29。愛おしい温もり
昼休み中のざわめく教室で、ジュニアはベランダに出られる扉の隣の窓を開けるとそのサッシに腰を下ろした。
「新城さん行っちゃったよ」
人1人が通れるほどの細いベランダから、扉に背をもたれさせて腰を下ろしたイチがジュニアに向けて視線を上げた。
「どうなのよ。これ」
ため息混じりのイチに向かい、ジュニアがいつもの笑みを向ける。
「んー。どうにかしたいところだね」
「次の標的が定まるまでの辛抱だな。
うちの犬飼先輩も大変だったんだぜ。モテ男」
ジュニアの横から顔を覗かせた亮太が、イチの頭にパックのオレンジジュースを乗せた。
亮太の所属するサッカー部の犬飼が新城に追いかけられていたのは、イチも聞いている。
「差し入れ。
香絵ちゃんにちゃんとフォロー入れとけよ」
オレンジジュースを受け取って、亮太に礼を言ったイチは隣のジュニアに視線を戻した。
「そういえばさ、間宮がファミレスでジュニアに怒られたって言ってたんだけど、何話したんだ?」
映画の帰りに入ったファミレスでの会話を、カエは結局教えてはくれなかった。
気にはなりつつ、無理に聞き出すのもなんだかカッコ悪い気がしてそのまま触れられていない。
「ああ。あれね」
ジュニアの顔がにぱっと笑う。
「そんなに変なことは言ってないよ。
ちゃんとないことないことチクっておいた」
「ないことばっかじゃ嘘ってことか。
ダメじゃん。気を付けろ太一悪魔がいるぞ」
おののく亮太に笑い合って、イチはもらったパックジュースにストローを挿した。
イチの中ではまだ納得いっていないことがいくつか燻っている。
映画館の座席、上映直前の新城杏果の一言、そしてカエの昼食に連れが出来たことも言い当てた。
気にすれば気にするほど、やはり偶然のこととは思えない。
一番の不審点は座席。なんの情報もなしにピンポイントであそこを購入できるとは思えない。
情報。
「亮太。昼練付き合えや」
サッカー部の男子生徒が掲げるボールを中心に、数名のクラスメイトが集まっている。
「おう。
じゃな」
イチとジュニアに軽く手を上げて、亮太は教室を後にした。
見上げたイチの瞳が、着信したジュニアのスマホの画面の眩しさに反応する。
「僕もちょっと出るね」
「ああ」
チラリと画面に視線を滑らせるとジュニアはスマホをポケットに押し込んだ。
スマホ……。
映画館の座席はイチがスマホを使ってネット予約した。
カエの分と2席。
座る予定のカエでさえ、チケットを発行した当日までどこに座るのかはわからなかったはず。
知ってたのは、購入手続きをしたイチだけ。
いや。
話した。
たどる糸に、記憶がよみがえる。
座席を予約した時に、リビングの食卓に座っていたジュニアが映画館が混んでいるか聞いてきた。
座席の一覧を見せてどの席がいいか話をしている。
いや、まさか、な。
たどり着いた答えに否定を覆い被せた。
ベランダは、午後の暖かい日差しが頬に触れる。
あぐらをかいていたイチは、背中と頭を引き戸にもたれさせると瞳を閉じた。
まぶたを通した優しい明るさが、その世界を覆う。
全身を包み込むような柔らかな暖かさ。
陽だまり。か。
この感覚は覚えがある。
まぶたの裏に、楽しそうに笑うカエの姿が浮かんだ。
ああ。そうか、だからみんなこの柔らかい暖かさを求めてカエの周りに集まるんだな。
守りたい。渡せない。この愛おしい温もりは。
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お弁当を片付ける頃には、話題は完全にジュニアがあたしとイチを陥れようとしている説になっちゃった。
「香絵は今日から鳥羽くんと2人で帰ること。
ちゃんと十条くんにも遠慮してもらうのよ」
それは深雪も一緒には帰らないってことですか。
グイグイと連絡を取るように勧めてくる夏美をのらりくらりとかわす。
だって2人とも寮に帰るのに、別々に帰ってね。なんて言えないよ。
「それとなーく伝えておくよ」
納得いかない夏美と深雪を落ち着かせて、このことは一旦終了。
「香絵は甘いな。新城先輩対策にもなるんだからね。
鳥羽くんは絶対に渡さないっ。位の強い気持ちで行かないと、あの2人には勝てないよ」
心配そうな愛梨の気持ちもちゃんと受け取っておきます。
新城先輩対策ね。
んー。それはちょっと必要かも。




