File1 【口裂け女】
「……私……キレイ?」
顔の半分を隠す大きめなマスクに、茶色いトレンチコートを着た女性が、こちらをジトっと見つめながら訊ねてきた。
「……はい。綺麗だと思います」
その問いに、俺は彼女を見てそう素直に答えた。
すると彼女は、突然マスクに手をかけた。
「こ~れ~で~もぉぉおおおおおおおお!!!!!!」
そう言って彼女がマスクを外すと、口の端から耳まで大きく裂けた真っ赤な口が露出し、そしてその大きな口は不気味に笑っていた。
それを、見た瞬間俺は目を見開き腹の底から湧き上がる声を喉から絞り出し大きく叫んだ。
「0てぇ―――――――――――――――――んッ!!!!!!!!!」
「えええええぇ――――――――――――――ッ!!!!!!!!!」
「そ、そんな! 私が0点ですか?! さすがにそんなはずは……最低でも10点ぐらいはあるはずです!」
さっきまでの不気味な笑みはどこへやら。0点という事実が受け入れられないのか、口への字……正確にはW字にして抗議をしてくる口裂け女。
「あまったれるな。そんなんだから今にも消えそうになってんだろうが。現状を変えたいなら、まずは自分を知ることからだ」
「あいた」
少し落ち込んだ顔をしていた口裂け女の頭を丸めた新聞紙で軽く叩いてやった。
ここは、人が寄り付かない廃ビル寸前の雑居ビルの二階にある事務所件自宅のここは【山崎探偵所】。
1年前からここで仕事をしているのだが……場所が場所だけに人が全く来ない。
まぁ積極的に宣伝活動もしてないっていうのもあるが。
だが、まぁ……一応『客』がいないという事ではない。
うちには人が来ない代わりにある者達がしょっちゅう来るのだ。
そのある者達というのは【口裂け女】などの【妖怪】達だ。
※※※
俺が、初めて妖怪に出会ったはちょうど半年前。
ある日の事務所への帰り道。俺は自動販売機で買ったマックスコーヒーを人気のない路地であおっていた。そして、その日負けたパチンコの事に苛立ちながらなんとなく視線を電灯もない暗い小道に向けると、そこにはグッツグツに煮えたぎったこしあんを今にも頭からかぶろうとしているおっさんがいたのだ。
見つけた直後、俺は急いでおっさんを止めにはいった。
最初の内は『いやじゃ!いやじゃ!わしを止めるな!わしは、自分の研いだ小豆で作ったこしあんで死ぬんじゃぁ~!』と取り乱していたが、何とかおっさんをなだめ、話を聞くために事務所に連れていきお茶を出してやると次第におっさんはポツリポツリと事の顛末を話してくれた。
そのおっさんは、自分の事を【妖怪】だといい、そして自分の名を【小豆洗い】と名乗った。
最初はヤバイ奴を助けちまったか?と思ったが、話を聞いているうちにその内容リアルさと表情から読み取れる緊迫感から信じざるおえなくなった。……決して、客がいなく全くの暇だったから付き合った訳ではないということは言っておこう。
おっさんの話を簡単に要約するこうだ。妖怪は空想のものではなく確かに現実に存在する。妖怪には病気も寿命もなく、基本死なない。だがたった1つだけ例外がある。それは、人間達に忘れられた時。妖怪はもともと人間の恐怖から生まれた存在だそうだ。人間に知られているからこそ存在していられる。彼らが人間をたびたび驚かせるのは、忘れられないように、存在が消えてしまわないようにするため。しかし、最近では時代の流れについてゆけず、人間に怖がられることもなくなり、静かに消えていってしまう妖怪も沢山いるという訳らしい。
小豆洗いのおっさんも時代の波に飲み込まれる寸前の妖怪の一人だったのだ。
小豆洗いとは、夜な夜な川で小豆を洗いシャキシャキという音を鳴らし、その音が気になり人が川へ訪れると誰もいないというイタズラ妖怪。昔と比べると、川がアスファルトで埋まり、小豆を洗う音より大きい雑音増えたこの時代。おっさんも何とかしようと努力したがことごとく失敗し、自暴自棄になった小豆洗いは自ら死ぬこともできない妖怪なのに、こしあん自殺を繰り返していた……という訳だった。
俺は、そんなおっさんの悩みを聞き暇してたということもあり相談にのることにした。
そして、おっさんに事務所の隅でホコリを被ってたDJターンテーブル(友人から押し付けられた粗大ゴミ)を渡してやった。妖怪の知識が全くない俺は、解決案というより少しでもおっさんの気晴らし程度になれば+ごみ処理として渡したものだったが、その結果は一週間後には出始めた。
たちまち世間では、【ディスク洗い】という噂が話題になっていた。
夜中に一人で外を歩いていると、どこからともなくスクラッチ音が聞こえてきて、その音の発生源の方へ向かううと誰もいない。そしてその場所には、ひっそりとディスクだけが置かれているという噂。
その噂は数々の人々を恐怖に陥れてる一方、練馬などのラップが盛んな地域ではDJの神様の噂として広まっているらしい。
それからというもの、妖怪にいいアドバイスをくれる相談所があるという噂を聞きつけた時代に飲まれそうな妖怪達が次から次へと事務所にやってくるようになったのだ。
まったく……相談屋を始める前に抱いてた想像と全く違い過ぎる。
人妻の悩み相談を受け次第にいやらしい展開になってチョメチョメ……なんて妄想して頃が懐かしいぜ。
あれから小豆洗いのおっさんとは会っていないが、風の噂で聞くところによると、ときどき人間界に降りてきてはDJ・ダブルエースとして活動しているらしい。AA……(A)小豆(A)洗い。
……なんて安直なネーミングセンスだ。
客が来るようになったのは良いことなんだが……噂を広めたであろう小豆洗いに今度会ったら、(A)アッツアツの(A)あんまんを顔面にスパーキングしてやろうと思っている。
※※※
という訳で今日は、【口裂け女】の相談を受けている真っ最中。
彼女の名前は裂口恐子。彼女は、90年代に一世を風靡した妖怪だ。特徴は茶色のトレンチコートに大きなマスク。すれ違った人に自分の容姿が綺麗かどうかを聞き、綺麗と答えたものにはマスクを外し、耳まで裂けた口を見せて驚かせるの妖怪だ。そして、彼女も例外ではない。ハロウィンがクリスマス同様の大きなイベントに昇華し、誰もが大怪我メイクを見慣れたこの時代。口が裂けてる程度では誰も怖がらず、今にも消えそうになっているという訳だ。
先日、恐子は人を脅かしに行ったのらしいのだが、その相手がハロウィン好きの人だったらしく、マスクを外した瞬間大喜び。散々写真を撮られた挙句、特殊メイクのやり方を問いただされ、『この傷は本物です』とは言えず泣いて逃げ帰えったという。
「はぁ……私いったいどこがダメなんでしょう……」
「おぉ。さっき0点って言ったのにまだそんなこというか? 全部だ。全部」
「全部?! 私……そんなにダメになっていただなんて……昔はあちこちの学校が集団下校するぐらいの恐ろしさを誇っていたのに……台風と肩を並べる位恐かったはずなのにぃ!」
お前は一体どこと張り合っているのだ。
「この間も全然驚かれなかったし……こんなんじゃ私すぐ消えちゃう?グスッ……うわ~~~~~~ん」
恐子は、その場に座り込みマスクを外していることも忘れ大口を90度開き泣き始めてしまった。
「あぁ~あぁ~大口開けて泣くな。グロイグロイ。ほら……マスクとティッシュ」
「ずみばせん。ぐすっ……ありがどうございます」
恐子はマスクとティッシュを受け取ると、テッシュで涙と鼻水を拭いたあとマスクを付け直した。
口裂け女を最初に見てからずっと思ってたが、マスクしたらそこら辺のアイドルに負けないぐらいの美人になるなぁ。
「そして、俺のもの凄いタイプな顔っていうのが実にもったいない」
「え? 今なんて言いました?」
「いや! なんでもないこっちの話だ」
危ない。危ない。俺としたことがうっかり口に出てしまったぜ。いくら美人だろうがその前に客……の前に妖怪だ。取り乱しちゃいかん。……妖怪と人間って恋愛できるかな?
俺は、暴走した思考をいったん落ち着けソファーに座って鼻をすする恐子に声をかけた。
「まぁ大丈夫だって。せっかくうちに来たんだ。ゆっくり一緒に考えようじゃないか……ほらコーヒーでも飲んで落ち着いてみたらどうだ?」
「ありがどうございます。あ……私飲み物飲むと口の端から出ちやうのでコーヒーは大丈夫です」
「………………」
俺がついだコーヒーと優しさが一瞬空中をさまよい自分に返ってきた。
「あの……早速で申し訳ないのですが……私、いったいどうすれば消えずにすむでしょうか?」
「んぐっんぐっ……くぷっ……まずそうだな。格好から変えて見たらどうだ」
俺は、先程断られたコーヒーを一気に煽り、そう答えてやる。
2杯目のコーヒー……己のやさしさが身に染みるぜ。……吐きそ。
「格好……ですか?」
一瞬苦い顔をして言う恐子。
「そうだ。そのトレンチコート一丁スタイル。お前、時代遅れもいいとこだぞ。ダサすぎる。まずそれ脱げ。まずそこからだな」
「 脱ぐ?! いや、でも! こ、これは私のシンボル的な物のひとつですよ! これが無くなったら私が何の妖怪かわからなくなるじゃないですか!」
「いや、わからなくならないだろ。なんだ? お前は【トレンチコート女】か? 違うだろ? もうお前には『口裂け』っていう立派なシンボルがあるだろぉ。余計なシンボルはいらなねぇの!」
そう言うと、恐子はもじもじしながら小さくつぶやいた。
「でも、私……スタイルとか全然よくないし……おしゃれとかよくわかんないし」
なるほど……妙に渋っているなと思ったら、こいつは自分のスタイルに自身がなくてトレンチコートをきていたってことか。コレは、自分からは脱がなそうだ。よし、ここは俺が強制的に脱がしてやろう。
あぁ~! かったるいなぁ~! めんどくさいけど客のためだもんなぁ! ここは心を鬼にしなければぁ!
あ、18歳未満の諸君! ここから先は大人の時間だよ!
「さぁ! ぐずぐず言ってないで、それを脱げ!」
「はわわわわわぁ~! そんな引っ張らないで下さい! なんでそんなに目が血走ってるのですか!怖いです山崎さん! 自分で脱ぎます脱ぎますから!きやっ!」
俺は、恐子からトレンチコートを無理矢理引き剥がしてやった。
すると、トレンチコートから出てきたは……
「はわわわぁ! すみません! すみません! ダサくてすみません! 太っててすみません! 醜くくてすみません! 無駄にお尻大きくてすみません! 所詮目元がちょこっといいだけのただの醜い三十路女なんですぅぅぅ!!」
俺は、体育座りで体を必死に隠す恐子に見とれ、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
確かに……一瞬見えた緑色の短パンジャージに熊のアップリケが付いた白のTシャツの格好は、とんでもなくダサかった。ダサすぎた……が……そこから伸びる手足は、とてもしなやかでスラッとしている。そして、その手足はトレンチコートで守られていたのか、メラニンを一切感じない絹のように白くきめ細かい肌をしていた。更には、女性らしさを象徴する胸とお尻は大きく実っており、それは男の理想を詰め込んだような完璧な女体だった。
「あの……山崎さん? そんなジロジロ見られたらはずかしいですぅ……」
「あぁ……すまん……つい」
膝から覗くように骨子を見て恥ずかしがる恐子。
俺としたことが、しばらく目を奪われていたようだ。
「やっぱりそんなに私の体はみにくいでしょうか?うぅ……」
「いやいや! 違う違う! 逆だよ逆! 余りにも予想外だったからびっくりしただけだ。恐子、お前の身体は武器だよ……武器になるぜ」
「え?武器? ……この大きすぎる胸で圧迫して潰し殺すとかでしょうか?」
「うん。ある意味男はそれでイチコロかもしれんが意味が違う」
この子発想が残酷すぎる。だけど、おじさんその発想嫌いじゃない。
「俺はお前の体が最高に良い体だって言ってんだ」
「えっ?! いやそんなはずわ?! え? ……私……そんなに……きれいですか?」
もじもじしながらこっちの感想を望む恐子に、躊躇わず言ってやった。
「キレイっていうか…………エロいッ!!」
「ん?! エ、エロい?!」
予想外の答えが返ってきたのか、目をまん丸にする恐子。
「あぁ! エロい! エロ過ぎるよ! なんていうか深夜にネットサーフィンしてたらついクリックしちゃうようなエロバーナーつーか、いや……それよりもエロい!」
「何言ってるかわかりませんが、とんでもないこと言われてる気がします!」
「いや、マジなんだって。ちょっと……こうしてみ?」
「え? なんですか? こ、こうですか?」
「そう。そのまま……おぉ! ほらこれ見てみろよ!」
俺は、すぐさま恐子に胸元を強調するようなポーズをとってもらい携帯で写真を撮って見せてやった。
「えっ!!なななななんですか!こここの破廉恥な女性は! え!?これホントに私ですか?!」
「な!エロいだろ! これ凄いいぞ! これは指名ナンバーワンも夢じゃないエロさだぜ!! ほら、違うポーズもとってみろよ!」
「や、やめてください! 私をどこのナンバーワンにするつもりですか?!! それに、私は、エロくみられたいんじゃなくて恐く見られたいんです! エロなんて今関係ないじゃないですか!…………違うポーズ……こ、こんなのとかでしょうか?」
「お前、否定しながらノリノリだな」
こいつ……潜在的に相当な変態なんじゃないか?
それから俺は、我を忘れ一心不乱に恐子に向けて携帯カメラのシャッターを切った。
「くぅ~良いね! エロいよ! どんどんエロ差が増してるよ!」
「えぇ? そんなぁ~褒めすぎですよぉ? じゃぁ……こんなのもどうでしょう」
「くぅー! そうくるか! だめだ!鼻血が出そう!!」
本人は気づいていないと思うが、褒めれば褒めるほどどんどんポーズが洗礼されていき、気づいたころには恐子はもう立派な痴女になっていた。……コイツチョロい。
どんどん勢いを増していき、親指が擦り切れるほどスマホのシャッターを押し続ける。
「そんなぁ……そんなに私エロいですか?!」
「あぁ! それもヤバい! エロい! エロ過ぎるよぉお恐子ちゃん!!!」
「山崎さん! ホントに、ホントに私エロいですか?!」
「あぁ!! 最高にエロい! エロ過ぎるぜぇえええ!!!」
「こ~れ~で~もぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「ぱぁ―――――――――――――――――――!!! がっ! い"っーーー?!!!」
下心満載の至近距離で写真を撮っていた俺は、突然マスクをとった恐子の素顔を間近でくらい、驚いた拍子に後ろの机に頭を強打した。
「ぐおぉぉおおおおおおおお!!!!!」
いでぇ!! 後頭部凹んだんじゃねぇか?! お米のキャラクターみたいになったんじゃねぇか?!
「あぁ!! すみません! 山崎さん! 大丈夫ですかぁ!?」
「だっーーーーーー! その顔で近づくな! マスクマスク!」
「あ! ごめんなさい!」
おぞましい顔で近づいてきた恐子は、急いでマスクをつけ直し俺から離れた。
今のはヤバかったぁ……心臓が口から飛び出す寸前だったぜ。今も心臓がバクバクいっているもの。
「お前、突然何すんだのよ。 めっちゃくちゃビビったじゃねぇかぁ~。 夢中になり過ぎてすっかり忘れてたわーお前が口裂け女だったってこと。コレは……心臓に悪るすぎる」
「すみません! なんかいつものフリっぽいのが来たのでつい……」
「ついって、あのなぁ……男ってーのは、エロに集中してる時は神経が研ぎ澄まされなおかつ無防備になるもんなの。親な足音出すら恐怖を感じるの。だからそういうと……き……はって……ん?!」
その瞬間、俺の身体に電流が走ったような感覚を覚えた。
もしかしたら、コイツは使えるかもしれない。
「おい恐子……いい方法思いついた! お前は俺が消させやしないぜ!」
「セリフはカッコイイんですけど……私、とてもイヤな予感がします」
俺は、キラキラに目を輝かせ恐子にある方法を教えてやった。
あれから1か月。
俺の思惑通り、ネットでは【口裂けメンヘラ】という噂が話題になっていた。
SNSで、『私、ブス過ぎてつら~い』『目元ブスだから整形したーい』などと口元を手やスタンプ、加工アプリなどで隠した顔写真を投稿する女性アカウントがどこからともなく出現し、そのアカウントに反応した男性ユーザーには個人メッセージが送られて来る。そして、その男がメッセージのやり取りを始めると、徐々に扇情的な写真が贈られてくるようになってゆき、最終的には『私ってエロい?』というメッセージがきてそのメッセージに『エロい』などの返信すると、次の瞬間おぞましい口の裂けた顔面の写真がスマホいっぱいに表示されるという噂だ。
ちなみに、女性のアカウントは恐怖写真が贈られた後、元々存在していなかったかのように全てが消えさってしまうという。現在は主に、性に目覚め始めた中学生男子を恐怖のどん底に陥れている。
そして、男子中学生を恐怖のどん底に陥れている一方、一部のネット民からは壮絶な人気を得ており、【口裂けメンヘラのファンサイト】なるものができた。そこでは、ファン達が総力をかけて集めた本来ならば消去されているはずの扇情的な【口裂けメンヘラ】の写真の数々がスクリ-ンショットで保存され展示されており今では立派な紳士の社交場になっている。
これが世にいうネットタトゥーか……ネットって怖いな。
なんだか予期せぬ副産物も出たけれど相手は妖怪。なんら問題ないだろう。
なにはともあれ、これで恐子が消えてしまうことは無くなったというわけだ。良かった良かったと。
さってと……お、この写真もいいな保存。保存と。今日も豊作だなぁ。
そろそろkyouko2フォルダーを作んなきゃだ。
ここは、人が寄り付かない廃ビル寸前の雑居ビルの奥の奥の方ある山崎探偵事務所。
お客さんの9割が妖怪の不思議な探偵所。
探偵事務所モノが書きたかったのですが、私には密室トリックも巧みなアリバイも作れないのでこんな感じになりました。いかがでしたでしょうか?好評頂けたら続編書きます。よろしくお願いいたします。