20。ポニテの元気な子
駅の近くに立つこのショッピングモールの一角には映画館が併設されている。
「そういえばリカコさんが載った例のSNS。
葵ちゃんと買い物したり、友達と映画見たのもここのモールだよね」
ネット予約したチケットを発行するための列に並んで、あたしはイチの隣で大きく辺りを見回した。
次回上映の予告を流す大きなビジョン。パンフレットやグッズを覗き込む学生や、開場を待つ人たちも一様に楽しそうな顔にあふれている。
えと、リカコさんが映画見たのは大体2ヶ月前。さすがにその時の映画は終わってるから、写真に写っていたパネルなんかも撤去されてるよね。
「カエ。今日は映画見たくて来たんだろ? 仕事の話は無し」
キョロキョロしちゃってた顔をイチに向けて見上げると、ちょっとムスッとした顔であたしを見下ろしている。
「ごめん。もちろんイチとのお出かけも楽しみにしてたよ」
スマホの画面を開いてチケットを発行してくれたイチが、「本当かな?」って顔であたしにチケットの片方を差し出してくれた。
もうすぐ上映されるシアターが開場になる時間。
「この映画が終わるの12時45分だって。お昼食べたら、どこか行きたいところある?」
チケットから視線をあげると、視線の絡んだイチが「んー」と口の中で呟いて視線を逸らした。
むむぅ? なんだか怪しい動きだぞ。
いつもなら、何するかな。
って、3人でモールうろうろして、ムダ話してるくらいか。
「……ジュニア。なんで今回は来なかったんだろ。もう一緒に遊んでくれないのかなぁ」
何となくいつもと違う。
雰囲気っていうか、空気っていうか。
「寂しい?」
寂しい……?
イチの言葉にも、なんだか当てはまらないっていうか。
「んー。あたし、いつもイチとジュニアに挟まれてるからかなぁ?
なんか、片側がスースーする」
「なんだそりゃ」
吹き出すように小さく笑ったイチが、ホールの壁に並ぶ上映中の映画のポスターに視線を向ける。
アクション、アニメ、ヒューマンドラマ、恋愛映画。
「中学の頃さ、ジュニアは付き合ってた彼女がいたんだよ」
男女の見つめ合う淡い色合いのポスターを見つめて……って、え?
「えええっ。初耳」
思わぬイチの一言に、つい大声の出た口を覆う。
「半年はもたなかったかな? 結構短期間だったし、リカコさんは気が付いてたっぽいけど、多分カイリも知らないんじゃないかな」
ポスターから移した視線があたしで止まる。
「ジュニア頭良いし、運動神経良いし、愛想も良いし。
ちょっと裏がありそうなところもミステリアス。みたいな感じで固定ファンがいたんだよ。
なんで別れちゃったのかは知らないけど、俺たちも仕事で土日潰れること多いし、そういうのもあったのかもな」
ちょっと寂しそうなイチの瞳は、その当時のジュニアが悲しい思いをしていたのを、隣で見ていることしか出来なかった気持ちを思い出しているみたいに感じた。
「しかし固定ファンって。
でも、確かに内情知らない人から見たらお休みの日に遊べないのは不信感だよね」
彼女の不安になっちゃう気持ちも、ちょっと分かるかも。
「だから2人の時間を持たせてくれるように気を使ってくれてるのかもな」
「そっか」
ずっと一緒にいるって思ったけど、あたしの知らないことって結構いっぱいあるのかも。
それはそうと。
「ね。その彼女ってどんな子だった?」
ジュニアの知らない一面に興味湧いちゃう。
「あー。
いつもポニテの。元気な子、だったかな」
ゆっくりと思い出すように、イチの視線が上の方を向いた。
「ポニテ。あたしとおそろいだね」
視線を合わせて薄く笑ったイチが唇を開く。
「つい話しちゃったけど、昔のことだからジュニアに話蒸し返すなよ」
「はーい」
(似てたからこそ、ジュニアは1番「違う」って感じてただろうしな)
胸の奥に生まれた小さな罪悪感のような感情を、イチはギュッと押し潰した。
チケットを切ってもらい、並んでシアターに続く通路に入ると独特の匂いというか、空気感が身体を包む。
「映画館の雰囲気って、ワクワクしちゃうよね」
お目当てのシアターを探しながら通路を進で行くと、背後から嬉しそうな女の子の声が追いかけてきた。
「太一みーつけた」




