髪留め
撫でつける仕草、手で梳く動き、少し隠れた横顔。
向かい合って座るその人にとっては、少しすわりが悪いのをなおすだけのことだったのだろう。
けれど、その一挙手一投足から目が離せない。
反らそうとはした。気づかれることが怖かったし、恥ずかしかった。
それに自分がひどくやましいことをしているように思えた。
だが、離せない。私にはその光景を見ないという選択肢を持てなかった。
一瞬とも永遠ともとれる時間が終わり、その人は何事もなかったかのように髪留めをつけなおしてこちらに目を向ける。
その人にとっては実際何でもない日常の一コマだったのだろう。
私の中に沸き上がる、この世の神秘を見た時のような感動は理解されないだろう。
それが悲しくもあり、同時に自分だけの秘め事を手に入れた時のように嬉しくもあった。
今でも時々、私の脳裏をよぎることがある。
残滓はまだ、消えそうになかった。
髪を梳く仕草ってこう、何かぐっと来るよね。