18。意識改革から
寮のリビングでテレビを見ながらおやつをつまんでいたあたしの目に映ったのは、公開したばかりの洋画の番宣。
派手なアクションで立ち回る金髪のお兄さんが、爆発に巻き込まれて吹っ飛んで行ったところで他のCMに切り替わった。
「この映画公開したんだ。
アクションシーンが結構話題になってたんだよね」
紅茶のつがれたカップを両手に包んで、あたしは誰に伝えるでもなく口にした。
「映画ってなんでも派手だよね。
オーバーリアクションだし」
パソコンデスクから首だけをあたしの方に向けて、ジュニアが返事を返してくれる。
「僕も番宣でアクションシーン見たけど、バトルはそんなに悪くなかったかな」
「ねねっ。週末この映画見に行きたい」
あたしのお向かいに座っていたイチと、その先でパソコンデスクからあたしを振り返っていたジュニアを身を乗り出してお誘いお誘い。
「友達とは行かないのか?」
コーヒーに口をつけていたイチの一言にむうっと口をとがらせた。
「深雪達誘っても、あんまりアクション映画に興味持ってないし。
それに深雪達だと映画の後にアクションシーンについて語れないんだもん」
あたしは好きだから色々語りたいけど、バトルシーンなんかは同意求めても興味無いとつまらないだろうし。
その点、イチとジュニアなら意見も聞けるし楽しめる。
「俺は空いてるけど。
土曜?」
良き良きー。
「ジュニアは?」
窓際のパソコンデスクは、夕方が近づいてきた優しい光に長い影を作る。
「んー。
僕は、パス」
え?
何かを考えたような間と共に、それだけ言ってジュニアはまたパソコンに向き直った。
「予定あり? 日曜日にする?」
ちょっと意外な答えに小首を傾げたあたしに、にこっといつもの笑みを返してくれる。
「そう言う訳でもないんだけど……。
たまには2人で出かけてきなよ。僕今回はパス」
「えー」
なんか。寂しいな。
視線を移すと、あたしを見ていたイチと目が合った。
「2人でもいい?
あ。カイリ誘う?」
「僕の抜けた意味。
カエってさ、独占欲とかあるの?」
間髪入れずに返してきたのはもちろんジュニア。
「独占欲って。
遊びに行くなら人数多い方が楽しくない?」
「うーん。
これは意識改革から始めないとダメかな」
苦笑いのジュニアの影で、イチがこっそりと息を吐いていた。
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駅の改札を抜けると、大きなマンション群が姿を現す。
ここ何週間か、カイリにはだいぶ見なれてしまったこの光景。
そのまま真っ直ぐに歩いていこうとすると、リカコが背後から声をかけた。
「ちょっと打ち合わせしたいんだけど、お茶付き合ってくれる?」
リカコが普段から使うこの最寄り駅も、少し足を伸ばせば小さいながらショッピングモールがある。
振り返ったカイリの答えを待つことなく歩き出したリカコを、カイリが追うように歩き始めた。
モールの2階。外が見渡せる窓際の席に通された2人が注文を済ませると、リカコはカバンからタブレットを取りだした。
「私が陸橋で狙われたのが今月の9日水曜日。
カエちゃんがメインで3人が襲撃されたのが約1週間後の15日火曜日」
ちなみに今日は30日水曜日。
タブレット画面に表示されたカレンダーを指さしていたリカコが視線をあげる。
「とりあえず私に関しては3週間も音沙汰なしだし、ジュニアの調べてくれたことを報告書に上げたけど〈おじいさま〉の方も無反応。
護衛も一旦打ち切りましょうか。カイリも大変でしょう?」
リカコを送り届けているカイリは、下校時間だけで1時間程かけていることになる。
「うーん。
今回の犯人の動きは、まだ分からないことが多すぎるよな」
「もちろん私もインカムは常に持ち歩くし」
ジュニアお手製のインカムは、GPS内蔵で今までも色々と役に立ってくれている。
心配してくれるのはもちろん、またいつ狙われるかも分からない不安の中で隣にいてくれるカイリの存在はリカコにも充分過ぎるほどありがたい。
しかし同時に、長期に彼の時間を搾取することには申し訳ない気持ちが付いて回る。
「このまま期限を付けずにいると、卒業まで送り続けることになりかねないわよ」
冗談めかして笑ったリカコに、うーん。と思案顔のカイリは、本気で卒業まで送ると言いかねない空気がある。
「事態が動かないから、カエちゃんたちも飽きてきてるし」
ウエイトレスが運んできたアイスコーヒーを置くために、リカコがタブレットを引き寄せた。
氷が触れ合う涼しげな音が心地よく響く。
「護衛に関しては一晩考えさせてくれ」
真剣に悩んでいるのが伺えるカイリの顔に、彼の真面目さと不器用さを垣間見る。
「わかったわ。
ありがとう」
せめてものお礼に、ここのお茶代は自分が持とうとは思っても、カイリはきっと頑なに「レディーには奢らせれない」とか言うんだろうな。
リカコの喉をサラリと通り抜けるコーヒーと同じようには行かなそうだ。




