キッチンメーカーの御子息と俺・3
一応各自料理の体制には入っているので、俺も自分のキッチンスペースに移動する。
幸い後ろの席のアルヴィエ先輩からは離れる形だ。
自分の分はとっとと終らせて周りを見て廻らないと心配なので、俺の調理科での料理速度は自然と速いものになった。
「適当な手付きだな、クォンテラ」
「うひゃおうっ!!」
アルヴィエ先輩も、科が違うのに乱入しているのだ、当然何もしてこないだろうと思ったのに!
「何だ、人が忠告に来てやったというのにその反応は!」
「集中している時に話しかけられたら誰でもそうなりますよ!!」
「……ん、それもそうか? 第一調理科の様な魔窟に出入りしている人間がシルトの同室だなどと、僕は認めないぞ」
一応周りを気にしてか、調理科の様な魔窟、のアタリは囁き声だった。
しかしそんな心配しなくても、皆が皆それぞれ修羅場なので一人の問題発言くらい聞き逃されるんだが。
ぎゃーだのひゃーだの、およそ料理をしているとは思い難い悲鳴に満ち満ちて居る事だし。
「……先輩に認められなくても、もう部屋は決まっちゃってるんで」
「だから役員棟に移れってば」
「移りません」
何度も何度も繰り返した会話だ。
その最中にも手は止めない。
「……クォンテラ、話しかけられたら手を止めるのが礼儀だろう」
「そんな事くらいは判ってますが、俺、一応調理科任されてるんで。早く見て回らないと惨劇の予感がしません?」
「・・・・・・」
「と、言う訳で、先輩。授業中はなるべく話し掛けないで貰えます?」
おおっ、俺初めて先輩に強気に出てる気がするっ!!
さすがの先輩も正論をあーだこうだという趣味はないらしく、うぐぅ、と黙る。
黙った上で、まだ近くにいる。
あんまりじろじろ見られながらの料理って苦手なんだけどなぁ。
「手際は……いい様だな」
「アリガトーゴザイマス」
お世辞だろうが褒められた事には変わりない、と返事する俺。
自慢じゃないが、趣味は料理だと胸を張って言い切れる位にはし続けている事だ。
おまけに今日は炊き込みご飯。
実は姉さんの好物である。
姉さんの好物を美味しく作れないなんて事はあってはならない。
中々に肥えた舌をお持ちの姉上は、好物に関してはそりゃもう一切の妥協を許さない。
それはたとえ弟作であろうが無かろうが関係無しに。
「……何を考えている、ゼレクアイト・クォンテラ」
「はぇ? 何ですか?」
いきなりの呼びかけに吃驚して言葉を返すと、まるで汚物でも見るような目で見られた。
失礼な。一体何だっていうんだ。
「何を考えているかと聞いたんだ」
「何考えてるって……故郷の姉の事ですけど」
「シルトにいかがわしい事をする妄想などしていようものなら……!! って、は?」
「いえですから、姉のことを。炊き込みご飯、姉の好物なので」
「……」
「ですけど、それが何か?」
「…………いや、何でもない」
汚物を見る目では無くなったが、またニュアンスの違う微妙な顔で見られてしまった。
なんなのさんもう。
まぁともかく、そんな面白い先輩を構っておく時間は無い。
「先輩、俺ちょっと忙しいので、細かい話は後にして頂いても結構ですか?」
「……判った。しかし、調理法やその他諸々を誤っていると思ったら指摘する。間違った情報を他の生徒にまで伝播させる訳にはいかないからな」
「判りました」
生徒会の人間でもないのに律儀な事だ。
別にそんな小さいことに一々異論を唱えていても始まらないので、俺は料理を再開する。
炊き込みご飯と焼き魚というシンプルなレシピの筈が、そこかしこから何となくありえない異臭が漂ってきている訳だしな!!!!
全員の料理が終って、俺は教室を見渡した。
今日の戦績は7分といったところか。
残りの9割3分が普通じゃありえない状況―――緑色の炊き込みご飯とかショッキングピンクの焼き魚とかもう最早何物にも名状し難き何かとか―――になっているとしても、この調理科で7分の成功なら中々のものだ。
……そう、70%の成功じゃないのだ。7%の成功で大成功なのが調理科なのだ。
そんな調理科の現実などご存じじゃなかったのだろう先輩は、顔面蒼白で口を覆い惨状を見ていた。
そりゃまぁ……7%の成功作も何とか人が食べられるというレベルであることには変わりなく、調理科を魔境から脱出させるには、まだまだ時間がかかりそうだったが、そんなドン引きしないでもいいじゃないか。
まず本日の惨劇は回避されたのだ、と主張したい。
「それでは、各自試食として本日の調理科の授業を終りたいと思います。有難う御座いました」
閉めの言葉と共に、わらわらと皆が移動を始める。
試食―――というか、食べたい相手の処に行って味見させて貰うのだ。
顔のいい奴の処に人が集まるかといえば、矢張りそこは癖の強い人間の魔窟、純粋に料理の巧い人間の周りに人がたかっている。好きな相手はそれはそれ、おいしい料理はおいしい料理、と割り切っているのだろう。
シルトの敵クルゼル先輩は真っ先に俺の作品に突き進んでいた。
……勿論彼の胃袋を見越して何だかありえない量の炊き込みご飯と焼き魚を作っておいてある。ちゃんと種類も違うし味付けだって変えて。
いや良く考えたら何でそんなことまでしてんだ俺って現実なんだが。
「そういえば先輩、授業はどうなさったんです……か?」
アルヴィエ先輩が何の違和感もなく、俺の料理をたかる群れの中に紛れ込んでたから気付かなかった。
「むぐ?」
「ちゃんと召し上がってからで結構です」
口に物が入っているからだろう、首を傾げる仕草だけなのは凄く目の保養なんだが。
中身があのキツい先輩だと判っていると複雑なものである。
「先輩は調理科じゃ有りませんよね?」
「勿論だ。今日は体調が優れないという理由で授業は休ませて貰っている」
「いっ、いいんですか?」
しかも真の理由が理由だけに、ますますいいのかと言う気になる。
「いいだろう。こちらの状況の方が余程重要だ」
「……そうですか。で、音楽科だと聞いていますが?」
「それがなんだ?」
「あー……」
「あーとは何だ! あーとは!! 言っておくが僕は真面目に授業を受けているぞ!!」
「判ってますよ。ただ、先輩のイメージとは……良くお似合いだと思って」
「その間は何だーっ!!」
素直にそれを褒め言葉と受け取らない人も居るから、の間だったのだが、どうやら先輩は素直に言葉を額面どおり受け止める人らしい。
長所だ。
そうか、彼が歌っている姿などは、きっと天使が歌っているように絵になるに違いない。きっと綺麗だろうな、と思っただけなんだが、今更それを言っても怒られそうな気がする。
「ところで、味の方はいかがです?」
何も言わずに別の味付けの炊き込みご飯をよそっている先輩に声をかける。
完全に気に食わないなら一口食べて流し行きだろうから、不味くは無いのだろうが……何しろ前情報が怖すぎる。
「……ふん、まぁまぁだな。生きる許可は赦してやる」
「……アリガトウゴザイマス」
つまり不味い訳じゃないと。
まぁプロ級の味を求める高レベルな先輩からなら、寧ろ褒め言葉と受け取ってもいい位だろう。
どうやら言い方が厳しいのはデフォルトらしいし。
しかしそれにしても。
「……け、結構召し上がりますね……?」
「有るんだから食べろという事だろう。違うのか」
「微妙に有っては居ますが、有るんだったら他の方々の料理も」
「こっちが先だ、馬鹿」
「……はぁ」
食べては次、食べては次、と俺の料理を攻略していく先輩を見ながら、俺は小さくため息をついた。
クルゼル先輩とは顔なじみなのか、時たま魚の取り合いをしている。
……焼き魚も、もっと多いほうが良かったんだろうか。
取り合えずの難を逃れた調理科実習後、心配したシルトから電話が入った。
他の科の生徒は昼食でも、調理科――成功者に限る――は昼食を食べないので、顔を合わせるのが夜になると思ったのだろう。アルヴィエ先輩が調理科に殴り込みをかけたというのは、実は授業中に伝わっていたそうだ。
『だっ、大丈夫だった!?』
「何かそんなに危険な感じではなかったかな」
『そう……? 感想は何て言ってたの?』
「生きる許可は貰えたよ」
『……凄い』
「凄いのか……?」
生きる許可しか貰えなかったんだが。
ただ、調理科の中では1位の評価らしく、結局最後まで他の生徒の作った料理には行かなかったけれど。
『生存権は今の所、学食のシェフでも一部しか貰えてないもん。だからアルの食事は決まったシェフさんが作ってるの』
「……どんな我侭坊ちゃんだ。そうか、生きるだけでも大変なんだな……」
『ま、まぁ料理界にって意味だと思うから、そんなに深く考えないでね?』
「OK。連絡有難うな」
シルトからの電話を切って、俺は理事室へと急いだ。
どうせあの人のことだ、今日だってろくなものを食べていない。
そのときのことを考えて、はぁ、と大きく溜息をつく。
残念ながら調理科のときだったら持っていける余り物も、クルゼル先輩とアルヴィエ先輩のおかげで空っぽだ。
一から料理して、間に合うかなぁ……
俺は思わず遠くを見てしまったのだった。
一日一日と日が過ぎて行き、夏休みが近づいてくる。
浮き足立った、そわそわとした空気は、やはりどこの学校でも変わらない。
そして夏になって困ることと言えば、水泳だ。
別に泳げない、とは言わないが、皇国には水泳の授業と言うものがない。
その為、多分俺は水泳が苦手な部類に入る……筈。
「……俺、やっぱ今から見学手続き取ってくるわ」
「逃ーげーんーなーよっと」
「んぎゃっ!!」
後ろからテウに羽交い絞めにされ、プールサイドに立っていた俺達は危うく落ちる所だった。
危うくと思っているのは恐らく俺だけで、多分テウは落ちても平気なんだろう。
「何、ゼレカって水恐怖症?」
「いや……別にそこまで苦手って程じゃぁああ」
最後の方は確実に落としにかかるテウのせいでまともな言葉にならない。
問いかけたキャルも腹を抱えて大笑いしている状況では、誰かの助けも期待できないではないか。
「しっかしお前、本当白いよな」
「……ほっといてっ」
「マジで日焼け止めとか塗らなくて大丈夫?」
「平気だってば。そんな、女の子じゃないんだから」
代わる代わる問いかける言葉に返し、俺はふん、と拗ねて見せる。
確かに殆ど日焼けを知らない俺の肌は白いが、日焼け止めが必要なほどではない筈だ。
「隙有りぃぃぃいいいい!!!!」
「ぎゃぁぁぁぁあああああ!!!!」
後ろから突き飛ばされるように俺はプールに落ちた。
実は初体験のプールは……ちょっとむりっぽい。
……そして、更に授業の終わりには日焼け止めの必要性を身に染みて理解する事になるのだった。




