ロックスアースの魔境・1
木曜日。
何の日かって言ったら、初めての調理の時間がある日だ。
火曜日にあった調理は、編入のごたごたで潰れていた。
選択授業は学年をぶち抜いての授業だそうで、つまり今日は先輩達とも一緒に受ける。……ちょっと怖い。
教室へ向かうまでは同じ道だし、シルトと一緒に登校している。
ついでに詳しく聞いてみた方がいいのか?
そんな事を考えていると、シルトの方から声をかけてきた。
「―――ね、ゼレカ」
「ん、何だよシルト?」
俺が首を傾げてシルトを振り向くと、何処か具合の悪そうな、絶妙な微妙に困った顔をしていた。
そういえば、昨日調理にしたって言った時も、似たような顔をされたなぁ。
「えっと……あ、味見くらいなら、僕、頑張るよ……」
「……へ? あ、有難う……?」
何でそんなびくびく言うの。物凄い覚悟を決めて、腹を括ったと言わんばかりな。
俺、そんなに料理出来ない気がするんだろうか。
他のクラスメイトにも似た様な反応をされた。
……若干傷付く。
「なぁ、シルトは調理に知り合い、居るのか?」
「いっ……居ないかなっ」
「へえ……」
何だろう、これ以上は詳しく聞かない方がいいのか。
シルトは何故だか調理組に警戒しまくっている気がする。
「テウに持ってきてくれって頼まれてるんだよなぁ……」
「えっ、ぇええ!?」
「ぅわっ! いきなり何だよ、シルト!!」
「いっいや別に! 別にねっ!」
ぽつりと呟いた独り言に、予想外のボリュームで反応されてしまった。
別にと取り繕う言葉が素晴らしく全てを裏切っている。
「テウってまさか……でもまさか……ああそっか生徒会? ううんでもまさかだって……」
ぶつぶつと何事か蒼白な顔で呟く。
「シールトー?」
「ひゃっ!」
……飛び上がられちまったよ……
「大丈夫かよ?」
「大丈夫大丈夫……ちょっと心配事、思い出しただけ」
「そう?」
何となくそれ、俺の調理科選択に原因があると思うのは被害妄想かい、シルト。
酷く狼狽したシルトと廊下で別れ、首を傾げて自分の教室に入る。
嫌な予感がするが―――まさかそんなに過激な奴らが集まってるのか、調理科。
魔の巣窟を想像してしまい、がっくりと肩を落とす。あまりヤバそうだったら、無理ですと謝って美術か書道にしよう。
問題は―――美術にしたら姉さんにフルボッコ喰らう事か。
書道は人数制限有るらしいし、まさか唄媛でもある俺が音楽取る訳にもいかないし。
……美術……
俺が描いた絵を見た姉さんの最高の誉め言葉は「……これなら、いっそ新種の印象派と言っても差し支えるわね」。
いっそか……新種か……そして結局差し支えるのか……
苦しすぎる誉め言葉だな、何度思い出しても。
自分の席に座ると、クラスで話すようになったキャル―――キャリオットが声をかけてきた。
「はよ、ゼレカ」
「はよ……って、テウは?」
「朝から生徒会。大変だよなぁ」
「へぇ……」
「人気者になるにはそれだけの代償が必要って証拠だ」
「デスね……俺はごめんだわ」
「お前正直すぎるって」
けらけらと笑うキャル。
しかし、その顔がふと真剣になる。
「……な、昨日副会長と食堂で話したってマジか」
「あー……マジマジ、こんばんわを話したって言うなら」
誓って言うが、本当にその程度だ。
あゼレクアイト君こんばんわ、あ先輩こんばんわ、の簡素な挨拶である。しかも自分から声をかけている訳でもない。
「ばっ―――充分だろ! お前、本当に自覚した方がいいぞ」
「自覚っつか……生徒会の皆様とはなるべく関わらない方が地味根暗君には吉、ってのは判ってるけど?」
「そんなんじゃなくてさ。お前もかなり目立ってるから、ちょっと心配」
「目立つって……俺が?」
この精霊が近くに居なくて滅茶苦茶平凡根暗メガネ君が?
ぱちくり、と瞬きしてキャルを見返した。
その俺の反応に本当に判っていないのを察したらしく、更に言葉を続ける。
「目立つよ。エレメンタにしても、そんな長い上に黒い髪、ここらじゃ見かけないし」
「まぁ、そりゃそうだけど。でも黒なら理事長も黒じゃん」
「テスカフローネ理事? そういやそうだっけ……?」
「そっすよ」
「……ゼレカ、マジで理事の事見てるんだな」
「見てるっつか、観察っつか?」
「このドSめ……」
「失礼な」
うまいこと話を理事長の方角へ持っていく。
この年齢の奴らは面白い話題の方が好きだ。からかえるネタがあればそっちに流れる。
シルトもやっぱり覚えてなかった理事長の名前は、イリカフィンス・テスカフローネ。
長いし特徴的なんだけど―――エナクメラにもルクトラーヅにも、テスカフローネなんて名家は無い。
つまり理事長は後ろ盾なしにこの学園の理事を勤めている事になる。
―――そんな事、有り得るのか?
政治色の強いこの名門校の理事なら、もっと名家の出の人間がトップに収まりそうなものだ。
なにしろ、帝位継承者まで通っているというのに。
まぁ……いいか。
何かの裏工作の結果の理事長職だとしても、必要以上に言及しなければ問題はない。何事にも距離って大事だ。その裏工作が俺のスパイ活動に何らかの利益があるなら別だが、そんなのなさそうだし。
「そう言えば、ウチのクラスって調理いないよな?」
「そーそ、ゼレカだけなんだよ。珍しいクラスだけどさ」
「……独りで行くのか」
「大丈夫?」
「だっ、大丈夫に決まってるじゃん! 誰が迷うか!」
「いや、別に迷うとは言って無いじゃないのよ」
「ぅぐ」
自滅、俺!
結局クラス中に俺は方向音痴と知られている。いやいや、俺はこのバカ広い学園に馴れてないだけなんだよ、だから!
と、そんなこんなで俺は知らずに終わる。
調理科という魔境を。
思わず呟いた。
「……奇跡だ」
遅刻しないで、此処まで来れたぞ……!!
いや、調理室は食堂に一番近いとは知ってたから、でもあるが。
兎に角グッジョブ、編入性の癖に一回目から遅刻するのを防げたのは事実だ。
そっとドアを開く。
もう結構人は集まっていた―――30人いるか居ないかだ。どうやら本当に人気の無い科らしい。
それはそうだろう。
男が料理できても何だかな、的な風潮が強いのは仕方ないし。
取り敢えず自分の席へ着く。
おお、一式ラクレシア!
高いな高いな、コレは一式50万はする―――あ、でも鍋とか調理具はヒアスフュータ……どうせならラクレシアで全部揃えろよ!! ……って、一番人気のない高々学校の設備にそれは勿体無いか……
―――ん、何か興奮しちゃったよ。
そんなこんなでチャイムがなり、先生が入ってくる。
というか、あの人食堂のシェフじゃね……?
「今日は鮭のムニエル、クリームソース添えを作りましょう」
ぱちくり、と瞬き。
なかなか本格的なモノを作るらしい。
「レシピは黒板に書いてありますので、確認しながら作って下さいね」
「……ぇ。」
それだけ言うと、シェフ退場。
たい―――たい、え、退場!? マジで!?
しかも黒板のレシピの材料、明らかに最初の2つおかしくね!?
何、その「大事な人への思いやり」と「諦めないことの大切さ」って!!!!
うわ教壇に置いてある食材雑多過ぎ!
もしかしたら食堂で使う食材の余りなのか、必要無い食材が多すぎる……しかしいつもの事なのか、他の生徒達は気にした様子もなく、思い思いの材料を取りに―――って思い思いすぎるわ!!!!!!
「まっ……待て待て待てェェェエエエッ!!!!!!」
気付いたら……思わず、叫んでいた。




