8月3日、祭典にて・1
8月3日が迫る中、毎日の電話の最後に、姉さんが思い出したように話を振ってきた。
「精霊銃の使用?」
俺は思わず、スマホの向こうの姉さんに問いかける。
すると向こうもこちらの疑問を読み取ってくれたのだろう、答えを返してくれる。
『勿論、まだ1年だから使えるとは思ってないわ。ただ、帝国は皇国よりは軍事国家だから、高校の授業からそういった訓練があるって聞いた事があるのよ。前、ゼレカも言ってたでしょ』
「ああ、そういえば……」
生徒会のメンバーと知り合ったきっかけは、そういえば精霊銃に関する伝言ゲームに巻き込まれたからだったか。
授業内容を帝国の誰から聞いた、とは言わないのが姉さんらしい。
その誰から、は十中八九フィンだろう。
「でも、そしたら俺、不味くない?」
『不味いわよ。舞媛に慣れてないエナクメラの精霊銃だもの』
「下手したら百発百中、軍部の方々に目を付けられるって訳ね……」
『それを回避するために、一応手を打とうとは思ってるんだけど、流石に直接銃に回路繋げてどうこう、なんて出来ないじゃない?』
「確かに……」
それをするには俺がどの銃を使うかを把握していなくてはならない。姉さんがいくら精霊回路に細工をすることにおいてダントツ最強だとしても、その現物がないのに干渉することはできないのだ。
ましてや、精霊銃は学校の備品である。
自分だけが使うように仕向けるには相当の苦労が考えられた。
『だから、できるだけそっちで誤魔化して欲しいのよ』
「……出来る限り穏便に、当たり障りない程度の成績を残しつつ、精霊が暴れないように静かにさせる、と」
『そういうこと』
素晴らしいまでの無理難題だった。
姉さんがこれまで俺に言って来た中でも、相当上に入る。
精霊銃の基本構造は精霊球を使用しているだけでただの銃器と違いはないのだが、その精霊球が問題だ。
無理矢理捕獲した精霊を水晶球に押し込め、使役しているのである。
当然、精霊自身の反発も強くなる。
アルリタである俺が触ることで、精霊球の精霊は活性化すると予想できた。
活性化した挙句が暴走―――等と言う事は死んでも起こさせないが、その代わりの百発百中浮かれまくった他の精霊まで大乱舞、である。
とんでもない。
そんなことが起こったりしたら、俺がアルリタだとバレてしまう。
とてもではないがそれを起こす訳には行かない。
少し違う話にはなるが、精霊銃の使用が戦争の主流である今、皇国でも当然使用はされている。
ただ、精霊には協力して助力を願う、という形を取って間に舞媛なり唄媛なりが入るのだ。
『授業で触ることはまだないとしても、許可証の準備が生徒会主導なら、もしかしたら精霊銃の保管関係は理事庶務がやるかもしれないでしょう?』
「……了解。とりあえず頭には置いて行動します」
『出来るだけそんな事態に陥らないで済むような、そんな素敵な言い訳を考えておいて』
「あっはっは」
何それ姉さん無理難題。
そして話題は別の事へと移行し、俺も今すぐのことではないので精霊銃のことは頭から追いやった。
―――それがとんでもないことへ繋がるとも思わずに。
「ゼレカはさ、今んとこ帰る予定あるの?」
シルトからそういわれて、俺はくきん、と首を傾げてみせる。
「今は特に無いかなぁ……まぁ、ちょっと心配事が無いでもないけど」
「心配事?」
「ちょっと親族に危篤が居てさ……何とか峠を持ち越したって話は聞いてるんだけど、どう転ぶか判んねーし」
「ああ……大変だね」
「ああ、本当に大変だ。そんな大変な事があるなら帰郷しろ。そして戻るな」
「……アルヴィエ先輩、それは少し酷いです」
別に酷くないと胸を張る彼だが、酷いことには変わりない。
こうして自室での食事の時も同席するようになって、その度に1度はこういう嫌味を言われる。
どうやらそれは嫌味ではなく、先輩なりの挨拶なのだ、と気付いたのは最近のことだが。
……傍迷惑な挨拶もあったものだ。
自室で食事をする、というと喧しいのが2人―――いや、3人ばかりいて、しかしそのうちの2人はアルヴィエ先輩の一言で撃沈した。
フィンとテウとカリル先輩だ。
テウはせめてシルトを引っ張り出して食堂で一緒にご飯を食べたい、と切実に訴えてばっさり。
カリル先輩には問答無用で「僕が決めたことに何でお前の許可が要るんだ!」。
いやもう本当にその通りですね先輩。
第一何故カリル先輩はアルヴィエ先輩がこの部屋で食事するのに反対なのか判らないし。
……まぁ、あの先輩のことだから反対したら面白そう、位しか理由はないかもしれないが。
フィンに関しては……生徒会からの要請があって嫌々口出ししてきたらしい。
つまりアルヴィエ先輩が駄目なんじゃなくて、俺が自室で食事すると言うのが駄目なんだな。フィンが食堂に行かずに不摂生を続ける為、俺に料理させてまともな食事をさせたいのだ。
本来フィン自身からすれば、煩いお目付け役も居ないし万々歳だ。
「アルヴィエ先輩、今日の煮物はどうですか」
「……不味くはない、と言った所だ。香辛料の使い方がまだ甘い」
「そうですか、有難う御座います」
不味くないんなら大分美味しい部類に入る。
彼の場合、不味いと言っていても、本当に不味ければ口にしないし2度と箸は向けない。
「というか前から聞きたかったが、何でお前はこう……若者向きの料理をしないんだ?」
「……はい?」
言われた意味がよく判らず首を傾げると、更に補足が入った。
「だから、例えばから揚げとか、ハンバーグとか、グラタンとか、そういった若者受けしそうな料理だよ」
「ああ……」
つまりグラタンは少し違うけれど肉系のおかず、ということか。
確かにアルヴィエ先輩と食事をするようになる前から、俺はそういった類の料理は余り作らない。
「単純に健康面も考えてますよ、勿論」
「まぁ……確かに。肉類ばかりでは不健康だな。しかしその言い方だと、別の理由があるように聞こえるぞ」
「あー、えっと何ていうか……姉さんの好みで料理しちゃうんで」
「「……」」
こればかりはシルトもフォローしきれないらしく、揃って沈黙。
と、いうか別に恥ずかしい事を言ったわけじゃないのに何だその反応は。
先輩に至っては何とも言えずアレな物を見る目だ。なんだか前にもそんな目で見られた気がする。いつだっけな……
「何か問題でも?」
「……いや、別に」
これでもか、という圧を込めた笑顔で聞き返して、反論を封じる。
別に俺は趣味で料理をしているだけで、嫌なら食堂に行ってくれて構わない―――流石に一人ぼっちは寂しいから、そしたら理事室に押しかけて作るが。
だってほら……折角部屋にラクレシアのキッチン一式があるんだぞ?! 活用しないなんてそんな馬鹿な、宝石を無視して石ころを展示するようなものだぞ!!
ただ、俺にメニューを決めさせている以上、先輩が言うような若者向けの料理は永遠に出てこない。
それに薄々感づいたのだろう、シルトがふんわりと笑って言う。
「僕、明日のメニュー頼んでもいいかな?」
「別にいいぜ。何?」
「パスタ系が食べたいんだけど、お願いできる?」
「OK、パスタな」
パスタなら姉さんの好みはクリーム系だ。よし、それで行こう。
俺のそんな内心を読んだかのように、先輩が付け足す。
「ぺペロンチーノだ」
「……判りました」
ペペロンチーノ、あんまり作ったこと無いんだけどなぁ。
姉さんが嫌がるから。
まぁ、先輩に指定されてしまった以上、下手な反論はしない方が賢明だろう。
大人しくペペロンチーノを出して生存権を失う事にしよう、と考える。
苦手なもので合格点を貰えるほど、俺の腕はシェフじゃない。
そんな予想通り、翌日のパスタの感想は散々だったとさ。
もう二度とペペロンチーノの名前を出すな未熟者、と捨て台詞を吐いて、先輩は帰っていった。
「でもあの程度の罵詈雑言でアルが黙るなんて、本当凄いことなんだよ?」
アルヴィエ先輩の帰った部屋でシルトが声をかけてきた。
食器の片づけを終えた俺は、手を拭きながらシルトのいるソファの向かいに座る。
「……何か料理するの止めろどころか、息するのも止めろみたいな勢いだったじゃんか」
「まぁ、勢い的にはね。でも伸びない人には言わない人だし」
「そうなの?」
「そうなの。だから満点で美味しいって評価することは無いんだよ。評価してる時点で、アルのなかではチェック済みってこと」
「チェックって、何のチェック?」
「卒業したら、アルヴィエは会社を継ぐわけじゃない? その時に優秀な料理人兼、の開発者がいれば他社に対して凄く有利でしょ?」
「あー……顧客ニーズに答える製品を作れるって事か」
「そう。だから人材探しに学園に居るようなもんなんだよ」
「へぇ……」
いつも散々の評価だったから知らなかった。
広告会社の御曹司なシルトも、もしかしたら日常的に何か観察していることがあるのだろうか。
シルトがただ可愛いだけのお坊ちゃんだと思ってる親衛隊員も多いんだろうなぁ……
それなら、アルヴィエ先輩の親衛隊嫌いも納得できる気がした。
「んじゃ、僕は明日の課題があるからそろそろ部屋に戻るけど……ゼレカはどうする?」
「俺も……そうだな。宿題でもやるかなぁ?」
「……その言い方だとまるで宿題はやらないものみたいだよ?」
「いや、宿題はやるけど授業前の休み時間にこなすもんだろ」
「……それでクリアできてる様なら問題ないね……」
「ちょ、何その諦めたよ僕みたいな表情!!」
軽口を叩きあいながら、就寝の挨拶をする。
今日の宿題は別に量もないし、本気で授業前とか授業中にやろうと思ってたんだが。
姉さんへの報告ももう済んでいることだし、することは本当に無いな―――と、そんなことを考えていた時にテウから電話が入った。
『よっ、今平気?』
「ん、平気平気。何かあったか?」
『明日生徒会役員の定期集会だからさ、それ言い忘れてて』
「あー……そんなもんもあるんだっけ?」
『そう。面倒臭いけどサボるなよ?』
「堂々と理事長を理由にサボらせて頂きます」
だぁって前回出たときには只の自慢大会だったんだもん。




