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屋根裏部屋の小説家  作者: 鈴代なずな
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9話

 その町はエンダストリという名で、漁師町グアデンからは北東に向かい、乗合馬車で二日ほど、町の数にして三つを通り過ぎた場所にある。

 領の中では内陸部にあたり、領境も近いため宿場として栄えていた町だ。

 栄えていた、というのは今になって衰えてきたという意味ではない――そんな生易しいものではない。

 宿場町エンダストリは……壊滅したのだ。

 理由は、魔物の襲来によるものだと言われている。

 ふた月ほど前の話だ――魔物自体、近隣には生息してなかったはずなのだが、それが突如として出現し、町を襲った。

 町の人々はろくに抵抗もできなかったのだろう。エンダストリは一夜にして壊滅し、近隣の町々が明日は我が身かと恐怖する、魔物被害の象徴へと変貌した。

 もっとも――奇妙なことに他の町では魔物の襲来どころか、魔物の目撃情報すら入ることがなかった。その理由を、壮年……というよりも中年に差し掛かった魔物の研究家であるアルフレドは、こう推察している。

「学会では『渡り』ではないかと言われている。魔物の中に周期的な移動を行う種族がいて、その行路にたまたま町があったため襲われたのだ、とな」

 それに対して首を傾げたのは少年冒険者、ハーリット・ヘレディである。黄金色の髪に、濃藍に近いインナーと黒のズボンを着込み、皮の胸鎧を装備している。十四歳という年齢に相応しい背丈と顔立ちだが、意志のこもる灼熱色の瞳が幼さを中和する。

 しかし今はそれを不服そうに歪めながら、明確な反論のできないもどかしさに呻いていた。

「どうも納得がいかないような」

「わかっている。私もこの説が真実を解き明かしたとは思っていない。だからこそあの町へ行くのだよ」

 隣を歩くアルフレドは、しわがれた声で意外にもあっさりと曖昧な疑惑を肯定した。時折強く吹く風に、猫背のせいで少年と同じ程度になっている身体をさらに丸めながら、周囲を一望する。

 宿場町エンダストリへと続く街道である。そこは既に誰も通行する者がいないため荒れ果てて、人の腰ほどの背丈を持つ不健康な緑色をした雑草が、壁のように道を囲っていた。風雨によって割れた石の道の隙間からも草が伸び、ところどころめくれ上がって歩きにくい。

 そうした手入れのされていない草地は、前日の雨を浴びてむせ返るような緑の臭いを漂わせている。見上げれば空にはまだ雨雲の名残が漂って薄暗く、悪臭と共に気分をより陰鬱なものとさせてきた。

 魔物研究家もその光景に肩をすくめると、決意を改めるように続けた。

「真実を知るには自分の目で現場を調べる必要がある。そしてそこにある、奇妙な『噂』を確かめなければならない」

 それはハーリットが、彼から同行を依頼された時にも聞かされた話だ。

 グアデンを出立して二つ目の町で、『屍旅団』の情報を調べていた際、ハーリットはこの魔物研究家と出会った。

 白髪のオールバックに細い目、こけた頬にくすんだ青の瞳、黄ばんだ白衣という姿はそれだけでも怪しいものがあったが、彼はハーリットの話を聞くと「それならばいい話がある」と今回の依頼をしてきたのである――つまり、宿場町を調査する間の護衛だ。

 それは、『屍旅団』を追う少年にとっては無意味なものだった。しかし付け加えてきた話が、その心を揺れ動かしたのだ。

 聞かされたのは、よくある怪談話と同程度の内容である。それ自体については少年も「とてもじゃないが信じられない」という心地でいた。

 そして今もまた同じように、疑わしい目付きでアルフレドの方を見やりながら。

「確か、その奇妙な噂っていうのは……あれですよね」

「うむ――」

 研究家はあくまでも頷いた。彼の方はどちらかと言えば、信じている様子だった。ハッキリとした口調で、とうとう見えてきた件の町を見据えながら言ってくる。

「実は最近、エンダストリの町中を死者が徘徊するというのだ」

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