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屋根裏部屋の小説家  作者: 鈴代なずな
46/53

46話

 王都。名前はサイオームといっただろうか。雨雲のかかる夕刻を過ぎ、星のない夜に沈む都市を見下ろしながら、女はそんなことを考えていた。

 格子状に整頓された通りを往来する人の影は、雨を恐れているのかほとんどない。ぽつりぽつりと見かける影も、全て傘を下げている。

 降る雨は何色だろうかと、女は屋根伝いに夜の王都を駆けながら、ふと考えた。そんな詩的なことを思ってしまうのは、職業病かもしれない――だがどちらの職業なのだろう? そんなことまで考えてしまう。

 そしてどちらの職業なら、どの色を想像するのだろうか。

 しかしそう考えて……答えはどちらも同じだと気付く。赤だ。

 夜に沈んだ赤い雨。そんなものを想像しながら……空を見上げた時、そこにはぽつりと無色透明な、ただ空の色を反映した雫が落ちてくる。

 女は屋根を蹴る足を速めた。空から垂れる水滴は、間もなく石に触れ、木に触れ、土に触れ、それらの臭いを湧き立たせるだろう。

 しかし女にはそれが、別のものを覆い隠すための細工のように思えてしまった。別の強烈なものを、王都の民に気付かせないように、と。

 王都サイオーム。そこには――血が満ちてきた。

 暗黒が渦巻き、死の臭いでむせ返る都市。民がそれを嗅ぎ取れぬうち、暗澹たる邪悪は口を開け、血をすするため舌を伸ばす。

 そこには血が満ちていた。紛れもなく、真実に、血が――

 がしゃあんっ! と……音が聞こえたのは、女が丁度王城に辿り着いた時だった。自分が立てた音ではない。それは王城の中――女の立つ東棟の中から聞こえてきた。

 女はそのついでに自分の存在が気取られないようにと、寄棟屋根の上で身を低くした。そうしながら、周囲を探るように王城を眺めやる。

 想像とは少し違い、そこは正確に言えば、王宮といった方がいいかもしれない。周囲は城壁で囲まれているが、建物自体は防衛に適したものとは言いがたかった。

 二階建てで、南に開いた『コ』の字型をした宮殿である。連結してはいるが、大きく分けて三つの棟で構成されており、中央、中庭を通った先にある棟が謁見の間や執務室など、いわば根幹である、王族用の棟だ。

 西は兵舎や会議室などのある、軍事用の棟。そこと二階の渡り廊下で繋がった、東――つまり女のしゃがみ込む屋根の下が、ダンスホールや客室など、来客用の棟となっている。

 そこの窓が割れたことは、簡単に理解できた。女はしばらく――何か駆け回る音や、戦闘めいた音がするのを聞き、それが遠ざかっていくのを待ってから、割れた窓の方へと向かった。

 雨はとうとう降り落ちることを決意したようだが、それが本格的になる前に侵入できたのは幸運だった。女は雨宿りのように割れた窓から潜入すると、部屋の中を見回した。

 人はいない。しかし窓の側に割れた花瓶が落ちている。それ以外に室内の家具が荒らされた形跡はないが――異常は明白だった。

 どこか無造作な足取りで、女は部屋の扉の方へ近付いていった。そこに、兵士らしき男が仰向けに倒れている。扉から侵入して、何かに突き飛ばされたようだ。そしてその腹には、墓標のように短剣が突き刺さっていた。

 女は違和感を抱く。兵士と扉の前で一対一の戦いをしたのなら、窓など割れる必要がないのだ――改めて部屋を見回すが、他には誰もいない。

 そしてふと、不安を抱いた。誰かの怒号、駆ける音、剣戟は、まだ遠くで微かに聞こえてくる。兵士が――いや、この客室にいた誰かが、兵士と戦っているのだろう。それは、ひょっとすれば……

 その考えに行き着くと、女はすぐに廊下へ飛び出した。剣戟は中央の棟へ向かっているように思う。西が兵舎なのだから、わざわざそこへ向かうことはしないだろう。

 だとすれば、辿り着くのはどこになるのか。推測しながら、女は血に染まる暗闇の宮殿を駆けた。

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