バレたらマズいアレやコレ・1
すいません。
もう一回お願いします……っ。
ワンモアプリーズっ!
「さっぱり意味が判らねーんですが、姉さん」
俺、ゼレクアイト・クォンテラは麗しの姉上に恐る恐る聞き返した。
ショートカットの黒髪に薄い金の混じった緑眼という、少し変わった色合いの姉、アシュレアは、ゆったりとした革張りのソファで足を組み替える。
―――確かその席、アナタの上官ノグハス・レインアノさんの場所じゃありません?
「あら、私は簡潔この上なく話したわよ?」
「物事簡潔にすりゃいいってもんじゃないよ! ハイ、もう一回!」
「ったく……だからね、エナクメラの中央私立男子高校あるでしょ」
「中央私立っていうと、ロックスアース学園?」
「そうそこ。あそこに入学してね。5月から」
「5月からなら編入ですよ!?」
しまった狼狽しすぎてツッコむところを間違えた!?
「もー……この手続き大変だったのよー? ルクトラーヅからってバレちゃマズいから辺境伯辺りの親戚に偽装して、エナクメラへのパイプ作ったんだからー」
「それ犯罪だね!」
「煩い。それともいつまでも帝国の支配下に居たいの、あんたは」
「……っ」
その言葉に、俺はぐっ、と息をのんだ。
それはイヤだけど……
この大陸、シザウティノ大陸を2分していた2つの大国、ルクトラーヅ皇国とエナクメラ帝国。
5年前、長らく膠着状態にあったその2国が真っ正面からやり合い、結果的に皇国が停戦提案を呑んだ。
その停戦内容は実質、ルクトラーヅを帝国の属国とするものだった。
しかしそれを呑まなければ国としての体裁が保てない程、皇国は疲弊していたのも事実。
その頃俺はまだ11で、漸く戦争が終わるのを喜んで、姉さんに怒られたのを覚えている。
皇国と帝国が争っていた背景には、精霊の存在が大きく関わっている。
皇国は精霊と共存するのに対し、帝国は精霊を支配するのだ。
ルクトラーヅは精霊の解放を名目に科学力を、エナクメラは領土の拡大を名目に加護の深い土地を、それぞれ互いに求めていた。
求めていたそれらは当然、どちらも国の根幹を成す基盤である部分だ。
頷ける訳がない。
それでも停戦をのんだのはその当時23歳だった姉さんの上官、ノグハス―――ノギスさん。
皇位継承権はとっくに奉還していたのにかなりの発言力があり、議会を押し切って決定したと聞いている。
武力では一歩及ばないなら一旦譲歩し、力を蓄えて反撃、が今の皇国の方針だ。
勿論徹底抗戦を叫ぶ強硬派を黙らせる方便だった。
科学力では及ばない皇国では、加護深き土地を守ることでしか、今は国の体裁を保てない。それを冷静に見抜き、国であり続けることではなく、それ以上に重要なものを守るため、ノギスさんは停戦を受け入れた。
そんな背景があって、何故に俺が向こうの男子校?
それと祖国維持と、いったい何の因果関係が!?
「……だからね、ゼレカ。スパイして欲しいの」
「スっ、スパイぃ!?」
そんなバカな!
だって俺諜報部の訓練なんか全然してないし!! 学業とスパイの両立なんか出来る訳無いじゃん!?
そんな可愛らしく小首を傾げて、語尾にハートマークでも付きそうな口調で言われても?!
「おかしな声出さないでよ。ノギスに秘密なんだから」
「……俺が来て即茶葉買いに行かせたのはそんな理由か……」
つーか副官の動き把握しろよノギスさん!
イヤイヤその前に大人しく茶葉買いに行くなよ!! 元皇太子でしょうに!!
「よく言うでしょ、玩具を親に買わせたかったら、親にアピールじゃなくて子供を落とせって」
「……うん」
「それの逆バージョンよ。中央私立ってね、軍部の子息やら大手企業のボンボンが通う高校なの。つまりそこでの力関係はある程度、帝国内部の力関係とリンクする訳」
「親が機嫌取れ……って言うから?」
「そう。んで、子供同士の見栄も手伝って、帝国内部事情の自慢話なんかもするでしょ?」
「あー……そういうのは、あったな」
俺が通ってたのもそれなりの名門中学だし。
実際そんな光景はよく見た。
本当に賢い子供はそんな馬鹿なことはしないが、思春期というのは、躾よりもお互いの自尊心の方が勝ってしまうことが往々にしてあるのだ。家柄のいい子供が、それにふさわしい品格を有しているものだとは限らない。
つまり俺にそんな情報を集めてこい、と?
「意味は判ったけど……いやでもやっぱり俺が行く意味が判んない」
「まさか私が行く訳にもいかないわ。教師を潜入させる方が楽だけど、満足な情報が集まるとは思えない」
「―――了解。行きますよ、行きますが……」
「まだあるの? 本当あんた優柔不断ね」
「ほっといてっ。つーかあっちの方はどうするんだよ? 代役じゃムリだし」
「そりゃそれはそれとしてやって貰うわよ。ゼレカ以外誰に出来る訳」
「……わぉ」
すげぇ2重生活の予感……
しかし我が姉上は出来ない相手は突き放す人だ。俺は出来ると踏まれたのだろう。
光栄な様な、やっぱり迷惑な様な。
「あ、あとノギスにはゼレカが留学希望したって事で宜しく」
「マジかよ!?」
自分の上官完全ハブ!? ヒデェ!
しかしノギスさん、ホントに地位向上目指した方がいいよ……
だって姉さん様付けも階級呼びもしないし。
「只今」
「お疲れ様ー」
のんびりと気安く―――自分の執務室当たり前―――ノギスさんが入ってくる。
黒髪に月白色の目のノギスさんは俺よりかなり背の高い。
それこそ170センチを越えた長身の姉さんと並んでも十分釣り合う位だ。
……羨ましい。
コンプレックスとまではいかないけど、やっぱり男としては、身長は高い方がいいよなー。
「さっそくで悪いけどお茶淹れてくれる?」
「ちょ、姉さんっ」
ここ軍部軍部っ、家じゃないからそれ不味いでしょっ?
「えー、だってノギスのお茶美味しいし」
「喜んで淹れよう」
ノーギスさーん……
アナタのそんな所が確実に姉さんを助長させてますよー……
そのままノギスさんは給湯室へ。
……よく考えれば、たとえ家でも上官であり身分が上の人間にお茶を淹れさせるのは不味い、と思うんだけど、どうなんだろう。これが普通の光景……なわけないだろ。
完全に小間使いみたいになってるけど大丈夫なんだろうか。作戦遂行時とか。
「……ったく、あんたは言い出したらテコでも動かないんだから……」
どうやら対ノギスさん用のごまかしに入ったらしい。
……仕方ない、付き合おう。
「準備整えてからも愚図る姉さんも、相当頑固だけど?」
「心配しちゃ駄目な訳? ―――まぁ、いいわ。皇国民だと判らなければ危険は無いでしょうしね」
「有難う。編入は5月からだっけ?」
「そう。それまでに準備しときなさいよ。髪とか髪とか髪とか」
「そっ、そんな強調しなくてもっ」
そうしているうちに、ノギスさんが部屋に戻ってきた。
「でも確かに、その長さは不味いね」
「うぅ……」
俺の髪は長い。長いなんて簡潔で面白くない一言で片付けちゃいけないくらい長い。
足首に届く程に長い黒髪にはちゃんと切れない理由があって、ルクトラーヅでは目立ちはしても否定はされなかった。
しかし、帝国に乗り込むならこの長さは不味いだろう。
「……まぁ、何とか背中位までに切りますよ」
さらさらと光沢を零しながら、髪が揺れた。
この髪のお陰で体重2キロくらい増えてるんじゃなかろうか……
「後、目の色も問題よね」
「前髪で隠せるけど?」
「何かの拍子に見えないとも限らないわ。かといってコンタクトは駄目だし」
ふむ、と姉さんが考え込む。
俺の目は、姉弟だが、姐さんとは違う。金糸雀色だ。金色よりも透明で、光沢を消した色。
そしてこっちもこのままでは目立つ。
しかしコンタクトでも入れようものなら、精霊達の大暴走が起きることくらい判っている。
「取り敢えずメガネでも用意しとくわ」
「お願いします。なるべく、地味に見える奴で」
「……ま、目立つのは得策じゃないしね。ノギス、適当なの選んどいて」
「ん、わかっ……」
「やっぱ俺自分で探す」
ノギスさん顎で使われすぎ!
いつか彼を"義兄さん"と呼べる日は来るんだろーか……
今のままなら有り得ないな。
「取り敢えず、決まったなら俺はメガネ買いに行くよ」
「そう? まだ少しいいんじゃない?」
「あんまりのんびりも出来ないでしょ。やること決まったらちゃっちゃとします」
「……その即断即決、誰に似たのかしらね」
間違い無く貴女だと思います。
言いたくて言えない言葉をぐっと飲み干し、俺はノギスさんの執務室を後にした。
さて、編入予定日まで後1ヶ月だ。
大きく伸びをして、俺は気合いを入れ直す。
他でもない、姉さんの頼みだ。
頑張る以外の選択肢なんてある訳もなかった。