第四話 巷で噂の謎の騎士
第四話 巷で噂の謎の騎士
「尚冴!ようやく来たな」
早くこっちに来いと啓祐が手招きする。その隣で健太も控えめに手招きをしていた。二人の下へと移動する途中、教室のあちこちで昨日の話題について話している声が聞こえてきた。
昨日の話題とは、ィェオリとの激しい戦闘のことである。テレビや新聞、ニュースサイトでは集団拉致未遂事件と、巷では現場となった場所から駅前襲撃事件と呼ばれている。
この手の話題が大好きな啓祐は語りたくてしかたがないといった様子であった。それを察している尚冴が先手を打つ。
「で?」
「で?とは?」
「いや、語りたいんだろ?昨日の事件について」
「お?お?語っちゃう?語っちゃおうかな」
「健太も気になっているのか、昨日の事件?」
「まぁね、特番ばっかりだし。ネットの方でも大賑わいだよ。魔法少女に続いて今度は騎士かって」
若干イラッときた尚冴は健太に話を振ると、察していたのかすぐさま答えが返ってきた。
「ああっ!オレが!言いたかった!それ!」
悲痛な声を上げて割り込んだ啓祐が続ける。
「攫われた人達を颯爽と助けた正義の味方として、今!大注目されている!フルプレートの甲冑姿から騎士、騎士様、謎騎士、仮面騎士などと多くの愛称が出回っている」
「一つか二つに絞ってほしいな、それは」
「そうだね。いくつも呼び方があると紛らわしいよね」
「たぶん騎士様か騎士に絞られるんじゃないかとオレは推測してる」
尚冴と健太の感想に啓祐は顎に手を当て流し目を送る。
「そんな決め顔で言うことじゃないだろう」
「そうだね。大体の人がそう考えていると思うよ」
「お前ら、ちょっとオレに辛辣すぎない?」
勢いよく立ち上がって講義する啓祐に、二人は落ち着いた様子で宥め始める。
「いや、全然。普通だよ、普通」
「うんうん、尚冴の言うとおり。これが僕らの普通だよ」
「そ、そうか?・・・まあ、そうだな。普通だよな!」
納得した様子の啓祐は椅子に座り、話を戻すためにスマホを取り出した。
「さっき健太に見せていたんだが・・ほら、見てみろ、尚冴」
机の上に置かれたスマホを覗き込むと、画面に見覚えのある鎧が映し出されていく。
「どこからどう見ても騎士だろ、これ。結構たくさん写真が出回ってるんだぜ」
「なんで!」
「いや、この騎士が突然現れたおかげで人形みたいな兵士が全部そっちに行ったらしくてな。逃げずに済んだ人たちがこそこそと写真取りまくってSNSにアップしまくってるんだよ」
「なるほど・・・って、突然現れた?え?突然現れたの?」
そんな唐突に現れた記憶はないんだけどなと思いつつ、尚冴は疑問の言葉を投げかけた。それをキャッチして投げ返してくれたのは健太であった。
「そうだよ。僕はニュースで付近に設置されていたカメラの映像を見たんだけどさ。追いかけられていた家族がいて、その父親が奥さんと娘二人を逃がすために足を止めたんだけど。次の瞬間、追ってきた人形の兵士が吹っ飛んで、そのあと突然あの騎士が姿を現したんだよ」
「なるほど、そういうことになってたのか」
口の中で呟く尚冴に、啓祐が新たな画像を見せ付けた。
「そして、これが赤い鎧バージョンの騎士だ!」
「あ~、フォームチェンジした姿ってやつだな」
「この姿だと炎を使うみたいだけど、まわりに燃え移らないところを見ると魔法とか超能力的な何かだったりするのかな」
「その発想はなかったな」
健太の指摘に尚冴が後でマサムネに確認しなければと思っていると、美月と琴音が会話に入ってきた。
「また危ないことでも画策しているのかしら?」
「いや、考えてないぜ」
啓祐は美月に視線を向けた。
「あら?そうなの?」
「ああ、騎士は確かにカッコイイが、直に見るなら魔法月兎だろが!」
「まぁ、そうだな」
「だよね」
冷たい視線を三人に向ける美月と琴音。
「尚冴、見に行ってはダメよ」
「わかってるよ・・・」
「騎士の方もダメですからね?」
「見に行かないから安心しろ!」
「よしよし、いい子いい子」
美月は尚冴に近づくと頭を撫でくりまわす。
「ちっ!イチャつきやがって。俺も彼女が欲しいぜ!」
「篠賀谷君!」
「は、はい!なんでしょうか、お嬢様?」
悪態を付いていた啓祐の背筋が伸びる。
「私は尚冴の彼女ではなく、お嫁さん。もしくは奥さん、よ。間違えないように」
「そんなのどっちでも変わら――――」
「は?」
「いえ、何でもありません!以後気をつけます」
「よろしい」
「そ、それはそうと、この騎士はドラゴンに乗るんだぜ!」
露骨に話題を変えようとする啓祐の言葉に尚冴が食いつく。
「ドラゴン・・だと・・・?犬とかじゃなくて?」
「なんでだよ」
「随分と面白い発想だね。さすがは尚冴」
いつもの冗談として受け取った啓祐と健太が笑みを浮かべる一方で、琴音の視線は「こいつ、何を言ってるんだ」と如実に語っていた。
「そういえば、小さい頃に見た映画の中に巨大な犬の姿をしたドラゴンと言い張る生き物が出てくるものがあったわね。よく覚えていたわね、尚冴」
「ん?ああ、そういえば、何か見たような記憶があるような」
「篠賀谷君、画像はないのかしら?」
「用意しております、お嬢様。どうぞ、こちらです」
うやうやしく差し出されたスマホを受け取った美月は、尚冴と一緒に確認する。
「ふむ・・・」
「よく見かけるドラゴンと呼ばれる生き物に酷似しているわね」
美月は琴音と健太が確認できるように、スマホを机の上に置いた。興味深そうにしていた二人はすぐに画面を覗き込む。
「確かに、ドラゴンだね」
「犬には見えないわよ、尚冴」
「お、おう」
四人はドラゴンだと認識していたが、尚冴の目にはどこかどうみても人が乗れるほど大きな白いポメラニアン、いつも目にしているマサムネにしか見えなかった。
(これが認識阻害というやつなのか)
内心で驚いている尚冴に気が付くこともなく、チャイムが鳴るまでの間、啓祐による騎士の話題を中心とした雑談が繰り広げられるのであった。
それは三時限目手前の休み時間のことである。尚冴のスマホにマサムネからの連絡が入った。
<何かがおきそうな予感がするのだ!この前と同じ場所で待つのだ>
このメッセージを見た尚冴は考える。何について考えているのか、それは鞄を持っていくかいかないかである。
なんだ、そんなことか。そう思う人も多いだろうが、これはこれでそこそこ重要なことだったりする。
鞄を持たなかった場合、戦闘が長引いてしまったり、疲れて学校に戻る気がなくなって帰ったとしよう。学校をサボった上に鞄を置いて帰ったということになり、放課後に美月が帰宅してきたら怒られる事になるだろう。
では、鞄を持っていった場合、どうなるか。学校をサボって早退したということになり、放課後に美月が帰宅したら理由を訊かれた上で説教されることになるだろう。
もしも戦闘が長引いて帰りが美月より遅かった場合には怒られてから説教となるに違いない。
(詰んでるな、これ!)
わずか数秒で結論に辿りついた尚冴は鞄を持たずに教室を出ることに決めた。
「次の時間、ちょっとサボるわ」
尚冴は適当に駄弁っている啓祐と健太にそう告げて立ち上がる。
「帰るんだったらオレも行ったのになー」
「そうだね。それだったら僕も一緒に帰ったかな」
「それはまた今度だな。とにかく、先生が来る前に移動するから、また後でな」
「見つかるんじゃねーぞ」
「気をつけて」
一人で教室を抜け出すことに成功した尚冴はほっと胸を撫で下ろす。そして、急ぎマサムネの待つ校舎裏へと向かうのだった。
「この辺で何か起きそうな感じがするのだ」
「まだ何も起きてないみたいだな・・・って、あれか!」
人気のない車道をのそりのそりと赤いトカゲが我が物顔で歩いている。
赤いトカゲと言ってもただのトカゲではない。まずはその大きさである。成人男性よりも一回りほど大きな姿。節々からは身体の色に似た赤い炎がゆらゆらと燃え上がっていた。
どこからどうみてもただの赤いトカゲではなかった。そのことは尚冴もよくわかってはいたのだが、とりあえずマサムネに訊いてみた。
「あれ、ちょっと大きな赤いトカゲってことはないよな」
「ちょっと大きなですまない大きさなのだ。それに身体のあちこちから炎が吹き出てるのだ。」
「だよな・・・あれ、何かわかるか?」
「たぶんサラマンダーなのだ。またこっちの世界の人間をモンスター化させたに違いないのだ」
「っと、暢気に話してる場合じゃないみたいだぞ、マサムネ!」
いつの間にか大きな赤いトカゲ、もといサラマンダーはその歩みを止めていた。一軒の民家を見上げていた。やがて、大きく息を吸い込む。
この後の行動は簡単に予測できる。あとは火を吐き出すだけだと。
「マサムネ!急げ!」
「了解なのだ!」
全速力で飛行するマサムネ。その目標はもちろんサラマンダーである。
間一髪、サラマンダーが火を吐き出す直前に、その横っ腹にマサムネが体当たりをぶちかました。体当たりの衝撃で吹き飛び、火を吐き出すことができなかったサラマンダーが地面をごろごろと転がった。
口から漏れだした火が僅かばかり飛散したが、それはすぐに消えた。
「ナンダ、オ前タチハ!邪魔ヲスルナッ!」
のそりと身体を尚冴たちに向けるサラマンダーの瞳に怒りと殺気が満ちる。
「尚冴、これを使うのだ」
自分の背中から降りて腕輪を出現させた尚冴にマサムネは赤龍魂を差し出した。
「なるほど。炎には炎か」
尚冴は昨日の戦闘を思い出しつつ、赤龍魂を受け取った。
「ただし、攻撃する時は――――」
「皆まで言うな、わかってる」
マサムネの言葉を遮って尚冴は前に出る。
[ソウルリンク:レッドドラゴン]
「変身!」
[フォーム:ファイアーアーマー]
「赤イ騎士ニ変身スルトハ・・面妖ナ奴メ」
「いや、赤いトカゲに言われてもな」
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不満げな言葉を漏らしつつ、尚冴は腕輪を操作して銃を取り出した。続けてグリップエンドに銅龍魂をセットしてから引き金を引く。
「グッ!ガッ!!」
銅色の光弾がサラマンダーに命中。様子を伺っていたサラマンダーが反射的に口から火炎を吐き出す。しかし、その炎は尚冴に効果はなかった。
それを見たサラマンダーは一目散にその場から逃げ出した。
「あれ?え?」
突然のその行動に戸惑う尚冴。
「逃げた・・な?」
「逃げた・・のだ」
尚冴の言葉にこくこくと頷くマサムネ。
「逃げ足、速いな」
「逃げ足、速かったのだ」
「って!追いかけないと!」
「もう無理だと思うのだ」
すでに諦めたという表情のマサムネに尚冴は問いかける。
「なら、探すか?」
「うな~、奴の狙いがこの家だとするなら、また戻ってきそうなのだ。そこを狙った方がいいかも?」
「ここで張り込みか・・・」
ちょっと嫌そうに言いながら、尚冴は変身を解いた。
「それだとサラマンダーが戻ってこないかもしれないから、吾たちは一度戻るのだ」
「大丈夫なのか、それ?」
「ふっふっふっ、任せておくのだ。吾の108つの奥義が一つ、秘術・千里眼でお家でごろごろしながらもこの場所を監視しておくのだ」
不敵な笑みを浮かべつつ、マサムネは胸を張った。
「相変わらずお前の奥義は優秀だな」
「もっと褒めるがいいのだ」
マサムネの尻尾がぴこぴこと左右に振れる。
「はいはい、すごいすごい」
尚冴はマサムネの頭をぐりぐりと撫でた。
「と言っても、一応、この周辺をかる~く見回ってから帰るのだ。尚冴は周囲に気をつけながら、学校に戻るのだ」
「ん?」
「うな?」
「学校まで送ってくれるよな?」
「歩いても30分かからないくらいの距離だから自力でご~!なのだ」
「まじか・・・」
また後でなのだ、と手を振るマサムネを背に歩き出した尚冴は思うのであった。(帰りたい)と。
なんとか昼休み前に、尚冴は学校へとたどり着くことができた。4時間目終了を待ってから教室に入ると、美月が何か言いたそうに視線だけを送ってることに恐怖を感じつつも、啓祐と健太の二人と共に昼食をとり、午後の授業に参加した。
そして、今。本日の授業は全て終了して、放課後を迎えていた。
「帰ろうぜ」
「おう」
健太と一緒にやってきた啓祐に、尚冴は短く返答した。そのまま三人で教室を出たところで、尚冴のスマホにメッセージが届く。それを手早く確認した尚冴は二人にすまなそうに言った。
「悪い、急用が出来た」
「おいおい、マジかよ。誰からの連絡だよ?女か?浮気か?」
興味心身に絡んでくる啓祐に尚冴は否定する。
「違う違う、そういうのじゃねぇよ。仕事?というか、ボランティア?というか」
「バイトでも始めたの?」
健太の言葉に尚冴が頷く。
「バイトって訳でもないんだけど・・・まぁ、似たようなもんなのかな?」
「マジで!給料入ったら何か奢れよ、尚冴!」
「ああ、それはいいアイディアだね」
「ジュースくらいなら奢ってやるよ」
「ファミレスのドリンクバーがいいぜ!」
「はいはい、わかったわかった。考えておく」
ィヤッホーイとはしゃぐ啓祐と健太に急ぐから先に行くことを告げて、尚冴はその場を後にした。向かった先は、マサムネと合流するための場所となりつつある校舎裏の一角。
尚冴がやってきたのを確認したマサムネは大きくなり、早く早くと急かす。
「出発なのだ!」
尚冴を背中に乗せてマサムネは飛び立つ。
「で。敵をずっと千里眼で監視してたのか?」
「うな?あ~、ま~、その。ずっとではないのだ」
「ほう?」
「あの後、付近を捜索してからお家に戻って、お昼ご飯を食べて。うとうとし始めたからお昼寝したら、なんと!おやつの時間くらいに目が覚めて、尚冴の部屋にあったお菓子をもぐもぐしていたら、何かが起きそうな予感がしたのだ。で、ちょっと範囲を広げて千里眼で見てみたら!」
「サラマンダーが現れたのか?」
「その通りなのだ。やっぱり、あの家が標的だったようなのだ。そこに向かって奴は移動中なのだ」
話をしているうちに目的の場所に到着したようだ。サラマンダーの前に立ちふさがるように降り立つマサムネの背中から尚冴は飛び降りた。
「マタ、オ前タチカ。今度ハ先程ノ様ニハイカナイ!」
サラマンダーの気合に反応して、節々から噴出す炎が一瞬だけ激しくななった。
「マサムネ」
尚冴が手を出す。すぐに何を意味しているかを察して、マサムネは赤龍魂を手渡した。
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「変身!」
[フォーム:ファイアーアーマー]
腕輪の音声を合図に、サラマンダーが炎を吐き出した。その攻撃を尚冴はかわそうとしない。炎を無効化できるファイアーアーマーの性能を信頼してのことだ。だが、そこにわずかながらの慢心もあった。
その炎で尚冴自身にダメージはない。それはサラマンダーにもわかっていた。故に、これはただの火炎放射ではなかった。
それに気が付いたときにはすでに足元が溶岩のようになっており、脛の辺りまで埋まってしまった状態になっていた。
「おお、これが狙いだったのか」
足の自由が奪われてしまい、上手く動けない尚冴。そうこうしているうちに、どんどん身体が沈んでいく。
ファイアーアーマーのおかげで熱とダメージは受けないが、下半身が上手く動かない。そこにサラマンダーが前足の爪や尻尾を使って攻撃を仕掛けてくる。
上半身はまだ無事なので、尚冴は飛んでくる尻尾や爪を防御、あるいは捌く。とはいえ、その場から動けないため、徐々に対応が追いつかなくなる。
「うなぁぁぁぁぁぁっ!」
見かねたマサムネがサラマンダーに体当たりを試みるも、
「ソレハ警戒シテイタゾ!」
あっさりとかわされしまう。しかし、このマサムネの行動のおかげで攻撃が止まり、僅かばかりの時間を尚冴にもたらした。
[ウェポンリンク:レッドドラゴン][ライフル]
「サセルカ!」
サラマンダーの動きは早かった。すぐさま大口を開けて飛び掛る。腕でガードしようものなら、それごと噛み砕くつもりである。
動きが早いのは尚冴も同じであった。自分に向かってくるサラマンダーの口の中に呼び出したばかりのライフルの銃身を突っ込む。
「グガガッ!」
銃身を口の中に押し込んでくるとは思っていなかったサラマンダーの目が驚きで見開かれる。そこには確かに恐怖と焦りが映し出されていた。
グリップエンドに龍魂をセットしてから尚冴は腕輪を操作する。
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引き金は引かれ、必殺技が発動する。銅色の光がサラマンダーの身体を貫く。直後、弾けて爆発。1人の男性がどさりとその場に倒れ落ちた。
「尚冴、お疲れ様なのだ!救急車を呼んだから吾たちはここからおさらばするのだ」
「了解だ」
変身を解いた尚冴はマサムネの背に乗る。
「あ、思い出したのだ」
「どうした?唐突に」
現場を飛び立ってすぐにマサムネが発した言葉に、こいつ何かやらかしたのかという不安が尚冴を襲った。
「スマホのゲーム用に課金するための魔法のカードを買いたいから、コンビニによるのだ」
「いつの間にそこまでスマホゲーに嵌ったんだ・・いや、お前買い物できないだろ?」
「お金ならあるのだ!」
「いやいや、犬は買い物できないからね」
「うなっ!仕方ないのだ。お金を渡すから尚冴が買ってきてくれなのだ。って、吾は犬じゃないのだ!」
「ああ、はいはい。買ってきてやるから怒るな、怒るな」
「わ~い、なのだ♪」
「ちょろいな。それはそうと、どこから手に入れたんだ、その金?」
「ふふふ、秘密なのだ。って、ちょろいとはどういうことなのだ!」
うな~うな~と抗議の声を上げるマサムネを適当にあしらいながら、コンビニに向かうのであった。