誤算③
お待たせしました。
どこでどう区切って良いか分からず迷ってました。
「もう止めよ!もうやめるのじゃ!どこでどう話が変わってしまったのじゃ!?双方とも!その矛を収めてくれえ!!」
リュセフィーヌの叫びに近い言葉に立ち向かっていた兵はその足を止め、彼女へと見入っていた。
彼女は無手であると言わんばかりに両手を広げミノルに近づくとその巨体を見上げる。
その目からは涙が流れており、それに気付いたミノルは彼女へと視線を下ろす。
「何ヲイマサラ」
古龍の姿となったミノルの表情を読み取ることは出来ないが、鼻を鳴らしながら話す言葉で憮然とした態度であろう事が伺えた。
「ミノル!ミノル!そうではないのじゃ!ヌシを貶める為にした事では無いのじゃ!妾は「ダマレ」」
彼女の言葉にミノルはグルルルルと威嚇の喉を鳴らし言葉を遮るのであったが、未だに紅き目には憤怒を感じることが出来なかった。
「最早ソレハ栓無キコトデハナイカ?君ノ目ニハ蔑ミヤ憎シミガ無イ事ハ見テ判ルシ、気付イテイル。イツモノ教育ノツモリダッタノダロウ?」
リュセフィーヌに向きながら話し、それが終わるとエレーナを初め周囲の治療中の兵達やその場に留まり、剣を構え、魔法を放とうとしている兵達へと視線を向ける。
ミノルの体が光り"人龍"の姿へと変化する。
彼女はその姿に驚愕する。
人龍スタイルに戻り一〇歳に満たない容姿をしていたが頭髪は肩口まで伸びた頭髪は生え際は白く、毛先に行くにしたがって赤から白へとグラデーションが懸かっていた。しかしその赤色は鮮やかな赤ではなく、血の色を思わせるどす黒い紅であった。紅金目に背中には黒き羽が四枚。
つい数時間前よりも変わってしまったその姿に観客席にいるオースティン達も言葉を失ってしまう。
「興が削がれた―――とでも言うと思ったか?残念だったな…俺は今でもお前達を殺したくてしょうがないんだよ。だからな?」
彼は彼女に話しながらも背を向けると右手を上げ、《龍語魔法:天地創造》を起動させ、手を振り落とすのであった。
手を振り下ろした彼の前に空間が真っ二つに割れ、まるでそこに扉が開くかのように縦二〇〇m横五〇〇mに渡って空間が観音開きに開くと、扉の奥には青空が無限に広がっていた。
数百にも及ぶ空中に浮いた島が点在。
島々には木々が生い茂り、流れる川がそのまま島の外に落ち滝を作る。
これぞファンタジー世界といった空間が広がっているのであった。
「《固有結界》?いや、それよりももっと広大で現実感のある結界。まるで世界を創り出したかのような――まさか!?」
ようやく魔法での治療を終えて復帰し、彼女を守るかのように二人の間に立ち、彼へと手に持つ短剣を構えた彼女が目の前で展開される魔法に驚く。
「レダよ、始めて見る魔法のはずじゃ。アレはそんな生易しいものではないのじゃ。《龍語魔法:天地創造》と言って龍語で構成された極級に当たるものじゃ」
尚も彼女は説明を続ける。
神族と同等である古龍は大地、水、空気そして魔素もある世界を創り上げることが可能である事。
しかし神族とは違い世界を固定することは出来ず、魔力のみで現界させることしか出来ない。
魔力のみでの創造である為、魔素は純度や大気中の含有率が高く、魔法、魔導の行使が楽であると言う。
神魔大戦に於いて、神族と古龍が全力全開で争ってしまうと、余波で地上、天上界を含むフィーグル世界の地形などが荒廃して住民は死に絶え、世界そのものを破棄せざるを得ない状況となる為に、ドナクレアの開祖を始めとする古龍達で開発された魔法なのだと言う。
失魔大戦以降は数回使った事があったきりで、失伝となってドナクレア家のみが使える失われた魔導との事であった。
「何故彼がその魔導を行使できるのですか?」
「蘇生された時に妾の知識を複製して移植を行った結果じゃ。お爺様や父様、母様や兄様達を失った妾には肉親がおらなくなってしまった時に"家族"が欲しくての。ドナクレア家に相応しい婿になってもらいたいと言うこともあったし、これから起こるであろう厳しき戦いには出し惜しみなどしておれん―――というのもあったからじゃ」
そう言いながら彼を見る彼女が後悔、悲嘆、戸惑いが入り混じった表情をし、涙を流す姿を見た瞬間レダはどれだけの事を仕出かしてしまったかを理解してしまう。
騙し合い、平気で同族であるが敵対する氏族を滅ぼし、陵辱、破壊の限りを尽くす人族。
龍族、いや、フィーグルの民の考えは争いが起きても終わってしまえば"ノーサイド"という考えで、その不幸な出来事を反省し、後の世代には禍根を残さない主義なのだが、世代が切り替わっても、何度も何度も同じ事を繰り返し、それにも飽き足らず別種族にまで諍いの種を振り撒く"瘴気"発生の源。
人族とは違い、永き歳月を生きる龍族にとっては到底理解し難い種族である。
当然の如き、事前に彼女から今までの経緯は詳細に聞いていたものの、初めてドナクレアに現れたカツラ・ミノルという人物。
どう云う経緯かは知らないが、彼女に抱きしめられていた人物は狂気と殺気を孕み、古龍の臭いはしているが、人族―――それもあの憎き公国の勇者達と同じ臭いも発している。
アーデルハイドが奔走し締結した不可侵条約を破り、レダ含む家臣が崇め、仕えていたドナクレア先代当主一族を"休戦会談"と偽り、複合毒と呪詛で弱体化させ、殺した勇者。
同じく弱体化させた先代とドナクレア家長男の奥様やドナクレア島住民を犯し、辱め、肉盾に利用し欲望の赴くままに蹂躙したあの勇者。
もうそれだけで、彼女の中では彼は"信用するに足り得ない人物"として認識されてしまった。
あの時彼女の隣にいた彼女からも同様の気配が漂っており、つい先程まで兵士達の居た観客席から飛び交っていた怒号が彼女と同じ考えを持っていたと自身は得心していた。
だがそこで彼女は思い出す。
彼に抱き付く彼女は子を思い無事に帰って来た母の如き表情と愛しき者を思う乙女の感情に溢れていた事を―――
「リュセフィーヌ様…私は何て事を……何…て…こと……」
事実に気付いた彼女は既に構えが解かれ、顔を青くさせてがくりとそのまま膝立ちとなるのであった。
目の前に広がる空間を目に展開終了を確認した彼は頭を垂れ一つだけ大きく息をし、回れ右をすると彼女達が立ち尽くしている場所見て声を発する。
「さて、ここに広がるのは無限の空間と大地。このまま俺が力の限り戦うことによりドナクレア…いや、フィーグル世界を焦土化させる事は俺としても望むところではない。慈悲をくれてやる。俺はこの空間に入りお前らと闘ってやる。一対一でなくても良い、いくらでも徒党を組んでかかって来い。だが忘れるなよ。今この瞬間でも瘴気が俺の中に入り込んでいることを…俺を倒すのが早いか、それとも"瘴気落ち"が早いか勝負をしようじゃないか。どうだ?」
「ミノル…おぬしは何を言っているのじゃ?」
突然のミノルの提案に彼女は訳が判らないとばかりに左右に首を振りながら彼の質問に答える。
彼女を見るミノルは喉を鳴らし笑いながら話し始める。
「クククッ・・・おいおい質問に質問で答えてくれるなよ。もうたくさんなんだよリュー。ここに来てから今の今まで俺に向けられた隔意、侮蔑、敵意や殺気といった感情、練兵場に来てからの怒声やブーイング。フィーグルに来てからはエルフ、獣人、魔族や魔人族まで俺を受け入れてくれたんだ。だがどうだ?龍族はそこまで尊貴か?他族を蔑むことでしかプライドを保てんのか?」
「妾は―――」
「そうだな、リューは違ったな。多分俺が壊れたんだろうな―――いつもの君からの否定された言葉をも許容できなかったんだからな!?」
リュセフィーヌは違うと答えたかったが、彼の言葉に返答が出来ず、正した唇を噛み、俯いて涙を流すだけだった。
項垂れる彼女から視線を外すミノルは《魔法:浮遊移動》を展開し、ドナクレア城下に広がる大地を見て島の東に位置する平原を指差し、話し始める。
「さあ!ここでは狭いからな!そうだな……あそこに広そうな平原があるじゃないか。五日後、あの平原の真ん中にこれと同じ空間が開く。精々視力を尽くしてくれることを祈っているぞ?」
練兵場に着地をすると《龍語魔法:天地創造》を解除、古龍へと姿を変化させる。
古龍のミノルは既に当初の時よりも姿が変わり、頭に生える数十本の角、四枚の羽の骨格や項から尾の先にかけての鬣が無くなり、棘のような鱗?に生え変わっており黄金色に輝いている。
それ以外は全て吸い込まれるような漆黒のような黒と化していた。
瞳は金のままであったが白目部分は紅く、その双眸を彼女に向ける。
「デハ彼ノ地デ待ツ」
彼は一言だけ彼女に告げると四枚の羽を広げ飛び立とうとするが、その時――
「おじさん!ミノルおじさん!どうしたの!待ってよ!!!」
今まで観客席で見ていたミナが観客席から飛び降り、彼へ駆け寄ろうと呼びかけていた。
◆◇◆◇
彼女は突然彼女を殴り飛ばした事に驚きを隠せなかった。
目を見開き"何故?どうして?"と言葉にしようとしたが口から漏れるのはハッハッと短い息が出るばかり。
周囲からは爆発したかの様に怒号が飛び交い、決壊寸前の殺気が充満していた。
不意に彼女は誰かから肩から抱き寄せられたので、その行動に戸惑いながらも顔を向けると、緊張した面持ちのエンシェント種であるエリザベスが周囲を気にしながら話し始める。
「ミナさん、オースティンさん達も私の周りに集まってください。ちょっと周囲の雰囲気が危険なので結界を張ります」
「あ…ありがとうございます」
彼女に礼を言いながら彼へと視線を向けると、周囲から感じた殺気が緩まり、結界が張られたのだろうと推察する。
しかし彼女はドナクレア島に到着してから殺気の中に含まれていた雰囲気に違和感というか、懐かしいものを感じ取っていた。
懐かしいというよりも"思い出したくない"と言ったものであるが、周囲から聞こえてきたある言葉にソレを確信したのであった。
彼女は龍種に生まれ変わりは実行されておらず"女としての勘"はあるかも知れないが、龍種の持つ"直感"は持ち合わせていなかった。
ソレは彼女が地球に居た頃、小学高学年から高校を中退するまで行われていたソレであった。
「人族上がり風情が何たる不遜!所詮下等種族だなクズが!!」
長い間ソレによる視線や陰口に晒されていた彼女は彼が今、どんな状況にあるのかを察してしまう。
彼はシャムロックと言う龍族兵士にボロボロにされ、血だらけとなっていたが目を逸らす事無く"ミノルおじさんがんばって!"と祈るばかりであった。
しかし彼が突然動きを変える。
攻守が入れ替わりシャムロックが彼によってフルボッコにされる姿を見てつぶやいていた。
「あれはおじさんから教わった…」
彼は彼女の父によって半ば強制的に社会復帰の一環として父の手伝いをしていた時に身の上を聞いて時には涙し、時には感情を露にして彼女に対して快く社員待遇にして働かせてくれていた時に「身に付けておけば怖いものは無い」と言って教えてもらった中国拳法であることに気が付く。
最後にシャムロックは対戦ゲームか漫画の様に壁にめり込み、動かなくなると同時に彼女の傍らにいたレダが彼へと飛び掛るが、彼の技に翻弄されて倒されていた。
彼の戦いぶりにヴィオラがきゃあきゃあと興奮気味に彼女に抱きついてくる。
次の瞬間、彼女の傍らにいたもう一人のエレーナが龍の姿でミノルを噛み砕かんと突進している状況を見て叫んでしまう。
「おじさん危ない!!」
彼女は思わず目を瞑り、ヴィオラも短い悲鳴を上げ同じく目を瞑る。
暫くして目を開けると、真っ黒な龍がエレーナに向かって立っていた。
そこからはもう蹂躙劇が展開、観客席の兵士達は堰を切った様に次々と練兵場内へと飛び降りて、龍の姿になり彼へと襲い掛かるが、誰一人として彼に傷一つ負わせる事が出来なかったのであった。
そして今、彼の姿を見る彼女は漠然とした不安を覚え、彼女へ結界を解いてくれと声を荒げる。
彼女はミナの迫力に押され結界を解くと彼女は闘技場へと飛び降りると、彼に向かって駆けてゆくのであった。
「おじさん…おじさん!おじさん待って!!」
彼女の叫びに飛び立とうとしていたミノルは広げた羽を畳んで身を屈めるが、龍の姿では見下ろす形になってしまう。
「おじさん!ミノルおじさん!どうしたの!待ってよ!!!」
"今行かせてはならない!彼を引き留めなければ必ず後悔する!"そう感じた彼女は叫び続ける。
「おじさん駄目だよ!今行っちゃ!此処を離れちゃ駄目だよ!お願いだよ!」
彼女は叫びながら目に涙を溜めていたが、其れは溢れ出してミナの頬に幾つもの筋を描いてゆく。
龍の姿をしたミノルの目はとても優しく感じ、クルルルルと彼女を宥めるかのように各位音の喉を鳴らす。
『泣くなミナ。ちょっとばかり決着をつけてくる。無事かどうかは判らんが戻ってくるよ。それまでエリザベスやムンチャイ達と待っててくれ。不安にさせてごめんな』
彼女に念話を送り、そのまま空を見上げると羽を広げると、ばさりと羽を羽ばたかせながらリュセフィーヌ達に告げた平原へと飛び立ってゆくのであった。
「おじさあああああん!!!」
後ろから駆け付けたエリザベスに抱き付かれながらも、飛び去って行った彼の後姿に向かって力いっぱい叫ぶのであった。
最後までお読みくださりありがとうございます。
次回をまたお楽しみにしてください。




