キャラという名の裏切れないモノ・4
ああ、今日もまた太陽があるうちには理事室を脱出できなかった……
「で、今日は食堂に行けます?」
「……聞くなよ」
「行・け・ま・す?」
そんなこと、彼の机に山積になった書類を見れば一目瞭然だ。
ちなみに昨日も一昨日も、俺はフィンに付き合って食堂に行けてない。
更にちなみに、昨日も一昨日も一昨昨日も、俺は寮に戻れてない。
今日は流石にシルトに泣かれた。
と、言う訳で。
「今日は食堂に行って貰います」
「 ……作ってくれればいいだろ」
「アンタ俺の料理何日目? 今日はとにかく是が非でも引きずってでも食堂に行きます。そして俺は寮に戻ります」
「……」
暫し無言で睨み合うこと数秒。
ふぅぅぅ、と大きくため息をついて、フィンが立ち上がる。
「仕方ない。行くか」
「ハイ」
こっくりとうなずく俺。
エレベーターの前まで来て、フィンはぴた、と止まった。
「……どうかした?」
「眼鏡忘れた。先行ってていいぞ」
「先行ったら後から来ないだろ。待ってます」
「……ち」
俺も段々フィンの扱いを心得てきたもんだ。
「……しまった」
食堂の惨状を見回して、俺はぽつり、と呟いた。
余り遅くなると作ってしまうもので忘れていたが、ラストオーダー間際のこの時間帯は。
「見事にカップル一色だな」
「言わないで」
俺にしか聞こえない声でフィンが言った。挙動不審さは損なわれていないから流石だと思う。
完全に自分の世界を形成している彼らには、地味根暗メガネの理事長とその庶務は目に入らないらしく、ざわりともしやがらない。
いや、それはそれで好都合なんだが。
さっさとあいている席に座って、お互いオーダーする。
「……何もウェイター相手にネズミさん被らなくてもいいんじゃないの?」
「何処に目があるか判らないからな」
「そっすか……」
なんという立派な心がけ。その方向性如何は別としても。
というかそもそも、彼は何故いちいちネズミさんを引っ被って生活しているんだろうか。別に美形であることが差し障る職業でもないだろうに。―――ああ、死ぬほど忙しいのに追っかけができては邪魔か。
それも素の虎状態でひと睨みしてやれば、一気に近寄らなくなる筈だが……
まぁ、いっか。
考えるのが面倒になって、俺は彼のネズミさんはそっとしておくことにする。
ふと、パエリア一つをオーダーしたフィンを、俺は少し意外な目で見た。
この食堂のメニューは、幾つか頼むことを前提とした量になっている。
つまり、何種類か頼まなければとても夕飯の量にはならないのだ。
「そういえば……貴方いつも1つしか頼みませんね?」
「そ、そうか?」
隣にウェイターが居るので、ネズミさん続行中。
俺は何の迷いも無くドリアセットとデザートを注文。
別に目上が頼まなくったって遠慮なく頼むもんねー。
「俺が作ったときはそれなりの量食べるのに、そんな量じゃ足りないでしょ」
「食堂の料理は……食べ飽きたのもあるし、それに若干味が濃いので……」
「食べ飽きるほど、食堂に顔出してます?」
「……そ、それは、まぁ……それ、なりに?」
出してない出してない。
アンタこの食堂月に数える程も顔出してない。
「クォンテラの料理だと食べ過ぎるのは―――クォンテラの腕が良すぎるだけで」
「……そりゃ、どうも」
そんな不意打ちで褒めないでくださいよ。吃驚した。
ちょっと機嫌よくなってドリアをぱくついていると、ふと入り口の方が騒がしくなる。
かっ、かっ、と非常に気高い雰囲気の靴音。
何だろう段々こっちに近付いてないか?
「えーと……?」
自分たちの世界に篭りっきりのカップル共までがそちらの方にざわめいているのが判り、何事かと俺は眉を顰めた。
そんな俺の様子など気にも留めず、理事長は運ばれてきたパエリアを食べている。
ネズミさんを被っていれば全部が全部素通りか。
畜生自由人め。
―――かつん!
靴音は、俺たちの机のところで止まった。
びっくぅ、と二人して縮み上がる―――勿論、フィンの方は別に驚いてもビビッても居ないんだろうが。
「ゼレクアイト・クォンテラだな」
綺麗な綺麗なアルトの美声。
恐る恐る相手を見上げると、非常に綺麗な青年とかち合った。
どこか少年めいた容貌だが、しかし美声と相まって違和感が無い。
色素の薄いエナクメラ人にも珍しいような透き通る栗色の髪。金色でもないのに輝くばかり透き通るって、一体どんな遺伝子マジックだ。
瞳の色は深い湖畔の青色である。
きりりと吊り上った眦が、彼の性格を如実に現している気がした。
「え、えぇ、そうですが……?」
ネクタイは……2年。
しかし俺は、2年の知り合いはカリル先輩とルディしか居ない筈なんだが。
「今すぐ現在の学生寮から立ち退け」
「……はぃ?」
「役員棟にも部屋があるんだ、二つも必要ないだろう」
「……えっと、先輩……巧く話の流れが掴めないのですが」
「理解が追いつかなくても構わない。お前は立ち退けばいいだけだ」
「……」
貴方、理事長が居るってのに一切遠慮してませんね。
事の成り行きを見守っている理事長を気にした風も無く、先輩は気高く凛々しく一方的に、名乗りを上げる。
「僕はアルヴィエ・ラクレシア。シルトの幼馴染だ。勿論、覚えなくていい」
要件はそれだけだ、というと、先輩はかつかつと立ち去っていった。
嵐の様に過ぎ去った彼を見送って、俺はぽつ、と呟く。
「……な、何だったんだ?」
「……私に聞くな」
大ぶりの海老を口に運びながら、フィンは無情に返したのだった。




