もうクズとは呼ばれたくない
聖法器ギャリスの魔力はアレンの予想を完全に超えていた。向かってくる敵は、右手を突き出せば勝手に吹き飛ばされていく。真っ青な顔で向かってくる敵を、一撃ですべて倒す。これほどの爽快感を、アレンはかつて味わったことがなかった。
とにかく、魔王城から脱出することが先決だ。そのあとのことはリュザークにでも相談すればいい。
そう思いながら、アレンは出口を求めてひたすら走り続けた。だが出口はなかなか見つからない。黒い壁でつくられた、無限に続く廊下。照明は一定の間隔で設置されている松明のみで、建物の構造がなかなか読み取れない。
いつリステルガーに鉢合わせするかもわからない、いますぐにでも脱出したいのだが――
「ウルグアアアアアアアアアッッ!」
その雄叫びに、アレンははっと顔をあげた。
鋼の甲冑をまとった骸骨剣士――『スカルナイト』が、その巨体に似合わぬ素早い動きでこちらに突進してくる。だが、いまのアレンにはたいしたことのない相手だった。右手を前に出し、思念を送る。たちまち大爆発が発生し、スカルナイトは見るも無残に砕け散る。
やったか……
優越感とともに、なにげなく右手首を見やる。そして、思わず「あれっ」と声をあげた。
細くなっている。もともと質素な布(に見える)だったギャリスだが、使用前に比べて細くなっているのだ。現在は、まさに髪の毛一本と大差ないほどに矮小している。
「シュアアアアアア!」
奇声をあげながら、前方からまた別のスカルナイトが襲ってきた。アレンは試しにギャリスを使い、大爆発を起こす。スカルナイトは骸骨の破片となって砕けたが、問題はそこではない。
やはりそうだった。細くなっている。すこしでも衝撃を与えたらはちきれそうなレベルだ。
――くそ。
アレンは下唇を噛んだ。強力な武器であるギャリスだが、すべてにおいて万能ではなかった。使えば使うほど耐久度が減少し、やがて壊れていくものなのだろう。おそらく、残り二回と持たない。
あと一回で逃げ切れるか、いや無理に決まってる、いまのうちに投降すればすくなくとも命だけは助かるんじゃないか。
などと情けない考えを巡らせながら、ひたすら走っていると――
……ん?
信じられないものを見た気がして、アレンはふと立ちどまった。
アレンを閉じ込めていたのとは別の牢屋。その内部でたたずむ人影に、目を凝らす。
そして、あっと声をあげた。
清楚な金髪に、かわいらしく丸い目。ふっくらと丸みを帯びた身体は、アレンよりも小柄だ。銀のペンダントを首にさげ、蒼に輝くドレスを着こなしているその女性は、十七歳という若さながらも、美しい、貴族たる品格を備えている……
国王の娘にして、魔王リステルガーに囚われたという、
「ミ、ミレーユ姫……?」
現在の危機的状況を忘れ、アレンはぱくぱくと呼吸した。ミレーユ姫が囚われたのは知識として知っていたが、まさかこんなところにいようとは。
「あ、あなたは……?」
ミレーユ姫も驚きを隠せないようすだった。胸の前で両手を組み、柵を挟んでおびえたようにアレンを見上げる。
「え、と、その……えっと……」
どぎまぎしながらも、アレンの内心はかつてない葛藤に追われていた。ミレーユ姫を助けるには――つまりこの牢屋の柵をこじ開けるには――もちろんギャリスの力が必要だ。だが、いま使ってはギャリスが壊れてしまう。それではアレンが魔王城を脱出できず、スカルナイトたちに惨殺されてしまう。
しかし、姫を見捨てるのは勇者としてどうだろう。それこそクズ勇者だ。正真正銘のクズだ。