116。内側と外側
杉山達の事情聴取の情報は、ジュニアがちょこちょこ捜査1課のパソコンから進捗状況をチェックしてくれているみたいで、時間を作ってはちらほらと報告をしてくれているんだけど。
杉山兄弟の供述によると、2人はもともと家出少年っていうか、帰るところをなくしてしまっていたみたいだった。
小学生だった2人は、その日家に帰ると家の中がもぬけの殻だったことを知ることになる。
母親は男と蒸発。
母子家庭で余裕のある暮らしではなかったところに、母親の消えた家の中には通帳や金品は一切残ってはおらず、2人は急に居場所を失った。
頼る親類もなく、学校から児童相談所に連絡が行き、施設に連絡が行き、2人はすぐに児童施設の住人になることとなる。
それまで当たり前のように過ごしてきた生活は、いっぺんに様変わりした。
教室の中で笑い合い、同じ時を過ごしてきた友人は手のひらを返したように彼らを避けるようになった。
陰口をたたかれ、所持品がなくなるようになり、心無い仕草や言葉に心が削られていく。
2人が学校に姿を見せなくなるのに時間はかからなかった。
俺たちだって……。
そうつぶやいた杉山の泣きそうな顔が、今でも頭によみがえる。
「杉山兄の供述では、そんな2人に手を差し伸べたのが白銀組系の組織にいた幹部の1人だったみたい。
学校にも行かないで繁華街をうろうろしている子供を捕まえてさ。ご飯食べさせてあげるだけで終わるはずなんかないのに、当時の彼らにはそれが理解できなかったんだよね。
優しい顔をして、少しずつ悪いことに引きずり込んで。でも彼らにしてみたら命の恩人にも等しかったはず」
「拒否はできなかった。ううん。むしろ当時は自分たちを助けてくれた恩返しができると、子供の純粋さが喜んで手を貸したのかもしれないわね。
犯罪歴のない、戸籍のきれいな子供。学校に通わせて警察官として就職までこぎつけて」
ジュニアの言葉を継いだリカコさんが、瞳を伏せて細く息を吐き出した。
「なんか、心が痛くなるね」
お前たちみたいに恵まれた環境で生活が出来ない人間もいる。
そんなようなことを言っていた杉山弟の気持ち。
同情とか、そういった感情はあたしたちのエゴなのかもしれないと、思ってはいてもやりきれない気持ちが心を重く曇らせる。
「その世界を良しとして足を踏み入れている人間がいる以上、杉山兄弟がどんな思いで現在までを過ごして来たかは、本人たちにしかわからないだろ」
中立的な意見のイチに、パソコンデスクのジュニアが肩をすくめた。
「まあね、警察の調書はいわば事実の確認。裁判で情状酌量を求めるものじゃないし、彼らの内情は記載されてない」
「どの道を進むのか、どの角を曲がるのか。支え合えなければ弾き出されることだってあっただろう。
環境がすべてじゃない。とは言え、気付いたときには抜けられない所まできていたのかも知れないしな」
カイリの視線がリビングの大きな窓から、暗い雨雲の立ち込める空を見つめた。
窓越しに落ちていく雨粒は留まることを知らずに、次から次へとこぼれていく。
ガラスを1枚隔てた内側と外側。
このガラスはきっと、あたしたちから見たら簡単に開く薄いガラスでも、外から見たら雨の侵入を許さない。厚くて重い1枚に見えるのかも。




