一人ぼっちの戦争⑨
お待たせいたしました。
ここ最近は寒暖差が激しく、皆様も健康だけには注意してくださいね。
ちなみに私は昨日まで風邪をひいておりました。
更新遅れてすいません。
「何じゃと!ミノルの捕縛だと!!!」
病から回復したリュセフィーヌに届いた報告は、ミノルの捕縛を目的とした行軍である事が通信官より伝えられると玉座から立ち上がり怒りを露にする。
彼女の怒りは余程のものだったらしく、玉座の肘掛けが砕けてしまっていた。
「は、はい!通信によると議会の派遣軍が来る前の露払いであり、あわよくば捕縛して連合に差し出す予定との事です…」
謁見室内に怒気が満ちてくると同じくして通信間の声が小さくなっていく。
「現地にて我々に立会いの下にミノル殿と質疑応答であった筈が捕縛とは穏やかではないですね」
「そもそも何が露払いじゃ!|《龍語魔導:天地創造》《ミノルの世界》の入り口以外に敵対勢力なぞ無いわ!」
同席していたシアンは何かを感じ取って考え込むが、リュセフィーヌの怒りは収まらない。
「アリス様、ディー様。先日メンヘスト様が直々に御来城なさった時に言ったあの噂はもしかして……」
氏族第三家に位置するドナクレア家にも、ある程度の情報が蓄積されつつあったのだが、未だ確証には至っておらずに調査段階であった。
当然リュセフィーヌも知るところで、ミノルへの配慮も監視役の若干名でよかったのだが、一〇〇〇名の兵を駐留させていた。
トーグレ家が"噂"を語る際はほぼ確定している事を言っているのである。
ミノルの下を訪れた後にメンヘストがリュセフィーヌの見舞いついでに、孫である双子龍とシアン同席の際に言った物である。
氏族としては歴史が浅く、神魔大戦後にいきなりの第三位となったドナクレア家を疎ましく思う下位や氏族の序列入りを目指す古龍達はミノルの"狂化"に喜んで飛びついた。
"狂化"古龍を討ち果たす事による栄誉。
それにドナクレア家が関わっているとなれば糾弾する事ができる上に、氏族家序列外か順位を下げる事が出来るのではと画策している可能性がある。
更にはミノルの持つ二つの"理の司"と"闇の司"の簒奪の可能性も示唆されていた。十三氏族が持つ司には継承できる物と一代限りの物がある。
ミノルが持つ司は過去に確認された様々な司に当て嵌まる物は無く、"継承できる"可能性があり、今回の騒動に紛れて殺害、継承しようとする古龍がいてもおかしくは無いと語った。
リュセフィーヌが先代から任意で継承させる以外に、命を懸けて決闘等によって当該者の生命活動停止による結果で簒奪する方法があり、今回は後者のようである。
「はい、ほぼ証拠を掴んだと言って良いのではないかと?」
「おそらく氏族上位五家が動いております」
双子龍はメンヘストがミノルは"狂化の疑いは無い"と報告する事で、今迄泳がせていた他家を糾弾できると行動に移るはず。
そしてミノルに対して行動した場合には、"飛んで火に入る夏の虫"といつものアルカイックスマイルで語るのであった。
「妾が行く!支度をせい!」
三人が話していると、リュセフィーヌはレダとエレーナに告げる。
レダは御辞儀をして支度準備に取り掛かるが、エレーナは一瞬何か言いたそうにしていたが、レダの後を追っていく。
二人は既に発言権も議決権もない只の傍付きとなっていた為に、主の言う事に従うだけの存在となっているのは言うまでもなし。
シアンは彼女の行動を予測していた為、生き残りの騎士に護衛準備は通達済みであったが、誰かが居ない事に気付いて周囲に目を向ける。
「そういえばアーデルハイド様が見当たらないのですが?」
「連絡官の報告より数刻前に出掛けると言って御一人で城を出ていますが…。もしかして……」
「…やられたわ。私も予測できなかったのに…。流石は師匠」
流石のシオンも色々と作戦を立てていた。
傭兵を雇う事は情報で知っていたが、まさか"露払い"などと戯けた名目で先行隊が来る事は予想していなかった。
確かに露払いといえば先行はするものの、本体と合流してからの先行が定石となる。
過去の失敗を糧に学んで成長出来ていると自負していたシアンであったが、そこから更に深く、幅広い選択肢で正解を選ぶアーデルハイドには脱帽して思わず"師匠"などと口にしてしまう。
しかし最後の言葉は扇で口を隠し、窓の外を見ながら聞こえないように呟くのであった。
◆◇◆◇
傭兵団とドナクレア軍の睨み合いに日が傾き始めており、半日が過ぎていた。
殺し合いに発展はしなかったが、取っ組み合いの喧嘩が散見されていたが、そこは戦士団で圧倒的な強さで傭兵達に地面を舐めさせていた。
先日まで戦争を経験し、フィーグル屈指の強力な魔獣が棲む森に隣接しているドナクレア軍は地力が高く、下手な騎士よりも戦闘能力も高い。
戦闘力が皆無とされる一般人や自警団さえも、上位の冒険者や傭兵で食べて行けるのではないか?と思われる位の強さであった。
それこそが氏族第三位という序列にある所以で特殊資源や特産品、産業に優れているだけではないのである。
流石に長く続く睨み合いに強行策を考え始めた時にそれは起こった。
地面に大きな影が映ったと思った瞬間に、天地創造の入り口付近で衝撃波が発生する。
どうやらだい質量の物体が勢いよく着地したらしく、波の中心には大量の土煙が舞い上がっていた。
「あ…ああ……あ」
土煙の真ん中に立つナニカは自ら羽を羽ばたかせて姿を現すと、その姿と向けられた殺気に傭兵団はその場でへたり込むと震えながら呻き声をあげる。
ドナクレア兵達はその姿を見た途端に全員が片膝を着いて敬礼していた。
青き光沢のある鱗に日の光が反射している。
そして所々に深紅のトライバルタトゥーを見る事が出来る古龍は、放つ殺気とは裏腹に明るい声で尋ねてきた。
「貴方達は何の為に此処に来たのかしら?」
傭兵団はアーデルハイドの姿に圧倒されて返答できなかったが、次の瞬間には吹き飛んでいた。
彼女は予備動作無く尻尾を振るって傭兵達を吹き飛ばしていた。
「もう一度聞くわ。貴様等は何故此処に居る?」
声のトーンが下がり、尻尾を強く地面に叩きつけると、地響きと共に亀裂が走る。
「「ひっ!ひいいいい――」」
彼女の背後で悲鳴をあげて逃亡しようとした数名の傭兵達は、一瞬にして凍りついて、逃亡の勢いのまま倒れると、鈍い音を立てながら砕けてしまった。
「一遍死んで見るぅ?」
その一言で傭兵団一八〇〇名の後方支援部隊は一斉に気絶するのであった。
数分後、ミノルの世界の入り口から龍が一体姿を現す。
彼女はそれに気付くと、殺気を集中させたが龍は反応せずにそのまま横を通り過ぎる。
「お前―――」
長い首は項垂れ、身に着けている龍鎧はボロボロ。
露出した身体の鱗があちこち剥がれていて、目に生気が無い。
彼女は無視された事に腹を立てたが、気持ちを落ち着かせて深呼吸をしてから声を掛けるが途端に龍はその場に座り込んでしまう。
一体の龍は誰が言葉を掛けても反応が無く、虚空を見たまま身動きすらしない。
そうしているうちに次々と入り口から龍達が出てきたが、最初の龍と同じ状態で彼女の横を通り過ぎると座り込んで行くのであった。
◇◆◇◆
時間は少し遡り、傭兵団が突入しミノルを見つけた時から始まる。
九体の古龍は先にケパトイス家のトリスエラが議会の招聘に応じるように宣言したが、間髪入れずにこれを拒否される事から始まった。
ミノルは頭を上げることも無く、終始丸くなって寝たままの態度に憤慨したトリスエラは彼を掴もうとしたが、尻尾で弾き返されて更に激高してしまったのである。
「この雑種風情が!ガッ!」
二体の古龍も加わってミノルの2本の尻尾を掴み、トリスエラが頭を掴もうとした瞬間であった。
自身に伸びてくる腕に噛み付くと、そのまま顎に力を入れて噛み千切ってしまう。
「ぎゃああ!腕が!腕があ!!」
腕の痛みに血を撒き散らしながら転げ回るトリスエラに、尻尾を掴む手が緩んだ二体の古龍を強引に引き剥がすと、その尻尾で腹部から串刺し状態にする。
「なんだ?他の古龍の皮膚って意外に柔らかいな。リュセフィーヌの方がもっと硬かったぞ?牙も折れて顎の骨に罅が入ってたし」
噛み千切った腕を吐くと、立ち上がりながら器用に串刺した古龍をそのまま持ち上げ、目の前に移動させると二体の龍に話し始めるのであった。
「グウウウ!貴様!」
「グアアアアア!ぬっ抜けない!お前達!助けろ!」
一体は氏族の序列入りを望んでいた歴戦の古龍であり、反撃とばかりに己を貫く尻尾に噛み付いて反撃を試みていた。
しかし、もう一体の古龍は傭兵団トップの団長であり、同様に歴戦の兵かと思われたが、龍族達に助けを求める姿にミノルは溜息を吐くのであった。
しかしミノルを見る龍達は、なぜか飛び掛って来ずに一定距離を保ったままホバリングを続けるだけであった。
二体の古龍を引き寄せると、それぞれの首を掴んで爪を立ててミノルは話を再び始める。
「己の技量を把握し、相手の技量を読む。勝てるのならば問題は無いが、勝てないと判れば抵抗するなりの手段を用いてその場の離脱を試みる事。離脱が無理であれば戦うことを選択して勝つか引き分け、若しくは一矢報いる事に集中する事」
淡々と語りながらも首を握る手は食い込んで行き、砕けるか沸いた音がすると二体の古龍は身動き一つしなくなっていたのであった。
「俺はリュセフィーヌから身を以って体験させられ、教わったのだがな」
淡々と語る赤金の目からは何の感情も感じず、死した二体の古龍を無造作に放り投げる。
「おっおっお前達!たかが古龍一匹だ!殺せ!殺せー!!こちらは未だ古龍が七体もいるんだぞ!一斉攻撃だ!!」
二体の古龍に気を取られている隙に離脱して、噛み千切られた腕を修復しているトリスエラは目を血走らせて本来の目的も忘れてミノル抹殺へと号令を掛けるのであった。
「あは、あははは、あははははははははははあ!来い!殺せるものなら殺してみろ!《魔導:針千本ニードルクラッシュ"影"》!《龍語魔導:闇:死を運ぶ蝶》!!」
◆◇
今回のクエストが最後のクリムゾン・ファングでの仕事であったソフィア・クリエーラは前線から少し離れて戦死者や負傷者の戦線離脱補助として同行していたが、視線の先で繰り広げられている戦いに戦慄を覚える。
彼女の予感は的中しており、一方的な戦いであった。
《龍語魔導:闇:死を運ぶ蝶》によって古龍を除く龍達は次々と撃ち落とされようとしていたが、様子が少し違っていたのである。
確かに"死の蝶"は龍達に貼りつくと爆発して、ダメージを負うのだが続け様に蝶が貼りついて行くのだが青く光ると龍の傷を癒していくのだ。
"やられた!"と思った龍達の傷が癒えて不思議に思っていると次に再び蝶が張り付いて爆発。
そしてまた蝶が―――。
「何よ…あれ…」
彼女が呟く先には、延々と続く攻撃と癒しに悲鳴をあげていた龍達は次第に声が出なくなって、蝶の群れに翻弄され続けられたのであった。
彼女自身も、古龍以外の者達が次々と斃されていくのを見ていたが、数千の龍族を屠ったミノルには造作も無い事と思っていた。
しかし、相手が古龍となれば話は別である。
古龍同士の戦いとなれば互いに《魔導:治癒》に《補助魔導:補助効果増大》と云ったバフの重ね掛けを使った戦いとなる。
よって、自己保有魔力(外部魔力吸収では魔力回復は追いつかない)の枯渇か、回復が追いつかない位のダメージを与え続けなければ勝ち目は無い。
一対一であればなのだが、つい先程は相手の油断を突いた勝利であったが、一対六で正面からの戦いにはミノルの敗北は明らかであるとしか言えなかったのである。
古龍達とミノルの戦いは、最初のうちはミノルが劣勢となって腕が変な方向に曲がっていたり、体中に深い傷を幾つも作っていた。
"ああ、やはりな"と誰がどう見ても瀕死状態にあるミノルは、六体の古龍に今もなお牙を剥きながら戦い、なぜか一体、また一体と確実に相手古龍の数を減らしているのだ。
「何でたった一匹でそこまで出来るのよ!」
先程の呟きから一転して目の前で展開される戦いに叫んでしまっていた。
それに呼応するかのように周りには数百匹にも及ぶ七色に光る蝶が彼女の視界を遮っていくのであった。
「っ!しまっ―――!」
気が付いて脱出を図ろうとしたが、次々と全身を襲う衝撃と激痛、そして癒しが繰り返されながら自身の意識が途絶えるのであった。
◇◆
「ガアアア!アアア…アア…ア……」
「ガライア殿!!!」
ミノルと闘っていた六体の最後の古龍であるトップ傭兵団団長ガライア・トベルウスは心臓と首の骨を砕かれて絶命する。
それを見るトリスエラが彼の名を叫ぶが、応えが帰ってくる事は無く、彼の足元に無残にも倒れる古龍達も身動き一つ取る事は無かった。
「ゴフ……残るハ、あト一匹……オマエだけダ」
彼は何時斃れてもおかしくないような様相でガライアを後ろに放り投げると、トリスエラに血を吐きながらも睨み付けて立っているのだった。
「ひっ!誰か!誰か居ない…の…か……」
助けを求めるべく後ろを振り返ってみたが蹂躙劇が終わっており、うめき声と息一つ無い骸が横たわっているだけであった。
傍らで自身を治療してくれていた氏族代表に一縷の望みを掛けてみたが、足元で泡を吹いて水分と固形物を垂れ流しながら痙攣している姿しかなかったのであった。
「ひいいいいいいいっ!!!」
「遅い!《龍語魔導:影:針千本》」
彼から漆黒の触手が幾つも伸び、背を向けて逃げようとするトリスエラの全身に絡み付いて捕らえていた。
「離せ!離せええ!私はっ、次期ケパトイス家のっ、とっとと当主だぞ!こんなところで!こんな事がアアアアアア!ギャアアアアアア!」
触手の螺旋が高速回転しながらトリスエラの硬い鱗を砕いて蹂躙を始める。
「な…なぜ、だ?"狂化"した、とは、云え古龍に、なりたての、貴様が…」
負ける筈が無かった。
正気を失って破壊と殺戮しかない、魔獣と何ら変わらない"ただ強力なだけの猛獣"に戦力として勝るとも劣らない筈が、なぜこうも負けてしまった事に声が届くはずが無い彼へと質問を投げるのであった。
「リュセフィーヌから、彼女が体験した事を基に戦い方を教わった」
「き、さま!理性をたも、って………ふっふふふふ…ふははははははは!ゲフッゲフ!そうか…合点がいった。わた、しは、父の言葉を鵜呑みに、して、目先の、利益と、欲望に、めを、曇らせて、いたのだな。お、愚か、だった、のは、わたしだった、のだな…」
静かに話す彼に驚くが、納得したかのように笑うと紅く染まった目を見ながら静かに語るのであった。
「わたしの、負けだ。後悔は、ない。おろ、かな古龍、でも、魔晶石と龍の目は、本物だ、さあ、勝者の証と、して、我が身より抉り出して、食らうがいい」
息も絶え絶えに勝者としての証を受け取れと目を瞑る。
「死の蝶よ…」
数千匹の七色の蝶は優雅に舞いながら、倒された龍達へと留まり始めると傷を癒し始める。
起き上がる龍達は治療された事に不思議に思ったが、彼の姿を確認すると未だ戻らぬ体力に鞭をふるって次々と出口に向かって飛び去っていくのであった。
「暖かい…?え?傷が…。なぜだ?なぜ止めを刺さない?慈悲か?ソレは我々にとっては屈辱だぞ!?」
弱肉強食は龍としてこの世に生を受けた時からの運命であり、強者の血肉となることが誉れであると教えられてきたトリスエラにとって、癒される事は心外とばかりにミノルへと抗議する。
「貴様のプライドなぞ知ったことか。俺は俺なりの目的で此処にいるだけだ。端から余計な茶々を入れないようにする為に、お前を利用するだけだ。さっさと此処を去れ」
その言葉に食い下がろうとしたが、言葉を呑んでしまう。
見た目は"狂化"そのものであったが、抑揚の無い言葉とは裏腹に彼の紅い目には何かを為すべき目的を感じ取るのであった。
「おい、俺も外の世界に用がある。俺だけで(古龍の遺体)は持ちきれん。手伝え」
彼は古龍の死体の数引きを尻尾から掴むと出口へと飛び始める。
「なぜ私が…いや、勝者は貴様だったな。了解した」
トリスエラは抗議しようとしたが、敗者たる自分が勝者に向かって文句を言うが出来ないと、残りの古龍を持ちながら後を追って飛ぶのであった。
最後までお読みくださってありがとうございます。
次回で「一人ぼっちの戦争」が終了となります。
その後は後日談とかでしょうね。
次回も楽しみにしてくださいね^^