ぱんつ
「――さんっ! アレンさんっ!」
意識が戻ったのは、そんな涙声に呼ばれてだった。
薄く目を開けると、金髪ショートヘアの女の子がドアップで視界に映っていた。人形のように丸い碧眼はぐびゃりと歪められ、とめどなく涙を流している。小柄で丸みを帯びたその可愛らしい顔は、たしか――
アスガルド城のきさき、ミレーユ姫。
「えっ? あっ、痛っ!」
驚愕して上半身を起こそうとしたアレン、燃えるような激痛を全身に感じ再度仰向けになる。そうだ、さっきまで自分はリステルガーと闘っていて、それで……
それで?
声をだすだけでも身体がギシギシ痛む。アレンは顔をしかめながらも、かすれ声を発した。
「ミレーユ、姫……。リステルガーは? 僕は、勝ったんですか……? それに、なんでいまあなたがここに……?」
「ふふ、勝ったぞ。アレン、よくやった」
ふとかけられた男の声に、アレンは仰向けのまま目線を移す。そして息を呑んだ。兜を完全に脱いで、優しそうな素顔を晒したリュザークがそこにいたからだ。紫色の長髪が腰のあたりまで伸び、面長の顔と、優しそうな瞳。やはりイメージとギャップがありすぎて驚きが隠せない。
そんなアレンの心境を知るよしもなく、リュザークは、ふふと笑った。
「そこのミレーユ姫は、魔王が消滅した途端、光に包まれた状態で現れてな。彼女もしばらく意識がなかったんだが、目が覚めるなり、きみのところに飛び込んで――」
「あっ、リュザークさんいいです、そこの部分は言わなくて!」
顔を真っ赤にして止めるミレーユに、大勢の苦笑の声。どうやら、自分たちは大勢の国民に囲まれているらしい。
そっか、僕、勝ったんだ――
目を閉じて感慨に浸っていると、ふわりとした感触がアレンを包み込んだ。何事かと目を見開くと、ミレーユの可愛げな顔が眼前にあるのに気づく。なんと彼女、大衆の前でいきなり抱きついてきたのだ。
「ひ、ひえっ」
今度こそ卒倒しそうになるアレン。
「な、ななななにすんですか! こんなとこで!」
「ありがとうございます。この街を救ってくれて。――行きましょうね、『フェレムの花園』に」
「え、いや、その……はい」
「ほう、ミレーユ姫、いつのまにアレンと捨て置けない関係になっていたのですな」
珍しく軽口を叩くリュザークに、大衆の笑い声が――嫉妬の泣き声もなかにはあるが――響きわたった。その発言に、アレンもミレーユも慌てて顔を蒸気させる。
「これは素晴らしい! 世界を救った勇者とミレーユが恋仲か!」
と、さっきまで泣き喚いていた国王が、ふくよかな腹をたぷんたぷん揺らしながら豪快に笑った。国王はアレンとミレーユの肩に手を置き、にんまりと笑う。
「アレン殿なら異論はない。どうだ、明日にでも結婚式を開いてやろうぞ!」
「け、結婚……?」
あまりにぶっ飛んだその単語に、アレンは本当に目玉が飛び出そうになった。ミレーユも相当に恥ずかしいらしく、アレンからさっと離れて反論する。
「き、急すぎますよ! まったく、お父様はいつも勝手なことを……」
「まあまあ、いいではないか! 善は急げというであろう!」
がははと愉快そうに笑う国王と、「もう!」と言いながら頬を膨らませるミレーユ。
気づけば、さっきまで立ち込めていた黒雲はどこへやら、暖かな陽光がアスガルド城を包み込んでいた。そのふわりとした心地よさに、アレンはかつてない開放感に見舞われる。鳥の穏やかなさえずりや、人々の談笑。
それらを聞いているうちに、アレンの表情も自然に和んでいく。
――のだが、立ち上がったミレーユのパ.ンツが見えそうになったので、慌てて目をそらした。