一応、勇者やってます
「あの、この騒ぎはいったい……?」
なおも可憐な声を投げかけてくるミレーユ姫に、アレンはひとつの決断をくだした。急いで右手を前にだし、口を開く。
「離れててください……危ないですから」
「えっ?」
「お願いします。そこから三歩離れて……いや四歩? 五歩? いや、六歩かなぁ……?」
「あの、なに言ってるんですか……?」
「あ、いや、その! とにかくそこから目一杯離れてください!」
怪訝な顔で、ミレーユ姫が言われた通りに従う。アレンは数秒の躊躇のあと大爆発を起こし、牢屋の柵を爆.破する。予想通り、聖法器ギャリスははちきれ、一本の糸くずになった。そこにはもう、聖法器たる魔力は感じられない。
だが、感傷に浸っている時間はまったくなかった。ガチャガチャという足音とともに、数匹のスカルナイトがこちらに迫ってくる。巨大な剣を振り回し、獰猛な雄叫びをあげている。正直、ギャリスがなければ到底勝てそうにない相手だった。
――は、はやくここから逃げないと!
無意識のうちに、アレンはミレーユ姫の手をぎゅっと握った。
「と、とにかく逃げましょう! ここじゃ危ない!」
「えっ? 逃げるって――」
「いいから早く! 僕についてきて!」
どこにいけばいいのかわからないが、とりあえず、アレンは夢中で走り続けた。
幸運なことに、なんとかひとけのない場所にたどりついた。武器庫と思われる、狭い部屋である。
蓋の開いた宝箱や、折れた剣・盾などがあちこちに散乱している。照明は壁面に設置された一本のろうそくのみで、部屋全体が薄暗い。天井の角には虫の糸が張り付いていて、床にはいくつものドクロが転がっている。二人が座れるような箇所はほとんどなく、従ってアレンとミレーユは身を寄せ合って座る形となった。
かつてないほど全力疾走したアレンは、ぜえぜえ息を切らしながら、ドクロに当たらない範囲内で足を伸ばす。ミレーユ姫も相当疲れたようすで、赤くなった顔で終始うつむいていた。
数秒の沈黙のあと、気まずそうにミレーユが口を開いた。
「あの、手……」
「え?」
「その……そんな強く握りしめなくても……」
「――あっ!」
そういえばずっと握りっぱなしだった自分の右手に気づき、アレンは慌てて引っ込める。ミレーユはぱちくり目をしばたたかせたあと、取り残された手を胸の前に当て、小さな声でいった。
「あの……、あなたはもしかして、リュザークさんですか?」
「リュ、リュザーク?」
今度はアレンが目をぱちくりさせる番だった。
「ち、違いますよ。アレンです。一応『勇者』やってます。知らない、ですよね……」
予想通り首を横に振るミレーユに、アレンは自虐的に笑った。
「ごめんなさい……僕なんかが助けちゃって。リュザークさんに来てほしかったですよね。ごめんなさい」
「な、なんで謝るんですか?」
「だって、僕なんかなにもできないし……」
「そんなことないです! さっき助けてくれたとき、すごく……」
そこまで言ったところで、ミレーユは顔を桜色にしてうつむいた。意味がわからず、アレンは彼女を見やる。アスガルド城の姫は胸元のペンダントを握り締め、囁くように言った。
「アレンさん、でいいんですよね」
「あ、はい……」
「アレンさん。とにかく、そんなに自分を悪く思わないでください。お願いします」