予兆!!
保管されていた剣は、たいてい折れていたり錆ついていたりで、とうてい使える代物ではなかった。だが武具の山の一番下に、真新しい宝箱が置いてあるのをアレンは見つけた。期待に胸を膨らませて開けてみると、はたして、高級そうな剣と防具が輝きながらおさまっていたのである。
剣は白銀に輝く立派な業物だった。見るからに切れ味が鋭そうで、まだ使ってもいないのに思わずぞっとしてしまう。防具は、赤を基調とした金属に金色の横ラインがあるという、いかにも派手な外観ではあるが、頑丈さは以前アレンが身に付けていたものの比ではない。
「どう、ですか……?」
武具の装着を終えたアレンは、着替えているところを見るのは失礼だからと目を背けていたミレーユに声をかける。
顔をこちらに向けたミレーユは、目を見開き、しばらくなにも言わなかった。数秒後、アレンに近寄ると、すこし躊躇したようすで、アレンの肩に頭をのせた。
「ちょ……なにしてるんですか……!」
ぴんと背筋を伸ばすアレン。ミレーユはぽつりとした声で言う。
「アレンさん……いつか、平和になったら。一緒に行きませんか。『フェレムの花園』……」
「えっ……」
「もっと知りたいです。お花のことと……それから、えっと、ア、アレンさんのことも……」
見れば、ミレーユの顔も相当に真っ赤だった。アレンは「あ、その、えっと」としどろもどろになりながらも、なんとか返答する。
「あの……僕でよかったら……よ、喜んで」
ありがとうございます、とアレンを見上げて微笑むミレーユ。これはなにかの夢じゃないかとアレンは頬をつねるが、なにも起こらない。まさか、こんな奇跡みたいなことが自分に起こるなんて……
守りたい。彼女を、僕の手で……
――と、感慨に浸ることは許されなかった。
アレンはさっとミレーユの腕をほどく。彼女を自分の背後に隠すと、鞘から剣を抜いた。そして、なにかを抑えつけるかのように前方にかまえる。
直後、ガシンという衝撃が剣を襲った。
「ぐおっ……!」
想像以上の攻撃力に、ずるずるとアレンの身体が後退する。前方をにらみつけると、スカルナイトの巨大な刀が、アレンの剣を押し込んでいた。
「うおあああああああっ!」
力いっぱい足を踏み込み、相手の刀を弾き返す。仰け反ることで生じるスカルナイトの隙を、アレンは正確に狙った。白銀の刃を光らせながら、さらに大きく踏み込む。剣先が骸骨剣士の胸のあたりに命中、バコンという効果音とともに横一文字に切断された。
半分に両断されたスカルナイトは、「ウゴル……」という微弱な悲鳴をあげ、そのまま光の粒子となって消滅した。シャキンという音をたて、アレンは剣を腰の鞘に戻す。
「スカルナイト……いつのまにここに……?」
背後にいるミレーユが、震える声でつぶやいた。
だがアレンは、彼女とはまったく別のことに驚愕していた。この自分が、スカルナイトをたった一発で撃滅せしめた。自分のどこにそんな力が……?
黙り込んでいると、ミレーユが「アレンさん?」と不思議そうに訊ねてきた。アレンは慌てて後頭部を掻く。
「あ、ああ、たしかにおかしいですね。気配なんてまったく感じなかったのに……」
まあ、僕の勘なんて頼りになりませんけどね。自虐的な言葉を続けようとしたとき――
突如、部屋の空気そのものが大きく震動した。甲高い哄笑が響きわたる。
アレンは咄嗟に剣を抜き出し、周囲を見回す。嫌な汗が頬を伝う。
すると、前方の空間から、大蛇を全身にまとった怪物が出現した。
瞬間、かつてないほどのすさまじい戦慄が、アレンの全身を舐め上げた。あまりの最悪の事態に、思考が一瞬停止する。
「ふはは、驚いたわ。まさかあのスカルナイトを、たったの一発で退治するとはのう」
魔王リステルガーが、尖った舌を突き出してげらげら笑う。
隣で、ミレーユが息をのむ気配がした。ぎゅっとアレンの袖をつかんでくるが、アレンにはそれを意識する余裕もない。剣を持つ両手をびくびく震わせながら、「あ……あ……」と情けない声をあげる。
リステルガーはざっと武器庫を見回すと、面妖な笑いを浮かべた。
「だが、わしの気配に気づかんようではまだまだ非力。『漆黒の絶影』ならばとうに気づいている頃ぞ?」
どうしようどうしよう――。まともに働かない思考で、アレンはどうにか疑問を口にすることができた。
「……いつから、僕たちがここにいることを知っていた……」
「わしを甘く見てもらっては困る。貴様ら、こんなしけた部屋で花の話でもしておったな?」
ミレーユはぴんと身を固くした。アレンは掠れた声で返答する。
「なんでいまさらここに――」
「じきにわかる。……そら!」
リステルガーが恍惚とした表情で天井を仰いだ、その瞬間――
武器庫を――いや、魔王城全体を、すさまじい震動が襲った。ガタガタガタという轟音とともに、空の宝箱や武具が揺れ、棚の上にあった弓矢などがすべて落ちる。ミレーユが短い悲鳴をあげて倒れるのを、アレンは必死で支えた。自分自身も片膝を立てるくらいが精一杯だった。リステルガーだけが、余裕そうに腕を組んで突っ立っている。
揺れがおさまったのは、数十秒後が経過してからのことだった。おぼつかない動作で立ち上がったアレンは、剣を地面に突き立てて自身を支え、弱々しく訊ねた。
「なにを……した?」
「わからぬか? 気配を探るくらいは、貴様にもできるであろう?」
リュザークほどではないが、アレンも各地をまわって死闘を繰り広げた身である。魔王の気配には気づかなかったが、そこらへんにいるモンスターの気配ならば、なんとなく直感でわかる。目を閉じて周囲のモンスターの息づかいを探るも……
なかった。さっきまであんなにしつこかったスカルナイトやら黒ローブたちが、城内から完全に姿を消している。さっきの震動は、モンスターがいっせいに移動したことによる衝撃なのか。
不吉な予感を覚えながら、アレンは目を開く。
「……奴らは、どこに?」
リステルガーは待ってましたといわんばかりに口元を歪め、最悪の返答を口にした。
「アスガルド城下町じゃ」