第五話 季節外れの雪に啼く犬
「尚冴!尚冴!」
「ん?」
何度も名前を呼ばれた上に身体も揺さぶられ、眠そうに瞬きをしながら尚冴は起き上がる。
「今、何時だ・・・6時半って普段より早い時間じゃねぇか。寝たのさっきなんだぞ」
「知ってるのだ。いいからテレビを見るのだ」
マサムネは抗議の声を上げて不満気にしている尚冴にテレビを見るように促した。そこには早朝のニュース番組が放送されており、雪が降り積もり真っ白になった町並みが映されていた。
「雪景色がどうかしたのか?」
「これ、この街のことなのだ」
「ふーん、そうなのか・・・は?外国とかじゃなくて?」
「じゃなくて、なのだ」
「今、6月だぞ?しかも下旬。雪が降るとか異常気象ってレベルじゃないぞ」
ここまで言って、尚冴はふと思いついた。異常気象以外でこういうことができそうな存在に思い至ったのだ。
「異世界侵略を狙ってる奴ら、えっと、なんだっけ?フォルトラン?だったか。あの連中の仕業なのか?」
「う~な~?どうかな~、なのだ」
ふいっと尚冴から視線を外すマサムネ。その様子にどこか不自然さを感じて、尚冴はじろりと睨みつける。
「おい、マサムネ?お前、何か隠してないか?」
「隠してないのだ。と・に・か・く!現場に行って、調査するのだ!」
えい、えい、お~!とマサムネは勢いよく右手を上げるのであった。
第四話 季節外れの雪に啼く犬
現地に到着した尚冴とマサムネが見た景色。それは真っ白な町並み、未だ止まずにしんしんと降る雪。すでに三十センチほど積もっている。
「すごいな・・冬でもこんなに積もらないぞ」
「真っ白なのだ~!」
テンションが上がる一人と一匹がはしゃいだ様子で駆け回る。出掛ける前に真理奈に仕舞ってある防寒着を持ってくるようにお願いしたので、防寒対策はばっちりであった。尚冴はすでに冬物の上着とコートを着込んでいる。
「とりあえず、この雪の原因を探るとするか。異常気象って訳じゃないんだろ?」
「う・・な・・・異常気象ではないと思うのだ」
「とにかく歩き回ってみるか」
すすすっと視線を尚冴から外すマサムネ。その様子を訝しみながらも尚冴はマサムネを促して歩き出す。
「出歩いてる人が全然いないな」
「さすがに外出を控える人が多いと思うのだ」
目的地もなくふらふらと歩く一人と一匹。人の姿を見かけることはなかったが、雪に跡が残っているのは確認できる。なので、偶々誰とも会うことがなかっただけで、外に出ている人は少なからずいるようだった。
しばらく歩いていると、尚冴のスマホに着信が入る。一瞬、美月からかと思いびくりとした尚冴であったが、ディスプレイに表示された名前が篠賀谷 啓祐だったため安堵した。
「もしもし?どうした?」
「おお、起きてたか!それとも起こしたか?」
「いや、起きてたぞ」
尚冴の声でなんとなく起きていただろうなと思っていた啓祐は、その返答を聞いて即座に本題に入る。
「ニュース見たか?」
「ニュースって、雪が降ったってやつ?」
「それそれ!行ってみようぜ!」
「俺、すでに来てる」
好奇心に満ちた溌溂とした声を上げる啓祐に、尚冴は申し訳なさそうに告げた。
「おまっ!誘えよ、そういうのはさ~。なんで一人で行くかな」
信じられないという声色で啓祐は遠回りに責めた。
「いや、危ないかもしれないし・・色々あるんだよ、こっちにも」
「そ、そうか。だけど、誘ってくれよ~。さびしいだろ?」
「あ~、うん。善処します」
「それ!改善する気ないだろうが!ま~、いいや。健太も誘って行くから、後で合流しようぜ」
「う~ん?」
「着いたらまた連絡する」
「あ、おい!ちょっと待て・・・切れてる」
スマホの画面を消してポケットに仕舞う尚冴のズボンをくいくいとマサムネが引っ張った。
「尚冴、何か起きそうな予感がするのだ」
「また誰かモンスター化でもしたのか?」
「とにかく、行ってみるのだ!こっちなのだ」
たったったったっと駆け出すマサムネを慌てて追いかける尚冴。ほどなくして、悲鳴が聞こえてきた。さらに速度をあげる尚冴とマサムネの視界に一人の女性と白く長い毛に覆われた大男の姿が映った。
大男が女性を担ぎ上げてどこかへ連れ去ろうとしているようだった。まだかなり距離があるので尚冴は急ごうとするも、雪道のため思ったようにスピードが上がらない。
「マサムネ!」
「わかってるのだ!」
呼びかけに反応してマサムネが大きくなり、尚冴がその背中に飛び乗る。右手には腕輪が出現しており、龍魂もすでに握られていた。
[ソウルリンク:ドラゴン]
「へんし――――」
変身!と尚冴が言い切るよりも早く大量の雪が二人と一匹を襲う。後ろから迫ってくる気配を感じ取った大男が足元の雪を尚冴たちに向かって蹴り飛ばしてきたのだ。
ダメージは大したことはなかったが、足止めには十分すぎるほどの効果があった。この隙を見逃さず大男はその場を逃げ出す。
逃げ出そうとた瞬間であった。突如、一匹の白い犬が現れ、女性を担いでいる腕に噛み付いた。たまらず女性を落とした大男はまだ噛み付いている犬を振り払った。
落とした女性を拾おうとするも、低く唸る犬に牽制されてしまう。わずかばかり、犬とにらみ合った大男はちらりと尚冴の方に視線を向けると、悔しそうに逃げ出した。
「追うぞ、マサムネ」
「いや、待つのだ」
尚冴に降りるように促してからマサムネは女性のもとへと向かう。
「さすがに意識がない人間を雪の降る中、放置していくわけにはいかないのだ」
「それもそうだな」
マサムネの言葉に尚冴は反省した。白い犬は尚冴たちが女性の方に向かうのを見届けてから去っていった。
「この人が意識を取り戻したら捜索開始だな」
「うな」
こくりとマサムネは頷きつつ、女性に怪我がないかを調べ始める。
「さっきの毛むくじゃらの大男って何のモンスターだったんだ?」
「雪山に生息する大猿のモンスター、イエティだと思うのだ」
「そっちだとモンスターなのか、イエティは。こっちだと未確認生命体の一種なんだが・・・じゃあ、あの犬は?」
「ただの犬だと思うのだ」
一瞬ぴくりと動いたマサムネは平静を装った口調で答えた。
「やたらと強い犬だったから、ワンチャン龍ってこともあるかなと思ったんだけどな」
「はっはっはっ、そんなことはないのだ。これっぽちもないのだ」
「なんで二回言った?大事なことだったか?」
「この人が目を覚ましそうなのだ。とりあえず、この場から離れて様子を見るのだ!」
この話はこれでお終いとばかりに、マサムネは尚冴をぐいぐいと押していく。
――――結局、その日の内に大男、イエティを見つけることはできなかった。
翌日、6月23日――――日曜日ということもあり、早朝からイエティ捜索のため、再び雪景色の町にやってきた尚冴とマサムネ。
昨日、襲われた女性が無事に目を覚まして帰っていくのを見届けた後、啓祐と健太が合流したため、捜索は一時中断。マサムネの写真をSNSに上げたら女性からいいねがたくさん貰えないだろうかなどと啓祐が言い出して論争になったあげく、雪合戦に興じることなった。
と言っても、昼過ぎには解散となり、それから捜索を再開したもののイエティは見つからなかった。そのため、こうして今日も捜索にやってくることとなった。
「それでは早速捜索を開始するのだ!」
「捜索を開始するのはいいけど、即終了だろ」
尚冴は自分の方を向いていたマサムネを両手で持ち上げて180度回転させてから、地面に置く。
着地したマサムネは見た。少し離れた場所に自分達が来るのを待ち構えていたかのように立つ白い毛むくじゃらの大男の姿を。そして、マサムネは言う。
「うな。即終了だったのだ」
「だろ?ちょっと想定外の出来事だったけど、探す手間が省けたのは嬉しい誤算だ。さっさと倒してあったかい部屋でゲームをするぞ」
龍魂を取り出す尚冴に反応して、イエティが雪玉を投げた。身をかわそうとする尚冴とマサムネの前に、再び白い犬が姿を現した。飛んでくる雪玉を空中でキャッチすると、そのままそれを噛み砕く。
「この犬、人間を守っているのか・・やっぱり、龍なんじゃないのか?」
「ち~が~う~の~だ~!」
そんなやりとりを背に犬はイエティを睨みつけて唸る。警戒、威嚇をしているようだ。そこに一組の男女が通りがかる。
それに気が付いたイエティの行動は速かった。雪玉をほぼ同時に、尚冴達とやってきた男女に向かって投げつけたのだ。
それに対して犬は戸惑った。どちらを守ればいいのか、と。
その気配を察した尚冴は叫ぶ。
「行け!」
その声に反応して犬が駆ける。男女に着弾する前に、雪玉を咥えて噛み砕くことに成功した。突然の出来事によろける二人を尻目に、犬は尚冴たちに視線を向ける。
そこには銅色をベースとした鎧姿の騎士が立っており、雪玉を剣で弾いていた。
この場の状況を察した男女は慌ててその場から逃げ出す。尚冴たちを守る必要はないと判断した犬は、二人がここから無事に離れるまでイエティを睨みつけていた。
イエティとの戦闘に集中できることを察した尚冴は、そのまま間合いを詰めて剣を振るった。身体が大きいために小回りは聞かず、素早く動けないイエティは尚冴の斬撃をかわすことはできなかった。
しかし、全身を覆う白い毛は思った以上にもこもこと厚みがあり、また堅かった。そのため、大したダメージを与えることが出来なかった。
そこからカウンター気味に放たれたイエティのパンチは重く、強力であった。速度はあまりなかったのでかわすことはできたが、掠めただけで尚冴は若干のダメージを受けた。
まともに受けるのはまずいと判断した尚冴は早々に決着をつけることにした。
叩きつけるようにして飛んでくるイエティの拳を交わし続ける中で、尚冴は腕輪を操作する。
[アビリティリンク:ドラゴン][ブレス]
「はっ!」
銅色の粒子が波状となってイエティを襲う。
「グァッ!」
苦しそうな声を上げてイエティが怯む。今度は自分が攻撃する番だとばかりに尚冴は必殺技を発動した。
[フィニッシュリンク:ドラゴン][ドラゴニック・ブレイド]
銅色に輝く刀身の剣を一閃。その一撃は容易くイエティを、その堅い毛ごと斬り裂いた。黒い靄が霧散して、一人の男性が倒れる。
「これでこの季節はずれの雪ともさよならか」
尚冴はしんしんと降り続ける雪を見上げ、マサムネは男性の介抱を始めた。
「で、この雪はいつ止むんだ?というか、イエティを倒したんだから、ぱっと雪は消えないのか?」
「もしかして、とは思っていたのだ。イエティは雪山に生息するモンスターなのだ」
「うん。それは昨日、聞いた」
「雪山に生息するとは言ったけど、雪を降らす能力はないのだ」
マサムネの言葉に尚冴は黙り込んだ。そして、その意味を頭の中で整理する。
「つまり、この雪はイエティの仕業じゃないってことだな。お前、やっぱり何か隠してるだろ?」
「うな~。じ、じつは・・・おや?白い犬の様子が?」
「ごまかそうとするな」
「違うのだ!見るのだ!」
わたわたとあわてるマサムネが指を指す。白い犬が苦しそうに唸りを上げ、地面に転がっていた。
「どうしたんだ、あれ?」
マサムネがそれに答えようとした瞬間、犬があっとい間に乗用車ほどの大きさになる。すると、先ほどまで苦しがっていたのが嘘のように、元気に飛び上がると吼えた。
「やっぱり、龍なんじゃないのか、あの犬!」
「龍ではないのだ!ただの犬でもないのだけど」
「やっぱり、何か知ってるんだな、マサムネ!」
「ワオォォォォォン!」
一際大きな啼き声を上げる犬。先程までとは様子が異なり、ひどく凶暴な貌に変わっていた。唸り声を上げて、尚冴に襲い掛かる。
「おい!どうした!やめろ!」
反撃をせずに尚冴は声をかけ続けるも、犬の攻撃は止まらない。爪を、牙を、体当たりを何度も何度も繰り出してくる。その全てを捌き、かわす尚冴。
やがて犬は攻撃をやめて後ろに跳んで距離をあけて、吼える。
「ワオォォォォォン!」
雄叫びに呼応するように雪が激しく降りはじめた。グルゥと短く犬が唸りを上げると、尚冴の周辺が徐々に凍り始める。嫌な予感がしたので尚冴はとっさにその場から離れた。その瞬間、それまで尚冴がいた空間を錐状に隆起した氷柱が四方から貫いた。
「尚冴、あの犬は暴走しているのだ。いや、違うのだ。あの犬が持ってる龍魂が暴走しているのだ」
「は?どういうことだよ」
ふよふよと近くまで飛んできたマサムネに尚冴は聞き返す。
「説明は後なのだ!とにかく、今はあの犬を倒すのだ。犬と町に大きな被害が出る前に」
「わかった。だけど、確認だ。倒しても大丈夫なんだな?」
「大丈夫なのだ。倒しても犬は無傷なのだ。ちょっと疲労するくらいで寝れば治るのだ」
マサムネはそう言いながら赤龍魂を手渡す。
「グルルゥゥゥ」
低く唸る犬。その頭上ではぱきぱきと水分が凍り始め、小さな氷の礫は瞬く間に人間の頭ほどの大きさとなる。
「ゥオン!」
氷塊が尚冴に向かって飛ぶ。
[ソウルリンク:レッドドラゴン][チェンジ:ファイアーアーマー]
尚冴はアビリティを起動させてファイアーブレスで飛んでくる氷塊を一瞬で溶かすと、犬に向かって走り出す。距離を詰めつつ、龍魂を取り出した。
[ウェポンリンク:ドラゴン][ソード]
剣を握り締めた尚冴の周囲が凍りつき錐状の氷柱が襲い掛かる。しかし、尚冴は足を止めない。速度を上げることで一気に走り抜けて回避した。
そこはすでに犬の前足が届く範囲内。すかさず犬は右の前足を振り上げて、尚冴を狙う。
[スキルリンク:レッドドラゴン][ファイアーサークル]
振り下ろされるよりも早く、尚冴のスキルが発動した。犬の足元に浮かび上がった魔法陣から炎が巻き起こり、犬の行動を阻害する。
「ガゥッ!」
鋭い鳴き声と共に犬から魔力を帯びた冷気が放たれる。それは炎とぶつかり相殺していく。
「ワンッ!」
犬が前足を地面に振り下ろすと、足元の魔法陣は砕けるようにして消えていった。そして、必殺技の発動をしている尚冴がすぐ目の前に現れた。
[フィニッシュリンク:レッドドラゴン][ドラゴニック・ファイアー]
炎が刀身を包み、巨大な赤い剣の如く輝く。それを横薙ぎに一閃。続けて縦に一閃すると、斬り裂かれた犬は小さな唸り声を上げた後に爆発した。
すると、町を覆っていた雪が一瞬でなくなってしまった。
「白龍魂、ゲットなのだ!」
爆発後、犬と一緒に落ちてきた龍魂をマサムネが拾い上げる。犬の方はわんと一声鳴くと、足早に去っていってしまった。その足取りはしっかりとしたものだったので、心配はいらなさそうである。
「一件落着なのだ」
「一件落着じゃないだろうが」
変身を解いた尚冴がマサムネの頭をがしりと掴んだ。
「いだだだだ」
「ちゃんと説明しろよ」
「わ、わかってるのだ。帰ったら、ちゃんと説明するのだ」
「じゃあ、帰るか」
雪のなくなった町から一人と一匹は立ち去るのであった。




