48。狼は可愛い羊ちゃんを狙っている 2 ✴︎
背中合わせに立っていたカイリが、キバの一言に逆上して飛び出していく。
(キバっ! っのヤロォ)
キバには相手の逃げ勝ちも含めて2連敗中だ。
イチもフツフツと怒りが沸くが、ここはカイリに預けて目前のアギトに集中する。
よそ見をしたまま勝てる相手でないのは、よくわかっている。
アギトが何の予兆もなく飛び込んで来た。
両手に光る銀のナイフ。
イチの振り上げた警棒が左手に握るナイフを弾き飛ばし、迫るもう一本の腕を二の腕が受けた。
アギトの腕が、そのイチの二の腕を滑るように戻っていく。
このまま引かれたら、手に握ったナイフに腕を切られる。
そんな風に頭が理解した訳ではない。
今までの経験や身体に叩き込まれた実戦力が、本能的にアギトの身体に蹴りを叩き込んだ。
それでも避けきれなかった刃が、イチのツナギの二の腕に裂け目を残していく。
音を立ててアスファルトを滑るアギトが、間髪入れずに舞い戻った。執拗にナイフを振るい、後方に跳ぶイチを追う。
(やっぱり速いっ。凌ぐのが精一杯だ)
「カエちゃんはお家でおとなしくお留守番できてるのかな。
狼は可愛い羊ちゃんをいつも狙ってるんだぜ」
わざと張り上げたキバの声に、耳が反応してしまう。
『ジュニアっ』
『はいはいっ。今電話かけてるよ』
インカムの中のカイリとジュニアのやり取りを聞きながら、アギトのナイフを弾くタイミングを狙って警棒を振る。
インカムの奥から電話のコール音が小さく響く。
(早く出てくれっ!)
まだ数回しか鳴らないコールが、何百回にも聞こえてくる。
『ジュニア? どうしたの』
『カエ。今部屋? 知らない人がピンポンって来ても。絶対にドアを開けちゃだめだよ』
『子供じゃないんだから』
『不審な事があったらすぐに連絡してね』
カエのいぶかしげな返事もそこそこに、ジュニアは一方的に告げると通信を切った。
『次、リカコ。2人とも現場離れられる? 気が散ってダメだ。
今日のお仕事は完了してるんだし、撤退しよう』
そのままインカムの奥でジュニアとやり取りをするリカコの声を聞きながら、カイリとイチがアイコンタクトを交わす。
そのイチの脇腹を、アギトのナイフが突いてきた。
身体を捻りかわすナイフがツナギの布を裂いて過ぎていく。
体勢低くナイフを繰り出していたアギトに対し直角に対峙したイチの拳が、叩きつけるように上からアギトの顔面を捕らえた。
屋根から垂れたロープを回収している暇はない。
アスファルトを転がるアギトをそのままに、イチは先程確認した黒バンに向かい走り出す。
見回す視界の中にキバと組み合うカイリの姿が映った。
(振り切れないか)
加勢に回り込むイチに、キバが笑う。
「そうだ、来いよっ。 お前たちが来そうな現場を探してはうろついてた、俺たちの苦労が報われないだろ」
(探してた?)
サイドから足を振り上げるイチに反応して、キバがカイリに体当たりをするように身体を移動し、イチに正面を向けた。
構える腕がイチの蹴りを受け止める。
『はいはいっ。真影さんが通るよぉ』
アスファルトを滑るタイヤの音に、倉庫の角から黒いバンが姿を見せた。
『窓開けといたよ』
インカムからのジュニアの声。
バンの登場に気を奪われたキバをカイリが投げ飛ばす。
急ブレーキの音に、開いた窓に足を掛けると屋根に積んだ梯子に手を掛けた。
箱乗り状態の2人を乗せ、ハンドルを切るバンに金属の弾ける音が立った。
街灯に銀のナイフが光を反射する。
アギトっ。
振り返るイチの視界に、身を起こすキバと構えたナイフを下すアギトの姿が入り、角を折れた車の視界から消えた。




