誘拐されてもいいのである
ミレーユ姫はいくぶん緊張の和らいだ顔で天井を見上げた。
「嬉しいです……。私、政治の勉強ばかりさせられて、花の趣味は下らないって言われてて。初めてです、こんな楽しいお話ができたの」
「それは……僕もそうですよ」
勇者として、あるいは男として、花好きという事実は恥ずべきこと。そう思っていた。
アレンがしばらく黙っていると、ミレーユはそうだ、と声をあげた。
「アレンさん、さっき『勇者』って言ってましたよね。なんですか、それ?」
「え、ああ……」
そういえば、とアレンは思った。『勇者メンバー』が結成されたのは、ミレーユが誘拐された後だ。彼女が知らないのは当然のことだ。アレンは、ミレーユが囚われてからの、国王の行動を簡単に説明した。
話し終えると、ミレーユは恥ずかしそうに訊ねてきた。
「ひょっとして……お父様、私を助けた人には賞金とか、結婚とか、なにか変なこと言ってませんでした?」
「……魔王を倒した者には姫と結婚する権利を与えよう、とか、なんとか……」
「もう、なに考えてるのよ……」
ミレーユはぷうと頬を膨らませた。
たしかに、彼女にしてみれば勝手に結婚相手が決められるようなものだ。同情を禁じえないが、かといって、人見知りな勇者に気の利いた言葉など思いつくはずもない。
心のなかで慰めの言葉を探しているうちに、ミレーユ姫がか細い声を出した。
「――あの、ごめんなさい」
「えっ?」
これこそ、なんで謝られたのかわからない。目を丸くするアレンに、ミレーユは顔をうつむかせて続けた。
「いまごろ、城下町は混乱してますよね。魔王が現れたのもそうですが、私がさらわれてしまった。それだけで、国は大きく動いてしまいます。それがいやなんです……私はただの非力な人間なのに」
ミレーユはすがるようにアレンを見つめてきた。が、それでもなお気の利いた言葉が思い浮かばないアレンに、彼女はどこか悲しそうに言う。
「アレンさんだって、私がさらわれたせいで『勇者』になったようなものでしょう? 強制的に」
「そ、それは……」
否定できないことだった。心の奥底では兵士になることを渇望していたアレンだが、最も望んでいたのは安全で平凡な生活である。こうして魔王城で絶体絶命の危機に陥っているのも、国王の無茶が原因だ。そして、そうやって国王が無茶した一因は、たしかにミレーユ姫の誘拐にある。
言い返せないアレンに、ミレーユは蓄積していたものを吐き出すように口をひらく。
「私が、魔王に誘拐されなければよかったんです。私が弱いせいで、絶好の人質になってしまったんです。もう、国民のみなさんに合わせる顔が――」
そこまで言って、ミレーユはセリフを切った。うつむいているので彼女の顔色はうかがえないが、さっきから肩が震えていて、ただごとでない雰囲気である。
アレンもなぜか涙がでてきた。別に悲しいわけではなく、どうすればいいのかわからなくて泣けてきたのだ。こういうとき、自分はなにをすればいいんだろう。
だが、さすがにこのまま無言でいるわけにもいかない。数秒後、アレンは自分でも予想外な言葉を口にした。
「誘拐されても、いいじゃないですか」
いかにも珍妙な切り返しに、ミレーユは「えっ?」と顔をあげた。真っ白な思考のなかで、アレンはやけくそで言葉を続けた。
「実は、僕もなんです。僕も魔王に誘拐されてここにいるんです。その……僕だって一応勇者ですし、その勇者が捕まったんだから、姫が捕まるのは当たり前じゃないですか」