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勇者アレン

 アスガルド城下町は、目も当てられないほどの混沌と化していた。


 白を基調とした瀟洒なはずの町並みは、かつての面影もない。ほとんどの民家は燃え盛る火炎に呑みこまれ、黒煙を天高く昇らせている。城下町のシンボルだった時計塔は無残に倒れ、近くの建物を押しつぶしている。そこかしこに林立している木は、凶暴な火炎に呑まれ、周囲に炎を燃え移らせている。


「ひどい……」


 全身傷だらけでなんとか城下町までたどり着いたアレンは、思わずそう呟いた。


 もはやここは自分の生まれ故郷ではない。完全な別世界だ。

 男女のヒステリックな悲鳴がひたすら響き渡っている。もはやどこに誰がいるのか判別できない。国民全員が真っ青な顔で逃げ惑っているが、この混沌っぷりでは退路の確保などしようもなく、単に立ち往生しているだけだ。


 それでも国の兵士がなんとか応戦しているので、思った以上の被害はないようだ。だが、あのモンスター群はもともと魔王城にいた凄腕揃いだ。兵士たちの表情にも明らかな疲労が見て取れる。


 と――

「わあああっ!」

 一際大きな悲鳴が上がり、アレンはそちらに目を移す。まだ十歳にも満たないであろう子どもたちが、巨大爬虫類モンスター、『マグマトカゲ』三匹に囲まれていた。ぎらついた鱗に炎をまとい、凶悪な槍を持つ強敵だ。


 子どもたちの悲鳴に気づいた兵士もいるようだが、あいにく彼らも手一杯で、とても駆けつけられる状況ではない。


 ――くそっ!

 アレンは身体の痛みを無視し、全力で走り抜けた。


「うおおおおおおおおおっ!」

 マグマトカゲの前まで身を躍らせ、うち一匹に刀身を滑り込ませる。斜めに切り払われたマグマトカゲは、一瞬仰け反ったあと、ぴきーっと目を怒らせて、こちらに向き直った。


「あ、あれ? クズ、勇者?」

 アレンに気づいたらしい子どもが、涙声でそう告げてきた。アレンはマグマトカゲと対峙しながら、声だけを返した。


「ここは危ない。後ろでじっとしてて」

「う、うん……!」

 素直な返答と同時に、子どもたちがアレンの背後に回りこむ。


 直後、マグマトカゲの一匹が獰猛な雄叫びをあげた。アレンはぴくっと身を竦ませる。その反応を狙っていたかのように、マグマトカゲは猛烈なスピードでダッシュしてきた。


 アレンは前方に剣を突き出す。眼前に迫りくる槍を、あらん限りの力をこめて弾き返した。小さな火花が飛び散るのと一緒に、他二匹も槍を突き立てて襲ってくる。


「くおおっ……!」

 自分でも驚くような速度で、アレンは二つの槍を受け止めた。だが、さすがに二匹の攻撃を弾き返すことなどはできない。


 ならばと、アレンは真上に剣を投げつけた。予想外な方向に力を加えられたマグマトカゲに、わずかな隙が生じた。

 そこを狙った。


 大きくバックダッシュし、高く跳躍するアレン。空中で踊るさっきの剣を手に持ち――


「おおおおおおっ!」

 空中から、マグマトカゲに斬りかかる。さしもの強敵もこれには応えたのか、ギャアアアという悲鳴をあげ、無数の粒子となって消滅した。


 あと二匹だ――と、休息している間はなかった。

 仲間をやられたマグマトカゲたちが、いっせいに槍を高く掲げ、鋭い咆哮をあげながら突進してくる。それに応戦するアレン。


 ――まただ、とアレンは思った。また剣の腕が上達している。さきほどスカルナイトを蹴散らしたときの比ではない。あのときよりも自分はさらに強くなっている。


 その証拠というべきか、一対二の剣戟に、アレンはまったく引けをとらなかった。次々と繰り出される槍を押し返し、懐に潜って渾身の一撃を浴びせる。一撃、また一撃と攻撃を重ねるうちに、子どもたちが「すっげえ……」と感嘆を漏らしはじめた。


 二体同時に、アレンは最後の一撃を浴びせた。


 ウガッ、という力のない悲鳴がふたつ。それと同時に鮮血が飛び散り、姿が消えた。


「は、……ああっ。終わった……」

 大きく息を吐き出し、剣を腰の鞘におさめると、アレンはまだ燃えていない民家の壁に背をもたれた。疲れた。一日でこんなに闘ったのは初めてだ。


 ぜえぜえと呼吸を整えていると、目を輝かせた数人の子どもたちが駆け寄ってきた。


「すげえ、すげえよ! クズ――じゃなくて、アレン! いつのまにそんなに強くなったんだ!」

「ああ……よく、わからないんだよね……それが」


 強いてきっかけがあるとするなら、ミレーユを守ると決意したとき――あのときから自身のなかに沸々と目覚めるものがあった。それが占い師の言うアレンの才能なのか、それか、単に武器が強いだけか……アレンには見当もつかない。


 アレンはよいしょともたれていた背を戻し、子どもたちに訊いた。


「魔王がどこにいるか、わかるかな?」

 子どもたちは不安そうな目を互いに見合わせ、アスガルド城を指差した。


「あのお城のなかに……王さまを狙いにいっちゃった」

「……そっか」


 ならば、もはや一刻の猶予もないだろう。アレンは子どもたちの頭を撫で、礼を言うと、獄炎に燃え盛るアスガルド城に歩を進めた。


 いまのアスガルド城に、かつての荘厳さは微塵もない。天高く黒煙をのぼらせ、壁面に痛々しくヒビが入っている。あそこのどこかに、魔王リステルガーが……


 いまだに沸き起こる恐怖心をおさえながら歩いていると、ひとりの子どもの声が、耳に届いた。


「アレン……ありがとう!」

 はっとして、アレンは振り返る。


 そうだ、もう脅えている場合じゃないんだ。みんなを、守るんだ。


 笑顔で子どもに手を振ってから、アレンは決然とアスガルド城を目指した。

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