クズ勇者であろうとも
アレンの身が硬直する。座り込んでいたミレーユもぽかんと口を開けて驚愕の表情を浮かべる。そんな二人の反応を楽しむかのように、リステルガーは言葉を続けた。
「勇者アレンの装備を拝借してみたが、取るに足らん、ゴミのような代物だとわかっての。――勇者アレン、最も弱いおまえが、身の安全のために『勇者メンバー』で一番強い武具を身にまとっていたのだろう? ああ、ちなみに聖法器ごときは論外じゃ。あんなもの貴様以外のメンバーは持っておらんだろうし、わしの力は聖法器以上だしの」
「…………」
アレンは答えない。答えられない。
「他のメンバーがこれより弱い武具を使っているなら、いくら『漆黒の絶影』でも相手にならんと判断した。そしてアスガルド城下町に攻め込む準備をさっきまでやっていたというわけしゃ……貴様たちがこんなところでのらりくらりしている間にな」
――くそ。くそ……
アレンは歯を食いしばり、顔を落とした。
完全にまずい。国民たちはいま、リュザークたちの帰還を祝ってパーティでもやっている最中だろう。そこを狙われたら……
うつむくアレンの袖を、ミレーユがぎゅっと掴んだ。
「ア……アレンさん……」
「だ、だだだ大丈夫、です……」
アレンはゆっくりと地面に突き刺した剣を抜き、リステルガーに向ける。
「ぼ、ぼぼ僕が、こ、こいつを倒します。そして、こ、こここいつの部下たちを止めてみせます」
震える声で言うアレンに、リステルガーは眉をぴくりと動かした。そして、甲高く笑う。
「ふ、ふははははは! なんと! 貴様ごときが、このわしを倒すじゃと! 身のほど知らずにも程があるわ!」
アレンは大きく深呼吸した。
――慌てるな。さっき思ったばかりじゃないか、ミレーユ姫を守りたいと。
まだ笑い続けるリステルガーに、アレンは猛然と襲いかかった。勢いよく剣を振りかぶり、奴の身体に突き立てて――
「ほっほっほ、遅い、遅すぎるわ!」
リステルガーの姿が急に消え去り、アレンの剣が虚しく宙を切り裂く。途端、アレンは腹部に激痛を感じた。魔王にまとわりつく大蛇が、凶悪な鋭牙でアレンの腹を突き刺したのだ。
かすれた悲鳴をあげるアレン。しかし、リステルガーの攻撃は止まらなかった。
得体の知れない妖術、大蛇の巻きつきや鋭牙。アレンは避けるすべもなくすべて直撃する。リステルガーは破壊的な笑みを浮かべながら攻撃を繰り返す。その一撃一撃のあまりのスピードと重さに、避ける余地はまったくなかった。いつしか、アレンは泣いていた。もうやめてと、必死に泣き叫んでいた。
傍らには、情けなすぎる勇者を絶望の表情で見つめているミレーユ姫。
――はは、やっぱり、勝てるわけがないんだ。
力なくそう思ったとき、アレンの意識は消し飛んだ。
★
目が覚めたとき、まず自分が生きていることにアレンは驚いた。
無機質な瞳で天井を見つめながら、ふうと息を吐く。身体の各所を相当痛めたようで、いますぐ医者に駆け込みたいくらいだが、そんな気力も体力もない。
これでいいんだ。アレンは自嘲的にそう思った。
僕にはそもそも闘いの才能なんてなかった――いや、闘いだけじゃなく、あらゆる才能がない能無しだったんだ。ミレーユ姫と一時的に仲良くなったのは偶然でしかない。そう、ミレーユ姫と……
――ミレーユ姫。
その名前を思い出した途端、意識が覚醒する。我を忘れて目線だけを巡らすと、見覚えのある銀のペンダントがそばに落ちているのに気づいた。
手を伸ばし、痛みを我慢しながらそれを掴む。そして顔の前に持ってくる。
はかなげな銀の輝きは、武器庫内の暗闇にも負けずにきらきらと光っていた。その美しさとミレーユのかわいらしさを重ねてしまい、目頭が熱くなる。
ぎゅっと、ペンダントを胸元で握り締めた――彼女がそうしていたように。
気づけば、アレンの視界は雫で満たされていた。生温かい水滴が頬を流れる。周囲に誰もいないのをいいことに、大きな声でむせび泣く。
ミレーユ姫。彼女がリステルガーに命を奪われたのか、それかまた遠い場所に行ってしまったのか、それはわからない。だが、自分のふがいなさのせいで彼女を助けることができなかった。それは事実だ。
――いつか、平和になったら。一緒に行きませんか。『フェレムの花園』……
――もっと知りたいです。お花のことと……それから、えっと、ア、アレンさんのことも……
ミレーユの控えめな声が脳内で再生される。そう、自分たちは約束したではないか。一緒に『フェレムの花園』に行こうと。花について話し合おうと。
僕は、こんなところで這いつくばっていていいのか。寝ている場合なのか。
……このままずっと、クズ勇者のままでいいのか。
そうだ、自分のやるべきことは……
アレンは悲鳴をあげる全身に鞭打ち、必死に立ち上がった。近くで転がっていた剣を拾いあげ、故郷へと歩み始める。