殺気の波
お待たせしました。
前話「尊大」を「尊貴」と変更
キーワードには「悲恋」を追加
ランヤード田中様
duvet8様
アドバイスありがとうございました!
ドナクレア島は新魔大戦終結後にエリュエステーラという一人のハイエルフの女性と彼女に仕える37人の戦士と戦禍によって住む場所を失った数百名の老若男女、そして古龍のドインと共に島へと上陸したのが始まりとされている。
元々強力な魔獣と非常に濃い魔素で住み難かった地を古龍ドインと秘術によって番となったエリュエステーラの力によって豊かな土地と変貌を遂げた後にドナクレアと名付けられ古龍の領域と宣言される。
それから三七〇〇年と数十年後、不可侵条約を破ったアドラ神聖公国から派遣された勇者達による謀略と罠によってドナクレア一族はリュセフィーヌ一人を残し滅亡、暫くの間公国の隷属国となり住民は虐げられていた。
それがつい数ヶ月前までのドナクレア島の現状であった。
――ドナクレア開放戦線レニウス台地――
ドナクレア山麓にある魔獣の森に隣接した東部第二位の農業地域で主に標高四〇〇m地域では水稲栽培、一〇〇〇を越える地域では高原野菜や雑穀類など高原ならではの多彩な食材生産地域である。
ドナクレア開放戦はドナクレア軍が破竹の勢いで領土奪還を果たし、ドナクレア島の七〇%を取り戻していた。
これには古龍となったアーデルハイド、双子古龍のディーフェリアとアリステリア、そしてフェンリル族のセレスティアの参戦が大きく、最低でも二年は要する予定であった当初を大幅に短縮することとなっていた。
残るは東部コロポクルと周辺の町村のみとなっていたが、ここに来てアドラ公国軍が地球の現代兵器を大量投入していた。
また、地球側より多国籍軍と露・中・韓軍も派兵されてきており、操作の難しい訓練が必要な兵器は多国籍軍が主に使用していた。
そしてアドラ公国軍が投入してきた理由――それはドナクレア周辺に眠る地下資源にあった。
公国軍と言うよりは地球側の意向も過分に含まれているドナクレア島周辺には手付かずの島内や近海の海底から発見された油田やガス田、非常に含有率の高いレアアースが眠っており、それを死守、奪還を目論んでいた。
「越界門」と言う大量殺人によって神の眷属"人種"から外され只の"人族"となった事から魔法、魔道具で成り立っていた生活圏における基盤が崩壊して立ち行かなくなってしまい文明が一気に数世代後退する事象が発生してしまった。
異世界交流が可能となった現在、地球側からの現代技術で補い、生活基盤を取り戻そうとした結果が電気やガスといった化石燃料が必要になってしまったからであるが、元々は軍事的な目的と行く行くは地球を支配してやろうとしたアドラ公国や周辺の国々が行った所業の竹箆返し、自業自得であろう。
しかし、その足掻きが快進撃を続けてきたドナクレア軍に衝撃を与えている事は確かであった。
制空権は元々の飛行戦艦の運用意外にジェット戦闘機の導入、地対空兵器によって下位龍や竜種では歯が立たず制空の優位性に疑問符が生じてきていた。
沿岸からの対地ミサイル攻撃、地上白兵戦に自走砲、戦車車両などを投入され進行速度の鈍りが顕著となってきていた。
今まではエルフや獣人、龍族は夜目が利いていた為に夜襲も容易であったが赤外線や熱感知といった機器を導入され、八方塞りの状態であった。
レニウス台地戦線より後方五〇kmにある解放軍作戦本部ではドナクレア総軍元帥のゴラウシスと旅団以上の団長達が互いの顔と前線地図と睨み合って腕を組みながら唸っていた。
「ぬううう…厄介であった地球兵器をここに来て大量投入とは、流石に参った!」
「ただでさえ厄介な地球兵器が、ここに来て数十倍の数を投入して来ましたからなあ」
乱暴に頭を掻きながら話すゴラウシスに続き副官が言葉を重ねる。
「遠距離魔導の掃射で霍乱、次に空からの範囲魔道で敵兵数を減らした後、地上部隊での各個撃破が出来ていましたが、まさか対抗措置を持った上に同じ戦法をとられるとは…」
「しかもあの高速飛行をする"せんとうき"というモノにも驚きですな。上級龍と同等の速度で、あの小回り。そしてどこまでも追ってくる"みさいる"と言ったかの?それでの攻撃は確かに中級種(龍種八〇〇歳以上)以上で死には至らぬが如何せん数の差で難儀しておりますな」
「アーデルハイド様も言っておられました。『も~やだ~!知っていたけど何なの~!あのちょこまかと蝿みたいに邪魔して~!鬱陶しい!!』だそうです」
軍務官、制空担当武官に続いて古龍の代理として出席している侍女長が、アーデルハイドの伝言を伝えていた。
「このままでは戦線が膠着してしまうな…そういえば元帥、一昨日リュセフィーヌ様を助けてくださったミノルという御仁も古龍になられたとか。こちらへの参戦は可能でしょうか?」
「うむ、ヘティスハークにフェリエで活躍。そして魔大陸では魔皇帝の弟君が王を務めるローグインでは人族共を蹴散らし、更に勇者14名を下したという。誠に頼もしい限りではあるが、姫さ――いや主様が溺愛しているとの事だから来てくださるかどうか……」
赤龍の旅団長がミノルの事について聞いてきたが、ゴラウシスは食い付き気味に話すが、最後には眉尻を下げため息を吐く。
ドナクレア城および麓の城下町を守る騎士団、そしてリュセフィーヌ直属の近衛騎士団とは違い、ドナクレア軍の大半を占め陸海空を以ってドナクレア領域全体を守護している戦士団である。
ゴラウシスを元帥としたこの戦士団は"国や領土、民を守ってこその軍である"といった戦果や功績に重きを於き、"我等が主人を救った!""憎き公国と勇者に打ち勝った"人族出身のミノルに隔意は無く、まだ見ぬ主の思い人として歓迎されていた。
また、戦士団自体が種族混成軍である事も要因の一つであると考えられる。
さて、気を取り直して、と、ゴラウシスが会議を続けようとした時であった。
「――っ!何だこの殺気は!深い闇と憎悪が込められた心の臓を鷲掴みにされた様な――まさか"狂化"か!」
「殺気の強さからして属性龍以上…しかも発生方向が・・・城?」
獣人武官がミノルの発する殺気に気が付き席を立つ。
心臓の位置の服を掴み苦しそうな仕草のゴラウシスは喉から搾り出すように発生源を割り出していた。
ミノルが"狂化"したその瞬間、その余波はドナクレア島全体へと広がり、魔の森に棲む魔獣は巣穴に飛び込む様に篭り、一般の民はその場で恐慌状態に陥る人がそこかしこに見受けられていた。
レニウス戦線も同じく、特に魔力抵抗が弱くなった人族や全く抵抗の無い地球人は洩れなく恐慌状態となっていた。
砲撃や銃撃は止み、ドナクレア軍兵達はミノルの殺気に暫しの間だが身を屈めていたが、殺気の波が収まると呆然と辺りを見回す。
ふと気が付きアドラ軍方面を見ると、頭を抱え目鼻口からシモに至るまで水分を撒き散らしながら、訳の判らない言葉を叫んでのた打ち回っていた。
「なんだったんだ……っ!全軍ー!アドラ軍に突っ込めー!!!今だ!行け!行けえええー!!!」
はたと気が付いて現状を把握した部隊長達は、この機会を逃さんとばかりに喉が嗄れるまで叫び、アドラ軍と地球の多国籍軍へと剣を向けるのであった。
◆◇◆◇
アーデルハイドが十六機ニ編隊のF-16ファイティング・ファルコンからの攻撃に耐えていた。
尤も古龍形態の彼女には致命傷とならないが、他の龍種が撃ち墜されて行く。
ちらりとアリステリアとディーフェリアを見ると、アリステリアにはスホーイ27の編隊が張り付き、ディーフェリアにはユーロファイター タイフーンの編隊が張り付いていた。
今回は解放戦線に影響があるコロポクル郊外に建設途中の空軍基地を破壊する事である。
多国籍による大規模な基地は広大な小麦畑を潰して作られた為、ドナクレアとしては数百人の食糧事情が悪化するかを考えていない迷惑千万な建設だった。
「も~あと少しなのに~!うるっさい!このばかちん!」
周りを飛び交う戦闘機を睨みながら彼女は悪態をつく。
龍種は魔法(主に風魔法)を使っての飛行なので、戦闘機に気流と魔素を掻き乱されて、ややこしい制御を求められていた。
また、地上攻撃しようとすると機関砲や空対空ミサイルによって邪魔をされて集中できずに、狙い撃ちが出来ない状態にあった。
彼女達古龍は撃ち墜とされる事は無いが、戦闘機の攻撃が痛痒く、うっかり狙いを外して島民の居住区に誤射しかねない。
『アディ様!これでは基地を破壊できません!』
『他の龍種達も次々と撃ち墜とされていってます!』
彼女はアリスとディーからの念話で思わず舌打ちをしてしまう。
こちらの被害が大きくなってきたと考える彼女は三人だけで基地に特攻しようかと思った時にドナクレア城方面からミノルが発する殺気の波が押し寄せた。
殺気の中にミノルの生体波動を感じた彼女は飛行速度を緩める。
「ミノルさん?――っ!いけない!」
殺気に当てられた戦闘機パイロット達は、そのまま地上へと墜ちて行くが、彼女は数機の戦闘機がそのままコロポクル市街へと一直線に墜ちて行くのを見たのであった。
『アリス!ディー!戦闘機が市街に向かってる!防御結界の補助お願い!』
アリスとディーも同じく速度を緩めていたが、彼女の念話に反応すると戦闘機と市街の間に割り込もうと加速したのである。
アーデルハイドは既に市街上空で結界を張り始めているが、向かってくる戦闘機の数が多く、漏れが出てしまうかと思われたが間一髪アリステリアとディーフェリアが間に合って戦闘機は結界に衝突して粉々になって行くのであった。
彼女は安堵の息を吐くが、あちこちに墜ちた戦闘機が麦畑で火災を起こしていた。
「あ~燃えてますね…」
「収穫が近いのに…」
アリステリアとディーフェリアの呟きに溜息をつきながら無事だった他の龍種達に消火の念話を送り、空軍基地の破壊とコロポクル制圧に向けて行動する彼女であった。
◇◆◇◆
「あひゃひゃくひゃきゃきゃあああ」
「チッ!厄介な!」
あらゆる箇所から水分と悪臭を放ち、奇声を発して重機関銃を乱射するアドラ兵に舌打ちをしながらも《魔導:風牙》を展開する。
塹壕に隠れるセレスティアから風の魔力で形成された狼はアドラ兵に一直線に駆けて行き大きな口を開く。
「ひゃああああああ!グシュッ!」
機関銃から発射された無数の12.7mmの弾丸は狼に直撃するが、そのまま体を通過してしまう。
風の狼には全く傷が無く、積み上げられた土嚢と機関銃をも巻き込んで噛み砕くと、アドラ兵の断末魔と共に消えていった。
「ふうっ!これで終わりかな?ごめんね狼さん。あんなばっちいの処理させちゃって」
先程の殺気で混乱した前線の残敵処理を行っていた彼女は空に向かって一息をつきながら呟く。
全く、後でうまいもん食わせろといった風がひゅるり通り過ぎると、彼女はりょーかいと微笑んだのだった。
「しかし先程のあれは何だったんだろ…」
数時間前に発生した殺気の波が実るから発せられたとは気付かず、彼女は不安げにドナクレア上の方向を向く。
「フェンリ…セレスティア様。アーデルハイド様から敵航空戦力を撃滅、コロポクル市街の敵兵力が無力化されているとの事で、一師団ほどコロポクルへ向かえと司令部より通達が来ました」
「あらそお?やっぱりアレが影響したのかしら?」
「そうでしょうね…しかし…何だったのでしょうかアレは……」
「そうね…っと、あいあいりょーかい!各部隊へ集合伝達お願いね!」
「了解です!」
敬礼後に去ってゆく犬人種の伝令兵との会話後、塹壕を出て兵員達へ声を掛けようとしたその時――
彼女は再び先程の殺気を感じる。
回りの兵員達は気付いていないが、今まさにこの戦場に向けてソレが近づいてくるのを感じていた。
――あれは?
殺気を感じた方向を見ると、まだ小さい豆粒程ではあるがナニかが空を飛んでいるのを肉眼で確認する事が出来た。
『セレスティア殿!何ですかアレは!まずい!とにかくその場から非難してくだされ!』
悲鳴のような叫びを上げるゴラウシスの念話が彼女の頭の中に響く。
「みんな!ここから退避!急いで!!早く!!!!」
周囲にいたドナクレア兵達は彼女の号令に一瞬きょとんとしてしまっていたが、即座に緊急事態であることを察知し、その場を離れようと駆け出したのであった。
そして彼女がソレが飛んでくる方向を見た途端、ごうっ!と言う音と共に目の前擦れ擦れを大きな物体が頭上を通り過ぎた。
ソレは彼女の頭上を通り過ぎた後、大きく旋回しながら再び彼女の場所へ向かって来たのである。
「退避ー!!たい……ひ」
彼女退避をそうとしたが、時既に遅くソレの発する殺気と波動にドナクレア兵達がその場に立ち止まって頭上を見上げていた。
彼女達の頭上に留まり羽ばたくソレは黒き体躯をした龍族でまるで体に纏わり付いて命そのものを消し去らんばかりの殺気、どれだけ輝く光を当てても決して消える事のない漆黒を纏っていた。
その場へとゆっくり着地する黒き龍を見る彼女には絶望という言葉が頭に浮かび、足は震え、全身からは汗が噴出し、立っていられるのがやっとの状態で、今にも気を失いかねなかった。
「ミノル…さん……?」
黒き龍を見る彼女は僅かな彼の生体波動を感じ取ると黒き龍に向かって語りかけたのであった。
彼は背後から自身の名を呼ぶ声に反応する。
振り返るとそこには、顔を青くさせて今にも倒れそうなセレスティアの存在を確認する事が出来た。
彼は何も語る事無く視線を戻し、《龍語魔法:天地創造》を起動させるが、先程練兵場で見せた倍の空間を開かせていた。
「え?え?なに…それ…」
彼女は彼の作り上げた空間に驚きを隠せずに呟くが、彼はその声を気にせず目の前に広がる空間へ徒歩を進める。
彼が空間の中に入りきると、そのまま彼女へは振り向く事は無く、羽を広げ空間の奥へと飛び去って行ってしまったのであった。
黒き龍が飛び去ったと同時に先程まで広がっていた殺気は、まるで嘘のように消え去りドナクレア兵達はその場でへたり込む。
同じくその場でへたり込む彼女の前には広大な空間が今なおその場で開いたままであった。
図らずしもここにドナクレア島が開放される―――
ドナクレア軍
総数一六五,七八〇名 死者数一三,八〇〇名 行方不明者一,七六〇名
アドラ軍及び地球側多国籍軍
総数二七九,七五〇名 死者数一八六,五〇〇名 行方不明者五,八〇〇名
そしてここに、たった一人で龍の軍勢へと牙を向けた古龍が一体。
戦場への扉を開いたのであった―――
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