8月3日、祭典にて・2
初等部から大学部までの生徒会全員が集まって、今後の学園行事などの打ち合わせをするのが本来の目的なんだそうだが、ある程度話がまとまった後は、物凄く下らない自慢大会になったのだ。
自慢がスパイに役立つなら別だが、ただの成績自慢やら学年自慢になってしまうと面白くない。
初等部や中等部が言い合いになり、高等部と大学部はどこかしらーっとしていた。
今年の体力測定の平均がどうの、とか話されたって姉さんが満足する報告の内容になるとは思えないし。
『……まぁ、誰も期待はしてないと思うし、寧ろお前の場合理事長の生活改善が本業みたいになってるしな』
「うん。悪いな、時間あるときは生徒会室の書類の整頓するって言ってたのに」
『いいよ。そんなん。俺が適当に片しとけばいい話だって』
「テウ、そういうの得意だよな」
『まぁかせて。んじゃまた、明日な』
「おう」
明日の放課後は理事長室へのこもりきり決定か、と俺は小さく溜息をついたのだった。
「……で、俺はサボりの口実にされた訳か」
「まぁまぁ。俺も自慢話は聞きたくなくてですね」
「気持ちは判らなくもないがな……仕事は無いぞ?」
「え、冗談」
書斎にはまた書類が散乱してるみたいだけど?
「……書斎は使用中だ」
「その言い訳、3日前にも聞いた」
「そうだったか?」
3日前のことを忘れるほど簡単な脳みそをしていない事位判っている。暗に言っているのは、書斎は永遠に使用中だ、ということだ。
空っとぼけてみせるフィンに、俺はむぅ、と眉根を寄せた。
「そろそろ整理術とかやってみる気は無いのかよ」
「無いな。面倒くさい」
「……記憶術にばっか頼ってるとそのうち痛い目見るぞ」
「あっはっは遭遇してみたいもんだ」
「あーもう本当人の忠告聞かねー奴ばっか……」
ノギスさんはノギスさんで、実は無茶を押し通す時は押し通す。姉さんと一緒にいるとお茶くみでもなんでもやってしまう残念な人になってしまうだけで。
例え議会と教会を同時に相手取り、更に軍部を向こうに回しても、忠告なんか聞きやしない。
―――よくよく考えればそれは姉さんも同じだったが、やはり身内には甘くなってしまう。
「何を考えているか顔に全部出ているぞ」
「ええ? どんな超能力だよ、それ。ていうか最近、何か皆に言われるんだけど」
「それだけ判りやすい顔してるんだろ。自業自得」
そんな訳ないだろ、と呟いて返すが、それに説得力はあまりなかった。
と、いうか最近言われるのは姉さんに関している時ばっかりの気がするのは何故だろう?
なんていう愉快な話をしている訳にはいかない。
散らかり放題の書斎を見ていたら何だか凄くやる気が出てきた。
このお兄さんほっといたら書斎が俺着任前の状態に逆戻りだ。
俄然やる気を出した俺を視界の端に入れ、フィンはぼそりと呟く。
「散乱した部屋を見てやる気を出すなんて、ドMじゃないのか」
「しっ……!!」
いきなりの暴言にその先の言葉が一瞬でてこない。
「失礼な人だなアンタ!! 誰がドMだ誰が!! そして100%の割合でアンタの後始末でしょうに!!」
「そんなに期待されると更に散乱させた方がいいのかと感じる」
「感じるな!! 整頓しろ!!」
というかそんな馬鹿な掛け合いをやってる暇は無い!!
「っていうかもう直ぐ夏休み始まるんだから、とっとと仕事終らせないと不味いでしょう?!」
「そうだな確かに始まるな。ところでさっきから処理しても処理しても終らないのは誰が悪いんだ?」
「……貴方が苛々していることだけは判りましたよ」
だからと言って俺に当たるのは止めてほしい。
夏休みが来週に迫っている今、フィンの時間は24時間では足りなくなっていた。さっき処理した書類の山が、気付けばまた復活してましてや増量している状態では、八つ当たりもしたくなるだろう。
……いや、いつも24時間では足りていなかったか。
ついでに俺の時間も24時間では足りなくなってきている。
その理由は当然ながらフィンの仕事量の増大である。
寮に残る生徒の書類手続きの承認、里帰りする生徒の書類手続きの承認、1学期の決算書類、夏休みの予算編成の修正案の承認依頼、エトセトラエトセトラ。
その全ての書類を教員棟へ運んだりまた理事室に持っていったり生徒会へ持っていったり承認の判子を押したり押してもらったり。
フィンに釣られて俺も忙しく、寮に戻って休むことは殆ど出来なくなっていた。
夏休みに入ってからは少し落ち着くらしいが、それも束の間、2学期になる前からそれ用の書類が山積になるそうだ。
……そんな事前情報は要らなかった。
「……なぁ、2学期と今、どっちが忙しい?」
「さぁ? どっちだと思う」
「知りたくて知りたくないけど、今って言って欲しいかな」
「残念、どちらかと言えば2学期初めだな。学園祭のごたごたが酷い」
「……あー」
そんなイベントもあったっけなぁ……
ただの一般生徒なら単純に楽しめるイベントなのだが、強制的に役員の立場だと面倒臭いという印象しか出てこない。
何でこんな破目にハマったか、ふと不思議になる瞬間。ははっ。
「……今日の夕飯は何だ?」
「サツマイモと海老のテンプラ。他に何かあるなら作るけど?」
「いや、十分だ」
「そ?」
フィンの健康管理も仕事に含まれている身だが、本人の要求ならメニュー変更もしなければならない。
結構気を使っていたりする。特に好き嫌いはないらしいが、食堂での様子を見ると、余り濃い味付けは好まないようだ。エナクメラ料理に味の濃いものが多い為、余計食事はバータイプの栄養食品になっていったんだろう。
ま、役員の仕事の範疇内だしそんなに苦になるようなことでもないが。
……家でしていたことと殆ど同じだなんて、別に思わないんだからっ。
「そういえば、お前は帰る予定あるのか?」
「確認するの遅っ。―――まぁいいですけどね。一応今のところは有りません」
「なら、俺は食堂に行かなくても良い訳だ」
「……もう毎日作りに来るのは決定な訳だ」
俺の意思も確認せず、と。
そんな俺様ぶりなんて慣れたと思いたい。
勿論8月3日は帰る予定だが、それは姉さんとの秘密だ。
幾ら皇国民だと言う事がバレて居ても、アルリタであるという秘密だけは守らないといけない。
俺を利用したい敵地ど真ん中でバレた時なんて、想像に難くないではないか。
「来るだろ」
「……行きますよ、ええ行きゃいいんでしょ」
「自棄になるなよ」
「……そっすね」
自棄になったって仕事の量は変わらない訳だし。そしてそれは貴方にも言えるんですよ、イリカフィンスさん……
ぶっすりしたままその日の仕事を終え、俺は役員寮で眠ったのだった。
そんな日常を繰り返すこと暫し。
問題の8月3日は意外にもすんなりと帰省する事が出来た。
これはやはり、生徒会役員と言う後光のおかげだろう。
一般生徒だともっと厄介な書類手続きが必要だとフィンに愚痴られた。何しろ、大分必要な工程をショートカットできている。書類を目の前の理事長に問答無用で突きつければ済む。現在処理中の手を止めさせて、ではあるが。物凄い睨まれたが。
……もしかしたら就任後初めて役員だったことに感謝したかも。
そして現在地は、エレメンタ教会のアルリタ専用室である。暫く見ない間にもやはり変わらず豪華だ。
なんだか暫く見なかったからか無駄にキラッキラして見える。
しかし、ロックスアースの設備を見てからだと、この専用室はともかく、皇宮は控えめに見えた。
ぼんやり見ていると、ノックの音がして、約半年ぶりの姉さんが入ってくる。
「……姉さん」
「お帰りなさい。って言ってもこの1日の事だけど」
「そですね……」
なんて忙しない里帰りだ。いや、別に嫁ぐ予定は更々無いが。
「後でノギスも顔を出すと思うから、適当にあしらっておいて」
「……了解」
あしらうとは酷い言い様だけど、逆にそれでこそ我が姉上。
あーなんか凄い帰ってきた感。
「そんなほっとした顔して、よっぽど向こうの待遇悪いの?」
「いや、別に待遇は一般生徒と同じ位だよ。今のところ苛められる様な破目にもハマってない」
「そう? それならいいんだけど……必要なら私の権力で何とかするわよ?」
「……姉さんが言うとマジで何とかしちゃいそうなんで怖いです」
「あら、だからするんだってば」
さらりと言わないでってば。
にこやかに答える我が姉に若干の恐怖を感じつつも、これ以上その話題には触れない。
3日に御葬式、という名目で帰っている以上、とっとと舞ってとっとと帰らなくてはならないのだ。
時間的な余裕は無いに等しい。
そんな訳で、今現在の俺の格好は既にアルリタの衣装になっている。
アルリタの衣装自体は豪勢なものではない。
変にごたごたと飾り付けて舞えなくなったら元も子もないからだ。
古代風のチュニックにスカート。
勿論その繊細な刺繍には目を見張るものがあるし、身に着ける装飾品も一つ一つ手が込んでいる。
格好がどうしても女性的になるのはそもそも男が舞媛になることを想定していないからで、古代風なのは儀式と言う色合いが強いからだ。
後で白地に赤で紋様を描かれた仮面を被るのは、今回は式典だから。
唄うのは唄媛に任せ、俺は只舞うだけ。
この儀礼は衆目に晒され、しかも属国となった今は帝国からも人間が来ている。
見世物になったようで、俺はこの建国式典が嫌いだ。
世界で唯一の至宝、アルリタを人目に晒そうというのだ、当然だけど。
そういうのではなくって……帝国の人間にまで見られるのか、っていう感情がどうしても残っている。
一応俺にだって愛国精神はあるのだ。




