バレたらマズいアレやコレ・2
そして用意したのは、特になんの変哲もない銀縁メガネに落ち着いた。
しかしそれでも、なんというのか……銀縁メガネ、最高!
目の色を隠すことは出来ないけど、印象を変える事にはすごい威力だ。
アタマの良さそうな人に見える。
これで前髪を下ろして俯いていれば陰気で根暗な奴だと思うだろう。
問題の髪の長さは、何とか腰を少し越えるまでに切った。
あんまり精霊が邪魔するもんで、酷い時は顔の横を鋏が飛んだりして、ちょっとどころかかなり怖かった。
ふー大分切ったと思ったら5センチしか切れてなかったりね! 何だろうね罰ゲームかな!
「コレでどうですかね?」
外見の最終確認のために俺は隣に来たノギスさんに聞く。
「……まぁ、すぐに君だとは判らないね。長いのを見慣れてるせいもあるのかも知れないけど」
「エレメンタ教徒なら有り得ない長さじゃない、か。ただし男だと長すぎるわね。あんたもう少し切れないの?」
「無理言わないで下さいよ……」
怖かったんだからなーっ。
エレメンタ教は精霊を信奉する大陸1の宗教だ。
その為、精霊が宿る部位である髪を伸ばす信徒が多い。流石に今の俺でも少々―――いや、大分長過ぎるが、まぁ誤魔化せない長さじゃないだろう。
何という不便さ。―――我慢するけど。逆らったら後が怖いしっ!
「気を付ける事前情報とかある?」
「その位自分で調べなさいよねー。まぁいいけど?」
机の上に積んであった何やら山の様な資料の中から一枚引っ張り出す姉さん。
毎度の事でノギスさんの席に我が物顔ですね、貴女。
「……特に無いんじゃない? 目立たなきゃ何とかなるわ。親衛隊やら何やら、人気者には居るらしいけど、それって名門校だったらある意味居て当然だし?」
「ならいいけどさ」
「後そういう人気者には注意してね。殆ど親のコネとか凄いのだから」
「……わぉ」
ともすりゃ其処でバレるじゃないか。
気を付けないと向こうから帰れなくなるな……
そんなこんなで用意を調え、俺はエナクメラへ単身乗り込む運びとなったのでした。
……超イヤなんだけどっ。
「……わぉ」
でっ……かい。
帝国の有り余った財力をこれでもかと無駄遣いしている。
城ですか?
いったいどこの王侯貴族の屋敷なんですか!? もしかしてこれが帝国のスタンダードなんですか?!
割と清貧を良しとする風潮のある皇国ではあり得ない金のかけ方だった。だってここ、学校なんでしょう?
しかしここに来るまでの道のりは1本道だったし、門には嘘みたいだが中央私立ロックスアース学園と書いてある。
間違いなく今日から編入する学校に間違いなかった。
中央とか言うんだし街中にあるのかと思っていたら、エアバイクの燃料が心配になるほどの山奥の森の中。
途中で燃料切らしたら死ねるな……
「―――どうやって入ればいいんだ?」
どうやら時間外らしく、門は口を閉じている。
姉さんからカードキーを貰ってはいるものの、それを使うような差込口がない。
……締め出し食らったって帰ったら殺されるかな……?
いやいやそんな事は判りきっているから良いとして。
取り敢えず俺は門に近付く事にした。
エアバイクは学園内には持ち込めないそうなので、外にあった駐輪場―――とは言っても1台につき人一人住めるような部屋型―――に止めてある。
門の先には監視カメラらしき物が見えた。
……不審者と間違われないだろーか。
今の俺の格好は完全な私服だ。
制服にプレミアがついてしまい、学園外に売りさばこうとする輩が居る為、だそうだが、なんか世界違うよな……
大丈夫かな、俺が近付いて。
どきどきしながら門の前に立つと、ぴぴっ、と電子音が聞こえた。
「1年編入生、ゼレクアイト・クォンテラ様。認識致しました、ようこそ、ロックスアースへ」
「……ぉぉっ」
アナウンスと共に門が勝手に開く。
どうやら自動認識で開くみたいだ。凄い科学力……これは推進派が欲しがるわけだ。
名前は―――姉さんともめたけど結局本名に落ち着いた。
姉さん曰く、俺が偽名で反応できると思えない、だそうな。
……悔しいけど図星です、姉さん。
まぁ、辺境行けばクォンテラもエナクメラに無い名前じゃないし。
―――頑張ろ。
酷く空しくなった気持ちを切り替えて、俺は新しい学園へと足を踏み入れ。
「……」
ものすごくUターンしたくなりました。
何、この広さ。
いや、門の外、塀を隔てても有る程度の広さは確認できたよ。しかし実際見ると引く位広い!
王宮か、俺は王宮に迷い込んだのか!?
慌てて門に確認しに行きそうになり、何とか思い止まった。
さっき、あんなに確認したじゃないか。
ふふっ―――大人しく認めよう。
500m走なんか軽々と出来る道―――冗談だと思うだろうか、横幅だ―――を歩き、メイン校舎と思しき正面の城―――いやいや建物に向かう。
自動ドアが音もなく開き、ホテルのエントランスみたいなロビーが広がった。
「おはようございます」
「おっ、おはようございます……」
一筋の乱れもなく、燕尾服の方々が一礼。うわ、ナニコレ!
「ゼレクアイト・クォンテラ様でいらっしゃいますね? 理事への面会予定が入っております」
「はぃ」
「どうぞ理事室までおいで下さい。宜しければ御案内致しますが」
「ぁっ、いやいや、平気です」
そんな低姿勢の燕尾服さんたちに案内なんかして貰えないよ!?
ビビりつビビりつそれを断り、平静を装い俺はロビーを後にした。
出口にあった案内板を確認する。
って、この案内板意味ねーじゃん!?
いくつかある建物が色分けされて、名称が記入されただけのシンプルなものだ。これでこの学園を歩き回るのは至難の業に違いない。
とりあえず判る事だけでも確認してからいこう。
今居る建物は特別教科棟とかいてある。
なる程、科学室とか美術室とか、移動教室は全部此処に集められてるわけだ。一応上層階には渡り廊下もあるらしい。
で、右側―――東側から1年2年3年校舎、と。左側は、別の学年の校舎のようだ。
それぞれとは別に、後ろに学生寮か。
校舎より小振りな教師棟に、おそらく理事室もあるだろう。
「―――ん?」
一つだけ棟名の書いてないのがある……?
まぁ、とにかく教師棟に行くか。
謎なモノに近付くとロクな事無いしな。
教師棟への道を叩き込んでから、俺は特別教科棟を後にした。
そしてあっさりと後悔した。
俺のバカん……
ホロリと零れた涙を軽く拭い、改めて当たりを見渡す。
さっっっぱり、此処が何処だか判らない。
……広すぎる。この学園は人殺せるぞ!?
間の悪いことに授業中で、人通りは一切ないし! あー案内して貰えば良かった!!
「―――っくぁぁあ!! やってられっか! GPSっ!」
かちゃっとポケットからスマホ―――姉さん改造済のルクトラーヅでもエナクメラでも通じる特別制―――を取り出して、GPS機能を呼び出そうと……
……ぉ?
「ジャ、ジャミングぅ!?」
何、何なのこの学園!?
どんな機密事項が眠ってますの!?
久しぶりにみたジャミングの画面に絶望して、俺はしずしずとスマホをポケットに戻した。
なんだろうな、拷問かな?
「……ハァ」
そっとため息を漏らして、俺は目前の分岐点を見た。
さっきは右に曲がったから、今度は左にしよう。深い意味はない。
りんごぉん、と音が鳴った。
授業終了の鐘らしく、そこかしこから人が出て来る。おおっ、助かったぁ!
「すいません、編入生なんですが、理事室ってどちらですか?」
「ああ、それならこっちじゃないよ。こっちは3年棟。教師棟はさっきの別れ道を真っ直ぐ」
「解りました」
「そのまま真っ直ぐ行くとまた迷うから、その次の別れ道を右。気を付けてね」
「はい。有難うございます」
俺はその教えてくれた人に一礼し、来た道を逆流しだした。
まさか直進でいいとはな……
なんとかその後は迷わずに理事室までたどり着き、俺はインターホンを押した。
内装は最大に豪華を予想し、そしてそれを裏切らず王宮かもしくはホテルだった。
なんだか、迷いまくった後だと余計に疲れる……落ち着ける場所希望。
「今日付けで編入します、ゼレクアイト・クォンテラです。宜しくお願いします」
「ああ、話は聞いている」
思わず、俺はまじまじと理事長を見つめてしまった。
目の前の豪奢なソファに座っている、高級感溢れる内装に似合わないのが、理事長?
なんとも貧弱だ。
完全に内装に負けている。
年齢的にはノギスさんくらいだろう。
顔立ちは悪くないんだろうけど、陰気な雰囲気と挙動不審がちな目線の動きで、何とも言えない不安な印象を受ける。
少なくとも人の上に立つ人の雰囲気じゃない。
周りを見渡すなんて失礼な事出来ないしな……代理ともいわれなかったから、この人が理事長本人でいいんだろう。
彼と姉さんが揃ったら、さぞかし姉さんお気に入りの手下になる―――って、姉さんの事はいいんだ。今は居ないし。
「予定の時間より少し……遅かった様だな」
「―――少々迷いまして」
「学園まではほぼ一本道……だが」
「いえ、学園の中で」
キラキラした笑顔ではっきり答える俺。
えー俺が悪いんじゃないですよ広すぎる此処が悪いんですよー。
ところでなんでセリフの途中で間が空いたんでしょうねー不思議ですねー。
「……そ、そうか……」