来客の予定はないし、アルリタにお目通り願いたい、という声はまぁ、大量にあるものの、そういったものは「嫌」の一言で跳ねのけられる。
「失礼致します、アルリタ様」
だ、というのに、まだ1時間以上前なのに、扉が開いて、女の子が入ってきた。
初めて見る―――子だと思う。新しい舞媛か唄媛が挨拶に来たのだろうか。そんな話は、姉さんからも、帰国直後に出迎えた大僧正たちもしていなかったが……
「何か用かな?」
その女の子は、もじもじと躊躇いがちに近づいてきて。
「ちょっ!?」
いきなり服を脱いだ。
大慌てで目をそらして、見ないようにする。
な、なななな、何?! 一体何事だ?!
「服! 服着て!!」
「……わたくしでは、お気に召しませんか……?」
「ハイ?!」
何の話ですか!! そしてやっぱり、一体何事が起こっているんですか!!
女の子は、まだ完全には服を着ず、絶妙になんというか、そう、エロい感じでにじり寄ってくる。
お気に召すも何も、俺はアルリタですよ! 一応この国のトップなんですよ! だからって俺にこんな風に迫ってくる女の子はいなかったんですよ!!
そして俺も健全な男で思春期真っただ中なんで、そんな恰好で近くに来られると―――!!
「アルリタ様……どうか、一度でもお情けを……」
「何言ってるの?!」
いや本当何言っちゃってんのこの子!!
両親を連れてきなさい! 幾らアルリタが最高神レベルの信仰対象だとしても、そんな風に男に言い寄っちゃいけません!!
「どうか、どうかお願い致します……!」
「いや、いやいや、あのね!」
「―――はい、ストップ」
さすがに女の子に手を上げるわけにもいかず、そしてその子の方も信仰心から具体的な行動は起こせない、一種の膠着状態に、呆れかえった声が割って入った。
「……ノギスさん……」
心底、心っ底、安堵した声が出る。
そういえば、姉さんが後でノギスさんも顔を出すとか、言ってたっけ……
まさか、俺がこんな風に女の子に迫られる日が来るなんて、もう、予想すらしていなかったのだ。
「……出ていきなさい。はしたない」
誘惑的に服を脱ぎかけていた女の子に、ノギスさんは冷たく一瞥して言う。
女の子は何か反論しようとしたが―――結局、服を整えて出て行った。
姉さんにいいように扱われている、少々情けないところを見慣れている俺だが、女の子に対するノギスさんの対応は冷徹そのものだ。そういえば、ノギスさん単体で行動しているところって、初めて見たのかもしれない。
「……ありがとう、ございます……」
「こんな所に乗り込む度胸のあるのも、居たのか。警備も一体、何をしていたんだか……まぁ、ゼレカ君も、もう少し上手にあしらう方法を覚えようね?」
「あ、あしらう……と、言われましても……」
「ゼレカ君も一応、男だからね。迫ってくる女性もある程度上手にかわせないと」
サラーっと何でもないことのように仰いますが、もしかしてノギスさんはこういう経験が何度もあるんですか!
思わず聞き返しそうになって、ぎりぎりで飲み込んだ。
ノギスさんは軍に入る為皇位継承権を奉還したが、それまでは末席の方とはいえ、皇太子だったのだし、更に現在に至っては、軍で最も発言権のある独身男性である。身近にいすぎた上に姉さんに片思い全開を見せられて忘れていたが、身分を考えれば、言い寄られるのは日常なのかもしれない。
―――うん? いや、それとは別に、なんだか気になる発言が、混じっていた気もする。
……のも?
「ゼレカ君?」
「あ、いえ……ちょっと初めての経験で、どビックリしました……」
「まぁ……だろうね。警備を厳しくするように、教会に進言しておくよ」
「お願いします。ところで、さっきの女の子は、一体……? 多分、媛の中には、居なかったように思うんですけど」
「それはそうだよ。彼女は皇弟陛下の長女君だから」
「……入れない筈では?」
「だから、警備を厳しくするんだよ」
「……ですね」
なんていう身分の女性が、なんていう行為に及ぶんだ。
大丈夫かこの国。っていうか彼女の思考が大丈夫なのか。それとも教育が大丈夫なのか。
色々な事実に打ちのめされて、俺は精神へのダメージを深く、深く負ったのだった。




