第三話 異世界からの侵略者
授業終了を告げる鐘の音がスピーカーによって校内に流れる。きりのよいところまで進んでいた話をまとめ、教授は教室を去る。それを見届けた生徒達は一人で、あるいは数人で雑談をしながら教室を出て行く。
次の講義がある教室へ移動する者、帰宅する者、図書館に向かう者、それぞれの理由で移動を開始していた。
その中の一人、次の講義の場所へと移動を開始する青年がいた。彼が教室を出て歩いていると、スマホの振動に気が付いて取り出す。画面に高槻 静馬という名前が表示されているのを見て、慌てて着信に応じる。
「はい、もしもし?」
「すまない、相良。異世界生物が現れた」
「大丈夫ですよ、高槻さん。それで、場所はどこです?」
「ああ、通報によると――――」
第三話 異世界からの侵略者
一人、また一人と警官が倒れていく。現在、この場所にいる人間の数は10。制服警官が9人と現場の指揮を執っている刑事、高槻 静馬が1人。
異世界生物の手によって倒されたのは制服警官が6人。現在、無事である人間の数は4。
だが、その数はすぐに減ってしまう。
残った制服警官3人が瞬く間に異世界生物によって倒されてしまったからだ。
最後の一人となった静馬は警戒しつつ、慎重に銃を構える。
異世界生物は気にも留めないといった感じで静馬に襲い掛かる。同時に静馬は躊躇う事無く銃の引き金を引く。
発砲音が響く。続いて甲高い金属音が響く。
「やはり、駄目か!」
異世界生物に銃弾が弾かれるのを見て、静馬が悔しそうに叫ぶ。もう目の前には異世界生物が迫っている。攻撃を受ける覚悟を決めた静馬は、無駄な抵抗だと理解しつつも再び発砲するため、引き金を引こうとした。
「高槻さん!伏せてください!」
飛び込んできた声に、静馬は即座に反応した。しゃがみこんだ彼の頭上を何かが飛び越えた気配を感じた。
静馬は見た。異世界生物に飛び蹴りを放ち、吹き飛ばし、着地を決める相良 圭一圭一の姿を。
「大丈夫ですか、高槻さん?」
「ああ、助かった」
差し出された圭一の手を握り返しながら静馬は礼を述べた。
静馬を立ち上がらせた圭一は視線を異世界生物に向ける。
「ここは俺が引き受けます。高槻さんは下がっていてください」
「すまない、頼むぞ、相良」
「任せてください」
静馬が後ろへ下がっていくのとほぼ同時に、体勢を整えた異世界生物が距離を詰めてくる。圭一は一振りの剣を取り出すと、鞘に収まったままで振るい異世界生物を牽制した。
異世界生物の攻撃を捌きながら、圭一は剣に『力』を込める。待機音が鳴り、鍔の中央の丸い水晶が輝く。
「変身!」
圭一はそう言い放つと、右手で水晶に触れる。
一瞬の閃光。それが納まるとそこには全身鎧の騎士となった圭一が立っていた。剣を抜き放ち、怯んだ異世界生物に攻撃を仕掛ける――――
「ここで緊急のニュースです」
「なんでだよ!」
日曜日の早朝、特撮番組を楽しんでいた尚冴は慌しい喧騒が聞こえるスタジオに立つ男性アナウンサーの姿を見て、悶える様な呻き声を上げた。
「現在、駅前に謎の集団が現れました。目的は不明ですが、近くにいる人を手当たり次第に捕まえているようです。こちらが映像となります」
カメラが切り替わり、映像が変わる。駅周辺のビルの屋上に設置されているカメラからの映像のようだ。
マネキンに鎧を着せたような一団が右往左往する人々を追いかけては捕まえている様子が生中継されていた。
「おいおい、これってまさか」
「尚冴!敵が現れたのだ!」
ベッドで丸まっていたマサムネががばりと起き上がる。
「うん、知ってる」
「うなっ!尚冴もついに敵を察知できるようになったようなのだ。やりおるのだ」
感心したかのように顎?に手を当ててうんうんと頷くマサムネ。
「いや、これ。見ろよ」
「う~な~?って、襲撃されてるのだ!しかも、臨時ニュースで生中継!?」
「おかげで毎週楽しみにしている番組がパーだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないのだ!急ぐのだ!」
「待て。さすがに着替える」
「もう、パジャマのままでも構わないのだ!」
「これは撮影でもフェイク動画でもありません。正体不明の集団が人々を襲い、捕まえようとしています。近隣の皆様は危険ですので外出を控えてください」
マサムネに急かされながらも着替えを始める尚冴の耳に、緊迫した面持ちで呼びかける男性アナウンサーの声が届くのであった。
「おお、マジでいるよ」
「マネキン?人形か?どうやって動いてんだ、アレ?」
「知らねぇよ。そんなことより、ちゃんと動画撮れてるか?」
「ばっちり」
「これ、アップしたらめちゃくちゃアクセス稼げるぜ」
ニヤニヤと笑いながら二人の青年が逃げる人を避けながら、スマホで撮影をしていた。逃げる素振りのない二人に気が付いた鎧を着たマネキンが近づく。
「なんか、こっち来たw」
「やべ~、逃げなきゃw」
ヘラヘラと笑いながら、二人はまだ逃げない。マネキンがかなり近づいて来たところでようやく動き出した。マネキンを撮影したまま逃げようとした二人は、何かにぶつかり移動を阻害される。
「っだよ!邪魔してんじゃね・・・」
悪態を付きながら振り返った二人が目にしたのは、数体のマネキンの姿。いつの間にか、二人は囲まれてしまっていたのだ。
「え、おい、なんだよ、これ」
「マジかよ・・マジかよ・・・」
呆然とする二人を拘束してマネキン達が持ち運ぶ。周りには同じく捕まった人が数人、マネキンに担ぎ上げられていた。
そんな中、現場にやってきた尚冴とマサムネは逃げる人たちとは逆方向に向かって進んでいく。
「あいつら全員倒すのは大変そうだな」
「あれはオートマタだと思うのだ。そうなると指揮を執ってる奴がいるはずなのだ」
「そいつを倒せば動きは止まるのか?」
「う・・な・・・そうとも限らないのだ。だけど、被害が広がる事はなくなると思うのだ」
「まぁ、やるだけやってみるしかないよな」
そんなことを話していると、向こうから逃げ遅れた人がやってくるのが見えた。
男性1人と女性が1人。男性は幼い女の子を抱きかかえ、女性は少女の手を握って走っていた。追いかけてくる数体のマネキンとの距離は徐々に縮まっている。
あとわずかな時間で追いつかれてしまうのが明白だった。
男性は女性に女の子を渡すと、マネキン達の前に立ちはだかるように両手を広げた。
「おとーさん!」
「ぱぱー!」
女の子と少女が叫ぶ。女性の目には涙が溢れていた。男性はがくがくと足を震わせながらもその場から動かない。目の前にはもう、マネキンが迫っていた。
「とりゃっ!」
軽い掛け声と共に尚冴がマネキンを蹴り飛ばす。巻き込まれて他のマネキンと吹き飛んでいった。
ぽかんと尚冴を見る男性。横を駆け抜けていった尚冴に驚いて足が止まる女性と少女。まじまじと女の子は尚冴を見ていた。
「早く逃げてください。あいつら、また追ってきますよ」
「あ、あ、ありがとう!」
男性と女性は深々とお辞儀をしてから走り出した。
尚冴の行動が目立ったためか、はたまたマネキンを用意に吹き飛ばしたためか、周囲のマネキン達が集まってくる。
「まとめて倒すのにはちょうどいいな」
すっかり囲まれてしまった尚冴に慌てた様子はない。右手には腕輪が出現しており、龍魂も握られている。変身の準備はすでに整っている。
[ソウルリンク:ドラゴン]
「変身!」
[フォーム:ブロンズアーマー]
握りつぶされた龍魂から出現した粒子のドラゴンが周囲のマネキンを薙ぎ倒してから、鎧へと姿を変える。
[ウェポンリンク:ドラゴン][ソード]
敵の数が多いこともあり、すぐさま攻撃をしかける尚冴。マネキンはそれほど強いわけではなかった。もちろん、人間と比べれば各段に強いのは間違いない。これまで戦ってきたコボルトやリザードマンに比べると、比較的弱いと感じられたのだ。
通常攻撃でも十分に倒せはするものの、それなりに数が集まってきたため尚冴は必殺技を発動する。
[フィニッシュリンク:ドラゴン][ドラゴニック・ブレイド]
固まっていたマネキン達を一気に吹き飛ばす。それでもまだ残ったマネキンの数は多かった。
「ほんとに面倒だな!」
「ふぁいと、なのだ~!」
ちょっと離れた場所から声援を送ってくるマサムネ。その声を背中で受けながら、尚冴はさらに数体のマネキンを倒した。すると、そんな尚冴目掛けて、砲弾のような炎の塊が飛んでくる。
「くっ!」
剣で斬り払った尚冴の間近で炎が爆発する。軽く後ろに吹き飛ばされた尚冴の顔が、兜の下で痛みと熱さで歪む。
「まさか、この世界で我々に抵抗できる者がいたとはな」
炎の砲弾が飛んできた先から現れたのは厳つい顔をした中年の男性であった。二メートルを超える巨体、ごつい鎧と厚手のマントを身に着けている。手には彼と同じくらいの大きさの大剣が握られていた。
その姿を見て尚冴は思った。
(こいつが指揮官か!)
「俺の自慢の人形兵をこうも簡単に倒すとは・・お前、何者だ?」
男にそう尋ねられた尚冴は口ごもる。マサムネに戦う『力』を授けられたが、特に何も言われていなかった。ましてや、自分から正義の味方だ!などと言うつもりもなかった。
そのため、尚冴はその問いかけに答えを持っていない。困ったように黙り、考え込む尚冴の前にマサムネが飛び出す。
「む?犬、か?」
「犬じゃないのだ!」
思わず呟いた男にぴしゃりと言い放ってから、マサムネはこほんと咳払いをしてみせる。
「よ~く聞くがいいのだ!神によって選定されし世界の守護者。龍を纏いし神の騎士。その名を龍装騎士ドラゴウル!」
ずびしっ!と尚冴を指差し、マサムネが高らかに告げた。
「ああ、一応、名前があったのね」
「うな?言ってなかった?」
「言ってないからな」
「ううう、ごめんなのだ」
頭をぐりぐりと乱暴に撫でられ、マサムネは申し訳なさそうに謝る。
「なるほど。伝説に語られる神騎士ってやつか。初めて見たぞ」
くっくっくっと上機嫌で笑う男の様子に、尚冴はマサムネに耳打ちする。
「え、神騎士?有名なの?」
「まぁ、その辺の話は後でするのだ。今はあいつを倒すのが先なのだ!」
ずびしっ!と男を指差すマサムネ。
「伝説の神騎士と戦えるとは思ってもみなかったな、行幸行幸。おっと、その前に」
男は大剣を地面に突き刺す。
「俺の名はィェオリ=ボレリウス!アスワルドを侵略するために設立された組織フォルトランの幹部が1人」
「ほう・・・アスワルドって何?」
ィェオリの口上を聞いた尚冴はマサムネにこそこそと尋ねる。
「この世界の名称なのだ。最初に発見されたから、第一異世界アスワルドと吾たちの世界では呼ばれているのだ。ちなみに吾たちの世界はマーティエラと呼んでいるのだ」
「なるほど」
「では、尋常に勝負と行こうか、神騎士!いや、ドラゴウルよ!」
大剣を地面から抜き放ち、ィェオリが吼えた。尚冴との距離を詰めて、片手で振り上げた大剣を叩きつけるように振り下ろす。回避する尚冴に左手を向け、炎の砲弾を発射する。
反射的に剣で弾く尚冴の傍でそれは爆発した。怯んだ尚冴をィェオリの大剣が捕らえた。ボールを打つバットのように大剣を横薙ぎにする。
咄嗟に剣でガードをした尚冴であったが、そのまま打ち飛ばされて壁に激突することとなった。
「っ!」
声にならない声を上げて痛がる尚冴に、ィェオリは追撃の手を緩めない。いくつもの炎の砲弾を空中に出現させると、一斉に撃ち出す。当然、狙いは尚冴だ。
防御をしても爆発と炎でダメージを負うことを理解していたので、尚冴は必死に走り回ってそれら全てから逃げ切った。ようやく一息つけるかと止まったところに、一際大きな炎の砲弾が投げ込まれる。
轟音を響かせ、炎が舞う。あわあわと慌てるマサムネ。
「さすがは神騎士と言ったところか」
そう呟くィェオリの前に、未だ炎舞う中から尚冴が現れる。それを見て、マサムネは胸を撫で下ろした。
「どれだけ炎を出すんだよ、ったく」
「こう見えてもの火属性の魔法が得意なんでね。どうしても炎ばかりを出してしまうんだ」
悪態をつく尚冴の様子を嬉しそうに眺めながらィェオリは言った。
「炎の魔法ね・・魔法戦士って訳か。かっこいいな」
「おっと、訂正させてもらうぞ。俺は魔法使いだ」
「・・・は?戦士とか魔法戦士じゃなくて?」
「戦士でもなければ、魔法戦士でもないぞ。生粋の魔法使いだ」
「いや、その大剣で魔法使いは嘘だろ!」
叫びつつ尚冴は銅に輝く粒子を射出する。ィェオリは炎を放出することで、それを相殺した。
「なあに、人より少しばかり力が強いから杖の代わりに剣を振り回しているだけだ」
「そんな魔法使いなんぞ認めたくないわ!」
再度、ブレスで攻撃してくることを読んだィェオリは、尚冴よりも早く炎の砲弾を撃ち出した。そのため、尚冴の間近で砲弾が爆破する。着実にダメージを受けている様子にマサムネが叫ぶ。
「尚冴!」
思わずマサムネに視線を向ける尚冴。どうやら心配して声をかけたわけではないようだ。
「これを使うのだ!」
マサムネの手から尚冴に向かって赤い球体が投げ放たれる。それを尚冴は右手でキャッチすると、確認した。そして、確信した。
自分の手にあるこの赤い球体が龍魂であることを。これを使えと言ったマサムネの意図を。
すぐさま龍魂に魔力を通すと、システムボイスが鳴る。
[ソウルリンク:レッドドラゴン]
「つまりはこういうことだな!」
尚冴は自信を持って赤龍魂を握りつぶす。赤い粒子のドラゴンが姿を現し、
[チェンジ:ファイアーアーマー]
尚冴を包み込んで鎧に変化する。赤を基調としたその鎧は、ブロンズアーマーとは異なるデザインであった。
「鎧を変えてきたか、面白い!」
にやりと獰猛な笑みを浮かべたィェオリは両手に炎の砲弾を創り出した。それらを一つに併せてより大きな砲弾として撃ち出す。避ける素振りすら見せない尚冴に直撃、爆発する。
[ウェポンリンク:レッドドラゴン][ライフル]
炎が消え、悠然と立つ尚冴にダメージを受けた形跡はなかった。右手には呼び出した銃が握られている。長い銃身の下側にはブレードが取り付けられており、近接戦闘にも使えるようになっている。
「どうやら、もう炎は効かないみたいだぜ」
尚冴は銃を構えてィェオリに狙いを付ける。
「効くまで撃つ込んでみればダメージを与えられるかもしれんだろう」
ィェオリは無数の炎の弾丸を自分の周囲に浮かべる。
静かに睨みあう両者。それは僅かばかりの時間。すぐに攻撃が開始された。先制したのはィェオリだった。撃ち出された炎の弾丸が尚冴を襲う。
それを迎撃も回避もする素振りを見せない。それらの炎では決して自分はダメージを負うことはないと尚冴は確信していた。故にライフルが狙うのはィェオリのみ。
引き金を引き、炎の銃弾が発射された。引き金を引き、引き金を引き、引き金を引く。計4発を尚冴は撃ったのだ。
予想通り、炎の弾丸を受けてもダメージはない。それらをその身に受けながらも発砲した炎の銃弾全ては、大剣が盾代わりとなってィェオリには届かなかった。
立て続けに飛んでくる炎の弾丸。その中の一つに大き目のものが混じっていることに気が付いた尚冴。その目の前でそれは弾けた。今までのように爆発した訳ではない。ただ炎が激しく燃え広がっただけだ。
まるで尚冴の視界を奪うかのように。
そこで気が付いた。しかし、遅かった。すでに尚冴との距離を詰めたィェオリが、今まさに大剣が振り下ろされる。
尚冴はとっさに銃身についているブレードで大剣を叩き、その軌道を逸らす。大剣が地面を斬りつけたことを悟ると、ィェオリは間髪いれずに左の拳を突き出した。
拳が尚冴を捉える。その手ごたえを感じた瞬間に、ィェオリの魔法が発動する。炎と爆発が尚冴を襲った。
炎による熱さも痛みもなくダメージはなかったが、爆発に対する完全な耐性はないため少なからずダメージを負いつつ吹き飛ばされた。とはいえ、尚冴もただで吹き飛ばされたわけではなかった。
お返しとばかりに吹き飛ばされながらも炎の銃弾を撃っていた。それはちょうどィェオリが攻撃した直後だったため、回避されることなくヒットした。が、彼にダメージは一切なかった。
吹き飛ばされた尚冴はごろごろと転がり、少し距離を開けて起き上がる。すると、一体のオートマタがィェオリの側にやってきた。
「むう・・時間か」
ィェオリの顔に残念そうな表情が浮かぶ。
「神騎士、ドラゴウル。お前と決着が付くまで戦いたかったが、今回の目的は別にある。ここらで退かせてもらう」
「黙って見逃すと思うなよ」
言い終わる前に尚冴が発砲するも、炎の銃弾はオートマタの背後から飛び出してきた不定形の粘液が吸収してしまった。
「そう言うだろうとは思っていた。だから、後はこいつに任せる」
そう言い残してィェオリはオートマタと共に撤退した。
「尚冴!そいつはさくっと倒して、急いで追いかけるのだ!」
「さくっとって・・スライムか?」
「だと思うのだ。飛び散って増殖されても面倒なのだ。スキルを使ってさっさとィェオリを追いかけるのだ!」
「はいはい、わかったよ」
尚冴は右手の腕輪の3時の方向にある宝玉に手を当てた。
[スキルリンク:レッドドラゴン]
続いて中央部の水晶に触れる。
[ファイアーサークル]
スライムの真下に赤く発光する魔法陣が浮かび上がった。魔法陣の外円に沿って炎が燃え上がり、壁となってスライムを閉じ込めた。
「乗るのだ、尚冴!」
やってきたマサムネが巨大化して尚冴を背に乗せて飛び上がり、同時に尚冴は必殺技の発動に入る。腕輪の12時の方向の宝玉に触れる。
[フィニッシュリンク:レッドドラゴン]
待機音が鳴り響く中、尚冴は空中から下に銃口を向ける。狙いは当然、魔法陣の中に拘束しているスライムだ。
[ドラゴニック・ファイアー]
腕輪の中央にある水晶に触れることにより必殺技が発動する。銃口に赤い粒子が集まり、一瞬で巨大な炎の塊に姿を変える。
尚冴はトリガーを引いた。
炎の塊はスライムに着弾すると、瞬く間に焼き尽くした。その後すぐに霧散し、魔法陣も消滅。その場には1人の男性が倒れているだけであった。いつものように無傷で気を失っているだけだった。
「それじゃあ、追うのだ!それと一つ教えておくことがあるのだ」
「ん?なんだ?」
「その銃のグリップの底に――――」
「見えてきたのだ!」
「あれか!」
追いついた尚冴とマサムネが見た光景、それは大きな扉がゆっくりと開き、その前でィェオリと人形兵の一団が待機している状態であった。ィェオリの傍には6体の人形兵が棺桶くらいの大きさの箱を持っている。
「あの箱の中に攫われた人達が入れられているはずなのだ!」
「わかった!どうすればいいんだ?」
「とりあえず、箱を持ってる6体のオートマタを撃破。周囲のオートマタに攻撃して、ィェオリをひきつけて欲しいのだ。その間に吾が箱を回収するのだ」
「了解だ!まずはここら狙撃して2、3体撃破する。マサムネはこのまま接近して、真上まで飛んでくれ」
「おっけ~なのだ!」
ぐんっ!とマサムネの飛ぶスピードが上がる中、尚冴は箱を持つ人形兵達に狙いを定めて引き金を引く。
撃った弾丸は3発。命中したのは2発。外れた1発はィェオリの足元を掠める。
「思いの外、早く追いつかれたものだな」
ィェオリはどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。すぐにこの事態に対処するべく、人形兵に指示を出そうとしたところに、それは落ちてきた。
そう、赤い鎧姿の騎士が上空より飛来したのだ。
マサムネから飛び降りた尚冴は箱を持つ人形兵を狙って銃を撃つ。3体を仕留めたものの1体だけ仕損じた。とはいえ、箱を持つ人形兵は1体だけとなった。
人形兵6体でようやく持ち運びが可能となる箱。すでに5体の人形兵は機能を停止しており、1体の人形兵が箱を持ち続けている。否、1体だけでは箱を持ち続けることなど不可能。
故に、箱は落ちる。地面に落下した。人形兵の手を巻き込んで。その直後、箱に続いて尚冴が着地する。間髪いれずに最後の一体である人形兵を撃ち抜く。
[アビリティリンク:レッドドラゴン][ファイアーブレス]
流れるような動作で次の攻撃に移る尚冴。狙いは周囲に待機する人形兵。そこに向かって炎を撒き散らす。
「好き勝手に暴れてもらっては困る!」
ィェオリが振り下ろす大剣を掻い潜り懐に潜り込むと同時に、
[フィニッシュリンク:レッドドラゴン][ドラゴニック・ファイアー]
炎の塊をィェオリに撃ち込んだ。
「炎の魔法が得意だと言っただろ?炎には耐性があるんだよ!」
尚冴を蹴り飛ばすィェオリ。耐性があるといっても完全耐性という訳ではない。故に無傷とはいかなかった。それなりのダメージを受けつつも、尚冴に反撃をしたのだ。
大剣で襲い掛かりつつも、ィェオリは人形兵に命令を出す。
「すぐに箱の回収!そのまま撤退、最優先だ!」
尚冴に邪魔をさせないため、ィェオリの攻撃は激しい。わらわらと動き始める人形兵達を弾き飛ばし、白い塊が颯爽と現れた。
「残念!箱は吾が頂いたのだ!」
人形兵達が回収するよりも早く、マサムネが箱を抱きかかえ上空に舞い上がる。そして、箱は消えた。
「なっ!」
絶句するィェオリとは対象的に尚冴は落ち着いていた。箱は別空間に収納されただけ、そう確信していたからだ。自分に龍魂を収納するための空間が用意された以上、マサムネが同じモノを持っていても不思議ではない。
それどころか今までも何度かどこからともなくアイテムを取り出しているのを目の当たりにしているのだ。そう考えるのが自然だろう。
尚冴はこの隙を見逃さない。龍魂を取り出し、銃のグリップエンドに装着してから必殺技を発動させた。
[フィニッシュリンク:ドラゴン]
鳴り続ける待機音の中、我に返ったィェオリが攻撃を再開する。
「無駄だぞ、ドラゴウル!あと3、4発・・いや、10発は耐えてみせよう」
「いや、この一撃で決める」[ドラゴニック・バースト]
銃口に銅色の粒子が集まり、一気に放たれる。それは銃弾や砲弾ではなく、一条の帯のような光。まさしくビームであった。
銅色のビームはィェオリの右肩を貫く。重厚な厳つい鎧ごと、やすやすと貫いた。
「ぐっ!おのれ!今回は、俺の負けのようだな!」
ィェオリの顔が苦痛に歪む。痛みを堪えながらも無事である左手で特大の炎の魔法を発動させた。
大きな爆発と炎が激しく燃え上がる。尚冴を狙ったのではない。撤退用に地面に向けて放ったものだった。そのことに気が付いたのは炎が収まり、姿が消えたィェオリと人形兵の一団。そして、大きな扉がなくなっていることを確認した時である。
「おつかれ~、なのだ」
「ほんとに疲れたよ」
変身を解除する尚冴の目の前に、マサムネが箱を取り出す。蓋を開けると、中には沢山のクリスタルが収納されていた。
「人じゃない!」
「大勢の人間がこの程度の箱に収まるわけがないのだ」
「いや、魔法で箱の中の空間を広げて、とか。小さくして、とか。なんかそんな感じかと思ってた」
「ああ、なるほどなるほど。確かにそれもありえるのだ」
こくこくと頷くマサムネ。
「まぁ、今回はこれ。このクリスタルは1つに付き1固体を捕獲収納できる魔法のアイテムなのだ」
「そういうのもあるんだな・・で?」
「で?」
「いや、これ、どうするんだよ?このまま放置しても、こっちの人間じゃ解放できないんじゃないか?」
「もちろん、ちゃんとクリスタルから出すのだ。まぁ、地面に寝転ぶことになるだろうけどそこは仕方ないのだ。すぐに救助が来るはずだし、解放したら吾たちはさっさと帰るとするのだ」
「おう、ちゃちゃっとやってくれ」
「尚冴、その目で見ておくのだ。吾の108ある奥義が一つ!秘技・拘束解除!」
「もうつっこまないからな」
う~な~と吼えるマサムネに尚冴はぼそりと言い放つのだった。
その日の夕方、尚冴はゲームをしていた。マサムネはベッドでごろごろしながらテレビを見ており、ぽちぽちとリモコンのボタンを押して忙しなく番組を変えている。
「昼過ぎからずっと特番をやっているのだ。つまらぬ」
ふんす、と憤るポメラニアン似のドラゴン。どのテレビ局でも午前中の戦いを大々的にニュースで流していた。
「そういえば、ふと思ったんだけどさ」
「うな?」
「特に何の考えもなく変身したり、解除したりしてたけど・・身バレするんじゃないのか、あれ?」
「あ~、その辺は大丈夫なのだ。吾の108の奥義が一つ、秘術・認識阻害を使っているから」
「認識阻害ね・・・」
「効果は絶大なのだ!吾から一定距離内であれば人の目はもちろん映像記録にもきちんとした画像で映ることはないのだ。さらに変身前後に人と接触したとしても、その人には尚冴が変身したという事実を認識することはできないのだ」
「結構凄い効果だな、それ」
「どやぁ!」
「マサムネの奥義は今のところ外れがないな。有能すぎて怖いわ」
「もっと褒めるがいいのだ」
胸を張るマサムネの尻尾がぴこぴこと揺れる。すごいすごいと頭を撫でつつ、尚冴はふと沸いた疑問を口にする。
「で?一定距離ってどれくらい?」
「一定な距離なのだ」
「だからどれくらいだよ」
「だから一定なのだ」
「よくわかってないんかい」
明確な答えが出ないことを悟った尚冴はゲームを再開するのであった。