01.忌み子
人族の住まう《ギルステイン王国》は、《ガルシア大陸》の東側にある国だ。ガルシア大陸の西側には、《バリス帝国》がある。ギルステイン王国の東南部にとある農村があった。
村の名前は、《ハクナ村》。ハクナ村はまわり一帯が平原であり、農作に適した立地となっている。また、ハクナ村には、夏や冬のような季節はなく、年中涼しい。
村では、百人ほどの人々が農作や畜産といった仕事に日々励み、生活を営んでいる小規模ではあるが、活気あふれる村だ。
そんな村の一角に小さな家があった。その家には、この村では知らない人がいないほどに有名な少年がいた。彼の名は、ライト。ライト・ネリウスだ。黒髪黒瞳と、この世界では珍しい外見をしているが、それよりも彼の頭にある二本の小さい角の方が目立ってしまう。それは、魔族しか持ちえない魔角である。
ライトは、人族と魔族の間に生まれた、イレギュラーな存在である。また、彼は、父である魔族の特徴である、魔角を遺伝によって引き継いだ。そのため、彼は人でありながら人ではない、また魔族でもない、半人半魔の『魔人』という位置に存在するのだ。
今日は、ライトの十歳の誕生日の前日だ。
「ライちゃん明日は誕生日だけど、何か欲しいものある?」
ライトの母の声がした。母の名前はアミラ・ネリウスだ。淡い金髪に黒瞳が印象的なお淑やかな雰囲気を備えた女性だ。
「う~ん、欲しいものっていわれてもな~」
ライトは腕を組んで唸った。
「あ、そうだ」
と何か思いついたような顔をしながら彼は言った。
「なら父ちゃん欲しい!!」
「ごめんねぇライちゃん。何回も言ってるけど、お父さんはもうここにはいないのよ」
アミラは困ったような表情をライトに向けた。
「じゃあ、何も要らない…」
ライトは悲しげな顔で言った。
「じゃあ、お母さんが勝手に選んでもいいの?」
「別にいいよ…欲しいものとか無いし」
「本当にそれでいいの?」
アミラは、もう一度訪ねた。すると、
「だったら、友達が欲しい」
ライトは顔下に向けながら、小声で呟いた。
これは、村の子供たちに魔角のことを気持ち悪がられて、長年友達が出来なかったライトの本心から出た言葉だ。
ライトの言葉にアミラは悔しそうな顔をし、言葉を詰まらせた。
「ねえ、お母さん何で僕だけ他のみんなと違うの?」
「なんで僕のことをみんなは気持ち悪いとか言うの?ねえなんで?ねえ!!」
「なんで僕だけ仲間はずれなの…?う…ぅぅ」
ライトは、泣き出した。この年齢になると、友達と遊ぶのが当たり前なのだが、ライトはそれが出来ずに、村の子供たちが遊んでいるのを、いつも遠目に見ながら羨ましくも悔しかった。
「ごめんね…こんな思いさせて…」
と言い、アミラはライトを優しく抱き寄せた。アミラもまた、この村では除け者扱いされている。忌み子―『魔人』を生んだ女として。
しかし、アミラは村を追い出されないだけ良い思っている。この村にいられるのは、村長の庇護のお陰だ。ライトが生まれた直後にアミラはこのハクナ村にやってきた。アミラは何故か、ライトの父である、魔族の男とは一緒にいなかった。アミラは、ライトに父はもうこの世にはいないといつも言い聞かせている。
そして、この村にライトだけを連れてやってきたアミラは、村長を訪ねた。村長は、とても立派な白鬚を生やした厳つい感じの初老の男性だった。村長は、ライトの頭に生えた角を見て怪訝そうな顔をしたが、
「…いいだろう」
と言ってくれた。それ以降、アミラとライトはこの村に住んでいる。家は村長が提供してくれた物で、前の住人から譲り受けたらしい。村人は、あまりよく思っていないが、村長の許可のもと滞在しているアミラやライトを追い出すことは出来ず、渋々と受け入れることにした。十年近くこの村に滞在しているが、未だに皆の態度は冷めている。
アミラは、ライトが泣き止むのを待って口を開いた。
「じゃあ、お母さんが誕生日プレゼントを選んでおくわね」
アミラの言葉に対し、ライトはうんとだけ頷いた。
その日の夕方にアミラは、買い物ついでにプレゼントを買ってくると言い残し、村に最も近い街に出かけて行った。
そして夕方が過ぎよるになる。しかし、ライトがいくら待っても、アミラがその日の夜帰ってくることはなかった。