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勇者なのに恋人もいない

「はぁ……」

 深いため息をつきながら、アレンは立ち上がった。変なことを期待した自分が馬鹿だった。もうこんな差別は慣れっこだ。

 そう、自分がこんなふうに扱われるのは当然なんだ――


 五ヶ月前、『魔王リステルガー』と名乗る者が、アスガルド城――そこの城下町がアレンの故郷である――に現われた。魔王は国王の娘――ミレーユ姫をさらい、さらにこのルーラル大陸を支配するなどとおぞましい宣言をしたのである。国王は躍起になって大勢の兵士を呼び出し、魔王を倒そうと魔王城に突撃させた。しかしそれから一ヶ月経っても、生きて帰る者はひとりもいなかった。


 そこで国王は、大陸で一番と言われる占い師に、魔王討伐に最もふさわしい人物を教えてほしいと頼み込んだ。まずリュザークは当然として、あとは弓使いとムチ使いがひとりずつ。そして残りが、なんの取り柄もない、十八歳の若造……アレンだったのである。


 この選抜に最も驚愕したのは、もちろんアレン本人だった。平凡な商人の子として生まれ、商人としても無能で親から疎まれていたアレンにとって、まさに青天の霹靂とでもいうべき事実だった。親衛隊に無理やり連れ出され、国王に事情を知らされてからも、しばらくは上の空だった。


 そうして選ばれた四人を、国王たちはこう呼んだ……『勇者』と。


 そんな大仰な名前で呼ばれるうち、もしかすれば、闘いこそが自分の隠された才能なのかもしれないとアレンは思うようになった。いまはひょろくても、兵士に憧れていた時期もあったのだ。


 そう期待しながら冒険に出かけた。だが人生は甘くはなかった。剣はまともに振り回せない、リュザークの護衛もできない、弓などの遠距離攻撃もできない。できることといえば、囮という情けない役割だけ……


 それでもなんとか、すべてのクリスタルを入手した。これで魔王城の結界を破る準備が整ったのである。あとは魔王城に乗り込み、『魔王リステルガー』を討伐するだけなのだが――


 決戦の前にリラックスしておこうと、リュザークが提案した。そうして四人は故郷に帰ろうとしたが、どうやって聞きつけたのか国民が町の外で出迎えてくれた。そこをお約束のようにモンスターが出現し――そしていまに至る。


 出現したモンスターは、リュザークと他の二人が退治した。安全になった周囲を、アレンは暗い気持ちで見回す。


『トラット平原』。地平線までひたすら草原が広がり、局所に湖や森が広がる場所だ。ここからすこし西に歩けばアスガルド城、北東に魔王城、南にはアレンが好きな『フェレムの花園』がある。


『フェレムの花園』。

 ふと、アレンのなかに大きな欲求が渦巻いた。『フェレムの花園』とは、その名の通り、たくさんの花が咲いている公園である。勇者として抜擢される前は、何度もここに足を運んだものだ。中央部で美しく輝く噴水、咲き乱れる色とりどりの花は、もうお見事というしかない。


 いきたい。久々に花園にいってみたい。ずっと自分を馬鹿にしてきた知人や親の顔なんて見たくもない。


 ふとアレンは、さっきまで隣にいたリュザークがいなくなっているのに気づいた。視線を巡らせると、人だかりのなかで、綺麗な女の人と楽しげに会話している彼の姿が見えた。いつも冷静で滅多に笑わないリュザークだが、いまだけはその女性と控えめに笑いあっていた。


 ――リュザーク、恋人がいたのか……


 胸にちょっとした疼きを感じながら、弓使いとムチ使いにも目を向ける。やはりというべきか、彼らも、最愛の人らしい女性と良い雰囲気で談笑していた。リュザークほどではないが、彼らも凄腕の戦士だ。女の人が放っておくはずがなかったのだ。

 それなのに、自分は――


「はあ……」


 ――もういい、僕には、僕には花があるんだ――


 笑いあう国民たちを背に、アレンはひとり、『フェレムの花園』に向かって歩き始めた。力なくとぼとぼと歩く彼に気づいた者は、ひとりもいなかった。

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