ロックスアースの魔境・2
かつかつかつ! と派手に靴音を響かせて、食材の元へ。
何こいつ、的な目などは気にしない。
「コレとコレとコレ!! 今日使う魚が判る人!!」
銀色のトレーに3匹のお魚さんを乗せる。おそらく少しでも料理を出来る人間なら迷わない魚たちだ。
しんとした沈黙。
「……ハイそこの先輩! どれですか!?」
仕方ないのでこちらからアプローチした。
栗色の髪をした先輩は、俺の気迫に押され気味に、散々目をさ迷わせた後、1匹を指差す。
「えっと……コレ?」
「そりゃアジだ!!」
アジと鮭って間違う魚!?
「判った! こっちにあるんだ!!」
「どんなヒッカケ問題だっつの!! ちゃんとここに乗ってます!!」
自信満々にサバを指差した同級生にチョップを食らわした。
「そんな……そこの3匹とも大きさが違うじゃないか! 個性だろ!!」
「何言っちゃってんの?!」
何……まさか皆さん、誰一人判らないの……?
アジという有り得ない選択肢を除けば、後は鮭と鯛。
鮭の切り身は赤いからか、まさかそれで鯛と選びかねているのか、調理科諸君!!
……待て待て俺の最初の3択も簡単すぎたなよく考えたら!!
「―――正解はこっちです。更に、このメニューを実際に作った事のある人は?」
やはりひとりも挙がらない。
―――成る程、よっく、判った。
シルトの調理科への並外れた警戒も、クラスメイトの困惑ぶりも。
これでは、まともな料理なんて出来る訳も無い。おそらく味見もしないし、初心者特有のオリジナリティと言う名の破壊的な味付けをするのだ。
人気者のシルトは、おそらくそれを食わされたに違いない。
トラウマ確実。
っふぅぅ、と大きく溜め息を零す。
「……俺が先ずひとりで作ります。見てて下さい」
「はぁ? 何様な訳、今日入ったばっかの新入りが」
「新入りでも、俺の方が出来る」
きっぱりと言い放った。
ここで引いたら、間違い無くこの調理科の魔境は治せないだろう。
鮭を手に取り、捌いていく。3枚におろして骨を抜いて、切り身の形にした。酒を振り掛け下味をつけてからクリームの準備へ。そうしながらもフライパンを熱するのは忘れない。ニンニクを軽く炒めたら鮭を投入。両面に焦げ目がつく位に焼いて、蒸し焼きにする。
クリームを焦がさないように気を付けながら、皿の準備。
同時進行しながら、そのまま調理を続ける。
簡素なものだが、スピードを優先するならこれで充分だ。
……そして残念ながら、この中では絶対に一番美味い自信もある。
おお、とか、うわ、とか言う呟きも聞こえた。調理風景を見るのも初めてか、まさかな。ライブクッキングとかあるだろ。もしやそれは右から左だったわけか。
出来上がった料理を調理科諸君に見える様に掲げた。
「コレと同じものを作れる人は、おそらく居ないでしょう」
「わっ……判んないだろ!! 作ってみないと!!」
「まず三枚おろしが出来ないだろ!?」
それで作れる訳無いじゃん!
図星を突かれたのか、うぐぐ、と声を漏らして黙る面々。
……三枚おろしできないのに、どうやって鮭をムニエルに料理しようとしてたんだ、おい。しかも結構立派な、大きいコレを。まさかとは思うが、思い思いの鮭じゃない魚を丸焼きにして壊滅的な作品を作ろうとしてたのか。そしてそれを、一体誰に食べさせるつもりだったんだ。自分が食べるつもりはないだろう、君達。
俺の料理の出来を見れば、実力がどちらが上かが判る筈だ。そこは判ってほしい。もう本当、そこだけは理解してほしい。俺はもう一回あたりを見渡した。
「今日作る料理、変更」
「ええ!?」
「何でっ!」
「……鮭が、勿体無いから」
すー、と目線を外す。
ぶぃぶぃ言わす面々だが、予定を変更するつもりはない。
食材が勿体無さすぎる。
見る限り、全て最高級品ばかりだ。黒こげにする訳にはいかない。
「卵焼きを作って下さい」
「「「ハァ!!??」」」
「マジです。俺はマジで言ってます」
何で高々卵焼きを今更、と言うばかり。
高々卵焼きって思ってるらしいが、君達ちゃんと焼いた事ある?
「ちなみに卵焼きって言っても工夫次第では様々なバリエーションが出来ます。ソーセージ巻いたり、卵にチーズ混ぜたり―――ただ、まずはプレーンを作って下さい」
結構出来るようで出来ないんだよな、基本って。
それはそれとして、バリエーションがあるとか言っておけば、少しはやる気にもなるだろう。
プレーンと釘を刺されて、残念そうな顔をするレベルの集団だもんな!
「ただし、必ず味見すること」
「味見なんかしなくたって出来てるに決まってるじゃん」
「……出来ないから言ってるんじゃん」
ぽつーんと、ほんの小声で言う。
完全に沈黙が重く落ちてくる。
気分を害されたらしく、険悪な空気だ―――しかし、俺も引くつもりはないぞ。
「味見しなくても出来るって言うのは、ただの幻想です。何千回も作り込んだ人間でも言わないです。いや―――そんな人は逆に、毎回きちんと味見します。だから、まずは味見して下さい」
お願いします、と言って、大量の卵を置いた。うん、これだけあれば問題無い。どれだけ失敗されても何とかなる。
今日の意味なし用意食材の中に、大量の卵があって、本当に良かった。
なかったら、米を炊くことを勧めるしかなかった。
ブーブー言いながらも、大人しく卵を持って散らばる生徒たちを見送り、俺は牛肉の塊を手に取った。
テウへの差し入れは牛丼にしようと思うのだ。
手軽に作れるし、量も取れるし。
カレーも考えたが、結局得意なものになってしまった。……カレーより牛丼が得意ってのも、何だかなぁ……
「新入り、卵焼きに牛肉入れるの?」
俺の計画を当然知らず、ひとりの好青年が話しかけてくる。
格好良いけど、料理は破壊的なんだろう、と思うとちょっと……
「いや、知り合いに差し入れ頼まれてるんで、それの牛丼を作ろうかと」
「その知り合いってダレさ、新入り?」
「……人のことを新入りとしか呼ぼうとしない人に言う事はありません」
ちらっと相手のネクタイを確認。―――赤。2年か。
「あー、悪り悪り。俺はクルゼル・ベーヴォルド。新入りは、アレだろ、編入生のゼレクアイト・クォンテラ」
「知ってんじゃねぇか、俺の名前……」
がく、と肩を落とす。
成る程、判っていて尚新入り呼ばわりか。更に心象は悪化しそうだ。
「知ってても名前、呼びたくなかったし」
「はぁ?」
「だってあのシルト様と同室だろ!? 赦せないじゃんか!!」
「……あー……そーゆーコト……」
「なんだその目はぁぁああ!!」
がしぃっと襟首を掴まれ、がくがくと揺さぶられる。
なぁんだシルトのファンかぁしかも調理科に入る位のしつこいお方ぁ。
ふぅ、と溜め息。
「シルトじゃありませんよ。それに、俺はシルトと付き合いたいとかは有りませんから」
「うん、それは判ってるから話し掛けた」
「……あ、そう……?」
何だか調子の狂う人だ。
判ってるのと納得するのは別、って事だろうか。
俺の人付き合いのカテゴリに無かった人だ。
「にしてもシルト様じゃなかったら、誰に?」
「そりゃ、秘密ですよ」
生徒会の皆様に、なんて言ったら他の面々の顰蹙を買うのは目に見えている。
おそらく生徒会の親衛隊の人も混じっている、こんな調理科のド真ん中で、そんな危険な事は出来ない。包丁もあるんだぞ。切れ味保証済みのギッラギラの高級品が。
むぅ、と黙り込んだ後、先輩はにたぁ、と笑った。
「理事長?」
「何で!?」
思わず大きな声が出た。
「いや、だって有名じゃん。編入生のクォンテラは好みが変って」
「あーそうそっちも有名!! あーそう!!!!」
「滅茶苦茶有名だけど。理事長も忙しいみたいだし、それかなぁって」
「……あーそう」
残念な位噂話の広まりが早過ぎる。
ていうか既に噂の域を出て来てないか!?
がっくりと肩を落として、俺は大きく溜め息をついた。
「……違います」
「あれ、違うの?」
「違います。クラスメイトですよ。理事長に持ってくなんて出来ないでしょ」
何で俺はそんな積極さんになってるのかな? ……ああ、調理科に入ったからか。
ふと気付けば、周りの注目が此方に集中している。
なんだよ理事長に持ってかないのかよ、みたいな、なんとも言えない期待を裏切られたみたいな目で見るんじゃありません……




