キッチンメーカーの御子息と俺・2
先輩たちは同じクラスで、それを理由に迎えに来ているのだが、不思議とカリル先輩からは同種のにおいがする。
いや、あの……ドSのにおいがするとかそういうんじゃなくてね?
「兎に角、一刻も早くシルトの部屋から生徒会棟へ部屋を移せ! いいな!?」
「あー……普通にお断りです」
半ばカリル先輩に引きずられる様に去っていく先輩の背中に、ポツリと呟く。
そんな目立つ真似してたまるか。
というかシルトの同室が気に食わないのかと全校生徒からバッシングを受けかねない。
「前から思ってたけど、ゼレカって地味な割には派手なのとつるんでも目立たないのな」
ひょい、とキャルが口を挟む。
「え、それは何、徹底した地味って事?」
「いやいや、そうじゃなくてさ。地味っていったら派手なのに囲まれると逆に浮くじゃん」
「あ、それは判るわ。キャルみたいにってことだろ」
「テェーウー!?」
「やーキャル怖えー」
眉を吊り上げたキャルから逃げるフリをするテウ。
まだちょっとよく判っていない俺は、くきん、と首を傾げた。見かねたらしいテウが注釈を入れる。
「だからさ、目立つ中に居ても目立たないって事」
「すげぇな、俺」
何処に居てもまぎれるって、ちょっとした才能じゃないだろうか。
理事長は―――地味すぎて逆に目立つし。
新たな一面を見つけてちょっと嬉しい。
いや……本当に喜ぶべきかどうかは微妙なところだが。
そんな中、のんびりと授業は始まったのだった。
「って事があったんですけど」
『……わざわざ報告有難う』
心なしがげっそりした声で、姉さんが返答する。
毎日話しているのだが、何だか今日は特に疲れている気がした。
「姉さん、なんかあった?」
『いえね……後もう少しで夏休み入るじゃない?』
「ああ、うん」
『ここで判りなさいよ、バカ』
「バカって酷……くないねごめんなさい」
夏休み。
普通なら歓迎すべき事態なのだが、しかし俺の場合は8月3日のお蔭で気が重いのだ。
その日は、ルクトラーヅ建国記念日。
当然そんな国の記念日だからこそ、アルリタが舞うのがしきたりである。
しかし。
「今年は帝国で過ごす……筈じゃなかった?」
『そうよ。下手に田舎に帰りますなんてやったらお土産どうので面倒だからね』
「ってことは、そんな、記念日に学園を離れるの?」
『そうなるわね』
「完全怪しいじゃないですか」
これ以上怪しいこともそうそうない。
今年はアルリタの体調不良で舞わない、という言い訳を押し通す予定だと聞いていたのだが、姉さんがこの話題を持ってくるということはそれが通用しなくなってきたということだ。
教会を……甘く見てたな。
「じゃあいっそ、帰ります?」
『それじゃあいちいちややこしい出国手続きとか、色々あるのよ。それに辺境伯って事は田舎じゃない?』
「うん」
『田舎にわざわざ帰る生徒なんて、その学園にいるの?』
「……居ません」
帝都の中央付近にいるとか、実家もかなりの都会だとか、そういった生徒しか里帰りしないようだ。
そして逆に、辺境から来ている生徒は少ないので、僅かな生徒だけが学園に残る。
その中にこっそり残ろうという俺と姉さんの打ち合わせだったのに、見事に狂った。
「教会の上層部も中々やるね」
『本当だわ。5年前はわりと巧くやれたのに』
「……姉さん吃驚するぐらい自慢できないよ」
5年前の終戦を機に、姉さんが教会所属の見精ではなく軍属になったとき、協会の上層部と一人で渡り合ったのである。
その実績がある分、俺も落ち着いていた。
しかしやはり、教会も一筋縄ではいかないということか。
『まぁ……問題は教会だけじゃないのよね。教会だけならもっと安全に事は済んだもの。ほぼ決まりかけていることに抵抗しても無駄だし、とりあえず親戚に死人でも出しとくわ。ただ、帝国からは出ず、皇都には行ってない様に偽装する』
「流石姉さん。そういや偽造は姉さんの得意分野だったね」
『あら、何か成績を偽造して欲しい教科でもあるの?』
「……その位ならちゃんと真面目に成績残しますよ」
精霊回路を直接弄れる姉さんなら、多分俺の成績をオール5にするくらい訳ないんだろうけど。
そんなことしなくても、俺が本気でテストを受ければそこそこの点数を残せるなんて知っている。ただそれをすると目立つからしないだけで。
姉さんとのんびり国境情勢について語り合った後、俺は共有スペースに出た。
「本当に心配性なお姉さんなんだね、毎日電話するなんて」
「あー……やっぱ田舎と都会は違うから。大分心配みたい」
嘘です。
姉さんは一切俺の心配してません。
……心配して貰うほど、抜けてないし。
のんびりと紅茶を飲んでいたシルトは、こちらを見てはた、と気付いた様に言った。
「明日って、選択の日だっけ?」
「デスネ」
「明日は何を作るつもりなの?」
「明日は―――ちょっとレベル上げて炊き込みご飯と焼き魚でも作るつもり」
「わぁ、美味しそう! いいな、僕にも作ってよ」
「了解」
仕方ないな、と苦笑しながら返す。
いつの間にか俺のお料理教室は学園公認になり、最初は来ていたシェフも使う食材の確認をするだけで現れなくなっていた。
まぁ……お昼前のクソ忙しい時間に顔を出すなんて本当はやりたくもなかったし出来なかったんだろうが。
いつの間にか理事長お墨付きの腕前、という噂まで広がり、この間真剣な顔をした食堂の料理長に卒業後の就職先はここにしないか、と打診された。
それは勿論丁重にお断りしたが、一体この学園の食堂はどれだけ人手不足なのだろう。
まぁフィンの食事事情がああなのでそちら関係に予算を回していないだけの可能性もあるが。
「でも、ちょっと困ったことがあるなぁ……」
「うん?」
「アルに調理科ってこと、話した?」
「いや、話すも何もあの先輩と意思の疎通がうまくいった例がないよ」
「だよねぇ……」
何か思うところでもあるのか言葉を濁すシルト。
歯切れの悪さからするとかなり厄介ごとの予感である。
出来れば俺の斜め横を通り過ぎて欲しいような。
「多分そろそろ、黙ってるの面倒くさくなった、カリルが話すと思うんだよね」
「……話しますと何か問題が?」
「いやほら、アルって、アルヴィエ・ラクレシア、じゃない?」
「ええそうですね」
「キッチン関係大手のラクレシア御子息様だから、かなり料理に厳しいんだよ」
「えっ!!!! ちょ、それ早く教えてよ!! 全然関係ないんだと思おうと必死だったのに!!!!」
ラクレシア。
俺が愛してやまないキッチンブランドである。
それこそキッチン一式から揃う非常に素晴らしい製品を数多く出しているのだ。
もう俺にとっては神ブランドと言っていい。
だから必死にファミリーネームが同じだけ、同じだけ、と念じていたのに!!
「あー……ごめんね? 何か言い辛くて」
「……過ぎたことはまぁ、いいけどさ。で、何か問題でも?」
別にメーカーだからといって使用者に云々言えるわけではない。
只単に俺が次期社長に嫌われてしまうだけで。―――泣きたい。
「物凄く、煩いんだよ」
「煩い」
思わず反芻してしまった。
いや、あの先輩が喧しくやいのやいのと言ってこなかった験しがないんだが。
「だからね、料理に煩いの。下手な人が作ったら本気で怒るの」
「……そうか」
「その下手っていうランク付けが本気の神レベルじゃないと下手っていう」
「…………そうなのか」
俺、殺されるかもな……
いくら調理科を任されているとはいえ、所詮素人、趣味のレベルだ。
そんな神シェフクラスを期待されたら、平謝るしかないだろう。
知らず知らずのうちに顔をこわばらせた俺を安心させるように、シルトが苦笑した。
「でも……良く考えたら流石のアルも、授業抜け出して調理科に顔出すなんて出来ないね。ごめん、余計な事言っちゃった」
「いや、情報くれるだけで有難いよ」
授業中に顔を出されたことは無いから、そうだな、深く心配するものではないのかもしれない。
シルトにつられて笑って、俺はそれを意識の外へと追いやったのだった。
はは、と乾いた笑いが漏れるのを、俺は流石に我慢できなかった。
「……で、追いやった結果がコレかい」
小さく、それこそ誰かさんにも聞こえないように呟く。
何でだろう。
俺の幻覚かな幻覚だと嬉しいな幻覚だと信じたいな。
ふぅ、とため息をついた視線の先、一番後ろの席に物凄い威圧感を放つアルヴィエ先輩。
今にも俺をそこにあるラクレシア製のナイフでぶっ刺しそうな視線だ。
貴様如きが我が社の製品に手を触れるな腐る爛れる機能が汚染される、という無言の訴えが聞こえた。




