親衛隊という危険地帯・5
「いィ、いいい一体何故でしょう!?」
所々上擦っているのは、きっと恐怖からだろう。綺麗な笑顔の裏に強烈な腹黒さを感じる。
「伝言を頼まれて欲しいんだよ」
「電話で宜しいのではっ!?」
「僕は、君に、頼みたいんだ」
「……わっかりましたぁ」
残念、笑顔で押しの強い人には負ける様に躾られてる。
姉さん貴女の弟の弱点は貴女に作られた気がするんですがどうでしょう。
「誰に何を伝えれば良いんですか?」
「全然大した内容じゃないから、そんな難しい顔しないで」
「……いや、元々こんな顔何で」
「そうなの? 副会長のカリル・ナルーガに、精霊銃の使用許可受諾書の準備をして欲しい、と伝えてくれるかな」
「副会長さんに、精霊銃使用許可受諾書の準備、ですね。成る程成る程―――って!!」
滅茶苦茶重要案件じゃねぇか!!!!
いいの!? そんな事入ってきたばかりの編入生に伝言させて大丈夫なの!?
「ああ、ビビらなくても平気平気。書類の時点では只の紙切れだし」
「っつっても……精霊銃でしょう」
精霊銃は、小型の精霊球を動力源に組み込んだ銃だ。
火薬を使用する銃より、威力は5倍から10倍とも言われる。
ただ、ある程度は誰でも使える火薬型とは違い、使用者と精霊の相性が問題だ。それによって、飛距離やら威力やら、安定性やら何やらに差が出てきてしまう。
確かに、ロックスアースの授業案内に精霊銃の演習ってあったけど、それの使用許可受諾書なんて、学生が用意していいのか?
「最終的に書類の中身を確認するのは理事長だからね。理事長の印鑑が捺されない限り、執行力はない」
「……へぇ」
また理事長かよ……
ちょっとは仕事、減らしてあげようよ……
「本当は書類の準備から理事長の仕事だったんだけど、流石に……ね」
「そうなんですか……とりあえず判りました。副会長に伝えます」
「今の時間はまだテウも居る筈だから、彼でもいいよ。生徒会室には入れないけど、高等部生徒会棟のエントランスから内線で繋がる」
「はい」
それじゃあ、と告げ、会長に背を向けた。
生徒会室入れなくて内線って……どんだけなんのセキュリティーを守りたいんだ。
生徒会の連中がアイドルばりに人気者ってのは、もう判ってるけど。
テウと昼飯食べに食堂行った時の騒ぎときたら……
思い出すだけで泣けてくる。
一番のダメージは、「何あの根暗オカマ」だ。せめてオカマは止めて。
根暗はまぁいい。こんな格好だし我慢する。
オカマって、まさか髪伸ばしてるからですか? これでも切ったんだけど?
……と、思いながら一言も発せなかった目立ちたくない気弱な俺。
テウに聞いた話によると、高等部の生徒会役員は殆ど―――寧ろ全員が親衛隊持ちなんだそうだ。
本来なら6人居るメンバーが4人しか居らず、そのレア度も人気の秘密だとか。
俺には一生縁のない世界だな。
そんな事を考えていると、目前に幾つかの建物が見えてくる。
確か―――テウの説明だと、一番手前が生徒会室のある棟で、その後ろの4つが役員棟なんだそうだ。
つか4つもあんのかよ……
高等部は3階に有るらしいが……エントランスに入って、4つある内線の一つを取る。
何コールかすると誰かが出てきた。
『……何の用? 学年と名前言って?』
「会長からの伝言を預かってきました。1年2組のゼレクアイト・クォンテラです」
『会長から……? またサボりかな……いいか、上がって』
ぴっと音を立ててランプが光り、エレベーターの一つがロックの外れた事を知らせる。
って、やっぱりここも階ごとに止まる仕様のエレベーターなのね……
言い表せない無情さを持て余しながら、エレベーターに乗る。
しかし、さっきの人が副会長なのかどうかも確認しなかったが、一体誰なんだろう。
テウも居るって話だけど、テウではないし。
そんな事を考えながら、止まったエレベーターから降り―――て何度目か忘れたいショックを受けた。
……生徒会室?
確かに書斎みたいな部屋も見えるが、それ以上に高価な調度に目を奪われる。
あー、あの机この前皇宮で見たわー。
「悪いね、今、俺しか居なくて」
「えっと……アナタは?」
「俺? ルディレイド・アンシェンガ。会計」
「……へ、ぇ?」
やる気が感じられないんですが、アンシェンガさん。
肩まであるウェーブした黒髪。染めているものらしく、根元になるに従って明るい茶色に変わっている。
半々くらいになっているところをみると、誰かに無理矢理黒に染められたのかも知れない。……つまり自分で手を加える様な意志が感じられない。
澄んだ薄い桃色の瞳も綺麗なのに、何故にそんな無力感が……?
顔立ちはいいのだろうが、長めの前髪で良く見えない。
「カリル、多分10分もしたら戻ってくるから、それまで待ってたら?」
「……はぁ」
アンシェンガさんはそれだけ言うと、また机に向かう。
とりあえず俺は進められたソファに腰掛けた。うぉ、滅茶苦茶沈む。
しんとした沈黙。
静かに柱時計の秒針が進む音だけが響いている。遠くの鳥の声と、(おそらく)先輩が書類を書く音が、それの上にゆっくりと落ちた。
―――うん、何だか居心地良いぞ。
無言の空間は割と苦手なんだが、アンシェンガ先輩に限っては例外ならしい。
無言は、拒絶されている気がする。
それとは違い、先輩の沈黙は相手を許容した静けさだ、と感じた。
何て言うんだろう、いてもいいのだと感じさせてくれる、というか。
「何処にいた?」
「へ?」
いきなりの問い掛けに、非常に間抜けな声が出た。
えっと……誰のこと。
「アーク。あいつ、何処にいた?」
「……会長ですか? 生徒会役員以外立入禁止の温室に」
「あー……後2時間は帰ってこないなぁ」
「……」
最後のセリフは完全独り言だった。
聞くだけ聞いたら満足したらしく、また沈黙―――って、俺は気になるんですけど!?
「えっとあの、何で温室に居たら後2時間は帰らないんですか?」
「いらない」
「はぃ?」
「敬語」
「……それなら、止めるけど……?」
「ん。……あそこ、繋がらないんだよね、電話。だから、アークがサボる時は温室」
「そうなんだ……」
「多分メモの書き出し漏れ思い出して、そこに捕まったんだね、クォンテラ」
「あー通りで圧し強いと思った……って、やっぱり俺の名前知ってるんだな?」
「うん。有名人」
「アハハ……」
「好み理事長宣言は伝説」
「そこか!!」
畜生、早まるスピードが予想を遥かに上回っている!
つかそんなに珍しいかタイプが理事長!!
「恋愛は人それぞれだけど、趣味は悪くないね」
「……アリガトー」
ぅゎぉ、褒められちゃったよ。
「少なくとも、アークよりはマシ」
「……実は先輩、会長の事嫌いだね?」
「昔っから迷惑ばっか。ルディでいい」
「俺もゼレカで」
「ん」
昔から、かぁ。
ロックスアースは名門エスカレーターだから、おそらく初等部の頃からの付き合いなんだろう。流石に王族の人間まで通っているとは思わなかったけど。もちろん、皇国ではありえない。
迷惑、と言うのに、平坦な声音ながら迫力が籠もっていた。
しかし……意外に区別されるのが嫌いな人なんだな。
敬語も嫌、先輩呼びも嫌、か。
「……遅いな……」
ルディの言った10分は既に過ぎている。
まだまだ副会長は戻りそうに無い。
何かあったのかな、と少し心配になる。
「……見つけたのかな」
「見つけたって……誰を?」
「アーク。カリル、気付いたら絶対捜すから」
「居ないって判るのか?」
「カリルは判るみたい。凄いよ、サボる人、見つける速度」
「ちょっと尊敬するな。あ、そういえばテウって何処に行ったんだ?」
「テウ? ……そういえば何処行ったのかな」
「おいおい……」
書類から顔を上げて、ふらりと首を傾げた。
その仕草が本当に判っていないのが伝わってきて、何だか少し虚しくなる。
判んないんだ……
「ん、今何時?」
「17時半ぐらいかな」
「だったらテウは、買い出しだ。今日も多分、食堂閉まるから」
「そんなに仕事多いのか?」
「多いよ、新学期始まったばっかは、生徒の管理とかも、ウチの仕事」
「そんな、残業続きのサラリーマンかよ……」
「ん、そんな感じ。どうする、帰ってもいいと思うけど」
「へ?」
帰ってもいいって、何故に?
「だって、カリルがアーク見つけるから。伝言要らないでしょ」
成る程……それもそうか。
確かにわざわざ副会長に直接伝えなくても、此処でルディに伝えておいでもいい。
「……や、待つよ。そんな長くは待たなくてもいいだろ?」
「……多分ね」
「……多分なんだ……」
うわぁ折角決意したのにその決意が揺らぐ揺らぐ。
会長見つけたら、その場で説教なんか始めちゃうんだろうか。
「只今―――って、来客とは珍しいね」
「ども、お邪魔してます。1年のゼレクアイト・クォンテラです」
「初めまして、副会長のカリル・ナルーガです」
入ってきた副会長に実に優雅な握手を求められる。
所作から何から流麗、と言うに相応しい人だ。
俺には及ばないが、普通の男より長い銀髪を見ると、エレメンタ教徒なのかも知れない。瞳の色は明るい橙色。
うん、美人だ。もうこれ以上美形に驚いてたまるか。
「会長から伝言を頼まれてたんですけど……」
「ああ、有り難う。大丈夫、本人から聞いたから」
「……そうですか」
ハハハ、と乾いた笑いが零れた。
きらきらした笑顔なんだけど、なんとなく、姉さんを思い出す。
「カリル、アークは?」
「御使いに行かせたよ。一番苦手な教師のところまで、僕の替わりにね」
「ふぅん?」
ふぅんってそれでいいのか、ルディさん?
って言うか一番苦手な教師にって、結構非道なんだな、副会長さん。Sっ気が透けて見える。
ハァ……これで生徒会全員と知り合いになってしまった。
こっそり肩を落としつつ、俺は二人に一礼する。
「それじゃそろそろ、俺は寮に戻ります」
「そ?」
「そんなに急がなくてもいいと思うけれど……」
「いえ、課題も終わってないんで。あんまりお仕事の邪魔も出来ませんし」
引き留めてくれるルディとナルーガ先輩に笑いかけ、俺は生徒会室からエレベーターに向かう。
「ゼレカ」
「っわ!」
ルディの声に驚いて振り向くと、大きめの飴が一粒飛んできた。
それを何とか受け止めたのを見て、ぼそりと言う。
「あげる。アークが振り回したから、お詫び」
「……有難う」
無表情で無気力な彼だが、中身は凄く良い人だ。にっこりと笑って、今度こそエレベーターに乗り込む。
飲食禁止とも書いていないから、エレベーターの中でその飴を口に入れた。
……親衛隊にバレたら、袋叩きなんて可愛らしいものじゃ済まないな、今日の俺。
そう考えて、少しだけ苦笑が漏れた。
何となく嫌な感じではなく、寧ろ良い経験が出来た、みたいな、嬉しい感じだったから。
自分でも不思議だと思う。
役員たちに会うなんて、本当は気が重かったのに。
なんて言うか―――確かに俺はこの学園にスパイに来たんだし、目立つのは御法度だし、学園は同性愛の巣窟だし、本当は不安も多かった。
何しろ国が違うのだ。
ボロが出たらスイマセンでは済まされない。
勿論、その意味での緊張はまだあるけれど、もっと根本的な、知らない土地でやっていけるのか、という不安は、もうとっくに消えている。
順応性とかじゃなく、周りの人たちが優しいかったから。
俺を区別しないから、緊張しないで済む。
区別されるのには、俺は大分聡い。
皇国では常に一線引かれてきた。
それが無いのがこんなに楽だなんて、何だか不思議だ。
―――不思議で、嬉しいこと。
帝国に来て良かった、と思える。
国が違っても、やっぱり生きているのは同じ人間なんだ。
ほっとしたのかもしれない。
知らず知らずにくすくすと笑いが漏れる。
「さて、明日も頑張りますか!」
小さく口に出して言って、俺は特別棟を出た。
飴は、ミルク味だった。




